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BAKU  作者: 不覚たん
第二章

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妙な夢を見た(五)

 トキはその日のうちに姿を現した。


 彼は一人、木々の合間に立ち尽くし、桃をかじっていた。

 遠くを見つめていた。


 だがこちらには感傷を共有している余裕はない。

 足早に近づいて、声をかけた。

「お招きいただきありがとう。さっそくだけど、状況を教えて欲しいんですが」

「みんなはいつも争っているね。本当にあわれだよ」

 構えば構うだけ時間をロスする。

 この無意味な鳴き声は無視していい。

「残された時間はあとどれくらいなんです? つまり、日本政府は、いつバクに仕掛けるつもりだと?」

 この問いに、彼は少し哀しそうな表情を浮かべた。

 あわれな話を無視したからか。

 だが時間がないのだ。


 彼は瑞々しい桃をかじり、大きな溜め息をついてからこう応じた。

「人間たちの機械は、まだ完成していないんだ。いや、ある意味では完成している。でも大きな出力に耐えられない。だからバクとコマの力が弱まるのを待っている」

「いつ突破されるんです?」

「分からないよ。私は未来を見通せるわけじゃないからね。見えるのは、いまこの瞬間だけ」

 それでも観測器としては優秀だ。

 替えが効かない。


「俺は、もっと積極的に協力したいと考えてまして。あんたがどういう理屈で俺を呼んだのかも理解してるつもりです」

「理解?」

 不審そうにこちらを見た。

 まあ人間ごときでは及ばないような情報を持っているのだ。俺の能力を疑うのもムリはない。

「いや、もしかすると、あんたはどうでもいいと思っているのかも」

「どうでもいいとは思っていないよ」

「けど、流れに任せようとはしてる」

「そう……。そうなんだ。私はいつもそうしている」

 だが本心ではない。

 本当に流れに任せるつもりなら、俺をここへは呼ばない。


「じゃあ俺の希望だけ言います。コマは生かす。バクは殺す。最終的に望むのはその二点だけ。言っておきますが、これは正しさの問題じゃありませんよ。俺に配慮したヤツと、その逆を選んだヤツ。それぞれに、それぞれの結末を与える。そういう、ごく私的な話です」

「けれども、私は誰の死も望まない」

「どっちにしろ誰かは死ぬんですよ。バクは人間を餌としか思ってないんだから」


 俺だっていつ寿命が尽きるか分からない。

 数字にビビりたくないから聞かないようにしているだけで。

 ダサくてもなんでもいい。これがもっとも効率のいい活動方法なのだ。もしあと一回で終わりだと思ったら、どうしても保身に走ってしまう。


 トキは俺ではなく、どこか遠くを見つめていた。

 人には分からないなにかを感じ取るかのように。


「私だって、できればみんなを救いたかった」

「なぜ過去形で言うんです? できますよ、いまからでも」

「しかしたくさんの人々を見捨ててきた私が、いまさら誰かを救うなど……」


 誰かを救うのに、理由が必要なのか?

 まあ、批判はすまい。

 人には人の思想がある。その思想は、過去に基づいている。歴史がある。俺の思い通りにいかないからといって、安易に否定すべきではない。


「人間が、なぜ群れを作るか知ってますか?」

「強くなるため……」

「一人では不可能なことを、なんとかして可能にするためです。手を組みませんか? あんただってこの世界をよくしたいと思ってるんでしょ? まあ俺は世界なんてどうでもいいけど。かかわった何人かは救いたい」

「私はバクも救いたいと考えている」

「あいつを?」


 救う?

 どうやって?

 あいつはもともと人を餌としか思っていない。そこへ来てコマの裏切りにあい、しかも人間から機械で狙われるという危機に直面し、もはや意固地になっている。あいつもあいつで生存のための戦いになっている。


 だが、ここで反論するのは得策ではない。

 俺は溜め息を飲み込んだ。

「分かりましたよ。善処します」

「その信用できない言葉を堂々と言わないで欲しいな」

「いまはなにも思い浮かばなくても、そのうち浮かぶかもしれないでしょ」

 永遠に浮かばないかもしれないが。


 とはいえ、俺のプランには欠陥がある。

 バクを殺し、コマを生かす。

 俺はそれでいい。だが政府はそうではない。バクが死んだら、次はコマをターゲットにするだろう。そうなると、俺は現実世界で日本政府の敵となる。夢の中とは違い、命はひとつきり。百鬼夜行みたいな便利な道具もない。俺が学生時代に習った半端な武術も、プロには通じない。

 結局のところ、俺の考えたチープな作戦は、より巨大な力に飲み込まれて終わる。


 トキはあわれむような目でこちらを見た。

「あなたは、自分の命をなんだと思っているのか」

「命? さあ」

 余計なお世話だ。

 俺の人生など、とっくに終わっているのだ。

 好きに使わせて欲しい。


「悪いけど、あなたの計画には協力できそうにない」

 トキはそんなことを言った。

 世界を救いたいのに、そのチャンスを不意にするというわけか。

 まあ俺の欠陥だらけのプランではな。

「分かった。分かりました。なら、あとは俺のほうで好きにやらせてもらいますよ。いや、責めはしませんよ。もともと人をアテにすべきじゃなかったんだ」

 本当はアテにしていたけど。

 それで潰れるようなプランを立てた俺が悪い。


 トキはさらに哀しげに目を細めた。

「そうじゃない。あなたの計画には協力できないが、私には別の計画があるんだ。それを聞いて欲しい」

「えっ?」

 見捨てるわけではない、と?


