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BAKU  作者: 不覚たん
18/19

研究施設の夢を見た(二)

 当然動きもしないエレベーターの前は素通りし、階段で地下へ降りて行った。

 奈落の底までつながっているような深さだった。

 コンクリートの階段だったから、さほど朽ちてはいなかったが。どうやって入り込んだのかは知らないが、土ぼこりにまみれていた。なんだかかび臭いし。


「本当にあるのかねぇ?」

「そりゃまあ、あちらさんがあるって言ってんだから」

「けど、そんなの見つけて、いまさらどうしようっての?」

「あーダメダメ。そんなの、俺たちの考えることじゃないから。考えるだけムダ」

「どうせ政治の駆け引きに使うんだろうけどね」

「駆け引きったって、向こうがしらばっくれたらそれでおしまいでしょ」

「それを言っちゃあおしまいよ」


 作業員たちは世間話のようにそんなことを言った。

 和気あいあいとしているようにも見えるが、どこか捨て鉢にも見えた。


 やがて、最下層についた。

 途中の階段に小さく雑草が生えていたから予想はしていたが、最下層は一面が雑草に覆われていた。こんなところでも植物は育つのだ。命は強い。夢の中とはいえ。


 隊員の一人がぼうっと奥を見ていた。

「なんだあれ……」

「どうしたの? なんかあった?」

「なんか光ってない?」

「は? ライトが反射してるんじゃなくて?」

 みんながそちらを見たから、ライトが一斉に照射された。

 眩しくてむしろなにも見えない。

 誰かが光量を調整すると、他の隊員たちも光を弱くした。


 そこは確かに発光していた。

 青白く。


「ヒカリゴケかな?」

 隊員の一人がそんなことを言った。

 いや、ヒカリゴケは……もっと緑色なのでは?

 詳しくないから口を挟まないでおくが。


「いいから探すぞ、設計図」

「けど、書類なんて残ってんのかねぇ? とっくに虫に食われてんじゃないの?」

「さすがにムキ出しではおいてないでしょ。棚とかデスクとかさ」

「手分けして探すぞ」

「じゃあ俺あっちから見てくんね」


 探しているのは設計図、か。

 けど、いったいなんの?


「僕たちはこっちから探しましょう」

 相良氏はそう告げた。

「なんの設計図なんです?」

「え、聞いてないの? 当時の発明品だって。米軍の偉い人がね、なんかここに置いてったって言うんだよね。かなり重要なものらしくて、いまさらになって探して来いって」

 発明品?

 時代遅れの発明品なんか見つけたところで、いったいなにになるというのだろう? 特許に絡んでいるとかだろうか? いずれにせよ、金になるからやっているのだとは思うが。


 古い棚を力任せに開いて、中の書類を確認した。

 どれも英語だ。

 俺には読めない。

 かつて海外の人間と交流しておぼえた単語は、ハローとFワードだけだった。それ以外の出番はない。


 おっと、いけない。

 俺たちの目的は設計図を探すことではない。主を見つけて悪意を吐き出させ、処分することだ。

 なのだが、柴田の言葉も気になった。

 最後まで見ろ、と。

 なにか意味があるのか?


 C子が近づいてきた。

「え、どーすんの? ちゃんと探すとこまでやんの?」

「俺はそうする。あんたがどうするかは任せるよ」

 この言葉に、彼女は大袈裟に顔をしかめた。

「嫌な言い方。探したいならそう言えばいいじゃん」

「……」

 彼女の意見が正しい気がする。


 だがその後、書類は山のように出てきた。

 書類というかファイルだ。その中に、いちおう図などは出てくるが、いかにも設計図といったものは見当たらなかった。


「はぁ、ったく、ちっとも出てこねぇな」

 隊員の苦情も増えてきた。

「なんかここ、暑くないか?」

「大人数で作業してりゃしょうがないよ」

「水あるから、ムリしないで飲んでね」


 夏なのだから、暑いのは当然だ。

 まあ入ったばかりのときは、山中の日陰だったこともあり、地下だったこともあり、いくらか涼しかったようにも思うが。

 それにしても……まあ暑いかもしれない。


「おいおい、暑いわけだよ。この暖房、動いてるよ」

「えっ?」

 隊員が、部屋の一角に置かれた金属製の暖房に気づいた。

 暖房?

