妙な夢を見た(六)
それからの数日は平穏だった。
他の誰かがやっていたのかもしれないが、少なくとも俺にはコマの仕事はなかった。間宮氏とC子もケンカをしない。不安をおぼえるほどの平和。
だがある夜、トキに召喚された。
構造のしっかりとした、古びた木造の屋敷。
天井の高い板の間には、椅子とテーブルが配置されていた。俺たちは、そこで茶を供された。抹茶ではなく、急須で淹れた茶だ。
「集まってくれてありがとう。やっと話を進められそうだ」
トキは柔和な表情でそう告げた。
集まったというよりは、こちらの意思とは無関係に呼び出されたわけだが。
そう。
今日は俺とトキだけではない。間宮氏とウィリアムズ氏もいる。俺も私服だが、他の面々も同じ。間宮氏はやたらフリルのついた服を着ているし、ウィリアムズ氏は釣りにでも出かけそうなベストを着用している。
俺は安いジャージ。普段着ているものが自動的に選ばれているのだろう。
ウィリアムズ氏も力強い笑みだ。
「参加できて光栄ですよ。私にできることならなんでも言ってください」
政治的な制限はあるとは思うが、たぶん一番なんでもできるのは彼だろう。
間宮氏は目を泳がせている。
「あの、せめて勤務時間内に……」
骨の髄まで役人なのか。
勤務時間内に夢を見ていいならみんなそうするが。
「まずはお茶をどうぞ」
トキは人間の事情など気にしない。
そういうヤツだ。
俺は無遠慮に茶をすすった。味はしないが、職場の残念なコーヒーよりはうまく感じる。
「なにか進展が?」
「そう。進展が欲しかった。だけど、なにも思いつかなかったんだ」
トキは微塵も動じた様子もなく、そう言い切った。
開き直りやがって。
「えーと、じゃあ……」
「私には思いつかなかったけど、みんななら思いつくかもしれない。そう思って集まってもらったんだ」
なにか策でもあるのかと思いきや。
丸投げとは。
いや、だが、こうして議論の場を用意してくれただけでも結構。
俺は現実世界では監視されている。ウィリアムズ氏との連絡も躊躇していた。だが、幸いここには制限がない。
トキなりに事態を進展させようとしてくれたのだ。
俺は……言うべきかやや迷ったが、こう切り出した。
「まず、俺の目的に関して言えば、日本政府がエネルギー政策を変えてくれない限り、達成不可能だと思ってます」
するとウィリアムズ氏は「アメリカ政府もね」と付け加えた。
「アメリカも? シェール革命で、産油国になったはずでは? それでもまだエネルギーが足りないと?」
「そう。アメリカはその上で、まだオイルを輸入していますよ。エネルギーはどれだけあっても足りない」
まるで暴食の悪魔だな。
しかし予想以上に厄介だな。
日本だけでなく、アメリカ政府まで止めないといけない。
ハッキリ言って、このメンバーには不可能では?
そんな力があったら、今頃もっといい暮らしをしている。少なくともマンションに軟禁されて、魚介のにおいにまみれて暮らさなくて済む。
「具体的な議論の前に、みんなの目的と、各自なにができるのかを整理したいんですが」
俺がそう告げると、間宮氏が少し身を引いた。
「なぜあなたが仕切るのです?」
「失礼。ではボスが仕切ってださい。俺は挙手をしてから発言します」
「いえ、そういう意味ではなく……」
彼女の視線は、トキへ向けられていた。
彼の役割がよく分からない、といったところか。
大丈夫だ。
そいつは置物だと思って欲しい。
ウィリアムズ氏が肩をすくめた。
「私に積極的な目的はありません。しかし、できる範囲で玉田さんのお手伝いをしたいと思っています」
「アメリカ政府と敵対しますよ?」
「敵対しない方法を考えればいいのです」
そうかもしれない。
俺はどうせ、政府は言うことを聞かないだろうという前提でいたが。でも実際、聞きそうにないんだが。
間宮氏もその点が気になったようだ。
「敵対せずに対処できますか?」
「いくつか考えられます。まず、投じたコストに見合った利益が出ないと判断された場合。アメリカはすぐにでも手を引くと思います。夢の研究そのものをやめるとは思いませんが。少なくとも、夢をエネルギーに変換するプランは、凍結ないし破棄されるのではないかと」
なるほど。
倫理的な判断ではなく、経済的な判断か。
間宮氏はかすかに溜め息をついた。
「エネルギーに余裕のあるアメリカはいいかもしれませんが。日本にとってエネルギー政策は喫緊の課題でして……。上は容易には諦めないかと」
ウィリアムズ氏はそれでも笑顔のままだ。
「その点もアイデアがありますよ。日本はアメリカのオイルを買えばいいのです。いま以上にね」
「えぇっ……」
「押し売りではありません。私から上に働きかけて、安く売るよう促します。もし夢からエネルギーを取り出せるようになれば、やがて日本は独自のエネルギーを手に入れることになってしまう。それはアメリカにとってマイナスです。顧客を失うわけですから。日本としても、安いオイルが手に入るなら、夢にコストはかけないでしょう」
じつに頼りになる。
これで問題を解決できるんじゃないか?
