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BAKU  作者: 不覚たん
19/19

デートをした

 日曜日、俺はC子と待ち合わせをした。

 デートだ。

 なぜそうなったのかは分からない。


 しかも埼玉の、ありふれたショッピングモール。

 なぜここなんだ。

 先ほどから、少なくない数の買い物客が行き交っている。だが、休日のショッピングモールにしては多いとも言えない……。

 ここは大都会ではない。人々は、便利だから立ち寄っているだけ。そういうものなのだ。悪いことじゃない。むしろ自然でいい。なにも特別じゃない。日常の延長にある景色。


「あ、いたいた」

 ルーズな格好の女が近づいてきた。

 肩出しのワンピース。ハイヒールのサンダル。水商売の女には見えないが、出勤前の格好に見えなくもない。いや、俺自身、女の見た目をどうこう言えるような人間ではないが。

「本当に来るとはな」

「は? あんたって現実でもこんななの?」

「お互い様じゃないか?」

 初デートとは思えない会話だ。


「そこのコーヒー屋で話そ」

「ああ」

 コーヒー屋。

 喫茶店とは言わないのか。


 *


 学生向けの安い店だろうか。

 あまり大人の姿はない。ノートパソコンを広げているヤツもいない。見栄よりも安さ優先のチェーン店だ。俺にとっては居心地がいい。呪文みたいなオーダーもしなくて済む。


 テーブル席についた。


「あのさぁ、勘違いしないで欲しいんだけど、あたし、あんたと付き合う気はないから」

「そうかよ」

 暑くもなく、寒くもない、カラリとした天気の日曜日。

 いきなりフラれてしまった。

 じゃあこの集まりはなんなんだと言いたくもない。

「本題は夢の話。あそこじゃできなかったから」

「ああ、そういうことか」

 彼女なりに機転を利かせたというわけか。

 俺は政府に見張られているかもしれないが。周囲を見る限り、それらしき人物はいない。まあ俺に見破られるような尾行はしないと思うが。


 C子はノートを広げ、そこにペンを置いた。

「大事な話はここに書いて」

「スパイ映画みたいだな」

「そうでしょ?」

 俺の皮肉に、笑顔で返してくる。

 こいつはモテるのかもしれない。

 モテたくない相手からも。


 俺はペンをとり、柴田、間宮、俺たちの情報を簡単に記述した。

 C子は不快そうな顔でそれを見ていた。


「は? なにこれ? 詰んでんじゃん。なんなの政府って? そんなのに逆らって勝てるワケないじゃん」

「俺もそう思う」

 冷静な戦況分析ができてなによりだ。

 夢の世界で銃をぶっ放していると、身体が万能感をおぼえてしまう。もしその勢いのまま日常生活でやらかすと……。間違いなく自滅する。


 C子はストローからアイスコーヒーをすすった。

「んで? あんたはどうしたいワケ?」

「優先度をつけてる。第一は、自分の身の安全を優先。つまり、他人がどうなろうと知ったことじゃない」

「は? マジで言ってんの? 最低のクソ野郎なんだけど」

 最低のクソ野郎なのは否定しないが……。

 俺はあえて笑った。

「待ってくれ。これは大事なことだ。あんたもこれを第一に動くんだぞ」

「極論すればそうかもだけど、わざわざ言う必要あった?」

「チームメイトの行動原理は事前に把握しておいたほうがいい。俺はあんたらを騙したくないから言ってるんだ。だから善意だよ、これは」

「うっざぁ……」

 思ってても言うなそれは。


「第二に、俺は安全を確保できるならそれでいい。誰かの秘密を暴くつもりもない。だからコマちゃんにやりたいことがあるなら、それを優先したいと思ってる」

「つまり?」

「コマちゃんの希望に従う」

 あいつがウソをついていなければ、だが。


 C子は首をかしげた。

「えっ? えーと、じゃあ、自分が死なないのが第一で?」

「そう」

「第二がコマちゃんなの?」

「そう」

 なぜ繰り返した?

 おかしいか?


 彼女は不審そうに目を細めた。

「え、なんなの? スパダリのつもり?」

「は?」

「自分の命さえ守れれば、困ってる女の子を救っちゃう感じ? そういうこと、言う? その顔で?」

「……」

 顔はいいだろ、顔は。

 だがまあ、身の安全を確保できるなら、あとは仲間の希望を叶えてやりたい。それは普通のことだろう。俺自身にやりたいことがないんだから。

「ごめん、顔は言い過ぎた。ちょっと髪いじったらイケメンになるかもだし」

「ツラの話はいい。いっぺんハナから考えてみてくれ。一連の事案は、コマちゃんを中心に始まったんだ。俺たちはずっとあの女の目的に沿って行動してきた。互いにそれで納得していたからな。ところが今回、問題を提起されてしまった……。真偽は分からないが。とにかく、問題がクリアされないなら立ち止まるし、そうでないなら活動を継続してもいい。それだけの話だ。救うとか救わないとかじゃなくてな。構造的にそうなんだ」

