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BAKU  作者: 不覚たん
第一章

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カタをつけた

 翌日の職場では、間宮氏が各所からの電話対応に追われていた。


「いえ、ですからその件は……。確かに研究所はそう言ってましたが……。レポートは読みました。ですが、この件は学者にも予想できなかったことで……。責任ですか? いえ、そういうわけでは。はい。はい。承知しました。以後、そのように……。はい。失礼しま……。はぁ、もう……」

 さすがに気の毒だな。


 だが、俺に手伝えることはない。

 新情報はあるが、それを提供するかどうかは別の話だ。


「なんか荒れてんねぇ。ザマないわ」

 状況を知らないC子は気楽なものだ。

 だが、彼女にも話すべきではないだろう。話せば、余計な負担を強いることになる。


 C子は返事が欲しかったのか、こちらを見た。

「なにあんたまで黙ってんの? なんか知ってんじゃないの?」

「さあね」

「もったいぶっちゃって。あんたが頭の中で屁理屈こねくり回してんのは分かってんのよ。お得意のトークで助けてあげたら? モテるかもよ?」

「勘弁してくれ」

 いまなにか言ったところで、火に油を注ぐだけだろう。


 いや、もう炎上しているな。

 間宮氏は立ち上がり、こちらへ近づいてきた。

「レポートは?」

「はい?」

「昨晩、あなたが誰かの夢に介入したのは分かっているんです。そのレポートはまだなのですか?」

「電話、鳴ってますけど」

「ああ、もう……」

 一人に一台スマホを与えられているから、業務連絡は直接そいつにかかってくる。代わりに出てやることはできない。今日一日は、間宮氏にワーワー言われずに済むだろう。


「知りませんよ! それを調べるのがあなたの仕事でしょう! 普段連絡してこないくせに、こういうときだけ頼ってこないでください!」

 上から怒られたエネルギーは、容易に下へと流れゆく。

 負の連鎖だ。

 こういう職場では働きたくないものである。


 *


 仕事が終わると、C子は持ち込んだスルメイカを俺のキッチンであぶり始めた。

 においの強いものを、人の部屋で堂々と焼く。

 傍若無人にもほどがある。


「あんたさぁ、あの書類、読んだ?」

「どの書類?」

「研修とか言われて渡された紙だよ。あれ凄いよ? ぜんぶきれいにまとめてあんの。ゆりちゃんのノートもあんな感じでキレイだったなぁ。姉妹って似るとこは似るんだね。まあ性格は全然だけど」

 この女、どれだけ「ゆりちゃん」が好きなのか。

「まだ読んでない」

「読んだほうがいいよ。凄いね。夢の世界って、ある種のエネルギー体なんだって。だけど変換をかけないといけなくて。あ、知ってる? 電波って、光と同じ速度で進むんだって」

 急に話が飛ぶ。

 酒が入ってなくてもこうだ。


「速度の話は知ってるけど……」

「だから、特定の触媒に、特定の周波数の電磁波を当てると……なんていうの? 夢に接触できるんだって」

「なんだよ特定の触媒って」

「忘れた。書いてあるんだから、とにかく読みなよ」

 エネルギー、か。

 まあ実際に感知できているのだから、それは現行技術の延長線上にあるものなのだろう。


 C子は缶ビールを飲み、テーブルに突っ伏した。

「凄いよねぇ。技術が進んだら、夢からエネルギーを取り出せるようになるんだって。そしたらエネルギー問題なんて解決しちゃうじゃん」

「……」

 エネルギーを?

 夢から取り出す?


 なるほど。

 日本政府の目的が理解できた。

 つまるところこれは、エネルギー政策だったのだ。

 人々を救済したいわけではない。回収の見込みがあるから、夢などというよく分からないものに税金をぶっ込んでいたのだ。

 ということは、アメリカも目的は同じかもしれない。


 政府にしてみてば、俺たちが生きようが死のうが関係ないのだ。情報が手に入って、エネルギーを取り出せるようになれば。

 柴田の肉体も、そのための設備でしかない。


「C子さんよ、あんたの言う通りだな」

「でしょ?」

「資料はちゃんと読むべきだった。あとで読むよ」

「うんうん。頑張りたまえよ」

 俺のことを怒っているのかと思ったが、意外とそうでもないようだ。

 というか、飲んだら忘れるタイプか?

 俺は忘れないタイプだが……。少しは彼女を見習ったほうがいいのかもしれない。この無邪気さには、なんとなく救われている気がする。


 *


 その晩、夢を見た。


 空に囲まれた楼閣。

 そのバルコニー。


 無名閣――。


 いきなりここに呼ばれるのは初めてかもしれない。

 いつもは急に誰かの夢に放り込まれる。説明もナシに。


 それにしても……なんだろうな。

 少し様子がおかしいような?

 気のせいか?


 建屋からコマが顔を覗かせた。

「おお、Q坊や。急に呼び出してすまんの」

「いや、いいんだ。俺もちょうど話があった」

 手にはブレスレットがある。

 だが、これを使ってもコマは殺せないだろう。百鬼夜行で召喚した武器は、加護のある相手には通じない。

 もしやるとしても、素手だ。


 コマに招かれて建屋の中に入り、一段高くなった畳に腰をおろした。

 このとき外を見て、初めて分かった。


 空が、暗い。

 夜ではない。単純に光が弱くなっている。


「のぅ、Q坊や。バクがのぅ。わしのことを怒っておって」

「うん」

 少し弱ったような顔で、笑顔にも力がない。

「わしのことを、殺すと言うんじゃ……」

「願いが叶うじゃないか」

「そうなんじゃが……」

 なんだ?

