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心が麻痺から立ち直るまで

作者: コウノトリ

 私の現在の状況から救って欲しい。でも、ヒーローには助けられたくなかった。正義を背負っている。そう感じるオーラが鼻につく。日常の一部であるように救ってくれないかな。


 目の前には救ってくれるのを期待していたのに、その期待に応えてくれない悪人《一般人》たちが転がっている。ねえ、私だけのヒーロー。早くしないと私は後戻りできなくなっちゃうよ。


◇ ◇ side:ナリア


 力に目覚める時は唐突だった。日々を過ごしている人たちの多くは力を渇望する。でも、私にはそんなものは必要なかった。触れた相手を麻痺させる。それが私の発現した力。

 誰とも触れ合うことができなくなった。私は一生ゴム製の手袋を外すことはできない。ゴム製品にアレルギーがあるのに。触れた相手を麻痺させる静電気を止めるにはゴムしかなかった。体が痒い。耐えているのに、みんな私から距離を取るようになっちゃった。

 ねえ、私が側にいることを許してよ。心で発生した自分の思いとの摩擦が私の静電気を強くする。


「ヤバい、逃げて」


 そう声に出た時には遅かった。静電気は私の体から声とともに逃げ出した。倒れる人々、ずっと隠してきたのに。抗アレルギー剤を飲んで痒みにも耐えたのに。力は私から日常を奪っていくんだね。もう嫌だよ。


「みんなが私の力で麻痺するのがいけないんだ。私は何も悪くないのに」


 麻痺させる静電気に触れても平気な人か許してくれる人。そんな人がいないからいけないんだ。


◇ ◇ side:ソラ


 麻痺させるからパラライズ。そう安直に名付けられた怪人の女性は、他の怪人と違い、顔を晒していた。バカなんだと思う。そんな彼女だからこそ、毎日のようにどこかの街で半数以上の人に被害を出している。そんなどこかの街に僕の住んでいる街がなるなんて思ってもいなかった。


 ただ、ぶらりと街を歩いていた僕の体にチクッと小さな衝撃が走った。その瞬間、僕は世界が壊れたように錯覚した。僕と同じように街を歩いていた夫婦が道に倒れる。木に止まっていた鳥が地面へと落下する。そんな世界で僕はただ一人、立っていた。


「嘘だ、これは僕がやったのか?」


 力は突如、目覚めると聞く。僕も力を持ってヒーローになれたら、そう思っていたけど。こんな力は望んでいない。


「嘘だ、嘘だ、嘘だ!」


 僕は心底、怖くなって街の中を逃げ出した。倒れた時に打ちどころが悪くて血を流している人がいる。そんな、僕は人を――次の瞬間、僕は誰かにぶつかり、再び”チクッ”とした衝撃を受けてハッと気付いた。


 なんだ、これは僕じゃなくて彼女の。パラライズの仕業だったのか。


「ねえ、君。動けるの?」


 パチパチ音を立てていた彼女の身に纏う電気は嘘のように消え、驚いたように聞いてくる質問に急いで頷いた。彼女の思いに反すれば、心臓を麻痺させられて殺されてしまうかもしれない。


「私って怖いかな?」


 僕は急いで首を横に振る。テレビでヒーローを圧倒する彼女はずっと無表情だったその顔を、僕が知る限り、初めて微笑んだ。その微笑みが可愛いんだろうけど、僕には怖い。僕は知っている。彼女が1メートル以内に近づいたゴムに覆われたヒーローを、心臓麻痺で倒してしまったことを。そのヒーローは殉職した。


 ヒーロー、僕が逃げるためにも早く来てくれ。


 その願いが通じたのだろう。能力を宿した矢が、パラライズの肩を貫いた。この矢は最強格ヒーロー、アロー・ボー。なぜか怪人もヒーローも安直な名前が多い。覚えやすくていいけど。

 彼はいつも避けられる自身の矢がパラライズに当たったことを不思議そうにしつつも、口上を垂れた。


「パラライズ、お前のせいで無垢なる人々がどれだけ犠牲になっていると思っている。俺の矢に射抜かれてはもう逃げきれない。早く投降するんだ」

「初めてだったのに、どうして邪魔するの?」


 ――チクッ


 彼女から消えていたはずの電気が、再びバチバチと顕在化する。でも、もう遅い。アロー・ボーさんの矢は当てた相手の能力を封じるはずだ。あれ? 封じれてなくない? 


