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BAKU  作者: 不覚たん
第一章

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妙な夢を見た(四)

 無名閣には、四人そろって戻った。

 別々に戻して欲しかったのに。


「お疲れちゃまじゃ。茶でも飲むがよい」

 もしかしてお茶だから「ちゃま」とか言っているのか?

 場を和ませているつもりか?


 俺たちは、なんとはなしに二対二に分かれた。

 あれだけ全力でぶっ殺したんだから、もうデカブツも仕掛けてはこないだろう。来るとしたら、奇襲で来るはず。背中を見せなければいい。


 デカブツは、怒りの矛先を田中に向けていた。

「あーあ、負けちまったわ。な? お前が変なこと言うから。どう責任とってくれんだ? あ?」

「え、俺ですか……?」

「お前以外に誰がいんだよ? あ? 弁償できんのか?」

「ちょっと待ってくださいよ。こっちだって必死にやったんですよ」

 こいつら二人とも即座にクビにしたほうがいい。

 職場の労働環境を悪化させている。


 俺は味のしない茶をさっさと飲み干して、コマに近づいた。

「バクが出たぞ」

「ふむ。そのようじゃの」

 また他人事みたいな態度だ。

 こいつの師匠じゃなかったのか?

「彼らの大事な人間に悪意を植え付けると言っていた。どうにかできないのか?」

「もちろん見捨てるつもりはない。わしがちゃんと見つけるから安心していいぞい」

 悪意の排除に関しては前向きなコメントをくれる。


 俺は溜め息とも笑いともつかない息を吐いた。

「ま、じゃあそれは任せるけどさ。バクだよ、バク。なんかこう……緊急事態って感じじゃないのか?」

「あれはまだ手負いじゃ。おとなしく隠れておればよいものを。むざむざ身をさらして、人に感づかれおって」

「感づかれた?」

「ほれ、あの柴田とかいう男よ。あれはもうバクの存在に気づいておる。いまごろ混乱しとるじゃろうて。わしをバクだと思っておったのに、同じ気配がもうひとつ現れたのじゃから」

 こいつ、思ったより状況を把握している。

 分かっていてこの呑気さなのか?

 よほど死にたいと見える。


「コマちゃんよ、死ぬなら死ぬでいいが、せめて俺がバクをぶっ殺してからにしてくれないか?」

「はえ?」

 ぽかーんとアホ面をさらしている。

 彼女の意見を尊重しつつお願いしたつもりなのだが。

「もしバクが本気になったら、俺たちには対抗手段がなくなる。あんたの力が必要なんだ」

「なんじゃ、そのことか。なら安心せい。わしの代わりはすでに用意しておる」

「は?」

 なんだこいつ。

 でも、そうか。

 死ぬつもりだったんだから、死んだあとのことも一応考えているのか。


 だが、コマは遠くを見つめたまま、答えなかった。

「いや、どういうこと? 誰か代わりがいるのか?」

「そうじゃ」

「どこに?」

「そのときになったら分かるわい」

「ナゾナゾはもう勘弁してくれ。これ以上は頭がどうにかなりそうだ」


 コマの目的は分かっている。

 過去を反省し、みずからの命を終わらせようとしている。そのために悪意を駆除している。


 バクの目的も分かっている。

 悪意を撒くだけ撒いておいて、時期が来たら一気に命を吸い尽くすつもりでいる。そして力を得て、さらに人間の命を吸う。

 これはバカみたいにシンプルだな。


 分かっていないのは、俺とA子が、コマにとって特別らしいという点。

 日本政府やアメリカの行動も不明。

 トキは……マジでなんなんだ。考えないほうがいいのか。


 *


 まだ夢から覚めてもいないのに、気がつくと山中にいた。

 背の高い男が、枝から丸い桃をもいでいる。


「客人よ、この桃をどうぞ」

 顔面だけでなく、スタイルまで美しい。人間というよりも、一本の樹木みたいだ。

 トキの野郎。

 コマの領域から、俺だけここへ召喚したのか。


「桃は結構。ご用はなんです?」

「すまないね。事前に許可を取れたらよかったんだけど」

 事前の確認があったら、断ってたけどな。

「バクの件ですよね?」

「そう。私はあわれに思っていてね……。バクはあせっているんだ。死にかけの体を動かして、虚勢を張っている」

 死にかけなのか?

 だったらあの場でぶっ殺しておけばよかった。

 そういえばコマは、トキのことも殺せと言っていたな。しかしこの男、殺したら死ぬんだろうか? なんとなく死ななそうだが。


「えーと、トキさんは、あの怪物をあわれんでいると? それで、俺たちにどうせよと?」

 すると彼は、哀しそうな顔で天を仰いだ。

 周囲は明るいのに、黒い空に星々が散っており、オーロラまでもがそよいでいた。光がカーテンみたいになっている。まるで人工物みたいだ。

「このあわれみは、分かち合うべきだ」

「はぁ」

「どうかな? 分かち合えたかな?」

 まっすぐにこちらを見つめてくる。

 背が高いから、上から見ているはずなのに、威圧感がない。それどころか柔和な印象さえ感じる。

「いや、分かち合うもなにも……。なんです? バクに同情してるんですか?」

「同情とは違うね」

「ちょっと意味が……」

 もしかして古語のほうの「あわれ」なのか?

