相撲の夢を見た(一)
ふんどしだ。
ふんどしの男たちが、神社に密集している。
というか俺までふんどしだ……。ふんどし一丁なのに、腕にパワーストーンだけが装着されている。恥ずかしい。帰りたい。
なにかの祭りなのか、太鼓がドンドンと鳴らされている。
「今年は勝つどぉ」
「ナメられてらんねぇべしゃ」
「稲葉んとこの倅もけぇって来たしな」
酒の入ったおじさんたちが盛り上がっている。
この地域では祭りの日に相撲をするらしい。
この地域では、というか、夢の主の脳内では。実在するかどうかは知らない。実在する場合もある。
突然、背中をパァンと叩かれた。
「痛っ」
「見ねぇ顔だな? 兄ちゃんも出んのか?」
「いえ、俺は出ませんよ。というか、初めて来たばっかりで」
「なんだ、新入りか。ここらじゃ、毎年、盆になると相撲しんだな。ほんで勝てば、来年、豊作になんだ。おもしれぇべ?」
「はぁ……」
そういう地域の祭りか。
どいつもこいつも無暗にガタイがいい。
妙なことをして争うべきじゃないな。
それはそれとして……。
Kが、痩せた体を隠して恥ずかしそうにしている。
「え、なにこれ? なにこれ? ボク、どうしたら……」
「参加しなくていい。俺たちは俺たちの仕事をしよう」
「はい……」
女の子みたいな顔だから、周囲のおじさんたちの視線を集めている。
俺たちは相撲をする必要はない。
主を見つけて護符を貼ればいい。
だが、今回は難しそうだ。
こんなに人が密集しているところで、護符を貼る余裕があるのか? 貼ったとして、出てきた悪意をどう処理すれば?
よほど迅速にやったとして……。最近のコマは、すぐに夢を終わらせてくれない。パニックになる前に主を射殺するしかない。
「にぃーしぃー」
土俵では相撲が始まった。
大相撲ほどではないが、デカいヤツとデカいヤツ。
あそこに挟まったら死ぬだろうという予感がある。
ふんどしの男たちがぶつかり合って、観客のおじさんたちが怒声を浴びせる。
「やれやれぇ! やっちめぇ!」
「ぶっ殺せぇ!」
「アバズレの倅ぇ!」
マナーもなにもあったもんじゃない……。
そもそも観客がふんどしである必要はなかろうように思うのだが。おかげで俺たちまでふんどしにさせられてしまった。
張り出されたリストを見る限り、十番勝負になっているらしい。
こんなのを十回も見せられるとは。
実在するのであれば、ぜひ違法行為として取り締まったほうがいい。
*
あまり人のいないところへ移動し、ダウジングロッドで主を探査した。
だが……人が密集しているので、個人を特定できない。
どうしようもない。
ガタイのいいおじさんがしかめっつらで近づいてきた。
「おい、お前ら! そんなとこでなにコソコソやってんだ!」
「すいません」
田舎の出身だから分かる。
こういう場所に個人の自由はない。
みんなが集中しているときは、自分も集中しなければならない。
「兄ちゃん、相撲できるか?」
「はい?」
「一人来れなくなっちまったんだ。こっち来い」
「え、いや……」
「来い!」
強制だ。
ここに文明の火は届いていない。
*
「にぃーしぃー、たまだぁくろぉー」
行司に名前を呼ばれ、俺はやむをえず土俵にあがった。
相撲の経験は、いちおう、ある。
あるが、その結果分かったことは、相撲をやってる巨漢はクソ強いということだ。質量はエネルギーだ。正面からタックルを受けるべきではない。ナメていると半殺しにされる。受け身に専念しておかないと、どこかの骨が折れる。
「頼りねぇ体だな!」
「ぶっ殺しちまえ!」
客がクソなのもイラつく。
「ひがぁーしぃー、たのむぅーさくぅー」
タノムサク……。タイ人か?
