幽霊船の夢を見た(二)
薄暗い船の中を進んでいると、床に骨の散っているのが見えた。
「これがスケルトンだ」
野人が説明してくれた。
スケルトン……。
まあ想像通りの骸骨なんだろう。ゲームなんかだと基本的にザコ扱いだ。適当にどつけば死ぬんだろうと思っていた。
だが、骨と一緒にサーベルまで転がっているではないか。
「こいつら、武装してるんですか?」
俺の問いに、野人は振り返った。なんでもない顔で。
「まあな」
まあな?
なんでそんな簡単に言うんだ。
こいつら、刃物を振り回してくるんだぞ?
野人は肩をすくめた。
「いや、そんなに緊張しなくていい。強いわけじゃないからな。問題は、数が多いってだけだ。やっぱり戦いってのは、数の優位なんだよな。一体一体は弱くても、後ろに回られたらどうしようもない」
すると少年も補足してくれた。
「じつはボクたち、この夢、二回目なんです。前回もヘルプを頼んだんですけど……。男の人が二人きたけど、全然ダメで」
四人でやってダメだったのか?
なら今回も四人では足りないのでは?
野人は棍棒を肩に担いで溜め息だ。
「あの田中って野郎、口ばっかりでよ。いざ敵に遭遇したら、まっさきに逃げやがって」
田中、ここでも迷惑をかけたのか。
まああいつはいないほうがいいだろう。コマもあんなヤツは即座にクビにしたほうがいい。害しかない。
「あいつはダメですね。もう一人は? どんな人物でした?」
あとは少年の父親しかいない。
もし二人が鉢合わせたら、おそらく気まずくてコマの仕事どころではなかろう。
少年は小首をかしげ、斜め上を見た。
「名前は……おぼえてませんけど。がっしりした人で。田中さんが逃げたら、それを追ってどこかに行っちゃいました。たぶん死んだんだと思います」
なら俺の知らない人物か。
コマはかなりの人間を使ってこの仕事をさせているようだ。
ともあれ、前回も四名で挑んだわけではなく、結局のところ二名で挑んだというわけだ。
今回は、仮にC子が逃亡しても、俺は残るから、前回よりはマシかもしれない。いや、C子だけ悪く言うのはフェアじゃないな。俺も逃げるかもしれない。
「それにしても、なんでスケルトンどもは主を守ってるんです?」
俺の問いに、野人は肩をすくめた。
「さあな。そういう願望でもあるんだろ」
よく知りもせずに勝手なことを言うものだ。
それは思考放棄なのでは?
いや、この男、見た目こそ野人っぽいが、わざと乱暴に言っているふうにも見える。乱暴というよりは、皮肉屋なのかもしれない。世捨て人というか。
野人が足を止めた。
「このドアの向こうにいる。大量にな」
歩き回っているらしく、骨の足がコツコツと木の床を叩く音がしている。それも、かなりの頻度で。あちこちから。
俺はつい笑みを浮かべた。余裕だったからじゃない。状況が異様すぎて笑うしかなかった。
「作戦はあるんですか?」
「じつはある。まず、この少年が敵陣に突っ込んで場をかき乱す。するとスケルトンは少年に気を取られるから、俺たちはその後頭部を粉砕して回る。以上だ」
以上?
異常の間違いじゃないのか。
「その作戦は……成功したんですか?」
「おい、なんだその目は。まあまあうまくいったんだよ。ただ、人手が足りなかった。それはもう説明しただろ」
「ええ、まあ……」
その通りだ。
成功していたら、彼らは二回も同じ夢に介入しない。
野人は気まずそうに咳払いした。
「いいか? 俺たちだって、もっとマシな手段があるならそうしてる。だが、思いつかないんだ。しょうがないだろ。それともなにか? あんたにはあるのか? ならぜひ教えてくれ」
「ないです」
「結構。じゃあ俺のプランで行こう。気を悪くしないでくれよ。俺たちは敵じゃない。仲間だ」
「もちろんです」
「じゃあ、ドアを開けるぞ」
仕方がない。
実際にやった人間が、あと一押しだと言っていたのだ。その予想が正しいかはともかく。賭ける価値はある。いやないかも。分からない。やるしかない。
ドアが開くと、少年が信じられないスピードで駆けた。
吹き抜ける風のように。
室内にはサーベルを手にしたスケルトンがいた。数えきれないほど。そいつらが一斉に少年に狙いをつけた。
「よし行くぞ!」
野人がドタドタと駆けて、棍棒を振った。
直撃して、木っ端微塵に弾け飛ぶ頭蓋骨。人の形をしていた骨は崩れ落ち、カラーンと渇いた音を立てた。
俺も出遅れるわけにはいかない。
金属バットを握りしめて、スケルトンの頭部へフルスイングする。スコーンと抜けるような手ごたえ。勢いあまって振り過ぎるくらいに。
骨は四散。
一体目は楽勝。
だが、スケルトンはすぐに俺たちの存在にも警戒し始めた。
この突進力のない突撃で、奇襲の意味はあったのだろうか……?