 哀しいのではなく、面白がっていると?

 いや、そうも見えないが。


 男は桃をかじって、手の甲で口をぬぐった。

「ああ、おいしいね。かおりもいいし、腹も満ちる。とても幸福な気分になれるよ。なのに、どうしてみんな桃を食べないのだろう」

「知りませんよ」

「そう。彼らは人を喰うように産まれてきたんだね。あわれだよ」

 なにが「そう」なんだよ。

 一人言は一人でやってくれ。

 怒るぞ。


 俺があきれていると、彼は体を曲げてこちらを覗き込んで来た。

「どうしたの? 退屈かな?」

「いえ、シナプスバチバチですよ。あとは言葉の意味さえ通じればね」

「意味、か……。あわれだね」

 その一発ギャグは、一発で終わらせて欲しい。


 俺の返事がお気に召さなかったのか、彼はしょんぼりと肩を落とした。

「夢とはなんなのだろうね。私にも分からないよ。ただ、人の命を奪うためのものではないと思うんだ」

「それは同感です」

「間宮ゆりという人間も、夢に殺されてしまった」

 間宮ゆり?

 たしかC子の親友で、職場の間宮氏のお姉さんだったか。


「彼女はね、能力者だったんだ。ほら、あの柴田という人間と同じように。だけど運悪く、バクに目をつけられてしまってね。夢の中で追い立てられて、コマの命を奪おうとしていた」

「えっ?」

 急に新情報が。

 というかこいつ、まともな情報も持ってるんじゃないか。


「彼女はね、そのことを妹や友人に相談していたんだ。だけど、どうにもならなくてね。最終的に寿命が尽きて、死んでしまったんだ。その影響で、周囲の人間たちまで人生を歪められてしまった。妹は日本の政府に入って、友人は……あなたと結婚した」

 妹が政府に入った動機はそれか。政府が夢の研究をしていることを、なんらかの方法で知り、そしていまの仕事へと辿り着いたのだ。

「妹の動機は分かりましたけど。けど、C子は? その話を知ったコマが、わざわざ選んだんですか?」

「違うね。人選は私がしたんだ。コマは世界のすべてを見通せるわけではないからね」

「えっ? トキさんが?」

「そうだよ。コマよりも遠くまで世界を見ているからね」

 こいつはやはり神なのか?

 ならば、もっと敬意をもって接したほうがいいのでは?

 いや、いいか。


「えーと……え、じゃあ俺も? 俺もトキさんに選ばれたってこと?」

「そうだね」

「理由は?」

「夢の被害者だからだよ。あとは、世界の平和を心から願ったことのある人間。この二つを満たした人物を、私は選んでいるんだ」

 はい?

 世界の平和?

 そんなこと願ったかな……。まあ過去にどこかのタイミングで願ったことはあるかもしれないが。

 いま気になるのは、もうひとつの条件。

「夢の被害者? 俺が? まさか、自分も気づいてないだけで、寄生されてるんですか?」

「違うよ」

「んじゃあ……なんか叶いもしない夢を見てるとか? それこそ世界平和とか……」

「それも違うね」

「なら、俺の両親が寄生されてた?」

「違う」

 まあそうか。

 あの自動車事故は、両親が起こしたものではない。

 相手が起こしたものだ。

 相手?


 俺はひとつ呼吸をした。

 もしかすると、俺は、気づいてしまったかもしれない。

 気づくべきでなかった事実に。


「もしかして、ですけど。俺の両親を殺したヤツが、悪意に寄生されてた、ってことですか?」

「そう」

「バクの悪意に?」

「違うよ。コマの撒いた悪意だ」


 相手のことは、ずっとぶっ殺してやりたいと思っていた。

 だけどそいつは、俺の両親を殺した勢いで、勝手に死んでしまった。

 いや、そいつ、などと呼ぶのはよそう。

 彼も被害者だったのだ。

 寄生されていたのだ。

 コマの悪意によって。


 つまり俺の両親は、間接的にだが、コマに殺害されたことになる。


「あわれだね」

 男は遠くを見つめながら、つぶやくように言った。


 あわれ、か。

 そうだな。

 本当に。

 それ以外の言葉が思い浮かばない。


 しばらくは、呼吸しかできなかった。

 コマはずっとこの事実を隠したまま、俺を道具のように使っていた。

 その上で、人を助けたいとか、死にたいとか、勝手なことを一方的に言っていた。

 この期に及んで、あいつは、まだ自分のことしか考えていない。

 どうしようもない妖怪だ。

 あいつには、人の心などないに違いない。


 俺は呼吸を繰り返して、頑張ってその場に立ち続けた。

 冷静さを失おうと思えば、もしかしたらできたのかもしれない。

 だが、しなかった。

 溜めておいたほうがいい。

 こんな場所でエネルギーを使ってしまうのは、もったいない。


(続く)

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