「ムキになんないでよ」

「ムキになってない。ただ、なにが事実なのか、俺たちは知る必要がある。コマちゃんを支援するのか、手を切るのか。そいつを考えたいから、あんたもこの場をセッティングしたんじゃないのか?」

 この女は本当に、思ったことを全部口に出す。

 こちらが強引にでも話をまとめなければ。


 彼女はベーグルをかじった。

 窓の外を見ている。

 小さな女の子が、母親と手をつないで歩いている。あるいは老婆がカートを押している。カップルもいる。


 C子は急にこちらへ向き直った。

「あのさぁ、なんかマジでデートみたいでイラつくんだけど」

「どこがだよ……」

 夢の中で見た妖怪の話だぞ。

 どこにデートみがあるんだ。

「あんたはこんなかわいい子とデートできて嬉しいだろうけどさ」

「解散したいならそう言ってくれ」

「そんなこと言ってないでしょ。べつに。いいし。めんどうだし」

 なら言うんじゃない。

 俺は苦情のサンドバッグじゃないんだ。


 えーと、なんの話だっけ?


 C子は肩をすくめた。

「分かった分かった。あたしもあんたの案に賛成してあげる。コマちゃんには恩もあるし」

「恩?」

「だって、楽しいじゃん。なんか世界を救ってるみたいで。死ぬわけでもないしさ。まあちょっとは死ぬけど。ちょっとだけだし」

 ヒーローごっこ、というわけか。

 俺だってその行為に満足をおぼえていないとは言わない。自分が特別になった気分を味わえる。

 とはいえ、コマに手を貸す一番の理由は、家族の夢を見たくないからだ。あの夢は、不幸ではない。幸福だ。あたたかい。それだけに、目をさましたときの虚しさも並ではない。


 俺は思わずつぶやいた。

「なんだかんだ、みんなコマちゃんに救われてるんだな」

「……」

 返事はなかった。

 彼女は無言でコーヒーをすすっている。

 俺もコーヒーをすすった。


 いっぺん話題を変えるか。

「またそのうち、政府から接触があると思う。A子さんの居場所も特定されてたしな」

 するとC子はカップを置いた。

「そういえば、あの子、どっか行ったの?」

「入院してる」

「なんで知ってんの?」

「だから、例の政府の……間宮さんに教えてもらって」

 なんとなくこの話題は避けていたかもしれない。

 というか、コマはこの子にちゃんと説明しなかったのだろうか?


「あんたらって、付き合ってるワケじゃないの?」

「違う。仕事上で知り合っただけの……。でもまあ、いまとなっては仲間だと思ってる」

「ふぅーん。あ、これ半分食べて。おなかいっぱいになっちゃった」

「はい?」

 急にベーグルを勧めてきた。

 食いかけ。

「なにその顔? べつに汚くないでしょ?」

「もらうよ」

 田舎のおばさんみたいなテンションでぐいぐい来る。

 距離感も完全にその手のレベルだ。


「んでさぁ、あんた、このあと暇?」

「予定はないが」

「ボウリングしない?」

「は?」

 なんだそれは?

 さすがにデートになるのでは?


