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8 カフェオレとコロッケパン (第8話:風の部屋)

8日目

☆現実パート


比奈は、今日もコンビニのイートインに座っていた。

手元には、カフェラテとコロッケパン。


「今日は、ちょっと冒険してみた」

比奈はパンの袋とコロッケの包みを渡しながら言う。


「いつもカフェオレだけど、今日はカフェラテにしてみたの。それと、コロッケパン。このパンにこのコロッケを自分で挟んで食べるんだって。コロッケってなんだか、懐かしくて」


少年は、少しだけ表情をゆるめた。


「……コロッケ、久しぶりに食べました」


「ね、なんか、そういうのってない? ふと思い出して、食べたくなるもの」


「……給食に出てました。コロッケ。

でも……好きって言ったこと、なかったな。

恥ずかしくて」


比奈は、パンの袋を少し持ち上げて見せる。


「だったら今日は、ちゃんと言おう。

“コロッケパン、好きだな”って」


少年は黙ったままパンを見つめ、

そして、小さく笑った。


「……はい。コロッケパン、好きです」


比奈は頷いた。

「よし、じゃあ今日の話、始めようか。

“言えなかった言葉”の話――マール君の、風の部屋」



★『心の迷宮を抜けて』★第8話 風の部屋


暗い階段を抜けた先に、木の扉があった。

今までの扉と違い、鍵はかかっていなかった。


マール君が触れると、扉は風に押されるように勝手に開いた。


ぶわっ――


強い風が吹き抜けた。

部屋の中は、荒れていた。


紙が宙に舞い、椅子は倒れ、本棚は崩れかけている。

けれど、そのどれもが、どこか見覚えのある景色だった。


「……ここ、知ってる」


風はマール君の髪を揺らし、耳元で何かをささやいてくる。


《どうして黙ったの?》

《言えばよかったのに》

《あなたはしらんぷりをした》


マール君は耳をふさいだ。


「やめて……もう聞きたくないよ……!」


けれど風は止まらない。

風が運んでくるのは、“言わなかった言葉たち”だった。


誰かに助けてと言えなかった日

怖くて反論できなかった日

頭が真っ白になって、黙り込んでしまった日


そのすべてが、風に乗って部屋を駆け抜けていた。


マール君は膝を抱え、倒れた椅子にもたれかかるように座った。


「……ごめんね。ごめん、ごめん……」


その言葉がこぼれた瞬間、風がふっと止まった。


静寂の中、部屋の真ん中にひとつの鏡が現れた。


それは、曇った鏡だった。

けれど、近づいて手のひらで拭うと、ぼんやりと自分の顔が映った。


涙でぐしゃぐしゃの、でもたしかに“自分の顔”。


マール君は、ようやくその顔に向かってつぶやいた。


「……ごめん。でも、ちゃんと聞こえたなら、ありがとう」


鏡に小さなひびが入り、そこから光が漏れ出した。


風の部屋に、あたたかい風が吹いた。



つづく




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