表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BAKU  作者: 不覚たん
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/38

妙な夢を見た(六)

 それからの数日は平穏だった。

 他の誰かがやっていたのかもしれないが、少なくとも俺にはコマの仕事はなかった。間宮氏とC子もケンカをしない。不安をおぼえるほどの平和。


 だがある夜、トキに召喚された。


 構造のしっかりとした、古びた木造の屋敷。

 天井の高い板の間には、椅子とテーブルが配置されていた。俺たちは、そこで茶を供された。抹茶ではなく、急須で淹れた茶だ。


「集まってくれてありがとう。やっと話を進められそうだ」

 トキは柔和な表情でそう告げた。

 集まったというよりは、こちらの意思とは無関係に呼び出されたわけだが。


 そう。

 今日は俺とトキだけではない。間宮氏とウィリアムズ氏もいる。俺も私服だが、他の面々も同じ。間宮氏はやたらフリルのついた服を着ているし、ウィリアムズ氏は釣りにでも出かけそうなベストを着用している。

 俺は安いジャージ。普段着ているものが自動的に選ばれているのだろう。


 ウィリアムズ氏も力強い笑みだ。

「参加できて光栄ですよ。私にできることならなんでも言ってください」

 政治的な制限はあるとは思うが、たぶん一番なんでもできるのは彼だろう。


 間宮氏は目を泳がせている。

「あの、せめて勤務時間内に……」

 骨の髄まで役人なのか。

 勤務時間内に夢を見ていいならみんなそうするが。


「まずはお茶をどうぞ」

 トキは人間の事情など気にしない。

 そういうヤツだ。


 俺は無遠慮に茶をすすった。味はしないが、職場の残念なコーヒーよりはうまく感じる。

「なにか進展が?」

「そう。進展が欲しかった。だけど、なにも思いつかなかったんだ」

 トキは微塵も動じた様子もなく、そう言い切った。

 開き直りやがって。

「えーと、じゃあ……」

「私には思いつかなかったけど、みんななら思いつくかもしれない。そう思って集まってもらったんだ」

 なにか策でもあるのかと思いきや。

 丸投げとは。


 いや、だが、こうして議論の場を用意してくれただけでも結構。

 俺は現実世界では監視されている。ウィリアムズ氏との連絡も躊躇していた。だが、幸いここには制限がない。

 トキなりに事態を進展させようとしてくれたのだ。


 俺は……言うべきかやや迷ったが、こう切り出した。

「まず、俺の目的に関して言えば、日本政府がエネルギー政策を変えてくれない限り、達成不可能だと思ってます」

 するとウィリアムズ氏は「アメリカ政府もね」と付け加えた。

「アメリカも? シェール革命で、産油国になったはずでは? それでもまだエネルギーが足りないと?」

「そう。アメリカはその上で、まだオイルを輸入していますよ。エネルギーはどれだけあっても足りない」

 まるで暴食の悪魔だな。


 しかし予想以上に厄介だな。

 日本だけでなく、アメリカ政府まで止めないといけない。

 ハッキリ言って、このメンバーには不可能では?

 そんな力があったら、今頃もっといい暮らしをしている。少なくともマンションに軟禁されて、魚介のにおいにまみれて暮らさなくて済む。


 

