カタをつけた
翌日の職場では、間宮氏が各所からの電話対応に追われていた。
「いえ、ですからその件は……。確かに研究所はそう言ってましたが……。レポートは読みました。ですが、この件は学者にも予想できなかったことで……。責任ですか? いえ、そういうわけでは。はい。はい。承知しました。以後、そのように……。はい。失礼しま……。はぁ、もう……」
さすがに気の毒だな。
だが、俺に手伝えることはない。
新情報はあるが、それを提供するかどうかは別の話だ。
「なんか荒れてんねぇ。ザマないわ」
状況を知らないC子は気楽なものだ。
だが、彼女にも話すべきではないだろう。話せば、余計な負担を強いることになる。
C子は返事が欲しかったのか、こちらを見た。
「なにあんたまで黙ってんの? なんか知ってんじゃないの?」
「さあね」
「もったいぶっちゃって。あんたが頭の中で屁理屈こねくり回してんのは分かってんのよ。お得意のトークで助けてあげたら? モテるかもよ?」
「勘弁してくれ」
いまなにか言ったところで、火に油を注ぐだけだろう。
いや、もう炎上しているな。
間宮氏は立ち上がり、こちらへ近づいてきた。
「レポートは?」
「はい?」
「昨晩、あなたが誰かの夢に介入したのは分かっているんです。そのレポートはまだなのですか?」
「電話、鳴ってますけど」
「ああ、もう……」
一人に一台スマホを与えられているから、業務連絡は直接そいつにかかってくる。代わりに出てやることはできない。今日一日は、間宮氏にワーワー言われずに済むだろう。
「知りませんよ! それを調べるのがあなたの仕事でしょう! 普段連絡してこないくせに、こういうときだけ頼ってこないでください!」
上から怒られたエネルギーは、容易に下へと流れゆく。
負の連鎖だ。
こういう職場では働きたくないものである。
*
仕事が終わると、C子は持ち込んだスルメイカを俺のキッチンであぶり始めた。
においの強いものを、人の部屋で堂々と焼く。
傍若無人にもほどがある。
「あんたさぁ、あの書類、読んだ?」
「どの書類?」
「研修とか言われて渡された紙だよ。あれ凄いよ? ぜんぶきれいにまとめてあんの。ゆりちゃんのノートもあんな感じでキレイだったなぁ。姉妹って似るとこは似るんだね。まあ性格は全然だけど」
この女、どれだけ「ゆりちゃん」が好きなのか。
「まだ読んでない」
「読んだほうがいいよ。凄いね。夢の世界って、ある種のエネルギー体なんだって。だけど変換をかけないといけなくて。あ、知ってる? 電波って、光と同じ速度で進むんだって」
急に話が飛ぶ。
酒が入ってなくてもこうだ。
「速度の話は知ってるけど……」
「だから、特定の触媒に、特定の周波数の電磁波を当てると……なんていうの? 夢に接触できるんだって」
「なんだよ特定の触媒って」
「忘れた。書いてあるんだから、とにかく読みなよ」
エネルギー、か。
まあ実際に感知できているのだから、それは現行技術の延長線上にあるものなのだろう。
C子は缶ビールを飲み、テーブルに突っ伏した。
「凄いよねぇ。技術が進んだら、夢からエネルギーを取り出せるようになるんだって。そしたらエネルギー問題なんて解決しちゃうじゃん」
「……」
エネルギーを?
夢から取り出す?
なるほど。
日本政府の目的が理解できた。
つまるところこれは、エネルギー政策だったのだ。
人々を救済したいわけではない。回収の見込みがあるから、夢などというよく分からないものに税金をぶっ込んでいたのだ。
ということは、アメリカも目的は同じかもしれない。
政府にしてみてば、俺たちが生きようが死のうが関係ないのだ。情報が手に入って、エネルギーを取り出せるようになれば。
柴田の肉体も、そのための設備でしかない。
「C子さんよ、あんたの言う通りだな」
「でしょ?」
「資料はちゃんと読むべきだった。あとで読むよ」
「うんうん。頑張りたまえよ」
俺のことを怒っているのかと思ったが、意外とそうでもないようだ。
というか、飲んだら忘れるタイプか?
俺は忘れないタイプだが……。少しは彼女を見習ったほうがいいのかもしれない。この無邪気さには、なんとなく救われている気がする。
*
その晩、夢を見た。
空に囲まれた楼閣。
そのバルコニー。
無名閣――。
いきなりここに呼ばれるのは初めてかもしれない。
いつもは急に誰かの夢に放り込まれる。説明もナシに。
それにしても……なんだろうな。
少し様子がおかしいような?
気のせいか?
建屋からコマが顔を覗かせた。
「おお、Q坊や。急に呼び出してすまんの」
「いや、いいんだ。俺もちょうど話があった」
手にはブレスレットがある。
だが、これを使ってもコマは殺せないだろう。百鬼夜行で召喚した武器は、加護のある相手には通じない。
もしやるとしても、素手だ。
コマに招かれて建屋の中に入り、一段高くなった畳に腰をおろした。
このとき外を見て、初めて分かった。
空が、暗い。
夜ではない。単純に光が弱くなっている。
「のぅ、Q坊や。バクがのぅ。わしのことを怒っておって」
「うん」
少し弱ったような顔で、笑顔にも力がない。
「わしのことを、殺すと言うんじゃ……」
「願いが叶うじゃないか」
「そうなんじゃが……」
なんだ?
