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BAKU  作者: 不覚たん
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クローズドサークルの夢を見た(一)

 クローズドサークル。

 閉ざされた環境のこと。おもにフィクションの世界で多用される。事件を起こすためだけに。


 ここは絶海の孤島に建てられたリゾートホテル。趣のある木造建築だ。古い洋館をそのまま再利用したものらしい。

 本来は楽園のような場所らしいが……。あいにく、いまは嵐に閉ざされていた。

 船は来ない。通信の手段もない。

 お膳立てされたかのような事件の舞台。


 いやいや、そんな環境、どこにあるんだ……。

 俺もそう思うが。

 あるのだ。

 人の頭の中には。


 いま、宿泊客たちは不安そうな顔でリビングルームに集まっている。

 なぜなら……。

「ただでさえトラブル続きだというのに、その上、殺人鬼による犯行予告だと!? バカバカしい! 私は部屋へ戻らせてもらう!」

 一人の男がリビングを去った。


 そう。

 どこかの誰かが、おあつらえ向きのトラブルを持ち込んだせいだ。

 いまこのホテルは物理的に隔絶されているだけでなく、犯罪者のターゲットにされているのだ。

 話の展開が「いかにも」じゃないか。


 ここは夢の世界。

 だが、俺の夢じゃない。俺の知らない誰かの夢だ。

 しかもその夢には「悪意」が関与している。悪霊ではなく「悪意」。意味は分からないが、俺が説明を受けた限りではそうだ。

 とにかく、誰かがこの夢を見ている。

 俺の仕事は、その悪意を退治すること。


 仕事とは言うが、給料が出るわけではない。

 完全なる無償労働。

 あるいは搾取と言い換えてもいい。

 この一連の事件の被害者は、俺だと断定してもいいかもしれない。


 近くのソファには、くらい目をしたオカッパ髪の少女が腰をおろしていた。ねめあげるようにこちらを見ている。

 名はA子。

 夢の世界の住人ではない。実在の人物だ。現実世界で会ったことはないが。


「おじさ……お兄さん、どうするの? また片っ端から殺すの?」

「少し様子を見る」

 ぼそぼそとした少女の問いに、俺は小声でそう応じた。


 登場人物の大半は、現実には存在しない役者アクターだ。

 夢の主が想像した架空の存在。

 もちろん夢の主も、役者に紛れて近くにいるはず。それが客なのか、ホテルの従業員なのか、あるいはそれ以外の第三者なのかは特定できていないが。


 ところで、いま「おじさん」と聞こえたような……。

 いや、いい。

 目の前の問題に集中しよう。


 悪意は、夢の主に憑依している。人に悪夢を見せて負の感情をあおり、それを餌として喰らう魔物だ。

 俺の仕事は、そいつの正体を暴き、退治すること。

 退治というか、まあ、ぶっ殺せばいいわけだが。


 問題は、いったいそいつが誰なのか、ということだ。


 面倒な話だが、主を殺してはいけない。

 死なれてもいけない。

 夢の世界が閉ざされてしまう。

 まあ閉ざされたところで、別の日に入り込めばいいだけではあるが……。


 しかし、実在する人物――つまり俺とA子、そして夢の主が死ぬのはマズい。

 夢の中とはいえ、悪意の支配下で死ぬと、現実でも寿命も縮んでしまう。年単位で縮む。悪意の餌にされるからだ。

 正直、俺以外の誰がどうなろうと知ったことじゃないが。主が死ぬと二度手間になるし、俺の死亡率もあがる。だから一発で成功させなくてはならない。


 これが無償労働だというのだから意味が分からない。

 労組でも作ろうかな。


 俺は遠慮なく溜め息をつき、周囲を見回した。

 犯行予告のせいで、宿泊客は誰もがイライラしていた。一方で、揃いの制服を着たホテル従業員たちはあわただしく動き回っている。


 犯罪予告はあれど、実際に犯罪が起こるという確証はない。

 ここは夢の世界だ。

 なにが起こるかは、この夢の「主人」次第。


 とはいえ、話が支離滅裂にならないよう、外部から謎の術で拘束をかけている。

 各人の認識を強固にして、事実に齟齬が起こらないようにしているのだ。


 たとえば「サリーとアン」という課題テストがある。


1.サリーはAの箱に玩具を入れる。

2.サリーは部屋を出る。

3.サリーが姿を消しているうちに、アンは玩具を取り出して、Bの箱に入れてしまう。

4.さて、戻ってきたサリーは、どの箱から玩具を探すだろうか?