 ――そんな。


 そこからは一方的な戦いだった。いや、戦いって呼んでいいのかな?


 基本的に一発当てれば勝ちが確定するアロー・ボーの戦闘技術なんて、矢を正確に当てるくらいしかない。それに対して、彼女は多くのヒーローから逃げてきているのだ。アロー・ボーさんは驚いて間抜けな顔を晒し、そのまま力なく倒れてしまった。


「早く逃げよ」


 ――チクッ


 肩に刺さった矢を抜いて、薬で傷を癒したパラライズに僕は手を引っ張られて連れて行かされる。誰か彼女に勝てるヒーローはいないの?


「矢を喰らっているのに、どうして能力が使えたんですか?」

「え? 能力が使えなくなるの?」


 彼女は少し戻って放り捨てた矢を拾うと、自分の手に軽く刺した。え? 何をしてるの?


「使えなくならない」


 恨みのこもった目が僕へと向けるとまた、手を引っ張られる。いや、そんなの知らない。でも、このままじゃ僕も殺されてしまう。何か適当な理由を考えないと。


「パラライズさんの麻痺の力で、封印の力が麻痺しちゃったんじゃないんですか?」

「ナリア」

「はい?」

「パラライズじゃない」


 彼女を刺激しないように走りながら、僕の直感がこれは言い直した方がいいと囁いた。


「ナリアさんの力が、相手の力にも及ぶんじゃないですか?」


 僕を訝しげに見る彼女を見て僕は嫌なことを想像してしまった。本当に相手の能力まで麻痺させられるなら、勝てるヒーローはいるのだろうか。


「あいつらを逃すな」


 そう言って銃を向けてくる警察が僕たちに追いついた。ちょっと、待ってください。僕は被害者、従わないと殺されそうだから一緒に逃げているだけなんです。助けて!


「うるさい!」


 ――チクッ


 ああ、警察の皆さんが……。まるでドミノのように、パタパタと地面に倒れていく。皆が眉間に皺を寄せ、苦しそうに喉を鳴らしている。あ、大丈夫だ。まだ生きている。ナリアは僕を引っ張る手を止めない。どうか生きていてください。


 警察もヒーローも、誰も彼女を止められない。やっぱり、彼女が負ける姿が思い浮かばない。このまま彼女に連れて行かれたら、僕は一体どうなってしまうのだろう。




 僕は彼女にいかにも廃棄されましたというような家へと連れてこられた。


「ナリアさんはここに住んでいるんですか?」

「今日はここで過ごす」


 家の中は意外とまだ綺麗に保たれている。怪人に殺される人が後をたたない世界において空き家は大量にある。そして、それが怪人の潜伏場所にもなっていた。


「ねえ? どうして君は私の麻痺が効かないの?」


 責めるというより好奇心なのだろう。彼女の瞳はその理由を知りたがっている。でも、それは僕にも分からない。生まれてこのかた病気をしたことが一度もない一般人でしかないんだから。正直に言うしかないのか……


「わかりません」


 ――チクッ


 なんだか、今までで一番痛い気がする。


「本気で麻痺させようとしたのになあ」


 え? 怖い。彼女は嬉しそうに何か怪人みたいな恐ろしいことを呟いている。いや、彼女は怪人だった。


「君の力は麻痺の無効かな。ねえ、名前はなんていうの?」

「ソラ」


 僕は自分の自慢の名前を口にした。広い空のように温かく受け入れる。そんな優しいヒーローになりたかった。もし、僕がナリアの麻痺を無効化できるなら、僕しか彼女を倒すことができないかもしれない。

 ナリアは僕から目を離して、冷蔵庫から飲み物を出してラジオで音楽を流している。僕は彼女の後ろに置かれていた果物籠から果物ナイフを持って後ろに立つ。ここで倒せば、これ以上彼女のせいで苦しむ人はいなくなる。


 覚悟を決めてナイフの先を彼女へと向けたとき、流れていたバラード曲からニュースへと切り替わった。


『緊急速報です。最強格のヒーロー、アロー・ボーがパラライズとの戦闘の末に殉職致しました。ヒーロー協会と警察はパラライズを追うと共にパラライズと一緒にいた人物を重要参考人として追っています』