「具体的な議論の前に、みんなの目的と、各自なにができるのかを整理したいんですが」

 俺がそう告げると、間宮氏が少し身を引いた。

「なぜあなたが仕切るのです?」

「失礼。ではボスが仕切ってださい。俺は挙手をしてから発言します」

「いえ、そういう意味ではなく……」

 彼女の視線は、トキへ向けられていた。

 彼の役割がよく分からない、といったところか。

 大丈夫だ。

 そいつは置物だと思って欲しい。


 ウィリアムズ氏が肩をすくめた。

「私に積極的な目的はありません。しかし、できる範囲で玉田さんのお手伝いをしたいと思っています」

「アメリカ政府と敵対しますよ?」

「敵対しない方法を考えればいいのです」

 そうかもしれない。

 俺はどうせ、政府は言うことを聞かないだろうという前提でいたが。でも実際、聞きそうにないんだが。


 間宮氏もその点が気になったようだ。

「敵対せずに対処できますか?」

「いくつか考えられます。まず、投じたコストに見合った利益が出ないと判断された場合。アメリカはすぐにでも手を引くと思います。夢の研究そのものをやめるとは思いませんが。少なくとも、夢をエネルギーに変換するプランは、凍結ないし破棄されるのではないかと」

 なるほど。

 倫理的な判断ではなく、経済的な判断か。


 間宮氏はかすかに溜め息をついた。

「エネルギーに余裕のあるアメリカはいいかもしれませんが。日本にとってエネルギー政策は喫緊の課題でして……。上は容易には諦めないかと」

 ウィリアムズ氏はそれでも笑顔のままだ。

「その点もアイデアがありますよ。日本はアメリカのオイルを買えばいいのです。いま以上にね」

「えぇっ……」

「押し売りではありません。私から上に働きかけて、安く売るよう促します。もし夢からエネルギーを取り出せるようになれば、やがて日本は独自のエネルギーを手に入れることになってしまう。それはアメリカにとってマイナスです。顧客を失うわけですから。日本としても、安いオイルが手に入るなら、夢にコストはかけないでしょう」

 じつに頼りになる。

 これで問題を解決できるんじゃないか?

 もし実行できるならば、ではあるが。


 問題は、なにかの拍子に技術革新が起きて、コストが激減した場合。

 あるいは……。


 俺はすっと挙手をした。

「コストってのは、具体的にどこにかかってるんです? 研究費? 出力がどうこうって話は聞きましたけども」

 間宮氏が目を反らした。

 自分から言うつもりはないらしい。

 代わりに応じてくれたのはウィリアムズ氏だ。

「そう。出力です。機材は電気で動かしていますから、投入した電力より大きなエネルギーを回収できなければ、やればやるだけマイナスになります。ほかにも研究費、維持費、人件費などがかかりますね。現状では、原油を採掘するほうが効率がいいのです」

「もしバクの障壁が薄くなれば?」

「もちろんコストは下がりますよ」


 俺の懸念はそれだ。

 実際、バクは弱っている。コマも弱っている。皮肉なことに、バクがエネルギーを回収しない限り、障壁は弱まる一方。

 もしバクを殺せば、障壁は完全に消える。すると人類は、夢からエネルギーの抽出を始めるだろう。同胞の命を原資として。

 しかしバクを生かしておけば、やはり人の命が喰われる。

 人が人の命を貪るくらいなら、バクを生かしておいたほうがいいのでは、という考えさえ脳裏をよぎる。


 アメリカが格安でオイルを提供してくれたとて、夢のコストがそれを下回ってしまったら意味がない。

 大事なのはバランス。

 それに、日本とアメリカが研究を放棄したからといって、他の国まで放棄するとは限らない。

 俺たちのしようとしていることは、時間稼ぎでしかない。


「夢からエネルギーを取り出すということが、人の命を奪うものだということを、先んじて世界に知らしめるしかないのかも」

 俺はそうつぶやいてみたが、成功するとは思えなかった。

 これはエネルギー問題に限った話ではない。どんなにダーティーな要素が絡んでいようと、商品が安ければ人はそれを選択する。仮に安くなくとも、利権が絡んだ途端、安いということにされて選択される。事実はどうでもいい。大事なのはイメージだ。

 情報だけは溢れているのに。正しさよりも気持ちよさが優先されてしまう。専門家の分析は軽視されて、インフルエンサーの言葉だけが浸透する。有史以来おこなわれてきた行為ではあるが、いまやそれがSNSによって歯止めなく加速してしまう。


 手詰まり、か……。


 ふと、見上げた空が光り始めた。空の向こう側――宇宙で爆発でも起きたみたいに。

 トキがなにかしたのか?

