研究施設の夢を見た(二)
当然動きもしないエレベーターの前は素通りし、階段で地下へ降りて行った。
奈落の底までつながっているような深さだった。
コンクリートの階段だったから、さほど朽ちてはいなかったが。どうやって入り込んだのかは知らないが、土ぼこりにまみれていた。なんだかかび臭いし。
「本当にあるのかねぇ?」
「そりゃまあ、あちらさんがあるって言ってんだから」
「けど、そんなの見つけて、いまさらどうしようっての?」
「あーダメダメ。そんなの、俺たちの考えることじゃないから。考えるだけムダ」
「どうせ政治の駆け引きに使うんだろうけどね」
「駆け引きったって、向こうがしらばっくれたらそれでおしまいでしょ」
「それを言っちゃあおしまいよ」
作業員たちは世間話のようにそんなことを言った。
和気あいあいとしているようにも見えるが、どこか捨て鉢にも見えた。
やがて、最下層についた。
途中の階段に小さく雑草が生えていたから予想はしていたが、最下層は一面が雑草に覆われていた。こんなところでも植物は育つのだ。命は強い。夢の中とはいえ。
隊員の一人がぼうっと奥を見ていた。
「なんだあれ……」
「どうしたの? なんかあった?」
「なんか光ってない?」
「は? ライトが反射してるんじゃなくて?」
みんながそちらを見たから、ライトが一斉に照射された。
眩しくてむしろなにも見えない。
誰かが光量を調整すると、他の隊員たちも光を弱くした。
そこは確かに発光していた。
青白く。
「ヒカリゴケかな?」
隊員の一人がそんなことを言った。
いや、ヒカリゴケは……もっと緑色なのでは?
詳しくないから口を挟まないでおくが。
「いいから探すぞ、設計図」
「けど、書類なんて残ってんのかねぇ? とっくに虫に食われてんじゃないの?」
「さすがにムキ出しではおいてないでしょ。棚とかデスクとかさ」
「手分けして探すぞ」
「じゃあ俺あっちから見てくんね」
探しているのは設計図、か。
けど、いったいなんの?
「僕たちはこっちから探しましょう」
相良氏はそう告げた。
「なんの設計図なんです?」
「え、聞いてないの? 当時の発明品だって。米軍の偉い人がね、なんかここに置いてったって言うんだよね。かなり重要なものらしくて、いまさらになって探して来いって」
発明品?
時代遅れの発明品なんか見つけたところで、いったいなにになるというのだろう? 特許に絡んでいるとかだろうか? いずれにせよ、金になるからやっているのだとは思うが。
古い棚を力任せに開いて、中の書類を確認した。
どれも英語だ。
俺には読めない。
かつて海外の人間と交流しておぼえた単語は、ハローとFワードだけだった。それ以外の出番はない。
おっと、いけない。
俺たちの目的は設計図を探すことではない。主を見つけて悪意を吐き出させ、処分することだ。
なのだが、柴田の言葉も気になった。
最後まで見ろ、と。
なにか意味があるのか?
C子が近づいてきた。
「え、どーすんの? ちゃんと探すとこまでやんの?」
「俺はそうする。あんたがどうするかは任せるよ」
この言葉に、彼女は大袈裟に顔をしかめた。
「嫌な言い方。探したいならそう言えばいいじゃん」
「……」
彼女の意見が正しい気がする。
だがその後、書類は山のように出てきた。
書類というかファイルだ。その中に、いちおう図などは出てくるが、いかにも設計図といったものは見当たらなかった。
「はぁ、ったく、ちっとも出てこねぇな」
隊員の苦情も増えてきた。
「なんかここ、暑くないか?」
「大人数で作業してりゃしょうがないよ」
「水あるから、ムリしないで飲んでね」
夏なのだから、暑いのは当然だ。
まあ入ったばかりのときは、山中の日陰だったこともあり、地下だったこともあり、いくらか涼しかったようにも思うが。
それにしても……まあ暑いかもしれない。
「おいおい、暑いわけだよ。この暖房、動いてるよ」
「えっ?」
隊員が、部屋の一角に置かれた金属製の暖房に気づいた。
暖房?