 僕は世間からは被害者ではなくなっていた。重要参考人、もう僕は彼女の仲間として見られてしまったんだ。


『この人物は麻痺がかけられた街で一人だけ影響を受けずに動いていた無能力者であるため、今まで単独と思われていたパラライズの共犯者である可能性が――』


 ナリアのせいで僕は犯罪者扱いされたんだ。一時的な怒りと憎悪を込めてナイフを彼女へと振り下ろす。


――チクッ


 手に生じた痛みに持っていたナイフを取り落としてしまう。カラン、カランという空虚な音だけが響いた。


「ソラ、どうしたの?」


 音楽が打ち切られて面白くなさそうにしていた彼女が僕を気遣う。僕は気づいた。ナイフを持って彼女に近づくとチクッとする痛みが走る。戦闘能力のない僕には彼女を倒せない。そんな力の差を感じさせられた。


「果物を食べようと思って……」

「じゃあ、私のも剥いて」


――チクッ


 彼女からナイフを受け取る。落とさないように痛がっているのに勘付かれないように僕は彼女へと微笑んだ。


「わかったよ」





 僕はナリアから家に帰してもらえることはなく、彼女と一緒に数日間を共にした。寝る時には一つの部屋に厳重に閉じ込められ、起きると彼女と一緒にただいるだけ。ヒーローになりたかったはずなのに、僕は一体何をしているんだろう。

 彼女に触れる時、痛いのを知られるのはいけない気がする。僕は耐え続けるのが苦痛だった。

 彼女に金属製のものを持って近づくとチクッとし、触れてもチクッとすることが分かった。今ではたまに彼女が触れてくる時以外はチクッとした痛みをくらうことは無い。


「買い物に行ってくるね」


 彼女がいないチャンスの時。でも、僕にはもう彼女から逃げ出す気力が失せていた。痛いのが嫌で部屋に篭っていた初日に部屋を壊して入ってきたナリア。鬼気迫る彼女が安心したように触れてきた時の強烈な感電したような刺激が忘れられない。


「僕が行ってくるよ。普通に買い物できないでしょ」

「……逃げない?」

「逃げない」

「本当?」

「本当」


 彼女は僕の首に小型の機械、GPSらしきものをつけられた。そこでようやく彼女に僕は外出を許してもらえた。僕は逃げないよ。僕が倒せないなら、ヒーローに倒してもらう。それしか僕にはできることがないから。

 どこで稼いだとも知れないお金を持って僕は最寄りのヒーローのいる街へと買い出しに出かける。模造紙を買って、ペンとテープを買って。


『SOS:パラライズに誘拐されています。助けて! 僕の位置は知られている。彼女の力について分かったことを話したい』


 そう書いた模造紙を体に貼り付けて彼女のリクエストが書かれたものを買いだしていく。そうして、二回目の買い出しでついにヒーローと接触することができた。


「君は確か重要参考人指定された人じゃないかな?」

「そうです。僕は彼女の麻痺の力を自身に対してだけ無効化できるので興味を持たれて誘拐されたんだと思います」

「それで? 彼女の力っていうのは?」


 コロコロとカートを転がしながら、ヒーローと話を進めていく。ナリアが能力を麻痺させることが可能かも知れないこと。1m以内に金属製のものが近づくと彼女の力が反応すること。他にも分かったことを報告していく。


「分かった。とりあえずは信じてみよう」


 そう言ってヒーローはカートを押して、レジから抜けていった。一週間が経って買い出しに二回したにも関わらず、ヒーローが僕を助けに来てくれることはなかった。


◇ ◇(side:ヒーロー)


「おい、その話は信憑性があるんだろうな? 騙されてねえのか?」


 情報を持ってきた新人ヒーローに対して、野生味のある巨漢のヒーロー、ガンケン(頑拳)が彼に対して真偽を問う。


「はい、俺たちが考察している力と類似しているので、全部嘘っていうわけではないと思われます」


 ソラから伝えられた情報はヒーロー間で共有され、パラライズの居場所も突き止められていた。彼らが動けないのはただ一つ、情報が確かなら突入しても勝てないから。

 敵にアロー・ボーの封印能力に電気の力が合わさっている。そんな化け物は誰も相手にしたくない。能力の麻痺が彼らの突撃する意思を削いでいた。もし、アロー・ボーと同じならば、パラライズ死後も力が麻痺したままでヒーローとして戦えなくなってしまうかも知れない。