死にたかったんじゃないのか?
チャンスが来たってのに、いざそのときになると前言撤回か?
「あ、待って。その前に茶を……」
「いや、いい。話を続けてくれ」
「うむ……」
獣の耳がしおれている。
尻尾もくたくた。
動物というのは、生存のためならなんでもする。死んだフリもする。頼れそうな相手に媚びを売るのもなんともない。生き延びることができるなら、他者を騙してもお構いなしだ。
「どうした? 思ってることを言っていいんだぞ。あんたは悪人なんだからな。いや、人ですらないか」
するとコマは、へらへらした調子で、こう尋ねてきた。
「ところでおぬし、昨日、トキと会うたよな? なにを話したんじゃ?」
「聞いたよ、全部。あんたがある男の命を奪ったせいで、そいつが運手をミスって、俺の親を殺したことも」
「そうか……」
言いたいことはもう全部言ってもらいたい。
もしかしたら、これが最後の会話になるかもしれないんだから。
コマはもじもじと自分の指をいじった。
「前に、おぬしに頼みたいことがあると言うたじゃろ? おぼえとるか?」
「おぼえてるよ」
「おぬしの手でな、わしを殺して欲しいんじゃ……」
「……」
なるほど。
復讐のチャンスを与える、という意味だったのか。
俺の両親の命を奪ったから。
コマはもう、こちらを見もしなかった。
「バクが本気で怒ったら、わしに勝ち目はない。もう抵抗する力も残っておらんしのぅ。じゃから、あやつに殺される前に、おぬしに殺して欲しいんじゃ」
つまり無償労働ではなかったのだ。
少なくとも俺にとっては。
「そうか。じゃあ俺も俺の意見を言わせてもらう。心して聞いてくれ」
「うむ……」
本当に分かっているのか?
どうせなにも考えてないんだろう、こいつは。
「あんたのことは死なせない」
「は?」
目を丸くしてこちらを見た。
くりくりした目をしやがって。
こいつはあきらかに外見で得をしている。庇護欲をそそるような、弱そうな見た目をして。
「勘違いしないで欲しいんだが。あんたを許したわけじゃない。俺を騙してたことについては、本気で怒ってる。ただ、あんたを殺したところで、俺の両親は帰ってこない。それに、そんなに命を削って罪を償おうとしてるのに、殺せるわけないだろ」
「じゃ、じゃが……」
「生きて償え」
「バクはもうすぐわしを殺しに……」
「俺の命を使え。俺に悪意を寄生させていいから、それを使って少しは抵抗しろ」
「お、おぬし、なにを言うとるんじゃ……」
本当に。
なにを言ってるんだろうな。
ただ、俺自身がそうしたいと思ってしまったのだ。俺以外には変えられない。
「いいか? あんたは、ただ必死に生きようとしてただけだ。自分を責める必要はない。抵抗が必要なときは、こっちで勝手にやる。そういうもんだろ。俺たちは、互いに命を貪り合う動物同士なんだからな。それともなにか? あんたは自分を、もっとお行儀のいい存在だとでも思ってるのか?」
「じゃが、わしは……」
「あんたの命は俺が預かる。だから今後は、俺の命令に従え。これは優しさで言ってるんじゃない。バクの野郎には俺も貸しができた。あいつをぶっ飛ばすのに、あんたの力が必要なんだ。お互い、利用し合う関係ってわけだ。返事はいらない。強制だからな」
「うむぅ……」
まだ納得してないのか?
死んだも同然のくせしやがって。
「べつにいいだろ。失敗したところで、あんたはお望み通り死ぬだけなんだから」
「おぬしは?」
「バクをぶっ飛ばせる確率が少しあがる。いや、少しじゃないな。ゼロだったものが、半分くらいまであがるだろ」
「半分も行くかのぅ」
「大事なのは、とにかくゼロじゃないってことだ。その命、俺の道具として役立ててくれ。だいたい、俺があんたを殺したところで、結局そのあとバクに殺されるんだ。生かして使ったほうが有意義じゃないか?」
「ものは言いようじゃの……」
「そういうことだ」
我ながら立派な演説だと思う。
こんな弱った妖怪をぶっ殺したところで、気分がよくなるわけじゃない。そもそも殺しづらい見た目をしているのに。本気で死にたいなら、見た目から変えて出直して欲しいもんだ。
コマの耳が、ゆっくりと持ち直した。
「ふむ。話も落ち着いたことだし、茶でも用意してこようかの」
「ああ、頼む。一気に喋って喉が渇いた」
簡単に死なれてたまるか。
いままで俺たちを使っていたぶん、無償で働いてもらう。
外へ目をやると、空がわずかに明るさを取り戻していた。
やはり無名閣は、こうでなくてはな。
コマに死なれたら、俺の心の観光名所がひとつなくなってしまう。
ただで茶を飲むこともできなくなる。
ひとつも味のしない茶を。
(第一章 完)




