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BAKU  作者: 不覚たん
第一章

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死んだことにされた(二)

 前回のショッピングモールにC子を呼び出した。

 特に面白いものはないのに、便利だからという理由で人が集まっているだけの場所。いわば駅のようなものだ。電車が好きでない人間も、必要に応じて利用する。

 俺は五分前に来たのに、彼女は十五分遅れて来た。完全にどうでもいいと思われている。


「あのさぁ」

 パンツスタイルにパーカー。近所のコンビニに来たダルそうな姉ちゃん、という格好。

 第一声も遅刻を詫びる態度ではない。

「なに?」

「なんでここなの?」

「考えるだけムダだろう。どうせ監視されてるんだし。どこに行ったって状況は変わらない」

 貸与されたスマホは、おそらく俺の位置情報を間宮氏に送っている。なんならこの会話も記録されている可能性だってある。


 C子は「はぁ」と盛大な溜め息をつきながら、ベンチに腰をおろした。

「あたしが言ってんの、そういうことじゃない」

「じゃあなんだ? 結論から頼む」

 怒られている理由が分からない。

 相手は政府だ。それも、合法かどうかも怪しい活動。

 俺みたいな個人にできることは限られている。

 のみならず、余計な小細工をすれば、監視が強化される可能性もある。ここは表向きにでも従順なフリをしておくべきだ。


 彼女の回答はこうだ。

「なにそれ? 連絡もらったとき、あたしデートだと思ったワケ。なのに、なに、ショッピングモールって? あんた、ここであたしを落として、あわよくばホテルに連れ込めるとでも思ってんの? 思ってないでしょ? だいたい、なんなのその服? 男同士で遊ぶときの服でしょ?」

「はい?」

 こいつは状況を理解していないのか?

 あるいは、理解した上での、高度な偽装か?

 政府を欺くための布石かもしれない。

「ま、よく分かったけどね。あんた、あたしのこと彼女だと思ってないみたいだし」

「そ……そんなことは……ない。えーと、確かに、あんたの言う通りかもしれないな。ここじゃないほうがよかった」

「別にいい。どうせ仕事の話なんでしょ? 早くしてよ」

「できれば個室がいいな」

「バカじゃないの? そんな簡単にヤらせないけど?」

 こっちは道端でおっぱじめてもいいんだぞ。

 契約書にサインしてもらうだけなのに、こんなにつまずくのか……?


 *


 手近な居酒屋の個室に入った。

 まだ昼だというのに。


「ここ、あんたのおごりだから」

「はいはい」

 高級な店には見えなかったが、いちおう個室だから、テーブルチャージが余計にかかるかもしれない。

 なぜこれを俺の財布から出さねばならないのか。

 領収書、切れないかな。


「で、先日の夢の件だけど」

「せめて乾杯してからにしてよ」

「はい……」

 酒は好きだ。

 だが、契約書を扱うのだから、できるだけ素面に近い状態で済ませたかった。


 そのうちにビールが来たので、お通夜みたいなテンションで乾杯をした。

「で、なに? あたしにどうして欲しいの?」

 C子はグラスを置いて、いきなり本題に入ってきた。

 本題に入る気はあったのだな。

「こないだの夢だよ。米軍の研究施設で、見ちゃいけないものを見たはずだが……」

「爆弾のこと? で?」

「アメリカがな、その情報知ってるヤツを全員隔離したいらしいんだ。でも日本政府が止めてて。止めるって言っても、政府の管理下で暮らすことになるわけだけど」

「なんか問題あんの?」

 まあそうだな。

 政府の管理下で暮らすってのは、別に普通のことだ。いや、管理下というと語弊があるが。人は生まれながらに自由のはずだが、実態はそうでもない。いいとか悪いとかは、あえて言わないが。

「言った通り、どちらかに隔離されることになる。自由を失う」

「なんで?」

「知るかよ。あいつらがそうしたがってるんだから、しょうがないだろ」

「なにも悪いことしてないのに?」

「そう」

 だからこの話はハナから理不尽なのだ。


 彼女はグラスのビールを飲み干してから、自分で注いだ。

「え、なに? じゃああたしら、もう人生終了ってこと?」

「いや、ところがな、政府から別の提案があったんだ。前に間宮って人の話をしただろ? その人が、自分の部下になればある程度の自由を保障するって。今日はそのための契約書を持ってきたんだ。サインしてくれないか? 俺はした」

 返事は盛大な溜め息だった。

「それ、罠でしょ?」

「そうだよ」

「あんたは言いなりってワケ?」

「ほかに選択肢があるとは思えない」

 俺もビールを飲み干した。するとC子が即座に注いでくれた。というか、ずっと瓶を持っている。


「なんかさぁ、ぜんぜん気が乗らないんだけど」

「分かるよ。けど、自由を失うよりマシじゃないか?」

「そもそも間宮って苗字からしてなんかイヤ」

「なんでだよ」

 本当に。

 なんでなの?