もし実行できるならば、ではあるが。
問題は、なにかの拍子に技術革新が起きて、コストが激減した場合。
あるいは……。
俺はすっと挙手をした。
「コストってのは、具体的にどこにかかってるんです? 研究費? 出力がどうこうって話は聞きましたけども」
間宮氏が目を反らした。
自分から言うつもりはないらしい。
代わりに応じてくれたのはウィリアムズ氏だ。
「そう。出力です。機材は電気で動かしていますから、投入した電力より大きなエネルギーを回収できなければ、やればやるだけマイナスになります。ほかにも研究費、維持費、人件費などがかかりますね。現状では、原油を採掘するほうが効率がいいのです」
「もしバクの障壁が薄くなれば?」
「もちろんコストは下がりますよ」
俺の懸念はそれだ。
実際、バクは弱っている。コマも弱っている。皮肉なことに、バクがエネルギーを回収しない限り、障壁は弱まる一方。
もしバクを殺せば、障壁は完全に消える。すると人類は、夢からエネルギーの抽出を始めるだろう。同胞の命を原資として。
しかしバクを生かしておけば、やはり人の命が喰われる。
人が人の命を貪るくらいなら、バクを生かしておいたほうがいいのでは、という考えさえ脳裏をよぎる。
アメリカが格安でオイルを提供してくれたとて、夢のコストがそれを下回ってしまったら意味がない。
大事なのはバランス。
それに、日本とアメリカが研究を放棄したからといって、他の国まで放棄するとは限らない。
俺たちのしようとしていることは、時間稼ぎでしかない。
「夢からエネルギーを取り出すということが、人の命を奪うものだということを、先んじて世界に知らしめるしかないのかも」
俺はそうつぶやいてみたが、成功するとは思えなかった。
これはエネルギー問題に限った話ではない。どんなにダーティーな要素が絡んでいようと、商品が安ければ人はそれを選択する。仮に安くなくとも、利権が絡んだ途端、安いということにされて選択される。事実はどうでもいい。大事なのはイメージだ。
情報だけは溢れているのに。正しさよりも気持ちよさが優先されてしまう。専門家の分析は軽視されて、インフルエンサーの言葉だけが浸透する。有史以来おこなわれてきた行為ではあるが、いまやそれがSNSによって歯止めなく加速してしまう。
手詰まり、か……。
ふと、見上げた空が光り始めた。空の向こう側――宇宙で爆発でも起きたみたいに。
トキがなにかしたのか?
だが、彼は不審そうに目を細めていた。
まさか、外部からの攻撃か?
眼前の空間が裂けて、女が現れた。
暗い目をした長髪の女。そいつは学生服の上から黒のパーカーを羽織っていた。
「あたしも混ぜてよ」
A子、だ。
病院にいたはずでは……?
彼女はなにもないところから椅子を呼び出して、そこへ腰をおろした。
「どうしたの? 計画を進めるのに優秀な能力者が必要でしょ?」
そうだ。
だが、どうして……。
「あたしの考えを教えてあげる。なんかよく分からない機械を使って、人からエネルギーを取り出すのが気に食わないんでしょ? だったら簡単だよ。権力者に悪意を寄生させて、吸い出される側に置いてやればいいんだ。他人の命だと思うから簡単にお金に変えようとするんでしょ? でも、それが自分の命だったら? やらないよね」
確かに、それなら思いとどまるかもしれないが。
しかしそれよりも……。
「体は大丈夫なのか?」
「なにが? ていうかひどいじゃん。ほとんどお見舞い来てくれなくて。会えるの楽しみにしてたのに。それより見てよ。髪伸ばしたの。似合う?」
「ああ、ええと……似合うよ」
呪いのオカッパ人形が、呪いの人形になっただけのような気もするが。ヘルメットみたいな前髪のせいかな。
まあ似合っていると言えば似合っている。
A子は不審そうに目を細めた。
「お兄さん、ウソがヘタだね。かわいいお姉さんと結婚して浮かれてるんでしょ?」
「結婚してない」
その前に、なぜその設定を知っている?
誰が教えた?
ウィリアムズ氏は笑顔だったが、表情にはさすがに苦いものを混じらせていた。
「権力者を標的に? それは一時的には成功するかもしれませんが……。もし敵と認定されれば、今度は全面戦争に発展しますよ。世のエスタブリッシュメントは、共通の敵を見つけるとすぐに手を組みますから」
「大人ってすぐこれ。あたしにも分かるように言って」
「あなたは殺されます」
「それは分かりやすいけど……」
この上なく分かりやすいが、身も蓋もない。
しかしどんなにイカレていたとして、新たな選択肢を提示してくれたことには感謝したい。
それ自体は使えなくとも、アレンジすれば応用が利くかもしれない。
エスタブリッシュメントの命を天秤にかけるというのは、交渉のカードとしては悪くない。実際にやってしまったら、ウィリアムズ氏の言った通りの結果になるが。
伝家の宝刀というのは、抜かないからこそ伝家の宝刀なのだ。抜かなければ永遠に使えるが、抜いてしまったら価値を失う。
待てよ。
それを俺たちがやろうとするから、エスタブリッシュメントと対立するんじゃないか?
もしそうなら、この方法をバクに教えてやればいい。
あいつはハナから人類の敵だと思われているし、本人も敵対する気マンマンでいる。もしこの策でバクとエスタブリッシュメントのパワーバランスを拮抗させることができるのなら、問題を永遠に先送りできるのではなかろうか?
それは永遠の膠着であり、永遠の休戦。つまり永遠の平和だ。
「お兄さん、なに笑ってんの? 怖いんだけど」
「悪いな。ちょっとばかり……面白いことを思いついたもんでな」
とはいえ、バクも長いこと生きているのだ。
この程度の策、すでに思いついているかもしれない。
いや、あいつはひどく気が短い。自分を最高だと思っていて、他人を見下している。信頼できる仲間もいない。しかも長いこと不調だった。きっとまともな策など思いついていないはずだ。
ここはひとつ、貸しを作ってやるとするか。
(続く)