 死にたかったんじゃないのか?

 チャンスが来たってのに、いざそのときになると前言撤回か?


「あ、待って。その前に茶を……」

「いや、いい。話を続けてくれ」

「うむ……」

 獣の耳がしおれている。

 尻尾もくたくた。

 動物というのは、生存のためならなんでもする。死んだフリもする。頼れそうな相手に媚びを売るのもなんともない。生き延びることができるなら、他者を騙してもお構いなしだ。


「どうした? 思ってることを言っていいんだぞ。あんたは悪人なんだからな。いや、人ですらないか」

 するとコマは、へらへらした調子で、こう尋ねてきた。

「ところでおぬし、昨日、トキと会うたよな? なにを話したんじゃ?」

「聞いたよ、全部。あんたがある男の命を奪ったせいで、そいつが運手をミスって、俺の親を殺したことも」

「そうか……」


 言いたいことはもう全部言ってもらいたい。

 もしかしたら、これが最後の会話になるかもしれないんだから。


 コマはもじもじと自分の指をいじった。

「前に、おぬしに頼みたいことがあると言うたじゃろ? おぼえとるか?」

「おぼえてるよ」

「おぬしの手でな、わしを殺して欲しいんじゃ……」

「……」

 なるほど。

 復讐のチャンスを与える、という意味だったのか。

 俺の両親の命を奪ったから。


 コマはもう、こちらを見もしなかった。

「バクが本気で怒ったら、わしに勝ち目はない。もう抵抗する力も残っておらんしのぅ。じゃから、あやつに殺される前に、おぬしに殺して欲しいんじゃ」

 つまり無償労働ではなかったのだ。

 少なくとも俺にとっては。

「そうか。じゃあ俺も俺の意見を言わせてもらう。心して聞いてくれ」

「うむ……」


 本当に分かっているのか?

 どうせなにも考えてないんだろう、こいつは。


「あんたのことは死なせない」

「は?」

 目を丸くしてこちらを見た。

 くりくりした目をしやがって。

 こいつはあきらかに外見で得をしている。庇護欲をそそるような、弱そうな見た目をして。

「勘違いしないで欲しいんだが。あんたを許したわけじゃない。俺を騙してたことについては、本気で怒ってる。ただ、あんたを殺したところで、俺の両親は帰ってこない。それに、そんなに命を削って罪を償おうとしてるのに、殺せるわけないだろ」

「じゃ、じゃが……」

「生きて償え」

「バクはもうすぐわしを殺しに……」

「俺の命を使え。俺に悪意を寄生させていいから、それを使って少しは抵抗しろ」

「お、おぬし、なにを言うとるんじゃ……」


 本当に。

 なにを言ってるんだろうな。

 ただ、俺自身がそうしたいと思ってしまったのだ。俺以外には変えられない。


「いいか? あんたは、ただ必死に生きようとしてただけだ。自分を責める必要はない。抵抗が必要なときは、こっちで勝手にやる。そういうもんだろ。俺たちは、互いに命を貪り合う動物同士なんだからな。それともなにか? あんたは自分を、もっとお行儀のいい存在だとでも思ってるのか?」

「じゃが、わしは……」

「あんたの命は俺が預かる。だから今後は、俺の命令に従え。これは優しさで言ってるんじゃない。バクの野郎には俺も貸しができた。あいつをぶっ飛ばすのに、あんたの力が必要なんだ。お互い、利用し合う関係ってわけだ。返事はいらない。強制だからな」

「うむぅ……」

 まだ納得してないのか?

 死んだも同然のくせしやがって。

「べつにいいだろ。失敗したところで、あんたはお望み通り死ぬだけなんだから」

「おぬしは?」

「バクをぶっ飛ばせる確率が少しあがる。いや、少しじゃないな。ゼロだったものが、半分くらいまであがるだろ」

「半分も行くかのぅ」

「大事なのは、とにかくゼロじゃないってことだ。その命、俺の道具として役立ててくれ。だいたい、俺があんたを殺したところで、結局そのあとバクに殺されるんだ。生かして使ったほうが有意義じゃないか?」

「ものは言いようじゃの……」

「そういうことだ」


 我ながら立派な演説だと思う。

 こんな弱った妖怪をぶっ殺したところで、気分がよくなるわけじゃない。そもそも殺しづらい見た目をしているのに。本気で死にたいなら、見た目から変えて出直して欲しいもんだ。


 コマの耳が、ゆっくりと持ち直した。

「ふむ。話も落ち着いたことだし、茶でも用意してこようかの」

「ああ、頼む。一気に喋って喉が渇いた」

 簡単に死なれてたまるか。

 いままで俺たちを使っていたぶん、無償で働いてもらう。


 外へ目をやると、空がわずかに明るさを取り戻していた。

 やはり無名閣は、こうでなくてはな。

 コマに死なれたら、俺の心の観光名所がひとつなくなってしまう。

 ただで茶を飲むこともできなくなる。

 ひとつも味のしない茶を。


(第一章 完)

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