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BAKU  作者: 不覚たん
第二章

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相撲の夢を見た(二)

 ふんどしの男たちが、次々と神の犠牲になっている。

 早くしないと夢が終わる。


 西のメンバーは十名。

 そのうち一人は俺だから除外する。

 稲葉の倅と呼ばれた男も、すでに死亡しているから除外。

 あとはよく見ていなかった八名。

 全員ふんどしだから誰が誰やら分からない。ムリもない。ふんどしのおじさんを、初見ですべて見分けられる人間はそうそういるまい。


 男たちは「行け行け」の大合唱。

 地元の力自慢たちは土俵にあがっては一瞬で叩き潰され、神職はマイクをつかんで「神よ鎮まりたまえ」と繰り返している。

 カオスだ。

 もはや収集がつかない。


 ふたたび、ピシャーンと雷が落ちた。

 今度の被害者は……相撲の神。


 黒焦げになった神がどーんと崩れ落ちると、女がその背を踏み越えてきた。

「大変なことになったね、お兄さん」

 現れたのはA子。

 やはり能力者だったらしい。その力に目覚めた途端、やりたい放題だ……。


「なんだあいつ!」

「誰の娘だ!」

 すぐに個人を特定しようとするのをやめよ。


 次の瞬間、異変が起きた。

 人が、一人、また一人と姿を消していったのだ。まるで空気に混じって透明になるみたいに。

 人だけではない。景色までもが色彩を失い、まっしろな空間になっていった。


 最終的に、その空間に浮いていたのは四名のみ。

 俺。K。A子。そしてふんどしのおじさんが一名。おそらく主。


 おじさんは不思議そうにキョロキョロしている。

 状況を理解できないといった表情だ。


 まあ、状況を理解できないのは俺も同じだが。


 A子はふっと笑った。

「ね、簡単でしょ?」

「あんたがやったのか?」

「そう。あたし、覚醒したの。こっちの世界では、やろうと思ったことなんでもできちゃうんだ。ね、凄い?」

「凄いよ」

 コマの作った空間を、完全に書き換えてしまった。

 つまり、A子の能力は、いまやコマを上回っている。


「でも、悪意を排除するのは待ったほうがいいよ」

「どういう意味だ?」

「バクが弱くなりすぎるから。このおじさんのことは放っておいて、一回、無名閣に戻ろうよ。そこで話そう?」

「分かった……」


 *


 無名閣――。

 青空に突き出したバルコニーに、俺たちは集まっていた。


「なぜ蛭子を駆除しなかったのじゃ……」

 出迎えたコマは、不満そうな顔だ。


 だが、A子はまったく意に介さない。

「話はそんな簡単じゃないの。バクを出して。いるんでしょ?」


 建屋から、ゆっくりと車椅子が出てきた。

「生意気な人間め。俺サマの名を気安く呼びやがって」

 落ちくぼんだ目の年齢不詳の女。

 まだエネルギーを吸い出していないらしく、痛々しくやつれたままだ。

 ご立派なのは態度だけ。


 俺もKもふんどしのままだが、誰もその件には触れない。

 みんな意外と大人なのかもしれない。


 A子はまっすぐにバクを見つめた。

「あんた、このままじゃ死ぬよ」

「なんだ? コマを見限って、俺サマの下僕にでもなろうっていうのか?」

「そうじゃない。このままじゃ、人間の作った機械に勝てないって言ってんの」

「ならばコマを殺せ。こいつさえ死ねば、俺サマの能力が弱まることはない」

 だがコマを殺した場合、バクは好き放題に人の命を喰らうようになる。

 それは俺たちの望むことではない。


「機械を作ってるヤツに、悪意を仕込むのよ。そしたら機械で吸い出されることはなくなるでしょ?」

 A子の言葉に、バクはしみじみと溜め息をついた。

「まるで俺サマがその策を思いついていない、みたいな言いぐさだな」

「違うの?」

「手の内をさらすようで不快だが、教えてやる。その方法は試した。だが、うまくいかなかったのだ。結論から言うぞ。連中は、すでに加護を得ている」