スケルトンの動作は緩慢だった。刃物を振り回してはくるのだが、あまり本気とは思えないスピード。腕力がないのだろう。そもそも筋肉がない。それを言い出すと、どうやって動いているのか考えたくなるが……。
「ふんっ! ふんっ!」
ぶっとい棍棒を、野人はぶんぶん振り回している。
俺の三倍は倒している。
本来、人骨はカタい。
なにせ直立する人体を支えるフレームなのだ。頭蓋骨は最強にカタい。脳を守るための砦だ。本来、バットでフルスイングしたくらいで四散しない。
きっとここのスケルトンは、老朽化しているという設定なのだろう。中身が入っていないから、ショックを吸収できないというのもあるか。
「死ねぇッ!」
突如、凄まじい騒音が響き渡り、C子が突撃していった。
手にしているのはチェーンソーだ。木刀では不安になって変えたのか。
むやみに突撃しているのではない。まずはサーベルを振ろうとしている腕を切断し、それから頭蓋骨を削っていた。
この女、あまり怒らせちゃいけないタイプだな……。
*
この作戦と呼んでいいのか分からない作戦で、俺たちは場のスケルトンに勝利した。
ひとまずは。
「よし、このフロアは片付いたな」
野人はそんなことを言った。
「このフロアは? 他のフロアもあるってことですか?」
「その通りだ。察しがいいな。まだまだ戦えるぞ」
「嬉しくないですね。こっちはバーバリアンじゃないんですから」
「奇遇だな。俺もバーバリアンじゃねぇよ。へへへ」
楽しそうに笑う。
間違いなくバーバリアンだろ。
C子も困惑している。
「え、もうヤなんだけど。怖いし」
チェーンソー持ってるヤツが一番怖いんだが。
まあ分からなくもない。
「大丈夫だよ。次もスケルトン、その次もスケルトンだから。たぶん全部スケルトンだろ」
素晴らしい推論だ。
感動しすぎて涙が出る。
それにしても、クソみたいなダンジョンだ。
昔のリソース不足のゲームでも、せめて色違いの敵は出してきただろうに。
それがずっとスケルトンとは……。
いやまあ、死んだ船員の骨が動いているという設定なら、確かにスケルトンしかいないだろう。脈絡のないモンスターが出てくるよりは理にかなっている。
ふと、気配が変わった。
気配というか、空気感というか……。
外から聞こえていた波の音が、急に止まったのだ。
「クソがよ……ずいぶん遠いじゃねぇか……」
現れたのは、椅子に座った柴田だ。ボサボサの髪に青白い顔。もう鼻血を出している。
また時間を止めて、夢に介入してきたか。
しかし「遠い」とは?
夢に近いとか遠いとかあるのか?
苦しそうに呼吸をする柴田の首筋に、C子がチェーンソーを当てた。
「なに? また来たの? なんの用?」
「ま、待て! 待てよ! 殺すな! 問題だぞ!」
それを無視して、C子は仲間の二人へ告げた。
「こいつ、政府の犬だよ。なんかあたしらのこと嗅ぎ回ってて」
「だから、誤解だよ……」
「なにが誤解なの? あんたのせいで結婚するハメになったんだけど?」
「俺が趣味でやってると思うのか? えぇ? こっちにも選択肢なんてねぇんだよ。苦情なら間宮に言えやボケが……」
そうかもしれない。
俺も金属バットを担ぎ、柴田の近くへ寄った。
「で、ご用は?」
「監視だよ……。またお前らが夢見てるみてぇだからな……。昨日の夢には入れなかったし……。てめぇがちゃんと報告しねぇから、俺が駆り出されるハメになる……」
「知るか。夢の内容なんて、おぼえてるほうが異常なんだよ」
「イキリやがって……。そのウソがいつまでも通用すると思うなよ……。バクの力が弱まってんのは分かってんだ……。なのに昨日のは……」
「分かった分かった。なにかあったらちゃんと報告しますから。ねっ? 見ての通り、こっちも忙しいの。世間話なら後にしてくれませんか?」
「ナメやがって……いつかぶっ殺してやる……」
その前にこいつが死にそうなのだが。
ケーブルからも血が滴っている。過重労働なのでは?
「クソ、限界だ……」
柴田はそんな言葉を残して、ふっと姿を消した。
夢の中の時間も流れ始めて、船倉にぶつかる波の音も戻ってきた。
野人はきょとんとしていた。
「誰なんだ? 知り合いか?」
「戻ったら説明しますよ」
話せば長くなる。
その上、たいした話じゃない。
顔を出さないで欲しかった。
*
野人の言う通り、どこまで行ってもスケルトンまみれだった。
作戦は成功を重ねた。
彼らの作戦は、本当にあと一押しだったというわけだ。
最後のドアを開くと、手狭な部屋に、男がうずくまっていた。
痩せこけて、ギラついた目の老人だ。膝を抱えて地面を見つめている。見た目で判断して悪いが、日本人ではなさそうだ。
「ご老人、無事か?」
野人が話しかけるが、言葉が分からないといった顔で見つめてきた。
この夢の主は、国外の人物なのか?
素性がよく分からない。
いまどきこんな古い船が航行しているわけもないから、きっと現実の話ではなく、映画か物語から着想を得た夢なんだろう。
野人がなにかを説明してから、護符を貼った。
老人の口から悪意を吐き出される。
野人がそれをつかんで引きずり出すと、少年がナイフで絶命させた。
老人の命までは奪わないようだ。
まあ、奪う必要もないんだが。
さて、仕事は終わりだ。
夢も終わり。
なのだが、しばらく待っても終わらなかった。
もうなにもないというのに。
コマはうまく夢をコントロールできなくなっているのだろうか? 力が弱っているというのは、本当なのかもしれない。
(続く)




