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BAKU  作者: 不覚たん
第一章

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対話をした

 空に包まれた世界。

 無名閣――。


「お疲れちゃまじゃ。茶でも飲むがよい」

 ケモ耳と尻尾の女が、いつものように出迎えた。

 見た感じ、弱っている印象はないのだが。


 野人は板の間にどっと腰をおろした。

「ったく、大変だったぜ、コマちゃんよ」

「すまんのぅ。おぬしにはいつも荒事ばかりさせて」

「いや、まあ……。困ったときはお互い様だからな。気にしないでくれ」

 普段からこんなことばかりさせているのだろうか。

 いくら野人だからって。


 俺はとっとと茶を飲み干し、本題に入った。

「コマちゃんよ、ちょっと話せないか?」

「構わんぞい」

「できれば向こうで」

「ふむ」

 誰かに聞かれたところで俺は困らない。

 だが、コマにとってはそうじゃないかもしれない。


 *


 みんながバルコニーで茶を味わっている中、俺とコマは建屋に入った。

 少し高くなったところに畳敷きのエリアがある。俺たちはそこに腰をおろした。


「トキって男にあった」

「そうみたいじゃの」

 俺の言葉に、コマは優しくうなずいた。

 まあ把握しているとは思っていた。

「いろいろ聞いたよ。あんたが人の命を喰らう妖怪だってこと。その後はバクの技だか術だかで、人の夢を喰い物にしはじめたこと。いまはその後始末をしてること」

「恥ずかしいのぅ。全部バラされてしもうたわい」

 てれてれしている。

 こっちは真剣な話をしてるってのに。

「ほかにも聞いたぜ。俺とA子が、特別な扱いを受けてるってこと」

「あやや」

 老婆とでも話しているみたいだ。

 わざとはぐらかしているのか、深刻さを理解していないのか、いまいち判然としない。見た目はちんちくりんのガキだが、中身は老獪だ。


「だから、もう全部教えてくれないか? いったいなにが起きているのか? 俺とA子はどうすればいいのか? いまさら隠す必要もないだろ?」

「そう言われてものぅ……」

 ここまできて、まだシラを切る気か?

「なにか困るのか?」

「お主には、特別な仕事を頼もうと思っておったのじゃ。でも、それは最後にとっておこうと思っておって」

 最後――。

 コマが死ぬときだ。

「なぜ俺なんだ?」

「それも最後に……。うーむ。おぬしにとっては、悪い話ではないはずなのじゃが」

「A子は?」

「それはお主には話せん。A子の問題じゃからの」


 気になっていたことがある。

 A子は、夢の中でも百鬼夜行を装着していなかった。

 つまりコマの加護を受けていないということだ。

 理由は分からない。

 考えるヒントさえない。


「分かった。特別な事情があるんだな。けど、味方でいて欲しいなら、もう少し説明が欲しいんだ。俺にはどうしても、あんたがただの悪人だとは思えない。なにか理由があってやってるはずだ」

