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苦手な方はご注意ください。

【短編版】異世界で死ぬほど努力して最強になった俺、現実世界で無双する【連載版スタートしました!】

作者: 茨木野

【※おしらせ】

連載版はじめました!

https://ncode.syosetu.com/n6368kw/


『よくぞ我を倒したな、勇者ユージよ』


 目の前に、一匹の黒龍が倒れている。そいつは、この異世界を滅ぼすために存在する魔王――アンラ・マンユ。


 魔王を討つために現実世界から呼び出された存在。それが俺、霧ヶ峰 悠仁だ。


 五年前、俺が十五歳のときに、この世界に召喚された。

 国王から魔王討伐の使命を与えられ……そして今、その使命を果たそうとしている。


『ふむ……我を倒したというのに、喜びの色が見えぬな』

「……まあな」


 この五年、苦しく、つらい道のりだった。

 それを思えば、歓喜よりも――安堵が勝る。


 ようやく、異世界から帰れるのだ。


「悪いな、魔王。俺はお前を殺さないと現実に帰れない。……国王直々に、そんな呪いをかけられてるんだ」


 召喚された際、ひげもじゃのクソジジイ――もとい、国王から聞かされた。


 この世界には魔王がいて、人々はその脅威におびえている。

 民を救えるのは勇者だけ。そして、魔王を倒さない限り、勇者は元の世界に帰還できない。


 ずっと不思議だった。なぜ魔王を倒さないと帰れないのか。


 “帰還方法は魔王しか知らない”という話を聞いたこともある。だが、それもおかしい。なぜ魔王だけが知っている?


 ――答えは簡単だった。そもそも召喚主である国王が、勇者である俺に、家に帰れない呪いをかけていたのだ。


『そうか……つらいな、それは』

「……お前に共感されるとは思わなかったが」


『すべてに合点がいったぞ、勇者ユージ。なぜ仲間を連れていないのか。なぜ、勇者の証たる聖武具を持たぬのか。――この世界の人間に、虐げられていたのだな』


 ……思い出す。五年前の召喚の日。


 国王は、俺にこの世界に呼び出した理由を説明し、その後、聖武具召喚の儀式を行った。


 聖武具。それは異世界勇者に与えられる、唯一無二の武器。


 だが――。


【聖武具がないだと!? この欠陥品め……!】


 なぜか聖武具を持たなかった俺は、「欠陥品」と罵られ、王城から追放された。


 魔王を倒せないと判断されたのだろう。まったく、ひどい話だ。

 帰還不能の呪いをかけられ、聖武具がないだけで見限られ、あげく追放されるなんてな。


『よくぞ、ここまで辿り着いた。よくぞ……この我を倒したものだ』


 魔王は、どこか俺に同情しているように見えた。


『我を倒した褒美を、二つ授けよう』


 魔王の胴体が光を帯びると――。


 ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ……!


 目の前に、目もくらむほどの大量の金貨が出現した。


『これは我がため込んだ財宝。すべて、おぬしにくれてやろう』

「…………そうか」


 だが、こんなものを持っていても意味はない。

 なぜなら――俺は、現実に帰る方法を、ずっと見つけられなかったのだから。


『もう一つの褒美だ』


 黄金の山から、一枚の大きな鏡がふわりと宙に浮かび、俺の前へと現れた。


「……なんだ、これ」

『それは――世界扉ワールド・ドア

「ワールド・ドア……?」


『異世界と現実をつなぐ、超レアな魔道具マジックアイテムだ』

「なに!? 異世界と現実を……つなげる……だと?」


『ああ。ただし、使えるのは一度きりだ。なにせ骨董品でな』


 なるほど、鏡面には無数のひび割れが走っていた。

 指で軽く触れただけで壊れてしまいそうだ。


「鑑定」


~~~~~~

世界扉ワールド・ドア(SSS)

→異世界と現実をつなぐ魔道具。魔道具師・七福塵しちふくじんの最高傑作であり、本人にしか修復できない。