見たことのない形状……のはず……。なのだが、どこか既視感があるような。
「変なカタチだな。アメリカのオイルヒーターかな?」
「え、ここ電気きてるの?」
「……」
会話が途絶した。
いや、まさか。
そんなわけないだろう。
誰も口を開いていないのに、そんな声が飛び交っている気がした。
「退避! 退避!」
隊員たちが書類を放り出して一斉に逃げ始めた。
相良氏も俺たちを置いていった。
C子がぼうっとしていたので、俺はその腕を引っ張って「早く!」と走り出した。
*
窓から転げるように地上へ出た。
みんな目を見開いて、とにかく呼吸を繰り返しながら、ひぐらしの鳴き声を聞いていた。
あれは横倒しになった核爆弾だった。
ヒカリゴケだと思い込んでいたものは、おそらく放射性物質。中から漏れ出したのか、製造過程で破棄されたのか、あるいは無関係の素材か……。
ともかく、日本の山中に、それはあった。
「相良くん、部長に連絡して」
「えっ? でも、なんて……」
「ああ、ダメだ。待った。確かにそうだ。なんて言えばいいんだ?」
隊員たちは座り込んだ。
頭を抱えている。
「最初から設計図なんてなかったんじゃねーかッ!」
「騙されたってこと?」
「大問題だぞ……」
「なあ、俺たち、消されたりしないよな?」
「……」
これが夢でよかった。
俺たちは当事者じゃない。
当事者の夢を見てしまっただけの、無関係な第三者だ。
そしてこの事実を知っているのは、俺とC子と……そして柴田だけ。
柴田の野郎、まさか俺たちをハメたのか?
俺は小声でC子に尋ねた。
「あんた、銃の腕は?」
「Cちゃんって呼んでよ。まあ撃つのは得意だけど」
「俺がダウジングロッドで特定して、ターゲットに護符を貼る。だからあんたは……Cちゃんは出てきたのを撃ってくれ」
一秒でも早く状況を終わらせたい。
そのためには、仲間と連携するしかない。
たぶん相良氏が主だと思うが、確証はない。せめてダウジングロッドで確認した上で実行したい。
C子は、しかしからかうような笑みを浮かべた。
「逆にしてよ」
「は?」
「あたしが貼るから、あんたが撃って」
「もう特定できてるのか?」
返事はなかった。
その代わり、彼女はスカートから護符を取り出して、隊員の一人に貼りつけた。相良氏ではなく、年長の男性だった。
みんな混乱していたらしく、反応は遅かった。
男はのけぞって、口から白いものを覗かせた。
どうやって特定したのかは分からないが、こいつが主というわけだ。
俺はマウザーを召喚し、悪意を撃ち抜いた。
*
無名閣――。
「お疲れちゃま……わわっ」
コマが茶を出すより先に、C子が詰め寄った。
「ねえ、変なヤツいた!」
「な、なんじゃ、やにわに」
「やにわに?」
「急に、という意味じゃ。いまどきのヤングマンは言わんのかえ?」
「言わない。それより聞いてよ! 変なヤツがいたの!」
この二人、会話が成立するのか?
だが正直、どう報告しようかは迷っていた。
それを率先してやってくれるなら、話は早い。
「ま、言わんとしておることは分かるぞい。見ておったからのぅ」
コマはそんなことを言った。
なら話は早い、か。
「あいつ、なんなの?」
「部外者じゃろうなぁ」
「誰なの?」
「知らん」
えぇっ?
知らない?
同業者じゃないのか?
ライバルでもないってことか?
C子はこっちを指さした。
「あいつのこと知ってる感じだった」
そうだな。
初対面じゃない。
友達でもないが。
俺は勝手に茶をすすり、聞かれる前に応じた。
「俺も二度目だから、詳しいことは知らない。以前、接触してきた死刑囚でな。政府の特別プログラムとやらで動いているらしい。他人の夢に介入する能力があるようだが、妖怪ではなく、人間だと思う。苗字は柴田。下の名前は知らない」
C子はコマのもとを離れ、こちらへ詰め寄ってきた。
「はっ? えっ? あんた、知ってたの? 知ってて黙ってたの?」
「説明する機会がなかった」
「政府ってなに? どういうこと?」
「言っただろ、二度目だって。俺も詳しいことは知らないんだ。いまこっちも探ってる最中で……。けど、どう考えても向こうのほうが上手だから、正直、やり合うのは考えものだと思うが……」
A子の病院を特定していた。
俺の本名まで特定された。事務所から帰ったときに、誰かに尾行されてたんだろう。あいつら、政府の関係者なら、監視カメラも観放題だろうし。警察とも連携して動いているはずだ。
「あたしら、そいつらに目ぇつけられたってこと? え、やば」
「人の夢を食らうバクってのを追ってるらしい。そんで、たぶんコマちゃんをバクだと思い込んでる」
コマはあくびしている。日向ぼっこをしているネコみたいに。
分かっているのだろうか?