 ウィリアムズ氏はそんなこと言っていなかった。

 となると、彼も知らない人物がエスタブリッシュメントに手を貸していることになる。

「誰の加護?」

「夢を主戦場とする部隊が軍に存在するのだ。極秘裏にな。連中は、例の柴田という人間のように、薬と機械で強化されている。お前みたいに才能だけで動けるわけではない」


 向こうが一枚上手だったということか。

 だが、絶望する必要はない。

 特別な兵士は、そう多く用意できるわけではない。リソースも有限。すべてのエスタブリッシュメントを守れるわけではない。加護から漏れた人間をターゲットにすればいい。

 それもいたちごっこかもしれないが。


 会話が途絶えたので、俺は横からこう尋ねた。

「ほかになにか作戦は?」

「作戦? ふん。だが質問に答える前に……。お前のその格好はなんだ? 誘っているのか?」

「俺の意思じゃない。いいから質問に答えろ」

 ここまで触れずに来たんだから、最後まで触れずに通せ。

 自分の趣味でこのファッションをしているわけではない。

「作戦はすでに言った。コマを殺す。それがなされぬ限り、なにも進まん」


 本気か?

 こいつは本気でコマの死を願っているのか?

 確か、バクに誘導された間宮ゆりも、コマの命を狙っていたらしいが。

 同じ楼閣に住む師弟なのに。


 俺はひとつ呼吸をし、告げた。

「なあ、バク。もしどちらか一方を殺す必要があるなら、俺は躊躇なくお前を選ぶぞ」

「コマはそれを望んでいるのか?」

「知るか。俺には俺のプランがあるんだよ」

 だが、コマが近づいてきて、うるうるした目で見上げてきた。

「お願いじゃから、バクのことは殺さんでくれんかのぅ」

「なんでだよ」

「なんでもじゃ」

 断る。

 全員の意見を聞いていたら共倒れになる。


 バクは勝ち誇った表情だ。

「お前たちの魂胆は分かっているぞ。俺サマと機械を争わせておいて、自分たちに都合のいい展開に持ち込むつもりなのだろう。だが、残念だったな。勝つのは俺サマ。負けるのは人間だ」

 米軍の加護すら突破できなかった妖怪が、勝利宣言とは。

 だが、バクはまだ本調子ではない。

 このあと力を取り戻したら、エスタブリッシュメントに悪意を寄生させ、意のままに操ることすら可能になるかもしれない。


 バクと政府、両方を敵に回して勝利するのは不可能かもしれない。

 妥協して、どちらかと手を組まなければ。

 そうなると、バクには交渉の余地がない。良心があるのは政府のほう。それは間違いない。


 A子が、コマの後ろに回り込み、すぅっと呼吸をした。

「はぁ。おひさまのにおいする」

「やめんか、こんなときに……」

「アメリカの兵隊が問題なの? だったらあたしがなんとかしようか?」

 こいつ……。

 いきなりコマを吸い始めたかと思えば、危険な提案を。


 バクはふんと鼻で笑った。

「お前ならできるだろうな。だが、気に食わん。人がバケモノの仕事を奪うなど」

「いまそんなこと言ってる余裕ある? あたしだって、殺すならあんたのほうがいいと思ってる。けど、いま死なれたら困るから」

「ふん。知ったことか。人間の問題に俺サマを巻き込むな」

 普通に会話しているが、たぶんいまここでバクを殺そうと思えば殺せる。


 *


 結論が出ないまま、解散となった。

 俺たちは事態を一歩も前へ進めていない。

 ただ時間を失っているだけだ。


 それからの数日は、またなにもなく。

 ただ職場とマンションを往復するだけの日々を送った。

 ロクな仕事もないのに出社するのは苦痛だが。やらないと問題になるので、俺は真面目に出社している。もちろん定時前に。


 ある日、出社すると、間宮氏が深刻そうな顔で電話していた。

「いえ、ですが……。いまからですか? 研究所は? 言っていない? なぜです? 事情? ですからその事情というのは……。ええ。それはそうですが。こちらで? 引き取れと? いえ、しかし……。はい。はい。承知しました。お待ちしております」