 普通に推理すれば「A」の箱だ。

 サリーはそこに玩具があると思い込んでいる。

 Bに玩具が入っているという情報を有しているのは、実際にそれをやったアンと、一連のストーリーを俯瞰していた読者だけ。


 ところが、中には「第二の箱」と答えてしまう人がいる。

 自分の知識を優先して喋ってしまうのだ。サリーの視点でストーリーを追うことができない。


 これが「サリーとアン」課題。


 いや、いい。

 ムキになることはない。たとえ正常な人間でも、疲れていたら判断を誤ることもあるだろう。こいつはあくまで思考実験だ。


 さて、真の問題はここからだ。

 俺たちはいま、夢の世界にいる。

 夢の主がAの箱に入っていると思い込んでしまえば、実際にAの箱から玩具が出てきてしまう。

 では、Bの箱の中身はどうなってしまうのか? 空になっているケースもあれば、同じ玩具が入っているケースもある。もっと異様な結果になる可能性もある。

 際限のないカオスが引き起こされる。

 こうなってくると、主の認知も次第におかしくなってゆく。

 それが限界を超えると、最終的に夢からさめてしまう。

 夢が終わると、俺たちは追い出され、悪意の退治に失敗する。


 だから外部から術で拘束する必要があるのだ。

 サリーとアンの課題が無意味にならないように。


 まあ正確には、この夢は、主が単独で成立させているわけではない。問題を引き起こしている悪意と、外から乗り込んだ俺とA子の認知も相互に干渉している。

 これらがグチャグチャにならないよう、どうしても術が必要なのだ。


 ガシャーンとガラスの割れる音がした。

 風でなにかが飛んできて、窓ガラスが割れたのだろうか?

 いや、どう考えても外部から侵入した殺人鬼が、客を殺しに来たのだ。そうとしか考えられない。この世界では、それくらい展開が露骨なのだ。もし予想が外れたら全裸でホテルを駆け回ってもいい。


 ホテルの従業員たちが、互いに目で牽制を始めた。嫌な仕事を押し付け合うように。上司らしき中年男性が「立花くん、見てきてくれないか?」というと、その立花くんも「え、一人でですか?」と不満顔。結局、上司も含めた五人で行くことになった。


 リビングには、俺たちも含めて十人以上の客がいる。

 身を寄せあう老夫婦、学生らしき二人組の女性、体育会系っぽい男子三名、一人旅らしき女性、イライラした様子でふさぎ込んでいる中年男性。

 あとは俺たち。

 きっと彼らは窓を割っていない。少なくとも自力では。いくら夢の世界とはいえ、術による拘束がある以上、そういうことになるのだ。悪意も自分で窓を割ったりしないから、これも除外。


 となると、さっき一人でリビングを去った男が自分で窓を割ったか、あるいは俺たちの知らない人物――おそらく殺人鬼とやらが窓を割ったことになる。


 俺はA子に聞こえるように言った。

「このままじゃ、ホントに事件が起きちまうかもなぁ……」

「……」

 反応ナシ。

 まあこいつはそうなんだろう。

 命をなんとも思っていない。

 というより、死ぬためにここにいる。


 甲高い悲鳴があがった。

 かと思うと、従業員たちが必死の形相でリビングになだれ込んで来た。

「し、死んでる! 死んでます!」

 そう教えてくれたのは立花くんだ。

 女性の従業員などは、その場にへたり込んで泣き出してしまった。


 まあ普通、事件が起きたら、誰だってパニックになる。

 夢の中だと分かっていても同じだ。パニックになったヤツが俺を攻撃してくるケースもあった。そうなると俺の寿命が縮む。べつに長生きしたいわけではないが、こんな意味不明なパニックに巻き込まれて命を削られるのは本意ではない。


 海風が飽かず吹きつけるせいで、窓はずっとガタガタと音を立てている。

 ここはクローズドサークルと化した絶海の孤島。

 警察もやってこない。


 この洋館は、なぜこんな場所に建てられたのだろう?

 いや、そんな疑問は抱くべきではないのだ。これはあくまで悪意に煽られた主が用意した「設定」に過ぎない。舞台があって事件が起きたのではない。事件を起こすために舞台が用意された。


 夢が終わらないところを見ると、死亡したのは役者なのだろう。

 現実世界への被害はない。

 主はまだどこかにいる。


 客か、従業員か、殺人鬼か……。

 殺して済むなら話は楽だ。

 だが、主だけは殺してはいけない。少なくとも悪意を退治するまでは。


「どうするんだ! 誰が責任を取るんだ!」

 客が喚き始めた。


 誰かのせいにしたところで、殺人鬼がおとなしく帰宅するわけではない。

 だが、人はそれをしないではいられない。


 俺は窓際に立ち、外を眺めた。

 空は灰色。

 青黒い海が、大袈裟に上下して波を立てている。


 主はどいつだ?

 どう目星をつける?


 俺は従業員の一人に声をかけた。

「すみません、ビールもらえませんか?」

「はい?」

「なければビール以外でも」

「はぁ……」

 信じられないものでも見るような目を向けられてしまった。


 給料が出ないんだから、タダで酒を飲んだっていいだろう。

 味もせず、酔えもしない酒だとしても。

 こんなクソ仕事、ムリにでもモチベーションを与えなければ続けられない。言い換えれば、これは仕事に前向きだからこその行動だ。神だって俺を咎めたりしないだろう。たぶん。したら怒る、さすがに。


 さめた目のA子がぼそりとつぶやいた。

「あんたって、ホントに終わってるよね……」


 なんだ?

 空が青ときに、空が青いですねとか言うタイプか?

 いや、いいんだ。

 俺もそういうことをやる。ほぼ毎日。


(続く)

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