表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BAKU  作者: 不覚たん
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/47

クローズドサークルの夢を見た(二)

 このホテルは殺人鬼に狙われている。

 すでに被害者も出た。

 リビングルームに集まった宿泊客は、誰もが青ざめている。のみならず、負の感情を隠そうともしない。責任者は誰だ? なぜ自分がこんな目にあわされている? 早く誰かなんとかしてくれ! とまあ、そんなところだろう。

 嵐に閉ざされているという状況も、彼らの感情に拍車をかけている。

 天気で気分がよくなったり悪くなったりするのは……。まあ分からなくはないが。そんな「雰囲気」で自分の機嫌を決定するなと言いたい。


 俺は瓶のまま、無味のビールを流し込んだ。

 夢の中で暴飲暴食したところで、実際の健康を害することはない。その代わり、味がしない。頑張って味を探せばあるような気もするが、ちゃんと確認しようとするとやはり無味だ。

 夢というのは、なんと虚しいものなのか。


「こんなときに一人だけ酒かよ……」

 辛辣な言葉を投げてきたのは、客ではなく、ホテルの従業員。

 見た目は若いが、新人ではなさそうだ。

 接客だけしていれば金がもらえるはずだったのに、いきなり事件に遭遇して、しかも客からはその対応を押し付けられている。並のストレスではないだろう。

 だが俺に当たるなと言いたい。


 もちろん俺は反論しない。

 こいつに俺の都合を理解させたところで、最終的に得られるものはない。その代わり、労力だけが余計にかかる。真摯に対応してやっても憎しみを向けられるだけ。無視したほうがいい。こちらからなにかを言うのは、それが邪魔になったときだけだ。野生の動物と目を合わせてはいけない。目を合わせると、なにかしらのコンタクトを取ろうとしてくる。動物レベルのコンタクトを。


 さて、推理ごっこでも再会するか。

 面倒だからといって全員ぶっ殺してはいけない。夢の主が死んだら夢も終わる。だからそいつを特定しないといけない。

 だがヒントはない。

 予想というか、俺の主観というか、難癖じみた妄想だけでストーリーを構築していかなくてはならない。


 たとえば、いまの若いヤツは、こんなクローズドサークルに固執しないだろうということ。

 ここ最近、ここまで露骨な舞台設定の作品は観たことがない。

 なので往年の作品に触れた中年から老人。

 性別は……どうだろうな。


 孤島のホテルが舞台ということは、旅行好きか。

 でも旅行が好きなヤツは、男女も年齢も関係なくいる。

 いや、あるいは旅行なんて好きでもないのに、誰かのツテでホテルの従業員として勤務しているものもいるだろう。


 つまり……手がかりがない。


「なあ、A子さんよ、どいつだと思う?」

 俺は自分の頭に頼るのをあきらめて、アウトソースに頼ることにした。

 古人も、三人寄ればなんとかかんとか言っていた。


 A子は不快そうに眉をひそめている。

「あのさぁ。その前に言うことあるんじゃない?」

「はい?」

「お酒。飲むのやめなよ。毎回毎回さ。なに? カッコつけてんの?」

 どういう理屈だ。

 未成年ならカッコつけて飲むヤツもいるかもしれないが。

 こっちはもう大人だぞ。精神年齢はともかく、少なくとも生物としてはな。


「あたし、酔っ払いとかムリだから」

 まさかキャリー・ネイションの信奉者か?

 俺だってねぇ、こんな文句しか言ってこないヤツ、ムリなんですよ。

 でも、どうしても情報が欲しいのだ。新しい視点を取り入れたい。間違っていてもいい。新しいなにかを投げ込んで欲しい。その情報をもとに予想を再構築したら、違う結果に到達できる。

「悪かった。謝るよ。ごめんなさい。俺は愚かです。でもその愚かな男を助けると思って、なんかヒントくれよ」

「あたしに分かるわけないでしょ」

「どんな些細な情報でもいいから」

「知らない! もう話しかけてこないで!」

 キツい。

 A子は学生という設定なのか、学生服の上から黒いパーカーを着ている。

 そんな少女に話しかけて、キレられる成人男性の図。

 あまりにも不審。


 俺は彼女から距離をとって、窓際へ移動した。

 雨だか波しぶきだか分からないが、とにかく窓ガラスに水が打ち付けられている。しかもガタガタ音を立ててうるさい。

 木造の洋館。

 こんな古い建築物を舞台にするとは……。かなり年配の人物だろうか?