 盛大な溜め息と同時に電話を切った。


「おはようございます」

 俺がそう告げると、彼女もしょぼくれた顔で同じセリフを返してきた。

 かかわらないほうがよさそうだ。


 だが、間宮氏はコーヒーカップを手に、こちらへ近づいてきた。

「大友さん、出かける準備をしておいてください。十分くらいしたら迎えが来ます」

「はい? なんの?」

「山梨へ向かいます」

「山梨? なぜ?」

「はぁ……」

 返事は溜め息だった。

 なぜなんだ?

 教えてくれてもいいだろう。


 九時八分、C子が出社。

「はざーっす」

 普通の会社なら、自動的に「半休」の扱いにされていてもおかしくない。


 間宮氏はデスクから声だけをかけた。

「おはようございます。このあと二人で出かけるので、お留守番お願いしますね、大友さん」

「は? 留守番? どこ行くの?」

「出張です」

「出張って? え、泊まり?」

「日帰りです」

「やらしいことしないでよ。そいつ、いちおうあたしの旦那なんだから」

「するわけないでしょう。セクハラで訴えますよ」

「だっる」

 会話の内容がクソ過ぎる。


 *


 黒塗りの車が迎えに来たので、俺と間宮氏は後部座席に乗り込んだ。

 運転手は、なんだか知らないヤツだ。


「ボス、教えてくださいよ。山梨になにしに行くんです?」

「ペットを引き取りに」

「はい?」

 さすがに冗談だろうと思ったのだが、間宮氏はにこりともしておらず、むしろ憤慨した表情を浮かべていた。

「そのペットの名前、聞かないんですか?」

「なんて名前なんです?」

「コマです」

「……」


 もったいぶった言い回しをすると思ったら。

 コマだと?


「え、実在するんですか?」

「ええ。そのようですね。あなたが深く関与していたにも関わらず、一切報告のなかったコマという妖怪が、山梨に実在していたのです」

 そういえば報告していなかった。

「実在って? でも妖怪ですよ? そんなものが……」

「見た目はキツネだそうです」

「コマって言うからライオンかと思ったのに」

 狛犬のモデルはライオンだと言われている。

 高麗こまを経由して入ってきたから狛犬なのだと。


 間宮氏は遠慮もなく大きな溜め息をついた。

「かつて小間という名の集落があったようです。例の妖怪は、その地方で祀られていた土着の神らしく……。まったく、神とか妖怪とか……。私もどう受け止めていいのか分かりませんが……。しかし一連の出来事を体験した以上、いないとは言えなくなっていますからね」

「引き取るんですか?」

「上からはそのように指示されました」

「まさか、研究所に送るつもりじゃないでしょうね?」

 俺の問いに、彼女は眉をひそめた。

「私としては研究所に引き取って欲しかったのですが。どうやらうちで預かれと」

「まあ、ちゃんと保護するなら……」


 しかしコマが実在したとはな。

 ということは、バクもどこかに実在するということなのか?


「けど、なぜ急に発見されたんです? 機械かなにかで?」

 俺がそう尋ねると、間宮氏は肩をすくめた。

「いいえ。さっき言った小間の集落から、引き取って欲しいと連絡があったんです。直接じゃないですよ。政府の……専門の部署に。そこからまわりまわって、最後はうちに」

 お役所名物「たらい回し」か。

 まあ役所としても、管轄外の仕事は安易に引き受けられないから、担当部署と思われる相手に回すしかないんだとは思うが。


 しかしなにも、いまうちに寄越さなくたって……。


(続く)

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こんなふうに急に予想外のところから話が動く感じが好き
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