【第1話】「懐かしき筐体」
「……ここは……」
そんな疑問が浮かぶよりも早く、目の前の筐体に視線が吸い寄せられていた。
地方都市の片隅。かつて通い詰めた古びたゲームセンターに、俺はなぜか立っていた。
外の喧騒は聞こえず、空気は静まり返っている。まるで世界に俺一人だけ取り残されたような感覚だった。
「……残ってたのか」
目の前に鎮座するのは、一台のVR筐体。
【MEMORY RECONSTRUCTOR】――通称。
NPCの「心の傷」を修復するというテーマで一時代を築いた名作。十年前、俺はこのゲームにのめり込んでいた。
だけど、そんなゲームもとっくにサービス終了したはずだ。
「なんで、ここに……」
懐かしさと違和感が、胸の内で奇妙に混ざり合う。
筐体のモニターに映るタイトルロゴは、今でも鮮やかで眩しい。
その光に照らされて、画面越しに映る自分の顔が目に入った。
(……老けたな)
十年前のあの頃、まだ夢も希望もあった。それなのに今の俺は、中途半端な仕事、壊れかけた家族、すれ違いの友人、過ぎた恋愛……後悔の残骸だけを抱えて、日々を消化しているだけだった。
(このゲームみたいに、やり直せたら)
ふと、ポケットに手を入れると、ちょうど百円玉が二枚。
まるで最初から用意されていたように。
俺は何の躊躇いもなく、それを投入口に滑り込ませた。
カチリ。
コインが吸い込まれると、筐体が低く唸りをあげた。
「認証完了。記憶修復プログラムを起動します」
え?
次の瞬間、筐体から眩い光が溢れ出す。
視界が白に染まり、重力が消えたような感覚。
足元が抜け落ち、意識が急速に遠のいていく。
(な……にが……起こって……)
思考が霧のように薄れていく中、かすかに誰かの声が聞こえた。
――記憶を修復せよ。
――お前の魂は、まだ“やり直せる”。
気がつけば、俺は知らない街に立っていた。
高層ビルが整然と並び、空には巨大な時計塔が浮かんでいる。近未来的な建物が並び、歩く人々の服装もどこか現代離れしていた。
「……ここは……」
そのとき、目の前にホログラムが浮かび上がった。
《メモリーシティへようこそ》
《記憶修復プロセスを開始します。あなたの後悔と未練を分析中――》
《修復完了度:0%》
《目標:修復率100%達成で、現実世界への帰還条件を満たします》
「帰還条件……? これ、ゲームなのか……?」
戸惑う俺の耳に、さらにシステムの声が響く。
《ログインボーナス:生活RP300を支給しました》
《現在所持RP:300》
《はじめに、初期修復ステージを選択してください》
ホログラムのパネルが開き、【記憶修復ステージ】が並ぶ。
【ステージ】
■駄菓子屋さんでお釣りを多くもらったこと(難易度★)
■ゲームがやりたくて辞めた中学の部活(難易度★)
■文化祭での告白(難易度★★)
■親友ケンタとの喧嘩(難易度★★)
■クラスでイジメられていたショウを助けられなかったこと(難易度★★★)
並ぶのは、まさに俺の過去。
「……なんだよ、これ」
ただのゲーム、そう思いたかった。
けれど、胸の奥底がざわついている。本当に、やり直せるかもしれない。
(やるしか……ない)
俺は、もっとも簡単そうなステージ――
【駄菓子屋さんでお釣りを多くもらったこと】を選択した。
光が、再び俺を包む。
――ここから、俺の"記憶修復"が始まった。