~~~~~~


 ――本物だ。


「…………」


 世界をつなぐ、超レアな魔道具。それを……。


「なんで俺にくれるんだよ」

『言っただろう、褒美だとな。……よく頑張ったな、勇者ユージ。現実に戻り、幸せに暮らせ。こんな、ゴミみたいな世界のことなど忘れて』


 さらさら……と、魔王が魔素マナに変わり始める。死期が近い。


 それでも、俺は。


大回復マスター・ヒール


 瞬間、魔王の消えかけた肉体が、完全に蘇った。


『ま、魔素化しかけていた我が肉体を……治しただと!? なんじゃこの力は!?』

「俺の魔法だよ」


『ば、馬鹿な……。こんな回復魔法、聞いたこともないぞ!』

「だろうな。でも俺にはできる。……聖武具がなかったおかげでな」


 勇者の力は、本来“聖武具ありき”で設計されている。

 だが、俺はその武具を持たなかった。


 ゆえに――自らを鍛えた。


『そ、そうか……聖武具がなかったからこそ、おぬしは……自身の力を極限まで高めたのだな』

「ああ、そういうことだ」


 結果、魔王すらも殺し、癒やすほどの力を得た。

 ……まあ、“異世界帰還”の魔法だけは、呪いのせいで習得できなかったが。


修復リペアー


 壊れかけの世界扉ワールド・ドアが、完全な状態へと戻る。


『はは……すさまじい。世界最高の魔道具師にしか直せぬ品を、修復してしまうとは』

「さて……アイテムボックス」


 俺は魔王の財宝をすべて回収する。


「帰ろうぜ、魔王」

『な、なにを言ってるのだ……!?』


「一緒に、現実に帰らないか? ここにいても、いずれあのクソ王国が召喚した次の勇者に殺されるだろ?」

『そ、それはそうだが……我は魔王ぞ?』


「知ってる。でも、俺の敵じゃない」


 俺にとっての“敵”は、俺を呪いで縛り、五年もの地獄を押し付けた、あの王国だけだ。


「俺はもう勇者じゃない。……だから、お前の敵でもない」

『くっ……ふふふ……あははははっ! おもしろい男よな! わかった!』


 スッと、魔王アンラ・マンユが跪く。


『我は、おぬしの従魔となろう』

「……従魔?」


 たしか、“サーバント”。主の命令に絶対服従する存在だ。


「いいのか?」

『うむ。おぬしの世界で再び魔王など始めても困るであろう?』

「それはな」

『なら、我を縛ってくれ。契約の言葉を』


 俺はゆっくりと右手を掲げた。

 風がうねり、空が震える。

 魔王の金の瞳が細められる。


「――いいぜ。そっちがその気なら、言ってやるよ」


「我が牙は、そなたの爪。

 我が身は、そなたと共に世界を裂く。

 我が知恵は、そなたの標べとならんことを欲する。

 片時も離れず、そなたに尽くすと誓う」


 その瞬間、世界が鳴った。


 契約の言葉に呼応するように、俺の右手に黒き紋様が刻まれる。

 魔王の胸にも、同じ印が浮かび上がり、黒炎となって燃え上がった。


『……成されたな。我が魂は、今やおぬしのもの』


「……これで、お前は俺の従魔だ」


『ああ。連れてっておくれよ、元勇者。そなたが生まれ育った世界に』


 にやりと笑って、俺は世界扉ワールド・ドアへと足を向ける。


 手には、莫大な財宝。背には、黒龍の魔王。


 そして――現実世界への帰還が、いま始まる。


    ☆



 ……ゆっくりと、俺は目を開ける。


「ここは……? どこだ」


 目の前には扉。下水のような匂いが鼻をつく。

 尻に冷たい感触。足元を見ると、上履きを履いていた。

 ズボンも黒い……これは、学ラン?


『おお、勇者よ。目覚めたか』


「魔王……?」


 魔王アンラ・マンユの声が響く。


「どこだ?」


『そなたの中におる。呼べばすぐ姿を現せるぞ。もっとも、そんな狭い箱の中で我を呼べば、とんでもない騒ぎになるだろうがな』


 箱……そうか、ここはトイレだ。しかも、学生服姿ってことは――。

 俺は個室を出て、入り口の鏡に自分の姿を映す。


「……若い頃の、俺だ」


 十五歳。高校に入ったばかりの、あの頃の姿がそこにあった。


「なんで……若返ってんだ」


『さぁの。ただ、そなたから感じる魔力は、異世界で我が出会った時と同等ぞ』


「! なら……【鑑定】」


 鏡に映った自分へ、鑑定スキルを使用する。


~~~~~~

【名前】霧ヶ峰 悠仁

【種族】人間

【レベル】9999

【HP】999900

【MP】999900

【攻撃】9999

【防御】9999

【知性】9999

【素早さ】9999

【職業】帰還者リターナー、勇者