 あるいはレトロ趣味の若者?

 俺のプロファイリングはアテにならない。


 まあひとつだけ、名前に頼るという手もあるが……。


 夢の主には、名前がついている。現実世界で名乗っているものだ。現実世界でさえ無名という人は……もしかするといるのかもしれないが、俺は会ったことがない。それが許容されるケースも想定できない。一時的にあるとして、逮捕された犯人が頑固に名乗らない場合くらいだろう。普通はなんらかの文字列で規定されている。

 あるいはこの夢に、主の知人がいるのだとしたら、そいつにも名前がある。

 だが、どうでもいい数合わせの役者アクターには、まだ名前がない。名前が必要になったとき、初めて生成される。

 まあ結局は生成されてしまうのだが。

 不自然な名前なら、そいつは役者の可能性がある。殺しても夢は終わらない。


 殺すとか殺さないとか、あまりカジュアルに想定していい手段ではないが。

 夢の中なのだから仕方がない。

 こちらはリアルに寿命を失うリスクを抱えているのだ。実在しない人間の命を奪うのは……まあ緊急避難の範疇に含めていいだろう。裁判所がなんというかは知らないが。


 窓の外を眺めていると、斜め後ろからA子が近づいてきた。

「ねえ、ごめん。言い過ぎたかも。怒ってる?」

「怒ってないよ」

「……」

 いくらかは不快感を抱いたが。

 それだけだ。

 ガキのメンタルから発せられる言葉としては妥当なところだろう。俺はガキのころ、大人にあんなことは言わなかったが。自分を基準に考えるべきではない。よくも悪くも。


 A子はまた眉をひそめていた。不満げな態度を隠そうともしない。

「怒ってないってなに?」

「はい?」

「どうせまた小娘がギャーギャー言ってるとか思って、聞き流してたでしょ?」

「ほう、俺の心を読んだのか?」

「読めるわけないでしょ! バカ! そういうのがムカつくって言ってんの! なんなの、いつもいつも余裕ぶって! 怒ってんのあたしだけじゃん!」

 なんです?

 いつも怒ってますけど?

 また事実を陳列するつもりです?

 一方、俺は、怒っていないことを理由に怒られている。

 これもう理不尽オブザイヤーだろ。ところでイヤーはYEARだからTHEはザで合っているが、ネイティヴからするとどちらでもいいのだとか。ジじゃないとキレる人間は相手にするな。こんなことで争うエネルギーと時間がもったいない。


 A子は背中にパンチを打ち込んで来た。本気パンチではない。抗議の弱パンチだ。

「あたしのことバカにしないでよ」

「してないよ」

「してる」

「もししてたら、あんたに問題解決のヒントを求めたりしないだろ。あんたの知恵が必要だから尋ねたんだ。その結果は……このザマだが」

 このザマ。

 宿泊客、従業員、どちらからも睨まれている。状況も分からずに自分勝手にケンカを始めたバカだと思われている。まあ事実としてバカかもしれないが、状況は分かっている。


「それはあんたがお酒なんか飲むから」

「酔っ払わないんだからいいだろ」

「じゃあなんで飲むの?」

「そりゃまあ、気分よく仕事するために……」

「なに気分って? 酔っ払わないんでしょ?」

「いいだろ別に」

 これはあくまで雰囲気の問題だ。

 俺は雰囲気で自分の機嫌を決定しようとしている。じつに哀れなことだ。他人を批判する資格もない。


 しばらく会話が途切れた。

 また誰かの口から「外でやれよ」とか「死ねばいいのに」という言葉が聞こえてきたが……。思ってもいいから、声に出すなと言いたい。

 いや、人類の質が所詮この程度という意味ではない。あくまで夢の主が想定する「その他大勢」がこういう反応をする、というだけの話で。でもいるよな、こういうヤツ……。言っても大丈夫そうだと思うと、急に遠慮がなくなる。