 見たことのない形状……のはず……。なのだが、どこか既視感があるような。

「変なカタチだな。アメリカのオイルヒーターかな?」

「え、ここ電気きてるの?」

「……」


 会話が途絶した。

 いや、まさか。

 そんなわけないだろう。

 誰も口を開いていないのに、そんな声が飛び交っている気がした。


「退避! 退避!」

 隊員たちが書類を放り出して一斉に逃げ始めた。

 相良氏も俺たちを置いていった。

 C子がぼうっとしていたので、俺はその腕を引っ張って「早く!」と走り出した。


 *


 窓から転げるように地上へ出た。

 みんな目を見開いて、とにかく呼吸を繰り返しながら、ひぐらしの鳴き声を聞いていた。


 あれは横倒しになった核爆弾だった。

 ヒカリゴケだと思い込んでいたものは、おそらく放射性物質。中から漏れ出したのか、製造過程で破棄されたのか、あるいは無関係の素材か……。


 ともかく、日本の山中に、それはあった。


「相良くん、部長に連絡して」

「えっ? でも、なんて……」

「ああ、ダメだ。待った。確かにそうだ。なんて言えばいいんだ?」

 隊員たちは座り込んだ。

 頭を抱えている。


「最初から設計図なんてなかったんじゃねーかッ!」

「騙されたってこと?」

「大問題だぞ……」

「なあ、俺たち、消されたりしないよな?」

「……」


 これが夢でよかった。

 俺たちは当事者じゃない。

 当事者の夢を見てしまっただけの、無関係な第三者だ。


 そしてこの事実を知っているのは、俺とC子と……そして柴田だけ。

 柴田の野郎、まさか俺たちをハメたのか?


 俺は小声でC子に尋ねた。

「あんた、銃の腕は?」

「Cちゃんって呼んでよ。まあ撃つのは得意だけど」

「俺がダウジングロッドで特定して、ターゲットに護符を貼る。だからあんたは……Cちゃんは出てきたのを撃ってくれ」

 一秒でも早く状況を終わらせたい。

 そのためには、仲間と連携するしかない。

 たぶん相良氏が主だと思うが、確証はない。せめてダウジングロッドで確認した上で実行したい。


 C子は、しかしからかうような笑みを浮かべた。

「逆にしてよ」

「は?」

「あたしが貼るから、あんたが撃って」

「もう特定できてるのか?」

 返事はなかった。

 その代わり、彼女はスカートから護符を取り出して、隊員の一人に貼りつけた。相良氏ではなく、年長の男性だった。


 みんな混乱していたらしく、反応は遅かった。


 男はのけぞって、口から白いものを覗かせた。

 どうやって特定したのかは分からないが、こいつが主というわけだ。

 俺はマウザーを召喚し、悪意を撃ち抜いた。


 *


 無名閣――。


「お疲れちゃま……わわっ」

 コマが茶を出すより先に、C子が詰め寄った。

「ねえ、変なヤツいた!」

「な、なんじゃ、やにわに」

「やにわに?」

「急に、という意味じゃ。いまどきのヤングマンは言わんのかえ?」

「言わない。それより聞いてよ! 変なヤツがいたの!」

 この二人、会話が成立するのか?


 だが正直、どう報告しようかは迷っていた。

 それを率先してやってくれるなら、話は早い。


「ま、言わんとしておることは分かるぞい。見ておったからのぅ」

 コマはそんなことを言った。

 なら話は早い、か。

「あいつ、なんなの?」

「部外者じゃろうなぁ」

「誰なの?」

「知らん」


 えぇっ?

 知らない?

 同業者じゃないのか?

 ライバルでもないってことか?


 C子はこっちを指さした。

「あいつのこと知ってる感じだった」

 そうだな。

 初対面じゃない。

 友達でもないが。


 俺は勝手に茶をすすり、聞かれる前に応じた。

「俺も二度目だから、詳しいことは知らない。以前、接触してきた死刑囚でな。政府の特別プログラムとやらで動いているらしい。他人の夢に介入する能力があるようだが、妖怪ではなく、人間だと思う。苗字は柴田。下の名前は知らない」


 C子はコマのもとを離れ、こちらへ詰め寄ってきた。

「はっ? えっ? あんた、知ってたの? 知ってて黙ってたの?」

「説明する機会がなかった」

「政府ってなに? どういうこと?」

「言っただろ、二度目だって。俺も詳しいことは知らないんだ。いまこっちも探ってる最中で……。けど、どう考えても向こうのほうが上手だから、正直、やり合うのは考えものだと思うが……」

 A子の病院を特定していた。

 俺の本名まで特定された。事務所から帰ったときに、誰かに尾行されてたんだろう。あいつら、政府の関係者なら、監視カメラも観放題だろうし。警察とも連携して動いているはずだ。

「あたしら、そいつらに目ぇつけられたってこと? え、やば」

「人の夢を食らうバクってのを追ってるらしい。そんで、たぶんコマちゃんをバクだと思い込んでる」


 コマはあくびしている。日向ぼっこをしているネコみたいに。

 分かっているのだろうか?