ムエタイ選手ほどではないが、バキバキに鍛え上げられた角刈りの男が出てきた。巨漢ではない。その代わり、贅肉のないアスリート体型。年齢不詳。まあ何歳でもいい。どう考えても強い。
「行けタノムサク!」
「蹴れぇ! 蹴り殺せぇ!」
古事記じゃねーんだぞ。
蹴りは禁止だろ。
お前が俺の代わりに戦えクソが……。
タノムサクの表情は真剣だ。
俺もいちおう真面目な顔で睨んでおく。情報戦はすでに始まっている。
「見合って見合ってぇ。はっけよい!」
タノムサクが飛び出してきた。
俺はラジオ体操の屈伸運動のように、足を残したまま横へスライド。するとタノムサクは、その足に引っかかった。
作戦通り。
なのだが、タノムサクのスネはアホみたいに硬かった。しかも転びそうな勢いだったのに、転倒せずに身を持ち直し、俺の背後に回り込みやがった。
行けたと思ったのに。
そう思った直後、俺は背中に凄まじい衝撃を受けた。
パァンと大空にまで響くような打撃音。
こいつ、俺の背中に、ローキックを……。
「ほごおっ」
俺はなんだか分からない声を出して、土俵に突っ伏した。
過去にないほどエビ反りになっている。
飛び交う怒声と紙コップ。
「なにやってんだタノムサク!」
「この恥さらしが!」
「相撲も知らねぇのか!」
「ムエタイじゃねーんだぞ!」
いや、蹴れって言ったのお前たちじゃ……。
当のタノムサクも頭を抱えて天を仰いでいる。
こんなはずじゃなかった、というわけか。
まあなんだろうが許さねぇがな。
こっちはしばらく立ち上がれそうにない。折れてはいないと思うが。痛いとしか言えない。
「えー、ただいまの取組、タノムサク選手の反則行為により、西の玉田九郎さんの勝ちとなります」
観戦していた神職がマイクでそう告げると、観衆はまた好き放題に怒鳴り散らした。
*
「玉田サン、ゴメンナサイ。キック、出てしまいマシタ。わざと違いマス」
「うん……。もういいから……」
神社の脇のほうで、俺はひたすら謝罪を受けた。
タノムサクは悪い人間ではなかった。ただ、スイッチが入ってしまい、闘争心に火がついただけなのだ。まあ許さねぇがな。
だいたい、ムエタイだって相手の背中からは蹴らないだろう。
生物としては強いのかもしれないが、スポーツをやっていい人間ではない。
Kも心配そうに近づいてきた。
「お水、もらってきました」
「ありがとう」
本当にありがたいんだが、ちょっと吐きそうだ。
これが現実世界での出来事じゃなくてよかった。
「ゴメンナサイ、玉田サン。ワタシ、手伝いしないとイケマセンですから。あっち行きタイ」
「ええ。どうぞ。お気になさらず」
「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ」
キックさえしなければいいヤツなんだろう。
たぶん。
試合は盛り上がる一方だ。
もう俺の犠牲などなかったかのように「殺せ」の声が飛び交っている。
「背中も痛いけど、足も痛い……」
「すごい音しましたよ」
スネに小さなコブができている。
ああいう鍛えてるヤツとは二度と戦いたくない。
「痛いですか? ボク、湿布もらってきましょうか?」
「いや、大丈夫。それより、主の目星は?」
もうコソコソ喋っていても大丈夫だ。
試合を終えた俺を、白い目で見るものはいない。参加しないものは異物だが、参加すればまあまあ許容される。それが田舎の雰囲気だ。反則行為による負傷者でもあるわけだしな。
「西側に反応があるのは分かりました。けど、それ以上は」
「できれば、もう少し絞り込みたいな」
真剣な話をしていると、突如、どこかに雷が落ちた。
ピシャーンと大地へムチ打つような、凄まじい衝撃。
俺たちはただ茫然と、感覚が戻るのを待った。
天気はよかったのに、急に雷が落ちてきたなんて。
「おい! 稲葉の倅が打たれたぞぉ!」
「なんだとぉ!?」
おじさんたちがどよめき始めた。
神職がマイクを手に取った。
「これは……これは天罰に違いありません……。神がお怒りになっておられるのです」
どよどよ。
はい。
さすがにこの展開は読めなかった。
というか、ありえないだろ。最初からホラーならともかく。相撲の途中に天罰などと……。主の頭がどうかしているのか? それともコマの術が不安定になっているのか?
ズーンと音がして、人とは思えぬ大男が土俵にあがりこんだ。
「人間どもめ、腑抜けた相撲をしおって……。この相撲の神が本当の相撲というものを教えてやる。我こそはと思うものは土俵へあがれぇい」
背は3メートルほどあるだろうか。
いや、凄いのは背丈のみではない。全身の筋肉もゴリゴリと盛り上がっている。ねぷた祭りの山車に乗ってるヤツが、そのまま現れたみたいだ。
その前に、相撲の神ってなんだよ、という問いはあるが……。
まあ、ああいう意味不明なのは無視していい。
あきらかに主ではない。
俺たちの仕事とは関係がないのだ。
「ワタシが行きマス」
タノムサクが土俵にあがった。
こいつ、正気なのか……。
神はギロリと目を動かした。
「ほう。気骨のある人間だな。名を聞こう」
「タノムサク」
「どっせぇい」
名乗った次の瞬間、神の手が振り下ろされて、タノムサクは土俵の染みとなった。
肉片が飛び散って阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
「次の人間はどいつだ?」
普通の相撲だけやっておけばよかったものを。
こんなクソ展開だって分かってたら、俺だって痛い思いをしなくて済んだのに。
問題は、誰も逃げ出そうとしなかったということだ。
一致団結して、なんとかしてこの「神」に相撲で勝とうとしている。
もはや相撲ですらないと思うが……。
まあいい。
夢に正気を求めるほうが間違っているのだ。
俺たちは、俺たちの仕事に専念したほうがいい。
(続く)