~~~~~~


 ……ステータスは、異世界で帰還する直前のものと同じだった。

 ただ若返っただけ、じゃないらしい。


「アイテムボックス」


 俺は空間に向けて手を伸ばす。

 ずぶ……と、泥の中に手を突っ込むような感触。

 肘から先が異空間に沈み、そこで何かを握って、引き抜く。


「はは、やっべ……」


『我を倒して手に入れた財宝やレアアイテムもまた、持ってきたようじゃな』


 手には、あっちの世界の金貨。

 はは……まじか。あの大金を、そのまま持って帰ってこれたのかよ。


 もう一生働かなくていいじゃん。


『しかし、向こうとこちらでは貨幣の価値が異なるのではないか?』


「問題ないよ。【等価交換エクスチェンジ】」


 手にあった金貨が消え、代わりに大量の万札が握られる。


『なるほど、同価値のものへ変換する魔法か。これでこちらの金に換えられるというわけじゃな?』


「そーゆーこと」


 ……しかし、金貨一枚でこれだけ万札が出るとは。

 ぱっと見、百万円はある。金貨一枚で、だ。


 俺はアンラ・マンユを倒したとき、山ほどの金貨を手に入れた。

 それはすなわち――巨万の富を、この手にしたということ。


「もう学校も、仕事もいらねーな。家でも買ってのんびり過ごそ」


『我は学校に通ってほしいぞ。この世界のことを学びたいからな。なら学び舎に通うのが一番じゃて』


 なるほど……それも一理あるな。


 と、そのとき。


「よぉ~悠仁くぅん? おまたせ~」


「あ?」


 柄の悪い声とともに、男がトイレに入ってくる。

 おっさん……じゃない。学生服だ。つまり、学生。

 それに俺の名前を知っている。ということは……。


 ああ、思い出した。

 こいつ、高校に入った直後の俺を、いじめてたやつだ。


「さぁ、今日も元気に、サンドバッグさせてもらおうかなぁ~?」


『なんじゃこやつは』


「ただの不良だよ」


『不良?』


「社会のルールも守れないゴミ」


 ぴきっ、と。

 不良の額に血管が浮かぶ。あ、そういや……俺と魔王の会話って、俺にしか聞こえないんだったな。


「ゴミだとぉ!? てめえ、おれを馬鹿にしやがって!」


「いや、馬鹿にはしてない。事実を言っただけだ」


「うるせえ! しねええええええええええええええええええ!」


 殴りかかってくる不良――

 だけど、俺は、まったく恐怖を感じなかった。


「なんだこれ?」


『おぬしのレベルはマックス。そんな雑魚の攻撃など、脅威に感じぬのじゃろうな』


 なるほどな。

 すべてが止まって見える。


 こんなやつ、魔法を使うまでもない。


 俺は指先に魔力を集めて、それを弾丸のように放つ――魔力撃。


 どごぉおん!