 だが、彼は不審そうに目を細めていた。


 まさか、外部からの攻撃か?


 眼前の空間が裂けて、女が現れた。

 暗い目をした長髪の女。そいつは学生服の上から黒のパーカーを羽織っていた。

「あたしも混ぜてよ」

 A子、だ。

 病院にいたはずでは……?


 彼女はなにもないところから椅子を呼び出して、そこへ腰をおろした。

「どうしたの? 計画を進めるのに優秀な能力者が必要でしょ?」

 そうだ。

 だが、どうして……。


「あたしの考えを教えてあげる。なんかよく分からない機械を使って、人からエネルギーを取り出すのが気に食わないんでしょ? だったら簡単だよ。権力者に悪意を寄生させて、吸い出される側に置いてやればいいんだ。他人の命だと思うから簡単にお金に変えようとするんでしょ? でも、それが自分の命だったら? やらないよね」

 確かに、それなら思いとどまるかもしれないが。

 しかしそれよりも……。

「体は大丈夫なのか?」

「なにが? ていうかひどいじゃん。ほとんどお見舞い来てくれなくて。会えるの楽しみにしてたのに。それより見てよ。髪伸ばしたの。似合う?」

「ああ、ええと……似合うよ」

 呪いのオカッパ人形が、呪いの人形になっただけのような気もするが。ヘルメットみたいな前髪のせいかな。

 まあ似合っていると言えば似合っている。


 A子は不審そうに目を細めた。

「お兄さん、ウソがヘタだね。かわいいお姉さんと結婚して浮かれてるんでしょ?」

「結婚してない」

 その前に、なぜその設定を知っている?

 誰が教えた?


 ウィリアムズ氏は笑顔だったが、表情にはさすがに苦いものを混じらせていた。

「権力者を標的に? それは一時的には成功するかもしれませんが……。もし敵と認定されれば、今度は全面戦争に発展しますよ。世のエスタブリッシュメントは、共通の敵を見つけるとすぐに手を組みますから」

「大人ってすぐこれ。あたしにも分かるように言って」

「あなたは殺されます」

「それは分かりやすいけど……」

 この上なく分かりやすいが、身も蓋もない。


 しかしどんなにイカレていたとして、新たな選択肢を提示してくれたことには感謝したい。

 それ自体は使えなくとも、アレンジすれば応用が利くかもしれない。

 エスタブリッシュメントの命を天秤にかけるというのは、交渉のカードとしては悪くない。実際にやってしまったら、ウィリアムズ氏の言った通りの結果になるが。

 伝家の宝刀というのは、抜かないからこそ伝家の宝刀なのだ。抜かなければ永遠に使えるが、抜いてしまったら価値を失う。


 待てよ。

 それを俺たちがやろうとするから、エスタブリッシュメントと対立するんじゃないか?


 もしそうなら、この方法をバクに教えてやればいい。

 あいつはハナから人類の敵だと思われているし、本人も敵対する気マンマンでいる。もしこの策でバクとエスタブリッシュメントのパワーバランスを拮抗させることができるのなら、問題を永遠に先送りできるのではなかろうか?

 それは永遠の膠着であり、永遠の休戦。つまり永遠の平和だ。


「お兄さん、なに笑ってんの? 怖いんだけど」

「悪いな。ちょっとばかり……面白いことを思いついたもんでな」

 とはいえ、バクも長いこと生きているのだ。

 この程度の策、すでに思いついているかもしれない。

 いや、あいつはひどく気が短い。自分を最高だと思っていて、他人を見下している。信頼できる仲間もいない。しかも長いこと不調だった。きっとまともな策など思いついていないはずだ。

 ここはひとつ、貸しを作ってやるとするか。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