 C子は眉をひそめた。

「あんたって、なんか辛気臭いんだよね。ぜったい体動かしたほうがいいから。このままだと死にそうだし」

「べつに、いつもこんな感じだが……」

「負けるのが怖いの?」

「勝ち負けにはこだわらない」

「うわ、ダサ。それ負け犬のセリフじゃん。どうせあんたの人生、負けっぱなしなんでしょ?」

「よく分かったな。もしかしてCIAなのか?」

「は? なにCIAって?」

 渾身のギャグさえ滑る。

 初めてじゃない。よくあることだ。


「あ、分かった。CIAってアレでしょ? 鉛筆の端に書いてるやつ!」

「なんだその鉛筆……」

「じゃあなんなの?」

「セントラル・インテリジェンス・エージェンシーだよ」

「だから、それはなんなのって聞いてんの! マジキレそう。あんた、友達いないでしょ?」

「まあね」

 逆にCIAを知らない人間がいることのほうが驚きだ。

 もうなにも説明のしようがない。


 *


 ボウリングをしたあと、なぜか飲み屋に入った。

 安い居酒屋だ。

 日曜日だからか、店内にサラリーマンのおじさんはいない。その代わり、サラリーマン以外のおじさんがいる。彼らは明日も休みなのだろう。


「あのさぁ、今日ちょっと調子悪かっただけだから。本当ならあんたなんかに負けてないから」

「まあ飲みなよ」

 俺は瓶からビールを注いでやった。


 この女、びっくりするほどヘタクソだった。

 ヘタクソな俺よりはるかにヘタクソだ。なんだ42点って。隣で遊んでいた小学生以下。数年ぶりにやった俺でも80ちょいは出たというのに。


「あんたさぁ、自分のほうが上だとか思ってない?」

「思ってないよ。ボウリングごときで」

「ごとき? はぁー。出た。これ。マウント野郎。地獄に落ちて欲しい」

「……」

 地獄には落ちるかもしれない。

 夢の中とはいえ、殺す必要のないヤツまで殺してきた。寿命を削った。それで実際に死んだヤツもいたかもしれない。


 C子は顔をしかめた。

「あー、出た。また辛気臭い顔。つらいんだけど。あんた、一生そんな顔して生きていくつもり?」

「顔への苦情は勘弁してくれ。持てるものは、持たざるものに寛容であるべきだぜ」

「どういう意味?」

「ツラのいい人間は、ツラの悪い人間を、ことさら責めるべきじゃないってことだ。俺を責めるより、親に感謝したらどうだ?」

 ここまでかみ砕いて言ったらさすがに理解するだろう。

 彼女もコップのビールをちびっと飲んだ。

「え、つまり? あんた、あたしの顔が好きってこと? は? 勘違いすんなって言ったじゃん……」

「なんだこいつ」

「は?」

 心の声が表に出てしまった。


「いや、失礼。両親の亡霊が見えたので、つい会話を」

「なにそれ? 勝手に親を殺してまでさぁ」

 そうだな。

 ジョークも種類を選ばなくては。


 C子は卵焼きをつかんで、そのまま動きを止めた。

「え、ごめん。いまのって? もしかしてあんたの親って……」

「いや、ただのジョークだよ」

「あ、だよね? だよね? もー。そういうのよくないから。冗談でもさぁ」

「ありがとう」

「……うぅっ」

 彼女は鼻をすすりだした。

 急に?

 ウソか本当かも分からないような冗談で?

 いやまあ亡霊は完全にウソだけど。


「ごめん。あたし、空気読めないときあるから。なんか地雷踏んじゃったかもって」

 やけに深刻に受け止めている。

 過去に誰かとなにかあったとしか思えない。

「いや、冗談言ったの俺のほうだし、あんたが気にするようなことじゃ……」

「うん……」

 妙にしおらしくなってしまった。


 彼女はポケットティッシュを取り出して、無遠慮にチーンとやった。

「むかし、こういうので親友とケンカしたことがあってさ。そのまま会えなくなっちゃって……。ていうことがあったからさ。あんたもそうなら、ごめんって思って」

「まあ死んでるのは事実だけど、べつに……」

 気にしてないわけじゃない。

 むしろかなり気にしている。

 だが、この女が悪いわけじゃない。

 この程度の会話なら日常的にするレベルだ。それで怒るほうがどうかしている。たぶん。わざとじゃないんだし。

「でも、冗談でも親のこと変に言っちゃダメだよ。なんか哀しいじゃん?」

「気を付けるよ」

 もしかするといいヤツなのかもしれない。

 ボウリングも、たぶん得意じゃないのに、元気づけるために誘ってくれたんだろうし。ホントに得意じゃないのに。


 C子はしみじみと溜め息をついた。

「あの、さ……。話、急に変わるけど……いい?」

「どうぞ」

「コマちゃんのこと、どう思う? あの子、あたしらにウソついてない?」

「おそらくね……」

 やけに遠慮がちな物言いなのは、悪く言いたくないからだろう。

 気持ちは分かる。

 実際のところ、ウソというほど大袈裟なものはないのかもしれない。だが、明らかに重要な情報を伏せている。答えてくれたのは、コマがバクではないという話だけ。それとて証拠はない。


 コマは怪しい。

 なぜ悪意を排除しているのか。なぜ人を救っているのか。まったく開示されていない。これを「ただの善意」として受け流すこともできるが。


 善意に理由なんてない。

 俺もそう思いたい。

 しかし実際のところ、世界の大部分はそうではない。誰もが奪い合っている。そう見えていない場合でも、裏では奪い合っている。いびつに切られたパイを奪い合っている。「ゆずる」という行為はマイナスでしかない。助けを申し出てくるのは、セールスか宗教だけ。応じればもっと奪われる。

 もちろん善意で行動している人もいる。そういう団体もある。素晴らしいと思う。

 だが、比率で言えば、やはり多くはない。


 コマだけが例外とは思えない。


 これが単に俺の狭量に由来する判断ならいい。

 俺が愚かだというだけで済む。

 だが、そうでないのだとしたら……。


(続く)

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