「ぶぎゃああああああああああああああああああああ!」


 不良は野球ボールのようにすっ飛び、

 トイレのドアをチョコのようにぶち破り、壁にめり込んだ。


「……もろくね?」


『そなたが強すぎるだけじゃ』


「いや、めちゃくちゃ手ぬいたぞ。魔法すら使ってないし。MP1しか消費してない魔力撃だったし」


『異世界の感覚で攻撃せぬほうがよい。どうにも、こっちのものはすべて、脆いようじゃ』


「なるほどな。【小回復ヒール】&【修復リペアー】」


 けがした不良と、壊れた扉や壁を回復&修復する。

 不良は泡吹いて、仰向けに倒れていた。


『……そやつはどうする?』


「どうもしないよ」


 俺をいじめていた不良を助ける義理なんて、どこにもない。

 ただ――


 気絶した不良の襟をつかみ、ずるずると引きずって、保健室の前まで運ぶ。


 こんこん。


「はーい」


「すんません、この人、貧血で倒れてました」


「え?」


「さいなら」


 不良を養護教員に任せて、その場を後にする。


『……なんじゃ、助けるのか?』


「助けてねえよ。ただ――弱いモノいじめって、嫌いなんだよ」


 ……俺は、異世界で圧倒的な力を手に入れた。

 そして今、その力で、俺より遥かに弱い存在――いじめっ子を傷つけた(ちゃんと治したけど)。


 だけど、それが気分悪いのは、やっぱり俺が――

 かつて、弱かったからだ。


『なるほど……さすがじゃ、勇者よ』


「なにがさすがなんだよ」


『そなたはこの世界において、圧倒的強者となった。世界を滅ぼすことも、支配することもできる。

 それでも、そうしない。立派なことじゃ』


「……しねえよ、そんな面倒なこと」


 力を誇示するようなことはしたくない。

 強さを隠さず使ったやつの末路を、俺は知っている。


 だって――身近に、転がってるからな。


「さ、帰ろうぜ」


    ☆



 俺は、異世界に召喚された五年前と、同じ日付に戻ってきたらしい。

 世界扉ワールド・ドアは、本来“世界を行き来するだけ”の魔道具マジックアイテムなのだそうだ。


 異世界で五年過ごしたなら、現実でも五年が経ってる――本来なら、そうなるはずだった。

 でも、なぜかそうはならなかった。理由は不明らしい。


 ま、別に困ることもないし、それ以上は考えないでおこう。


 さて。俺は自分の家に帰ってきた。


 どこにでもあるような、二階建ての一軒家だ。


『ここが勇者の居城か……小さいな』


 魔王が脳内で話しかけてくる。いや、居城って……。

 ただの一軒家だ。うちの親は、ごく普通のサラリーマン。


『ふぅむ……一般家庭の生まれだというのに、魔王を倒すほどの魔力とは、妙なことじゃのう』


 ……言われてみれば、そうかもしれない。


 俺は他の勇者たちと違って、聖武具を持っていなかった。

 ゼロから鍛えて、五年で魔王を倒した。強くなれたのは、努力の賜物だと信じていたけど……。


 誰でも努力すれば五年で魔王を倒せるかと問われれば、ちょっと首を傾げたくなる。


 ――もしかして、俺って特別な生まれだったりして?

 ……んなわけないか。


「ただいまー」


 五年ぶりの帰還。もっと感動するかと思ってた。……でも、意外とそうでもなかったな。


「おー、悠仁くん! お帰り~」


 俺の親父、霧ヶ峰 倫太郎。

 どこにでもいる普通の父親――職業は小説家。ずっと家にいて、炊事・洗濯・家事をこなしてる。


「…………」


「悠仁くん、どうしたの?」


「あ、いや……ただいま、親父」


「うん、お帰りっ。ごはんできてるから、手ぇ洗ってきな」


「ああ」


 親父がリビングに戻っていく。その背中を見て、ようやく――

 ああ、本当に帰ってきたんだなって、実感が湧いてきた。


 学校にいたときは、なんとなくまだ現実味がなかったけど。

 親と再会したことで、ようやく帰ってきたんだと思えた。


『よかったな、親にまた会えて』


「ああ……」


 親父。前は、何も言わずにいなくなってごめん。

 今度は、もう二度とそんなことしないよ。


『む……』


 ふと、魔王が言う。


『なんじゃ……この妙な気配は……』


「妙な気配?」


『ああ。何だこれは……魔のものが放つ闘気オーラを感じるぞ……』


 魔の闘気オーラ……?


『魔王を含む魔族たちは、闘気オーラという特別なエネルギーを扱う。

 それを使えば、常人の何倍もの力を得られるのじゃ』


 へえ……。

 だから魔族って、異世界でも厄介な相手だったんだな。


 って、それが、こっちの世界に?