 するとコマは、寂しそうに笑った。

「悪人じゃよ。空腹に負けて、人の命を喰ろうてきた」

「それでも、なるべく傷つけないように、夢を喰うことにしたんだろ?」

「同じことじゃ。結局は命を貪っておるんじゃんから。多くの人間から、少しずつ喰うようにしただけじゃ」


 それは人間にとっては害そのものだが……。

 人間だって、他の動物の命を喰っている。

 いや、人間に限った話じゃない。あらゆる命が、他の命を貪って生きている。誰も自粛していない。例外があるとすれば、喰われる側の抵抗が成功したときだけ。


 この手の話は世界中で何度も繰り返されてきたし、ロジックで答えを導き出せる性質のものでもない。

 仮に、俺とコマがここで議論して、二人だけの答えを出したとして、それを全人類に強いることはできない。二人の結論は、二人にしか通じない。

 だから、深掘りする意味はないのかもしれない。


 この種の問題は、各人が、信念に従って選択、行動するしかない。

 俺は基本的にそう考えている。


 だが、仲間の命がかかっている場合は別だ。余計な口を挟みたくなる。

「つまり、あんたはどうしたいんだ? 死にたいのか?」

 建前をとっぱらって、結論から尋ねることにした。

 いまはそれくらい率直に聞かないと、なにも答えてくれない気がした。


 コマは柔和な笑みでこちらを見た。

「そうじゃ。じゃが、強制はせんぞ。わしはおぬしを苦しめたいわけではないからのぅ」

「その場合、最後の仕事はどうなるんだ?」

「別の誰かに頼むわい」

 なんだよ。

 じゃあ俺にしかできない仕事じゃないということか。俺はそれほど特別じゃない。


「けど、ただ死ぬつもりはないんじゃ。まずは悪意を駆除せんとのぅ」

「どれくらい残ってるんだ?」

「わしのはそろそろ片付く」

「あんたの?」

 コマはしまったという顔になった。


 もちろんごまかしは効かない。ほかにもこんなことをするヤツがいるとすれば、それはバクだけだ。

「つまりあんたは、バクの後始末もしてるのか?」

「そうせっついてくるでない。わしにも事情というものが……」

「けど、バクの餌を潰したら、バクだって黙ってないだろ」

「そうかもしれんのぅ……」

 対応があまりにも弱々しくて、なんだか責めている気分になる。

 力になれるかもと思って聞いているのに。


「待ってくれ。俺はあんたに死んで欲しくないんだ。理由は……たぶんないけど。こうして会って、話をしちまったからな。そんなモンでじゅうぶんだろ、理由なんて」

「うむむ……」

 なぜ不満そうなんだ?

 味方が欲しいんじゃないのか?

「分かったよ。じゃあひとつだけ教えてくれ。あんたの力になれる方法はないのか?」

「わしの力に……?」

「なぜ悩む? あんた、今までも平気なツラして人を無償労働させてきただろ。善人ぶるのはよして、本音を言ったらどうなんだ? 悪人なら、悪人の矜持を見せろ。俺なんかに遠慮しないでくれ」


 それでも答えないつもりか?

 味方を作りたくない、とでも思っているのか?

 みずからの意思で命を終えようとしているくらいだからな。


 コマはもじもじしている。

 くだらない遠慮でもしているらしい。


 俺はなるべく威圧しないよう、かすかに咳払いをした。自分の気持ちを切り替えるために。

「残念だな。自分で結論も出せないのか。べつにいいんだぜ。もし誰も巻き込まず、一人でやってたならな。けど、ここまで多くの人を巻き込んでおいて、自分だけなにか背負い込んでるみたいなツラはよして欲しいもんだな。あんたにそれをする資格はないんだよ。これ以上だんまりを通すつもりなら、あっちで茶をシバいてる連中に、俺の知ってること全部バラすぞ?」

 これは脅しだ。

 つまり、コマは脅されているのだから、それを言い訳として、思っていることを喋ればいいのだ。自分の意思で喋るわけじゃない。さすがに言えるだろう。


「それは……困るのぅ……」

「だったら俺の質問に答えればいい。約束は守る。ついでに、あのトキって男がなんの目的で俺に近づいてきたのかも教えてくれ。動機が不明でな」

 あわれとか言われてもな。

 コマはうかがうようにこちらを見た。

「トキかえ? あれはのぅ……気にせんでよかろう。善悪の基準がわしらとは違うんじゃ。次にあったら、その百鬼夜行で追い払うがよい」

「乱暴な提案だな。まさか、殺せってんじゃないよな?」

「あれは土着の神かなにかじゃろう。とうに役目を終えておる。そもそもあんなものに頼るべきじゃなかったんじゃ」

 殺して解決、か。

 ヤケにでもなっているのか、破滅的な考えが先行しているようだ。


「バクをどうしたいのかだけ教えてくれ」

「どうもせんわい。わしは悪夢に苦しむ人間を救いたいだけじゃ」

 その結果、みずからの命が尽きるとしても、か。

 妖怪のくせに、善人みたいなことを言いやがって。

「生命を吸い取りたいのは分かるが、なぜ悪夢を見せる? いい夢でも見せておけば、納得するヤツもいるだろうに」

「それはムリな話じゃ。命を吸い出せば、人は必ず苦しむことになる。それが悪夢の源泉となるんじゃ。バクは悪い夢を喰うというが、ある意味では事実なんじゃ。アレがかかわった夢は、必ず悪夢になるからのぅ」