 自分の話なのに……。


 C子は、今度はコマに近づいていった。

「ね、コマちゃん、大丈夫だよね? 襲われたりしないよね?」

「優しい子じゃのぅ。わしは大丈夫じゃ。それよりも、おぬしらの心配をせんとのぅ」

 おやおや。

 優しさが飛び交っているな。


 だが、ここで言葉を引っ込めると、大事ななにかを失う可能性がある。

 たとえば、大きな船があったとする。乗っている人々はそれを誇りだと思っている。素晴らしい船だ。文句があるヤツは出ていけ。ところが、船底に穴が空いていたとしたら? みんな完璧な船だと思っているから、遠慮して誰も指摘しない。かくして船は沈みゆく。

 そんなような光景を、何度か見てきた。

 言うくらいなら、言わないで沈んだほうがいい。誰も責任を負わない。そういう船だ。なにもかもが不幸としか言いようがない。


「なあ、コマちゃんよ。ごまかさないで教えてくれないか? あんた、何者なんだ? バクじゃないよな?」

「……」

 コマは……答えなかった。

 違う、と、一言いえば済むことを。

 なぜか哀しそうな顔で、じっとこちらを見ていた。

「いや、本気で聞いてるんだが。人の夢を食ってるのはあくまで悪意であって、あんたはそれを駆除しようとしてる側だよな? だからバクじゃない。これくらいの推理は子供にもできる。とはいえ、万が一ってこともある。俺たちは、もしかしたら子供騙しを真に受けた哀れな大人かもしれない。答えは? どうなんだ?」

 せめてなんか言ってくれ。

 できれば否定してくれ。


 コマは笑みを浮かべてはいたが、露骨に困惑していた。

「まぁそのぅ……バクの名前くらいは知っておるよ? 有名じゃからのぅ。しかし、わしはバクではない。恐れ多くて、さすがにその名は名乗れぬわい」

 別人、か。

 思わず溜め息が出た。

「だよな……。信じるよ。じゃあ、どうしたらいい? 政府はあんたの正体を知りたがってる。情報提供には金を払うとまで言っている。もしあんたの目的が政府と同じなら、協力できると思うんだが……。いや、待った。じつは政府も政府で怪しくてな。まだ答えを出すべき段階じゃないとは思う。ここは慎重に……」

「すまんが、協力するのはムリじゃ。わしにもわしの都合があるでの」

「その都合とは?」

「ヒミツじゃ」

 曖昧な笑み。

 なにかをごまかしている。明らかに。

 できれば信用させて欲しかったのに。


 C子が、ぎゅっとコマを抱きしめた。

「ねえ、あんた。コマちゃんのこと疑ってんの? 仲間だよ?」

「……」

 仲間だ。

 だが、俺たちが仲間だと思っていても、相手がそうだとは限らない。裏切るときは一瞬だ。なにもかもが即座に反転する。

 そんなリスクを負うくらいなら、俺は一人でいたほうがいい。


 いや、ウソだ。

 仲間というのは、いるだけで満たされる。

 やる気が出てくる。体温があがる。ちゃんと生きている感じがする。理屈は分からない。ただの気分の問題なのに。手放したくないと思ってしまう。


「コマちゃんよ、俺だって無暗にあんたを疑いたいわけじゃないんだ。信用したいと思ってる。だから知りたい。もしなんか困ってるんだったら、相談してくれないか?」

 困ってるなら相談してくれ。

 そういう体裁で、俺は彼女を疑っている。探っている。

 言い方の違いでしかない。


 コマは慈愛に満ちた笑みだ。

「大丈夫じゃ。優しいのぅ、Q坊は」

「……」

 優しくない。

 母親みたいなことを言うな。

 こうやって優しさでコーティングして、爆弾を抱えているなんて状況、まっぴらだ。


 C子が近づいてきた。

「あ、そうだ。あんたさ、連絡先教えてよ」

「は?」

「あたしと付き合おうよ」

「は?」

 彼女はにっと人懐こい笑みを浮かべていた。


 なんだ急に?

 話をぶち壊す気か?


(続く)

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