『わからぬ……。闘気を持っておるが、魔族ではない。魔族にしては、あまりに弱すぎるのじゃ』


「弱すぎる……?」


『うむ。近い。この家に入ってくるぞ! 気をつけるのじゃ、勇者よ!』


 がちゃり、と玄関のドアが開く。

 現れたのは――黒髪の美少女だった。


 凛とした佇まい。切れ長の瞳。腰まである長い黒髪。


「咲耶じゃねえか」


『咲耶……?』


 俺の妹。義理の、だけどな。母さんの連れ子だ。


 親父は入り婿だ。俺を生んだ母親は、けっこう早くに亡くなった。

 で、霧ヶ峰家に、親父が“嫁いだ”。俺を連れてな。


 母さんには元々、子どもがいた。それが咲耶だ。


「…………」


 咲耶は、ちらっと俺を一瞥して――何も言わず通り過ぎていった。

 ……いつも通りだ。


『なんじゃあの女。兄が挨拶しておるというのに、愛想のないやつじゃの』


「ああいうやつなんだよ。クールってやつ」


『無愛想の間違いじゃろ……。それにしても、変じゃな』


「性格が?」


『まあそれもあるが。やはり、あの女からは微弱な闘気オーラを感じる。だが、間違いなく人間じゃ』


 ……ふぅん。

 魔族しか扱えないはずの“闘気”。それを、咲耶が持っている……か。


「なんでだろう?」


『さぁのぅ……』


 ま、今は考えても仕方ないか。


「悠仁くん、どうしたの?」


「あ、いや。ごめん親父。すぐ手ぇ洗ってくる」


 俺は玄関を上がり、洗面所へと向かうのだった。


    ☆



 で、だ。

 その夜、俺は一人ベッドでゴロゴロしていた。すると――


『勇者よ。サクヤが、家を出て行ったぞ……』


「……なに? 咲耶が?」


 俺は身を起こし、魔王に問い返す。

 時刻は、もう夜中の0時を回っていた。


『そなたの妹は、夜遊びをするような人間なのかの?』


「いや……たぶん違うと思うけどな」


 少なくとも、そんなタイプじゃなかったはずだ。

 でも、こんな時間に出歩くってのは、どう考えてもおかしい。


「ってか、よく気づいたな」


『警戒しておったからな。何かあっても対処できるように』


 優秀な相棒だぜ。


『どうする?』


「どうするって……」


 妹のプライベートに踏み込むのは、気が引ける。

 もしかしたら夜に男と会ってるとか、カレシとか。

 あいつ、美人だしな。カレシの一人や二人、いてもおかしくないし。

 それに、もう十五だ。高校生だ。自分の尻は、自分で拭く年齢だ。


『と言いつつ、出かける準備をしておるように見えるのじゃが』


「いや、まあ。俺はどうでもいいが、親父が……咲耶のこと、きっと心配するからさ」


 もし咲耶が、ヤバい連中に絡まれたりしたら――

 親父が絶対、心配する。

 それだけは、避けたかった。


『サクヤの気配は、ずっと追っておるぞ』


「優秀だな。……【飛翔フライ】、【隠密ハイド】」


 空を飛ぶ魔法と、姿を隠す魔法を使う。

 ふわりと、体が浮き上がった。


 ……現実世界で使うのは、これが初魔法か。

 問題なく発動できる。精度も、異世界のときとまったく変わらない。


 俺は窓を開け、外へ飛び出す。

 うちの二階は子供部屋。そこから、夜の街へ。


『おおっ、なんと明るい夜じゃのう。街灯というやつか、これ。すごいのうっ』


 確かに、異世界の夜に比べれば、こっちは全然暗くない。

 街灯があるってだけで、夜の快適さが違うんだな。


 しばらく飛びながら、咲耶の気配を追っていて――ふと、違和感を覚えた。


「……なんか、ずいぶん遠くに行ってねえか?」


 家を出てすぐ、魔王が気配を察知して教えてくれた。

 それからすぐに追跡を始めたはずなのに、いまだ追いつけていない。


「相手が徒歩なら、すぐ追いついてるはずなのに……」


 って、あれ?


「なんだこれ……?」


『どうした、勇者よ』


「いや……結界魔法、か? これ……」


 目の前にあるのは、確かに結界。

 だけど、ここは現実世界だ。なんで、異世界にあったようなものが――?


『まさか、この世界にも魔法使いや聖女のような者が……?』


「いや、聞いたことないけど……。しかも、結界が雑すぎる」


 本来、結界魔法ってのは、防御とか隔離とか、特殊な封印に使う。

 けど、目の前のこれは――ペラペラすぎる。

 魔法一発で、軽く砕けるレベルの強度しかない。


『見ただけで魔法の質がわかるとは……さすが、鍛え抜かれた勇者よ』


「まあな。経験は積んでるからよ」


 それにしても、この結界。

 たぶん、外から中を“見えなくする”ためだけの魔法だ。

 ……それに、何の意味がある?


「咲耶は中にいるんだよな?」


『うむ』


 ……気になるな。何してんだあいつ。

 変なことしてなきゃいいけど。

 親父を悲しませるような真似だけは、勘弁してくれよ。


 俺は結界を通過し、中に入る。

 そこは、普通の住宅街だった。……が、すぐに気づいた。


『勇者よ、気づいたな』


「ああ。血の匂いがする……」


 嫌なにおいだ。俺は警戒を強め、静かに進む。

 そして――見た。


「……咲耶?」


 咲耶がいた。手には……刀?