「あなたは、なんでも一人でやろうとしすぎなんだと思う。仲間を作ったほうがいい」

「はぁ」

 この男にだけは言われたくないのだが。

 だが事実ではある。

 ここは素直に聞くとしよう。

「私は間宮京と、ウィリアムズを仲間に引き入れるべきだと思う。それで作戦の幅が大きく広がる」

 間宮京は俺とC子の上司だ。

 ウィリアムズ氏はアメリカ側の夢の担当者。大使館にいる。

「ウィリアムズ氏はともかく、間宮氏も?」

「彼女は、悪い人間ではないよ。彼女が非協力的なのは、状況を理解していないせいなのだから」

「状況を?」

 俺なんかより、よく理解しているはずだが。

「二人には私から事情を説明しておくよ」

 俺は耳を疑った。

 二人に事情を説明しておく?

 この男が?


「ずいぶんやる気になりましたね」

 俺はつい皮肉を口にしてしまった。

 さっきまでやらないとか言っていたのに。


 トキはなんとも言えない笑みだ。

「おかしいかな? あなたに説得されたんだよ。私も群れを作っていいのだと」

「もちろん歓迎しますよ」

「友好のしるしに桃をどうぞ」

「頂戴します」

 トキが木から丸々とした桃をもいだので、俺は受け取って遠慮なくかじった。

 味はない。

 ただ水っぽいだけだ。


「ところで、その二人を引き込んだあとは、どうなる想定なんです?」

「できなかったことが、できるようになるよ」


 *


 さすがに寝不足だったが、なんとか遅刻せず職場に入った。

 間宮氏がコーヒーカップを持って近づいてきた。

「大友さん、少しお話が」

「はい」

 C子は来ていない。


「じつは今朝、妙な夢を見まして……」

「トキですか?」

「はい……」

 不安そうな顔になっている。

 まあそうだろう。

 夢を通じて、怪しいヤツが接触してきたのだ。こんな仕事をしているのでなければ、無視しているところだ。


「政府が、夢からエネルギーを取り出そうとしていることは知っていますか?」

「資料で見ました」

「そうですか。私も、あくまで選択肢のひとつとして存在することは知っていました。ですが、安全性に問題があることも……。なにせそのエネルギーの源泉は、人の命なのですから」

 さすがに理解はしていたのか。

「間宮さんはどこまでかかわってるんです?」

「ほぼノータッチです。私の担当は、能力者の管理ですから。つまり、あなた方や、柴田さんのような人たちを、一般社会から隔離しておくこと」

 俺たちは柴田氏と同じくくりだったのか。

 だが残念ながら、俺にもC子にもその能力はない。俺たちが夢の世界に介入できているのは、あくまでコマの都合だ。まあ政府にとっては同じカテゴリなのかもしれないが。


「はざーっす」

 クソみたいなタイミングでC子が来た。

 時刻は九時二分。

 露骨に遅刻だ。


 間宮氏は苦情も言わず「おはようございます」とだけ告げ、俺との話に戻った。

「私は、もっと建設的な理由でこの部署に志願しました。決して市民を搾取するためではありません」

「おや、奇遇ですね」

「皮肉はやめてください。私は本気で言ってるんです」

 怒ると年相応の若さが出る。

 機械みたいな女だと思っていたが、なかなか人間的でいい。

「失礼しました。でも、意見が一致しそうで嬉しいってのは本当ですよ」

「一致? 本当ですか?」

「おそらく……。え、政府を止めようと思ってるんですよね?」

「全部じゃあありません。このプロジェクトには、素晴らしい点もありますから」

「たとえば?」

「夢の治療です。たとえばA子さんみたいな、夢に干渉しやすい子の……」

 治療?

 そういえば、俺は彼女の病状を把握していなかった。

「あの子が? どんな病気なんです?」

「正式な病名はついていません。ただ、我々は症状Fと。FというのはForestです。つまり、眠りの森に入り込んだ人のこと」

「あの病院、そんなのを治療してたのか……」

「じつはあそこ、政府の管轄する機関なんです。治療というよりは、データを取るのが目的。柴田さんもあそこにいます」

 柴田も?