 人はテクノロジーに分断されているのだ……なんちゃって。


 A子は壁に背を預け、こちらも見ずに切り出した。

「あのさ、さっき……。聞かれたヤツ。じつは怪しい人見つけたんだ」

「どいつかな?」

 すると「どいつかなじゃねーよ」という小さな苦情のあと、A子はこう続けた。

「あそこの、カウンター近くのおじさん。被害者が出たって分かったとき、一人だけ『またか』みたいな顔で溜め息ついてた。みんな立ち上がって騒然としてたのに」

「なるほど。そいつは有益な情報だ。ありがとう」

 言われる前に気づくべきだった。

 この夢は、あまりに「設定」が作られている。主はおそらく初めてこの夢を見たわけではない。繰り返し、何度も何度も体験している。文字通り、うんざりするほど。

 となると、事件発生直後の反応も、他の面々とは異なったものになるはずなのだ。

 A子はそれをちゃんと見ていた。

 俺は見ていなかった。


 俺が中年男性の様子を警戒してると、A子が正面へ回り込んで来た。

「ねえ。すごいヒント見つけたんだから、もっと褒めてよ」

 怒ったような顔をしている。

 褒めて当然なのに、褒めなかったから悪い、と言わんばかりに。

 俺のことを親かなにかだと思っているのか?

「凄いよ。敬服してる。俺一人じゃ絶対に気づけなかった」

 まあ絶対は言いすぎだろう。

 この世には、絶対と言えるものはほとんどない。

 この言葉を自覚なしに使っている人間を、俺は信用しないことにしている。絶対に。


「頭なでたい?」

 A子は半目でこちらを見ている。

 不審そうな目だ。

 グルーミングを誘発して、俺を悪人に仕立て上げる気だろうか。

「なでたくない」

「は? ムリしなくていいから。なでたいでしょ?」

「うるせーな。大人の男がそういうことをすると、世界中から怒られるんだよ。あんただって、俺になでられるのヤだろ」

「当然でしょ? 触ってきたら殺すから。あんたが触りたそうだったから聞いただけだし」

 呪いのオカッパ人形みたいなツラしやがって。

 俺がこいつに好意を抱いているとでも言うのだろうか?

 まあ、そこまで嫌いな顔ではないが。


 問題は、この子が……死にたがっているということだ。

 自分の寿命を削るためにここにいる。

 理由は分からない。

 以前、そのことについて話す機会があったが……。絶対に答えたくない様子だった。

 きっと誰かの手に負える存在じゃない。


 いや、人間誰しも、誰かの手に負える存在ではない。

 ただ歩み寄りによって、自発的に自分を折るものだ。そして互いに折れているときだけ、友好関係が成立する。これをくだらないと思っている間は、誰とも友好関係は成立しない。

 まあ折れてもほぼ成立しない俺のような人間もいるが……。それは単に嫌われているだけだ。たぶん、いちいちうるさいせいだな。


 さて、しかしA子が邪魔だな。

 背伸びして俺の視界を遮ってくるせいで、男の姿が見えない。

 急に一人でどこかへ行くとは思えないが。


 いや、それよりも、別の問題が起きていた。

 数名の宿泊客が、従業員に詰め寄っていたのだ。

「なにぼうっとしてんだよ! 客の安全を確保するのがあんたらの仕事でしょ?」

「ですから、いま警察に確認をとっているところなので……」

「は? 電話つながったの?」

「それはまだ……」

「じゃあ全員で見回りに行けよ! こっちは金払ってんだぞ!」

「ムチャ言わないでください! こっちだって被害者なんですから!」

「なんだその態度!」


 ほらほら。出ました。

 定番のやり取り。

 こうして役者が動き出し、物語を破滅へと導いてゆく。いわゆるテンプレというヤツだな。


 だが、この程度は放っておいていい。

 少しは数を減らしてくれないと、主の特定が難しくなる。

 いまの段階では、例の中年男性が主とは断言できない。


 無関係なヤツはとっとと死ねばいい。

 そのほうが、こちらの負担も減る。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