 いまはそんな趣味の話をしている場合じゃないと思うが。


「まあいいよ。する、契約。あんたもしたんでしょ? 隔離とかイヤだし」

「すまんな」

 謝っておいてなんだが、これは俺のせいじゃない。

 不可抗力だ。

 もし間宮氏が直接交渉していたら、絶対に謝らなかっただろう。


 俺が契約書を差し出すと、C子はそれを読みながらつぶやいた。

「なんであんたが謝んの? 命令されてやってるだけでしょ?」

「そうなんだけど」


 間宮氏は自分でやらず、俺に押し付けてきた。

 もしかすると彼女は、俺とC子を対立させた状態で部下にするつもりなのかもしれない。典型的な分断工作。対立させておけば、両者が結託することはなくなる。怒りの矛先も常に互いに向けられる。間宮氏にとっては、コントロールが容易になるというわけだ。

 今回はC子が冷静で助かった。


「あんたって、意外と要領悪いよね」

「否定はしない」

「あの研究所でも、最後まで犯人分かってなかったし」

「そりゃまあ……」

 あの日、俺たちは最後尾を移動していた。バレずにダウジングロッドを使う機会はあった。しかし列になっている状態で使っても、主が前方にいることしか分からないのだ。そしてみんな前方にいたのだから、個人の特定は不可能。そのくせ急にダウジングを始めたことで怪しまれるリスクだけがある。だからやらなかった。


「そういうあんたは、どうやって特定したんだ?」

「ダウジングだけど? みんなが探し物してるときに」

 なるほど。

 あのときは、誰もが手元に集中していた。主を特定するなら絶好の機会だったというわけだ。

 俺はついムキになって設計図を探し回ってしまった。どんな設計図なのか見てみたいという気持ちが先行したのだ。「好奇心はネコをも殺す」というイギリスのことわざがあるが、あるいは事実なのかもしれない。


 C子はまたビールをあおった。

「そんなしょげないでよ。あたしにはあたしの得意なことがあったってだけ。あんたにもあんたの得意なことがあるワケじゃん? パートナーなんだから、これからも力を合わせてやっていこうよ」

 急に優しい。

「ありがとう」

「ま、あんたの得意なことって、暴力だけだけどね」

「……」

 一人で酒を飲んでケラケラ笑っている。

 いい性格をしている。


「はい、サインしたよ。このあとどうなるの?」

「表向き死んだことになって、政府が用意した部屋で暮らすことになる」

「は? え? 死ぬ?」

 まあ、そうだな。

 そういうリアクションになるだろう。

「あくまで書類上だよ。俺たちは別名で暮らすことになる」

「なにそれ? そんなマンガみたいなことある?」

「あるんだよ」


 その後は適当なつまみを食いながら、普通に飲んだ。

 ほとんど男同士の飲み会みたいだった。

 服装にダメ出しされた意味はなかった。


 *


 翌日、二人で事務所に入った。

 C子はスーツを着ていた。ギャルっぽい女かと思っていたが、こうしてスーツを着ているとまともな社会人に見えなくもない。目つきが悪いわけでもないし。表向きにでもおとなしく振る舞っていてくれれば。


 間宮氏は、二人分のコーヒーを出してくれた。上司なのに。

「時間通りですね。歓迎します。これからよろしくお願いしますね、大友さん」

「……」

 大友さん?

 なぜ俺の名前しか呼ばないんだ?

 C子のことは無視か?


 そのC子は、ふんと鼻を鳴らした。

「悪趣味じゃない? ねぇ、間宮さんさぁ。なんであたしがこいつと夫婦って設定なの?」

 夫婦……。

 だから同じ苗字にされたのか?

「不服ですか? 大友ゆりさん」

「不服に決まってるでしょ。まだ結婚式もしてないのに。あと、名前もイヤ。なんなの? ゆりって。これってあんたのお姉さんの名前だよね?」

 お姉さん?


 このとき初めて、間宮氏の顔に不快の情が浮かんだ。それも、一瞬ではない。数秒。彼女はそれをなんとか無表情に戻した。

「さすがに気がつきましたか……」

「苗字も同じだし、顔も似てるからね。だからこいつ経由で契約書にサインさせたんでしょ? あたしと顔を合わせたくなかったから。でもゆりちゃん、あんたみたいに性格ねじくれてなかったけどね」

「言っておきますが、あなたが選ばれたのは偶然ですよ。そうでもなければ、私だって、あなたみたいな人間と関わるつもりはありませんでしたから」

「せめて名前は変えさせてよ」

「お断りします。その名前で活動してください。これは業務命令です。アメリカに引き渡されたくなければ、私の言葉に従ってください」


 間宮氏のお姉さんとなにかあったのだろうか?