「あの、もしかして、彼女を使って人体実験でもしようってんですか?」

「落ち着いてください。いまは……少なくともそうではないと……聞いていますから……」

 いまは。

 だが、柴田がダメになったときのストックではあるんだろう。


 *


 業務中は特に会話はなかったのだが、C子は仕事が終わってから仕掛けてきた。

 俺の部屋で魚を焼きながら。


「なに? あんた、あの女と手を組むつもりなの?」

「そうだけど」

 言いたいことがあるなら、業務時間内に言えばよかったのだ。

 まあC子と間宮氏では不要な言い合いに発展する可能性もあったが。


 俺はテーブルで缶ビールをちびちびやっていた。

 こうして見ると、女に料理をさせて、一人で飲んでいる男みたいだが。俺は魚なんてなくてもいいのだ。一方、C子は魚を食いたいが、自宅では焼きたくない。俺は勝手に家を使われているだけ。むしろ被害者だ。

「換気扇、もうイッコ強くしてよ」

「最強にしてる。男のくせに細かいわね」

「ダメだぜ、その『男のくせに』って言い方。もし『女のくせに』って言われたときに、反論できなくなるぜ」

「は? そんなこと言われたらグーで殴るけど」

「そうかよ」

 まるで話にならない。

 とはいえ、彼女は口では反論してくるが、問題が起きるかどうかはちゃんと見てから行動している。大丈夫だろう。


 しばらくすると、彼女は焼いた魚を皿に載せて持ってきた。

「ほら、焼けたよ。食べよ食べよ」

「はい」

 ちゃんと分けてくれるんだから優しいところもある。

 大根おろしまですってある。


 彼女は箸で魚をほぐして、ぱくりとやった。

「まあまあね。ところでこれ、なんの魚だっけ?」

「知らないよ」

 買ってきた本人が知らないのに、俺に分かるわけがない。どこからどう見てもサンマではあるが。よくこんな高い魚買う気になったな。


 しばらく飲んでから、C子はダルそうな目でこちらを見た。

「あんたさ、完全に忘れてるよね?」

「なにを?」

「お互いのこと、好きになるよう努力しようって言ったよね? 努力してる?」

「してな……いや、まあ、前向きに対処しようとは……」

「はい、アウト。いま『してない』って言った」

 言いました。

 クソ。

 なぜ俺はこんなに素直なんだ。


 C子は、見せつけるような盛大な溜め息を出した。

「ま、分かってた。ムリだって。あんたってさ、終わってんのよ。人間的に」

「……」

 まあ普通、失礼だと怒るところなのかもしれない。

 だが俺自身、確かに終わっていると思っている。

「あたしもね、あんたのこと好きになれなかったわ。努力はしたけどね」

「すまん」

「謝んないでよ。べつに嫌いってワケじゃないんだから。友達にはなれるでしょ。たぶん。あんた、友達いないよね? だから、あたしが友達一号だよ。喜んで」

「いるよ、さすがに」

 向こうはどう思っているか知らないが、俺が友達だと思っている人間はいる。実在する。この日本のどこかには。学校を卒業してから合ってもいないが。


「ねえ。男と女の間に、友情って存在すると思う?」

 C子はそんなことを言ってきた。

 珍しく酔っ払っているのだろうか。


「そもそも友情ってなんだよ?」

「は? 出た。定義厨」

「同性であれば友情が成立する、というのが、そもそも幻想なんじゃないのか?」

「そんなわけないでしょ」

 ない?

 なぜそう断言できる?


「いや、冗談抜きでさ。友情なんて、もろいもんだぜ。無制限じゃない」

「まあそりゃ限度ってものはあると思うけど」

「つまりは制限つきなんだ。男女の間にも友情は存在するだろう。というのが俺の考えだ」

「はいはい。あんたはそうやってなんにでも答えを出せばいいよ。えらいえらい」

 いつも思うんだが、質問に答えただけでなぜこうも罵倒されるのか。

 いや、いい。

 もう慣れた。


 俺は「家族」でさえ制限つきで成立していると思っている。

 うちはギリギリで耐えたが。

 選択肢を間違えたら親に巻き込まれて死んでいた。

 無制限の愛などない。

 大事なのは、制限を見極めて、そこに抵触しないよう努力することだけだ。それ以外にやりようがない。


「でも忘れないでね。そうやって屁理屈こねてるヤツより、こうして魚を焼いてるあたしのほうが偉いんだから。感謝して食べなさいよ」

「そうだな。ありがとう」

 俺もそんな気がする。

 話を整理して、ロジックを組み立てるのも大事ではあるが。

 俺たちは、どんなに論理的に振る舞ってみたところで、動物であることをやめられるわけではない。メシを用意してくれるヤツは間違いなく偉い。


 C子は、しかし急に神妙な顔になった。

「ねえ、あたしらの仕事が夢の治療に役立つってホントなの?」

「えっ?」

 急にどうした?

 ここへ来たのは、俺を罵倒するのが目的ではなかったのか。

「もしそうなら、ゆりちゃんみたいな子が助かるってことだよね」

「おそらく。妹さんだって、きっとそれを願ってあの仕事についたはずだ」

「うん……」


 だから、互いに敵ではないのだ。

 最初のやり方を間違ってしまっただけで。

 目的が同じなんだとしたら、協力すればいい。互いを好きになる必要はない。利用し合えばいいのだ。


(続く)

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