自分の話なのに……。
C子は、今度はコマに近づいていった。
「ね、コマちゃん、大丈夫だよね? 襲われたりしないよね?」
「優しい子じゃのぅ。わしは大丈夫じゃ。それよりも、おぬしらの心配をせんとのぅ」
おやおや。
優しさが飛び交っているな。
だが、ここで言葉を引っ込めると、大事ななにかを失う可能性がある。
たとえば、大きな船があったとする。乗っている人々はそれを誇りだと思っている。素晴らしい船だ。文句があるヤツは出ていけ。ところが、船底に穴が空いていたとしたら? みんな完璧な船だと思っているから、遠慮して誰も指摘しない。かくして船は沈みゆく。
そんなような光景を、何度か見てきた。
言うくらいなら、言わないで沈んだほうがいい。誰も責任を負わない。そういう船だ。なにもかもが不幸としか言いようがない。
「なあ、コマちゃんよ。ごまかさないで教えてくれないか? あんた、何者なんだ? バクじゃないよな?」
「……」
コマは……答えなかった。
違う、と、一言いえば済むことを。
なぜか哀しそうな顔で、じっとこちらを見ていた。
「いや、本気で聞いてるんだが。人の夢を食ってるのはあくまで悪意であって、あんたはそれを駆除しようとしてる側だよな? だからバクじゃない。これくらいの推理は子供にもできる。とはいえ、万が一ってこともある。俺たちは、もしかしたら子供騙しを真に受けた哀れな大人かもしれない。答えは? どうなんだ?」
せめてなんか言ってくれ。
できれば否定してくれ。
コマは笑みを浮かべてはいたが、露骨に困惑していた。
「まぁそのぅ……バクの名前くらいは知っておるよ? 有名じゃからのぅ。しかし、わしはバクではない。恐れ多くて、さすがにその名は名乗れぬわい」
別人、か。
思わず溜め息が出た。
「だよな……。信じるよ。じゃあ、どうしたらいい? 政府はあんたの正体を知りたがってる。情報提供には金を払うとまで言っている。もしあんたの目的が政府と同じなら、協力できると思うんだが……。いや、待った。じつは政府も政府で怪しくてな。まだ答えを出すべき段階じゃないとは思う。ここは慎重に……」
「すまんが、協力するのはムリじゃ。わしにもわしの都合があるでの」
「その都合とは?」
「ヒミツじゃ」
曖昧な笑み。
なにかをごまかしている。明らかに。
できれば信用させて欲しかったのに。
C子が、ぎゅっとコマを抱きしめた。
「ねえ、あんた。コマちゃんのこと疑ってんの? 仲間だよ?」
「……」
仲間だ。
だが、俺たちが仲間だと思っていても、相手がそうだとは限らない。裏切るときは一瞬だ。なにもかもが即座に反転する。
そんなリスクを負うくらいなら、俺は一人でいたほうがいい。
いや、ウソだ。
仲間というのは、いるだけで満たされる。
やる気が出てくる。体温があがる。ちゃんと生きている感じがする。理屈は分からない。ただの気分の問題なのに。手放したくないと思ってしまう。
「コマちゃんよ、俺だって無暗にあんたを疑いたいわけじゃないんだ。信用したいと思ってる。だから知りたい。もしなんか困ってるんだったら、相談してくれないか?」
困ってるなら相談してくれ。
そういう体裁で、俺は彼女を疑っている。探っている。
言い方の違いでしかない。
コマは慈愛に満ちた笑みだ。
「大丈夫じゃ。優しいのぅ、Q坊は」
「……」
優しくない。
母親みたいなことを言うな。
こうやって優しさでコーティングして、爆弾を抱えているなんて状況、まっぴらだ。
C子が近づいてきた。
「あ、そうだ。あんたさ、連絡先教えてよ」
「は?」
「あたしと付き合おうよ」
「は?」
彼女はにっと人懐こい笑みを浮かべていた。
なんだ急に?
話をぶち壊す気か?
(続く)