 ただでさえ大変なのに、余計な火種が加わってしまった……。


 一瞬、会話が途切れたので、俺はすかさず話題を変えることにした。

「で、俺たちはなにをすれば?」

 間宮氏はすぐには答えなかった。C子になにか言ってやりたい、という目をしていた。だが、C子がかたくなに顔を背けていたので、ついにあきらめたらしい。

「身体検査を受けてもらいます」

「身体検査? 健康状態を見るだけですか? それとも、通常ではありえないような検査を?」

 いつもなら、この程度の問いで動じるような間宮氏ではない。

 だが、今日は違った。

「なんでそう余計なことを聞くんですか……」

「こちらにとっては大事なことなんで」

 柴田みたいにケーブルを埋め込まれるのは困る。

 まあ組織がその気になったら、俺たちに選択肢などないとは思うが。

「確かに、一般的な検査のほかに、特別な検査も実施します。しかし身体に傷をつけたりはしません。あったとして、少量の採血くらいです。べつに普通でしょう?」

「特別な検査というのは?」

「夢の適性に関する検査です。念のため脳波をとるだけですから、安心してください」

 できれば採血もやらないで欲しいんだが。

 まあ会社の健康診断でも採血くらいはするからな……。


 C子がこちらを見た。

「ねえ、夫婦なんだったらさ、指輪買ってよ。結婚指輪。あと婚約指輪。もちろんあんたのお金で」

「経費で落ちればな」

 すると間宮氏が間髪入れず「落ちませんけど」と返してきた。

 ケンカをするのは構わないが、俺を介してやるなと言いたい。


 C子は態度も悪く足を組んだ。

「はぁ。ケチだねぇ。国が運営してる組織なのに」

 これには間宮氏もカチンと来たらしい。

「原資は市民の納めた血税ですよ。それを私物の購入にあてるなんて、許されるわけがないでしょう。ただでさえ予算もカツカツなのに」

「人の人生を奪っておいて、それはないんじゃない?」

「なら今からでもアメリカに行きますか? 向こうで同じことが言えるといいですけど」

「やれるもんならやってみなよ。セコいマネして人をハメておいて、恥ずかしくないならね」


 俺はわざとらしいとは思いながらも、小さく咳払いをした。

「あー、まあ、そう言わないでさ……。こちらの組織もだいぶ行き詰ってるそうだし、手伝ってやろうよ。給料もちゃんと払うって言ってるんだしさ」

 一円も支払わない某妖怪に比べれば、かなり良心的ではないか。

 するとC子は攻撃対象をこちらに変更し、睨みつけてきた。

「あんた、さっきからなんなの? 気を使うフリして。へらへらへらへら。そんなんだからナメられるんでしょ?」

「いや、ナメるとかなんとか言うから余計にさ……」


 間宮氏がふっと笑った。楽しんでいる態度ではない。露骨な嘲笑だ。

「夫婦ゲンカですか? そういうの、業務時間外にやってくれませんか?」

「は?」

 C子はヤンキーみたいに目を細めた。

 大人のやることじゃない。

「大友ゆりさん、そういう態度もどうかと思いますよ? 言葉遣いは丁寧にお願いしますね。ここは学校ではないのですから」

「知るかよ。あんまナメてると殴るけど? グーで」

 拳を作って見せる。

 殴り方を知っている女を挑発すべきではない。女の手は小さいが、それだけに、まともに殴られるとめり込んできてかなり痛い。


 間宮氏はぐっと身をちぢこめた。

「や、やったらアメリカですよ?」

「だからいいって言ってるじゃん。え、殴ったらアメリカ行かせてくれんの?」

「待ってください。大友さんも、見てないで止めてください」

 どっちの大友に言っているんだ?

 まあ止めるけど。


 この勝負、おそらくC子の勝ちだろう。

 勝ちとか負けとかいう話ではないにしても。

 間宮氏の言う通り、この組織の運営状況はカツカツなのだ。税金を食うだけ食っておいて、たいした成果を出せていない。だから汚い手を使ってまで俺たちを巻き込んだのだ。藁にもすがる思いで。

 バクが弱体化している間に、なんらかの成果を出したいはず。つまり、組織としては、ここで俺たちを手放すという選択肢はありえない。もし進展がなければ、遠からず組織は解体され、間宮氏はポジションを失う。


 まあそれはそれとして……。

 クソみたいな口論をしていないで、とっとと身体検査を済ませたほうがいいと、俺は思う。


(続く)

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