「皮肉な話だな」

 ありがたくもなんともないじゃないか。


「バクはのぅ、いま、身を隠しておるんじゃ」

「えっ?」

「何百年も前に、人間に負けて傷を負ってのぅ。それで隠れておるのじゃ。そうして悪意の種を撒くだけ撒いて、いつでも吸い出せるようにしておる」

「どういうことだ? いまは種だけ撒いておいて、あとで一気にやらかすつもりなのか?」

「そうじゃ。まあ人類を滅ぼそうなんて大それたことは考えておらぬ。ただ、好きなだけ命を味わい尽くしたいだけでな。そうして強くなって、二度と人間に負けぬようになろうとしておる」

 とんだ迷惑野郎だな。

 しつけが必要だ。


「コマちゃんよ。政府はあんたをバクだと思ってるぞ。しかもたぶん殺そうとしてる。誤解を解いておいたほうがいい。互いに協力できるだろ」

「余計なことはしとうないのぅ。わしはもう疲れたんじゃ」

 ずいぶん弱気だな。

 だが、いまさら驚くまい。

 コマは自分の命をどうでもいいと思っている。それを前提に話を進めるべきだ。

「ま、あんたの思想は尊重しよう。考えを変える必要もない。そのまま自分勝手に死ぬことだけを考えててくれ。ただ、俺は俺の思想に従って勝手にやらせてもらう。あんたのことは死なせない。そのバクって野郎も……まあなんとかする。俺に不可能だとして、それなら俺以外のヤツにやらせればいいだけの話だからな。都合よく、ヤりたがってるヤツもいることだし」

 死にたがってるヤツを放っておくと、もしかすると死ぬかもしれない。

 放っておかなければ、死なないかもしれない。

 結果は変わらないかもしれないが。

 ぼうっとしている間に誰かが死ぬのは、もうごめんだ。


 なにげなく振り向くと、そばにC子が立っていた。

 いつからいたのか……。目を細めて、怒っている顔だ。

「なんか、勝手に話を進めてくれてんじゃん」

「聞いてたのか?」

 ところが彼女は、俺を無視してコマに近づいた。


「ねえ、コマちゃん。ホントなの? あんた、死ぬつもりなの?」

「そうじゃ……」

 するとC子は、コマの胸ぐらをつかんだ。

「は? バカじゃないの? なんでそんなこと言うの?」

「そんなに怒らんでくれ……」

「怒るな? なにそれ? ごめん。あたし、降りるわ。さすがにバカみたい。なんであんたを殺すために、寿命縮めてまで働かなきゃなんないワケ? そういうことは最初に説明しろよ」

「うぅ……」

 C子が怒るのも理解できるが、さすがにコマがかわいそうだ。


「その辺にしときなよ」

 俺が止めに入ると、C子はこちらを睨んだ。

「うるさい! あんたも同罪だかんね! こんなひどい話、知ってて黙ってたんだから! 離婚だよ! 離婚! ホント、バカみたいだよ……」

 C子はコマから手を離すと、バルコニーのほうへ行ってしまった。


 薄暗い建屋から眺める青空は、キラキラと輝いて眩しく見えた。

 塵ひとつない雄大な眺望。

 しかしこれは「そら」というよりは「から」だ。大気しかない。そこへ光の粒子がぶつかって乱反射しているだけ。その先にはなにもない。誰もいない。孤独と虚無。

 人を哀しい気持ちにさせる絶景だ。


 いや、泣き言はよそう。要は、すべての問題を解決すればいいだけだ。

 たぶん不可能だとは思うが。仮に不可能だからと言って、やってはいけないという道理はない。俺の人生は、もう終わっているようなものなのだ。最後に残った一枚のコインを、ジャックポットに賭けてもいい。ほかに使い道もないのだし。


(続く)

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