 血のように赤い刀身を持った、その姿があった。


「消え失せろ! 【妖魔】め!」


「よ、妖魔……?」


 咲耶は叫びながら、刀をぶんぶん振り回している。

 ……何もない空間に向かって、だ。


「…………」


 ど、どうしよう。妹……やべーやつじゃねえかこれ。

 夜中に出歩いて、模造刀ぶん回してるとか……。


「くそ! 当たらない! どこ!? どこなの!? 妖魔め……!」


 も、もうやめてくれ……。お兄ちゃん、見てられないよ……。

 高校生にもなって、厨二病こじらせるとか……末期だろ。


『勇者よ。サクヤ……けがしてないか?』


「……あ、マジだ。頭から出血してる」


 どっかでぶつけたのか……?

 厨二病が行きすぎてケガとか……ほんと、笑えねえな。


「くそ! くそっ! 妖魔は死ね! 死ねっ!」


「あー……咲耶」


「なっ!? お、お兄ちゃん……!?」


 ……お兄ちゃん。久しぶりに呼ばれた気がするな。

 昔は呼んでくれてたけど、年が上がるにつれて呼ばなくなってたっけ。


「なんで……? 封絶界、張ってあったのに……!?」


「あー……咲耶。その……なんかハマってるアニメとか漫画あるのか?

 真似するのは自由だけど、夜中に出歩いて模造刀振り回すのはやめとけ」


「何言ってるのよ!? 危ないから出ていきなさい!」


 危ないのはどっちだよ。

 あーもう、ちゃんと血出てるじゃん。どこでぶつけたんだか……。


 と、その時だった。


『怨ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 ん……? なんだ?


 半透明の“何か”が、こっちへ近づいてくる。

 五メートルはある。人型っぽいが、全身から手が生えてる化け物だ。


『悪霊系の魔物じゃな』


 まじかよ。……レイスか。

 こっちの世界にもいるのかよ。


「早く逃げて! ここには危険な妖魔がいるの!」


「だから“妖魔”って何だよ……?」


「それは……」


 レイスは無数の手を咲耶に伸ばす。

 咲耶は……気づいてない?

 あんなでっかいのが目の前にいるのに……。


 まあ、いいや。


 俺は右手を前に出す。


死霊送天光ターン・アンデッド


 右手に光が集まり、魔法が発動する。

 死霊系の魔物を一発で浄化する、光属性の対アンデッド魔法。


 ズガァァァァン――!


 レイスは一瞬で霧散した。


「よっわ……」


 今の一撃で消滅とか、さすがに弱すぎる。

 もっと強いレイスなら、耐えて襲ってくるはずなんだけどな。


「!? よ、妖魔の気配が……き、消えた……?」


 ……あいたたた。

 妹、まだごっこ遊び継続中らしい。


「信じられない……。このレベルの妖魔を祓えるのは、妖刀使いだけなのに……いたっ!」


 俺は咲耶の頭を軽くはたいた。


「何するのよ!」


「帰るぞ、親不孝者。

 ったく、高校生にもなって、夜中に厨二病ごっことか……親父を悲しませるなよ」


 咲耶が俺をにらむ。


「……お兄ちゃん、何やったの?」


「何って……?」


「右手! さっき光ってた! で、妖魔の気配が一瞬で消えた! 何かしたんでしょ!」


「はいはい。そういう設定ね」


「違うってば!」


 咲耶が食いついてくる。……若干うざい。


『我が主よ。妖魔とは、おぬしがさっき倒した、あのレイスのことかの?』


「まさか。咲耶には見えてなかったんだぜ? あんな雑魚レイスが」


 向こうの世界じゃ、子供でもレイスを視認できてた。

 赤ん坊だって泣いてたくらいだ。


 咲耶が見えてなかったってことは――ただのごっこ遊びだ。


『そうかのぉ……?』


「そうだよ」


「ちょっと無視しないでよ、お兄ちゃん!」


 ……しかし、俺はまだ知らなかった。


 この世界には“妖魔”と呼ばれる化け物がいて、

 それと戦う“妖刀使い”と呼ばれる異能者たちが存在することを。


 そして――

 その“妖魔”も“妖刀使い”も、異世界の魔物たちと比べれば、とんでもなく低レベルな存在であることを。


【※おしらせ】

連載版はじめました!

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― 新着の感想 ―
王様とかいじめっ子とかにやられた分くらいはやり返しましょうよ。
続き読みたいです!
面白そうな感じはとてもするのでよろしければ連載して欲しいです。 短編になるとしたらタイトル回収が無さすぎて悲しいくなります(´・ω・`)
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