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BAKU  作者: 不覚たん
第一章

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幽霊船の夢を見た(一)

 寝不足のまま出社した。

 出社したところで、仕事などないのだが。


 雑多な事務所。

 始業時間より三十分早く入ったのに、すでに間宮氏はいた。

 俺が寝ぼけた声で「おはようございます」と告げると、向こうからはハッキリした声で同じ言葉が返ってきた。早朝だというのに、ちっとも眠そうじゃない。

 いや、俺だって余計な夢を見なければ、もっと頭が働いている。


 部屋は狭いから、用意された席も臨時のものだ。デスクというか、ただのテーブルの上に、パソコンが置かれている。いちおうオンライン。だが妙なアクセスをすればきっとバレる。

 かといって、仕事もないわけだから、ただ座っているしかない。


 ぼうっとしていると、間宮氏のもとへ電話があった。

「……はい。……はい。そうですか。承知しました。本人に確認してみます。ありがとうございます。では、失礼します」

 上司からだろうか。

 この上に誰がいるのかなんて、創造したくもないが。


 電話を終えると、間宮氏は無表情のままこちらへ来た。

「大友さん。なにか私に報告することはありませんか?」

「なんです?」

 規則通りに行動している。

 問題は起こしていない。


 彼女は、ごく冷めた目になった。

「柴田さんが、あなたの夢に異常なものを感知したそうです」

「感知とは?」

「ごまかさないでください。あなたは、見た夢の内容について、すべて私に報告する義務があるはずです」

 そうだったな。

 だが、言うつもりはない。

 柴田が俺の夢を覗くつもりなら、おそらく強引にでも入ってきたはずだ。ところがあいつは現場にいなかった。入れなかったのだ。だから「感知した」だけで終わったのだろう。内容は俺とトキしか知らない。


「すみません、ボス。ほとんど記憶になくて」

「事実なのですか? もし虚偽の報告をした場合、機械で強制的に吸い出すことになりますよ?」

「ええ」

 すべての反論を放棄した。

 この手の会話は、釈明に釈明を重ねるほどボロを出すものだ。「記憶にない」または「忘れた」ないしは「知らない」を突き通すしかない。政治家だってそれで乗り切っているのだ。俺がやっても問題あるまい。


 間宮氏はそれでも不満そうな目を向けてきた。

「それで。もう一人の大友さんはどうしたのです? もう出社時間を過ぎてますけど」

「さあ」

 俺はC子の保護者ではないのだ。来るかどうかは彼女は決める。


「はざーっす」

 言ってるそばからC子が入ってきた。

 間宮氏が無視していたので、俺は「おはよう」と返した。


「ちっとも早くありませんよ。いま何時だと思ってるんですか?」

「え? 九時? セーフっしょ?」

「九時三分です。セーフじゃありません。あなた、理解しているのですか? 九時に始業なのですから、九時前には来ていないとおかしいんです」

「あーはいはい。そういうヤツね。分かった。了解。明日からそうするから。けど始業って言ってもなにすんの? なんかやることあるの?」

 C子の反論も一理ある。

 いや、常識的に考えれば間宮氏が正しい。だが、九時に来たところで、やることもないのだ。


 間宮氏はじつに深い溜め息をついた。

「研修です。資料を作成しましたので、すべて頭に叩き込んでもらいます」

「え、どれ? それ? 全部おぼえんの? うわ、だっるぅ……」

 プリントが山のように積まれている。

 わざわざ紙に印刷したらしい。


 だが、ITをやっていた身から言えば、紙は悪くない。なんでもかんでもデジタル化すればいいと思っている人間もいるが。人の身体は30万年ほど変わっていないのだ。身体に適した道具を使うべきだ。なにも考えずにデジタルに固執するのは、俺に言わせればカルトでしかない。テクノロジーに敗北している。

