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BAKU  作者: 不覚たん
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妙な夢を見た(二)

 まずはバクについて定義する。

 そいつは人にとりついて、夢を食う。

 次に「あの女」について定義する。

 そいつは人にとりついて夢を食うヤツを、殺している。


 俺はこのバカみたいにシンプルな図を書いて、女に見せた。

 仮に俺が洗脳されていたとして、さすがにこの事実は覆らないだろう。


 間宮氏はなんとも言えない顔だ。

 シンプルだからってバカにしないで欲しい。大人たちが会議で使っているパワポは、もっとバカみたいにシンプルだ。テレビのテロップよりもひどい。幼稚園児も顔をしかめるレベルだ。


 間宮氏は不審そうにこちらの顔を覗き込んで来た。

「本当なんですか?」

「俺の認知機能がよほど歪んでなければ、こういう認識です。洗脳されてますか? 仮に洗脳されているとすれば、どこにその余地が?」

 まあ余地はある。

 自分では言わないが。


 間宮氏はひとつ呼吸をし、すました表情で告げた。

「失礼ですが、大友さんが排除しているというその妖怪、本当に人の夢を食べているものなのでしょうか?」

「分かりませんね」

「ですよね……」

 ですよね?

 着眼点はいい。だが、ほかに付け加えることはないのだろうか?


 俺は溜め息を噛み殺して、こう続けた。

「けど、だとしたら何者なんです? 俺だって考えナシにあの女に協力してるわけじゃないんですよ。確かに、そいつが夢を食っていると証明する材料はありません。だけど、そう仮定するとあらゆる話の筋が通るのに、それ以外だと筋が通らないんですよ。憑依されていた人間たちは、みんな悪夢に苦しめられていました。ほかに共通点はありません。少なくとも俺の見た限りはね。状況証拠しかないことは認めますが、その状況証拠を矛盾なくつなげていくと、いま言ったストーリー以外が成立しないんです。いわゆる反証可能性というヤツですよ。それでもまだこちらの認知に問題があると?」

「い、いえ、そこまでは……」

 我ながら口だけは達者だ。

 自分で自分を褒めたい。同時にあきれもするが。


 とはいえ、どう考えても、悪意は人の夢を食っている。

 そうじゃないとしたらなんなのだ?

 俺がなにかを見落としているだけかもしれないが。もしそうなら、その見落としがなんなのかを指摘して欲しい。彼女が新情報を提供して、こちらの前提を崩してくれたなら、俺はいくらでも認識を改める。


 内心おそらく「うるせぇな」と思っているはずなのに、彼女はそれを表に出さなかった。A子やC子だったらまず声だけ倍にして返してきたところだが。

「大友さん、ごめんなさい。洗脳という言葉は強すぎたかもしれません。ただ、私たちが相手にしているのは、人の思考に介入してくる危険な存在です。万が一ということも考えられましたので、洗脳という強い言葉を使ってしまいました。お気を悪くされたなら撤回してお詫びします」

「いえ、まあ、べつに、そこまでは……」

 対応がお上品というか、無難というか。

 俺の意見を受け入れはしないが、否定もしない、という曖昧なところに落とし込んできた。

 感覚だけで喋っている連中とはあきらかに違う。


 彼女はペンを手に取った。

「ご存じの通り、弊社もまだこの調査に手を付けたばかりでして。その妖怪……というのも、あまり手がかりがなく……。現状では、大友さんの経験だけが頼りという状態なのです」

「はぁ」

 こういう知的な女性に頼りにされると、つい張り切りたくなってしまうな。

 残念ながら、俺はそれほど無邪気でもないが。

「ですので、どうかわたくしどもにご協力いただけませんか? あ、交通費に関しては柴田さんからもうかがっております。もちろんお支払いいたしますし、情報のご提供に関しても報酬をお出しする予定でおります」

 頼りにしてる。

 金も払う。

 うだつの上がらない人生を送っている俺にとって、この上ない甘言だ。

 安請け合いするとどうなるかは身に染みて分かっているから、ここで理性を投げ捨てたりはしないが。


 それはそれとして、間宮氏はまっすぐにこちらを見つめてくる。

 微妙にいい雰囲気だな……。

 クソ。

 交渉事のトーシロではなさそうだ。気を抜いたら出し抜かれる。


「あ、ごめんなさい。大友さんの事情も考えず、一方的に。ちょっと力が入り過ぎちゃって」

「いえ」

 きっと柴田氏も、この手の誘導に負けて特別プログラムに参加したのだろう。

 俺がケーブルまみれになることはないらしいが、このまま流されたら別のものでがんじがらめにされそうだ。


「ともかく、今後も協力するかどうかは、少し考えさせてください」

「はい。気が向いた時で全然構いません。いまはどんな情報でもありがたいですから」

 国家が後ろ盾になっている。

 金も権力もある。

 なのに、かなり下から来ている。

 相当行き詰っているのだろう。国家権力は普通、下請けにこんなに優しくない。いや、それは俺の勝手な思い込みかもしれないが。


 女はもう本題は終わりとばかりに、柔和な笑みを浮かべた。

「ところで、じつはほかにも、ご協力をお願いしようとした方がいたのですが……」

「えっ?」

 誰だ?

 俺の知ってるヤツか?

「人物の特定はできたのですが、会話をできる状態ではなくて……」

「誰です?」

湊瑛子みなとえいこさんという学生の方です。休学中ではありますが。都内の病院に入院してらして……」

 それはA子のことだろう。

 ちゃんと実在していたのか。

「入院って? なにかあったんですか?」

「じつは難病をわずらってらして、半年前から寝たきりなんだそうです」

 半年前から?

