【第8話】「あのとき君を見捨てた、弱さと向き合う」
メモリーシティの夕暮れは、どこか現実とは違う色をしていた。 街の片隅、子どものころよく遊んだ公園が、そっくりそのまま再現されている。
さびついたブランコ、傾いたジャングルジム。 その一角に、少女の姿があった。
長い黒髪を揺らしながら、ひとりでブランコに座っている。 俺の記憶に焼き付いている――幼馴染のハルカだ。
「未来くん。今回の修復は、"彼女との過去"が鍵だよ」
めもりんの声が、やけに静かに響いた。
「今までの経験を活かして解決を目指そうね」
「ただ忘れていたんじゃない。忘れた"ふり"をしてきた、誰かの傷――向き合う時だよ」
足を踏み出すたびに、胸が重くなっていく。 俺はハルカを、ひとりにした。
小学5年のとき、彼女は突然クラスの標的にされた。 些細な噂が広がり、無視や陰口が日常になっていった。
最初は、俺もハルカの味方だった。 でも、周りの視線が怖くて――気づけば、俺も彼女から目を逸らしていた。
(あのとき、俺は逃げたんだ)
視点が戻ると、ハルカがふとこちらを見た。
その目には、どこか凍りついたような、壊れかけた光が宿っていた。
「……ずっと考えてたよ」
「どうして、何も言ってくれなかったのか。どうして、黙って目を逸らしたのか」
「私、"未来くんだけは違う"って思ってた。信じてたのに」
その言葉が、鋭く胸に突き刺さる。 俺の罪悪感よりも、彼女の"信頼を裏切られた痛み"の方が、ずっと重かった。
「……怖かったんだ」
口から漏れた言葉は、震えていた。
「クラスの空気が、変わるのが。ハルカをかばえば、自分も標的になる……って」
「自分のことばっかり考えて、君の痛みから目を逸らして……」
言い訳なんて、もう何の意味もない。 ただ、本当のことを伝えたかった。
「ごめん、ハルカ。俺は逃げた。弱かった」
ハルカはしばらく黙っていた。 ブランコだけが、ぎい……ぎい……と、鈍い音を立てて揺れている。
「正直……いまでも全部許せたわけじゃないよ」
「ずっと、置き去りにされたって思ってたし、"なんで?"って気持ちは消えてない」
それでも――彼女の瞳が、少しだけ揺れた。
「でも、こうやって向き合ってくれたのは……はじめてだった」
「同窓会でもみんな私をいじめていたことなんて綺麗に忘れてた」
「誰にも見つけてもらえなかった、私の時間を――君が見つけてくれた」
その瞬間、ブランコの音が止まり、ハルカの周りに淡い光が立ちのぼる。
「ありがとう、未来くん。やっと……止まってた時間が、動き出した気がするよ」
ハルカの姿がゆっくりと光に包まれていく。 まるで、封じ込められていた記憶が、ようやく癒されていくように。
《修復完了》
《修復率:64%》
めもりんが、小さく頷いた。
「いい修復だったね。たとえ完全な許しじゃなくても、"向き合おうとしたこと"が意味を持つんだよ」
俺は、空になったブランコを見つめながら、小さくつぶやいた。
「……ありがとう、ハルカ。君の痛みを、忘れない」