 まあ紙を使うとなると、資源の問題も生じてくるが。


「席についてください。説明します」

 間宮氏はまるで教師のように告げた。

 いや、きっとこんな業務は存在しないのだ。俺たちが来るまで、彼女は一人で目に見えないなにかを追い続けていたのだから。

 きっと暇だったのだろう。新人が来て、急に張り切りだした、というわけだ。


 *


 夜、C子は魚を持ってきて、俺の部屋で焼いた。においがつくから自分の部屋でやるのはイヤだとか言って。そして焼き魚をツマミにして酒を飲んだ。

 今日もワーワー言われたが、内容は忘れた。

 眠かったので、じつによく眠れた。


 *


 大きな木のぐぐっと軋む音が聞こえる。

 叩きつけるような波の音も。


 俺は巨大な船の甲板に立っていた。

 朽ちかけた木造船だ。

 青黒い空。遠方には星々。日は暮れているのに、すべてがうっすら見える。白夜だろうか。おそらく緯度の高い場所。


 海しか見えない。

 船はずっと、ぐぅぐぅ鳴り続けている。壊れないのが不思議なくらいに。


「え、やば。こわ。なにこれ? 幽霊船?」

 C子も来ていた。

 というか、さもずっといたかのような感じだが、おそらくいま来たばかりなのだろう。

 キャミソールとスカートという、およそ幽霊船に似つかわしくない格好をしている。かくいう俺も上下ジャージ姿だが。


 つまりここは、コマの用意した夢だ。

 腕にブレスレットもある。

 主を見つけて、悪意を吐かせれば終わる。終わったらコマに聞きたいことが山ほどある。


 ふと、足音がした。

 姿が見えないところを見ると、甲板の下に誰かいるらしい。


 現れたのは二人の男だった。

 一人は大きい。ほおヒゲのある、野人みたいな風貌の男。

 もう一人は……。前に見たことのある少年。クローズドサークルでホテルを襲撃していた人物だ。確か、青白いおじさんの息子だったか。

 両者とも、見慣れたブレスレットをしている。


「ああ、やっと来たか。助かるぜ」

 野人はそう言った。

 敵ではない、ということか。

 まあブレスレットをしているのだから、コマの使いなんだろうとは思うが。


「ごめんなさい。俺ら、事情を把握してなくて」

 そう告げると、彼は困惑したような表情を浮かべた。

「え、そうなの? 今回のターゲットは厄介でね。二人じゃどうしようもないってんで、コマちゃんに依頼したんだ」

「厄介ってのは?」

「怪物がうろついてる」


 怪物?

 まあ夢の中なのだから、不思議ではないかもしれないが。

 実際、DJ野郎のときは、謎の鬼も出てきた。


 野人はぽりぽりと頭をかいた。

「主の場所は特定できてるんだがね」

「敵が多すぎるから、そこへ行くために戦闘員を募集していると?」

「そういうことだ。お二人は、戦闘は得意かな?」

 彼はニヤリと笑みを浮かべた。

 この男は、戦闘を楽しみにしているタイプかもしれない。


「ま、普通ですね。正攻法でやるよりは、卑怯なのが得意ですけど」

 俺はそう告げた。

 命を奪うというのは、そもそもが下劣な行為だ。つまり、ハナから下劣なんだから、それをするのに正々堂々とやる必要はない。虚を突く。それで勝てる。問題はない。


 C子はあきれたように笑った。

「私は苦手かなぁ」

 堂々とウソをつく。

 この女、なにかあるとまっさきに銃を構える。

 躊躇がない。

 素手で戦って強いかは分からないが、少なくとも銃撃戦は強いだろう。たぶん俺よりも。動きを見るとそう感じる。


 ところで、少年はずっと野人の後ろに隠れている。

 俺に殺されたのだから、苦手意識があるのは分かるが。

 まさかこの仕事を始めていたとはな。コマは使えそうな人間は片っ端から使うつもりなんだろうか。親はこのことを知っているのか?