 だから、夢の世界に……。


 言葉が出なかった。

 事情も知らず、いろいろ言ってしまったのを思い出した。

 うるさいくらいに元気だったから……。


「よろしければ、病院の場所をお教えしましょうか? 院にはこちらから事情を説明しておきますので」

 間宮氏は遠慮がちにそんなことを言った。

 恩を売る作戦か?

 一般人なら簡単に知ることのできない情報だ。そういうものを使って、こちらを囲い込んでくるつもりなのだ。

「お願いします」

 こちらには拒否権などないに等しい。

 この交渉は、俺の負けということだ。

 あくまで今日は。


 *


 日曜日、A子がいるという病院へ向かった。

 この病院に来るのは初めてだが、他の病院と同様、まっしろだ。清潔で、ピカピカ。エントランスには椅子だけがたくさん置かれている。

 受付で湊瑛子に面会に来た大友だと告げると、看護師はわざわざ付き添って部屋まで案内してくれた。


 直接は会えなかった。

 ガラス越しに、その姿を見るのがやっと。


 彼女は、仰向けでベッドに寝かせられていた。

 治療の都合なのか、髪はなく、口元には呼吸器をあてがわれていた。腕には点滴のチューブ。

 身じろぎもせず、ただ機械の力を借りて、呼吸を繰り返しているだけ。


 髪を伸ばそうかな、などと言っていたのを思い出した。

 俺は……。

 雑に応じてしまった。

 髪くらい、好きに伸ばせばいいじゃないか。

 そう思っていた。


 彼女としては、同情なんてされたくもないと思う。

 だけど、この状態を見て、なんとも思わないのは不可能だった。


 いまなら分かる。

 彼女は本気で、銀河鉄道から救い出されたくなかったのだ。

 早くこの命を終わらせたかった。

 俺は余計なことをした。

 おそらくコマも、そう思ったからこそ彼女を自由にさせたのだろう。


 看護師が集まってなにかを話していた。

 家族でもない俺が見舞いに来たのを不審がっているのかもしれない。間宮氏がどう話をつけたのかは不明だが。

 あまり長居すべきではないのかもしれない。


 *


 病院を出ようと廊下を歩いていると、後ろから看護師に呼び止められた。

「あの、すみません。先ほどの、湊瑛子さんの……」

「知人です」

 若い女性の看護師だった。

 こちらを責めるような様子はない。

「あの、じつは瑛子さん、さっき目をさましまして」

「えっ?」

「ああ、いえ、それ自体は珍しいことではないんですけど。ただ、あなたの姿を見てから、わずかですが数値の改善が見られまして……」

「ホントに?」

「瑛子さん、お見舞いに来る人もいなくて寂しいんじゃないかと思います。なので、もしよかったら、またお見舞いに来てくれませんか? きっと彼女のためにもなると思うんで」

「ああ、はい。分かりました。また来ます。ありがとうございます」


 正直、ほっとした。

 もう来ないほうがいいと思っていた。

 彼女には、ちゃんと意識もあるのだ。まあ夢の中であれだけ喋っていたのだから、頭が元気なのは間違いないのだが。体だけが動かない。


 それにしても、なぜ誰も見舞いに来ないのだろう?

 さすがにそこまでは知らないほうがいいだろうか……。

 強烈に忌避していた飲酒と関係があるのか。


 *


 病院を出て、駅に入ってからも、俺は電車に乗らず、ベンチでぼうっと時間を潰した。

 なんとなく買った缶コーヒーはとっくに飲み干してしまった。


 なにを考えればいいのか、分からなかった。


 ある日、コマという妖怪の依頼で、俺は悪意の退治を始めた。いろんな夢に介入した。うまくいくこともあれば、失敗することもあった。銀河鉄道ではA子とも出会った。コマは俺たちになにかを隠している様子だったが、それはおいおい調べればいいと思っていた。

 先日、急に横槍が入った。

 ケーブルにつながれた死刑囚の柴田が、夢を介してメッセージを伝えてきた。バックにいたのは、国が絡んでいるとしか思えない謎の組織。間宮は、俺に、調査を手伝えという。


 人の夢を食う妖怪を、野放しにすべきではない。

 その点については、俺たちと間宮氏の見解は一致している。

 協力できると思う。


 それでも、どうしても1点だけ、納得がいかない。

 彼女たちは、バクの正体について、あきらかに誤認しているのだ。連中はコマのことをバクだと決めつけたまま、意見を変えようとはしない。あれだけ論理的に説明したのにもかかわらず、だ。コマとバクの目的は真逆なのだから、別人と考えたほうが自然だと思うのだが。

 もしコマを排除したら、それこそバクの思う壺だろう。


 そうなってくると……。

 間宮氏が、バクの陣営ということはないだろうか?

 ライバルであるコマを追い落とすため、俺たちを懐柔しようとしている。

 そう考えたほうがしっくりくる。

 もっとも、それをするメリットが、間宮氏個人にあるとは思えないが……。しかしバクが洗脳という手を使ってくるなら、彼女がターゲットにされていてもおかしくはない。


 少ない情報で結論を出してしまうのは危険だが……。

 間宮氏に手を貸すのは、慎重になったほうがいいかもしれない。


 ここはいっそ、コマにも相談してみるか……。

 正直に答えてくれるかは不明だが。遠慮や躊躇などをして、確認すれば済むことを、確認しなかったばかりに、判断を見誤ってしまうことはよくある。世間の「あのときああしていれば」の大半は、これが原因だ。

 聞こう。

 ダメならダメでいい。俺たちは過去に戻れない。そして、過去にもっとも近いのは今だ。俺はもう後悔したくない。


(続く)

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