【第10話】「歩けなかった道の果てで」
朝のラッシュアワー。ぎゅうぎゅう詰めの電車に押し込まれ、誰とも目を合わせずに立っている自分がいた。スマホの画面に無感情にスクロールを繰り返す指先だけが動く。
仕事は、いわゆる営業職。毎日、決められた資料を作り、言われた通りのプレゼンをこなし、反応の薄い顧客の前で笑顔を貼りつける。
夢だった。俺には、夢があったはずだった。
(ゲームを作りたかったんだ。世界中の人を夢中にさせるような、そんなゲームを)
だけど、就活がうまくいかず、最初に内定が出た会社に入社した。気がつけば、毎日を「こなす」ことだけが目的になっていた。
会社の帰り道、ふとコンビニに寄って、缶ビールと冷凍パスタを買う。家に帰ると、誰もいない部屋。テレビをつけることもなく、黙々と食べて、スマホを眺める。
(俺、何やってんだろ)
ある日、ポストに一通の封筒が届いていた。差出人は――ケンタ。
結婚式の招待状だった。
「……あいつ、結婚すんのか」
嬉しいはずなのに、なぜか胸が締めつけられた。祝福の言葉も、返信の文面も、頭に浮かばなかった。
そのまま、封筒は机の上に置き去りにされた。
数日後には、角がほんの少し折れ曲がっていた。時間の経過とともに、まるで俺の返せなかった気持ちまで、ゆがんでいくようだった。
過去の後輩が波のように押し寄せてくる。
全部、俺が“逃げた”結果だった。
そんなとき、メモリーシティの空が突然、曇り始めた。
いつもの幻想的な青空はどこにもなく、灰色の雲がゆっくりと広がっていく。
めもりんが、珍しく沈んだ顔で言った。
「未来……ここが、君の心の一番深い場所なんだと思う」
「……深い場所?」
「これまでの全部の“後悔”が、ここに根を張ってる。だからこそ、君が前に進めない本当の理由も、ここにあるの」
言葉が喉に詰まる。あの招待状を見たときの、自分の顔が思い浮かぶ。
(俺は――嬉しかった。ほんとは、すごく嬉しかった)
でも、その気持ちを抱えたまま、どうすればいいのか分からなかった。
黙ってしまえば、何も変わらない。でも、声を出す勇気がなかった。
その積み重ねが、今の俺を作っていた。
めもりんが、そっと手を差し伸べる。
「今からでも、遅くないよ。未来は、まだ選べるんだよ」
修復率の数値は変わらないまま。
でも、その表示の隣に、小さくこう記されていた。
《核心領域:アクセス開始》
まだ修復は終わっていない。
でも、ようやく“始める”ことができる。