 野人は少年の頭をぽんぽん叩いた。

「大丈夫だ。なんとかなる」

「はい……」

 じっとこちらを見てくる。

 後ろから刺してきたりしないといいが。


 *


 現代の船と違い、船室はすべて甲板の下にある。いや、船室とも呼べないような空間でしかないが。風雨を凌げるだけマシという考えなのかもしれない。

 ガレー船はとんでもなく臭い、という話を聞いたことがあるのだが……。今回はそこまでではなかった。まあここには漕ぎ手が密集しているわけでもないし、誰も生活していないのだ。せいぜいカビと潮のにおいしかしない。


「で、その怪物ってのは?」

 俺は手にマウザーを構えながら尋ねた。

「スケルトンだ。銃なんか当たらないぞ。こういう鈍器じゃないとな」

 なぜ野人が棍棒を手にしているのかと思ったら、そういう理由だったのか。てっきり趣味かと思ったが。

 しかし困ったな。

 鈍器など使ったことがない。棒術も知らないし。金属バットでも召喚しておくか。


 問題はC子だ。

「え、マジで? 銃じゃダメなの? あたし、これしか使えないんだけど?」

 彼女の腕は細い。

 野人みたいに棍棒を振り回せるとは思えない。


 野人は振り返りもせず言った。

「忠告はした。死ぬかどうかは自分で決めてくれ」

 なかなかの物言いだ。

 人にヘルプを頼んでおいて。

 まあ確かに、子守をするのは彼の仕事ではない。俺の仕事でもないが。


 C子は目を細めて、露骨に引いた顔をしていた。

「はいはい。そうですか。分かりましたよ。あたしだって、別に守って欲しいとか言ってんじゃないんだから。自分の命は自分で守ります」

 木刀を召喚した。

 それは人の骨なら粉砕するほどの威力がある。

 彼女が持っているとヤンキーにしか見えないが。


 少年はナイフを手にしている。二刀流。

 百鬼夜行で召喚された武器は、加護を受けた人間を傷つけることができない。だから少年のナイフは俺を傷つけることはないだろう。たぶん。

 それでもチラチラとこちらを見てくるので、だんだん不安になってくる。


「少年、こないだは悪かったな。仕事とはいえ、やり過ぎたかもしれない」

「いえ……」

 あのときは自信満々だったのに、いまはかなり委縮している。

 少し長めのショートヘア。中性的な顔立ち。まだ大人と言える年齢ではない。こんな若者を、命のやり取りに巻き込むべきではないと思うのだが。

 この界隈の人材不足は、かなり深刻ということなのだろう。


 ともあれ、あまり話しかけないほうがいいかもしれない。

 子供というのは、苦手な大人に話しかけられても、うまく拒絶できないものだ。話し続ければ負担を与えることになる。俺はサディストじゃない。


 だが、少年はおずおずと言葉を続けた。

「ボクのこと、助けようとしてくれたんですよね?」

「いやまあ……よく言えばそうなるけど。善意でやったことじゃない」

「いえ、それでも……ありがとうございます……」

 なぜ礼を言う?

 頭のイカレたガキだと思っていたのに……。それは俺の勝手な思い込みであって、じつはちゃんとした子だったのか?

 ではなぜあんな夢を?


 いや、人は、みずからの意思で夢を選択しているわけではない。

 夢の題材は、おそらく当人の精神と肉体に応じて抽出される。

 望んでいるもの。こがれているもの。避けたいもの。悔いているもの。たまたま最近見たもの。あるいは睡眠時の暑さ。寒さ。外で誰かの喋る声。息苦しさ。それらから連想されるもの。


 特に、悪意に寄生されている場合、主導権は完全に奪われることになる。

 そいつが繰り返し見せるのは、宿主を苦しめるための、悪趣味な夢――。


 悪夢はそれ自体が人の精神を蝕む。人にありえない選択を迫る。動揺させる。異様な行動をとらせる。

 日常生活において、人は基本的に平凡な選択をしながら生きている。「人を殺してしまってどうしよう」という選択肢は、まず与えられない。だから「自分はまともです」みたいなツラで生きていられる。世間で起きる事件を、バカのやることだと冷笑していられる。自分だって、事件や事故を起こしてしまったら、自首より先に、安易な証拠隠滅を考えるはずなのに。

 自分をまともだと思えるのは、善人だからじゃない。頭がいいからでもない。運がいいからだ。


 悪夢の中で壊れていた人間を、俺は責めるべきではないのかもしれない。

 この少年も、戦っていたのだ。

 どうしようもないなにかを、どうにかするために。


(続く)

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