 アロー・ボー殉職後に力を取り戻した悪人による治安の乱れが起こらなかったことで判明した封印能力の永続性。パラライズの攻撃を受けることがヒーロー人生の終わりへと繋がってしまう。


「パラライズのやつ無敵かよ。ゴムで電気を遮断しようとしたヒーローも意味がなかったのに」


 ガンケンはしみじみとこの場に集まるヒーローの思いを代弁するように嘆いた。そのヒーロー、ゴムマンのおかげで彼女が麻痺という能力があることを知れたのだが、そのことは何の気休めにもならない。


「だが、相手の能力を麻痺させる力はかも知れない程度なんだろ?」

「じゃあ、お前。そのかも知れないが外れていることに賭けられるか?」


 上位ヒーローの中でも若い正義感の強いヒーローが躊躇するヒーローを見て楽観的な意見を述べる。しかし、ガンケンにその勇気があるのか聞かれて黙ってしまう。上位ヒーローたちの話し合いは一週間近く続いた。

 誰でもいいから討伐に行ってくれ、そういう空気で一致したその時を狙ったように一人のヒーローがパラライズ討伐を宣言した。


「私がパラライズを討ってみせましょう」


 宣言したのは俊足のヒーロー、クイック。誰もが彼女を見て理解した。負けそうになったら、こいつ逃げるなと。ただ、誰もそのことを指摘するヒーローはいなかった。


 クイックの言葉で終わった会議を終えて、私は訓練場へと足を運ぶ。ナリアの1m以内に近づくのは危険だ。なら、簡単。近づかなければいい。私は新人ヒーローたちがナリアの相手をしている隙をついて彼女にナイフを投げれば、私の勝ち。


「凶悪な怪人パラライズの弱点から潜伏場所まで丸裸にした。私とともに栄誉を得ようとするものはついて来い」


 会議に参加している上位ヒーローも常に参加しているわけではない。怪人との戦闘やパトロールで抜けることはある。せっかく、会議に怪人との戦いで硬派なヒーローが参加できない時に名乗りをあげたんだ。止められる前に早く行かないと。


 参加するヒーローは簡単に集まった。その中からヒーローを厳選する。私が勝てる場面を有効的に作ってもらわないと。粘液のヒーロー、ネバー。頑丈さが売りのヒーロー、タングスト。集団隠密をかけるヒーロー、ハイド。そして、遠くから一気にネバーに動きを止められたところを仕留める私だ。

 タングストは正直、役に立たないと思う。でも、彼の巨体は新人のネバーの心に余裕を持たせてくれると思う。この作戦の要はネバー、君だよ。


「俺にそんな重要な役割って大丈夫ですかね?」

「大丈夫、大丈夫。捕獲任務についたことがあるんでしょ。今回は一時的に動きを封じてくれるだけでいいから」

「俺もお前のことを守ってやるよ」


 うんうん。流石、タングスト。君は彼の精神を強く持たせてやるだけでいいからね。まあ、失敗しても上位ヒーローの私とハイドは逃げるけどね。上位ヒーロー死亡なんて記事は世間的によろしくないし。


 住んでいる場所が変わったことが諜報員から知らされた。でも、問題なし。大きい木が近くにある場所になったおかげで逆にやりやすいかも。襲撃のタイミングはソラという情報提供者が買い物から戻るタイミング。ソラを迎え入れた瞬間を討つ。


 数秒で向かえる500m先から私はシノブたちのことを双眼鏡で見守る。扉が開き、ナリアが姿を現した瞬間、ゴム防具を身に纏ったネバーが粘液弾を命中させる姿が見える。そのまま、タングストがゴムの槌で頭を叩こうとする。


「よくやった。ネバー」


 これが、失敗しようと関係ない。1m以上先から私がナイフでトドメを刺せば――


 次の瞬間、世界が白く染まった。体が動かない。何もできない。私は血まみれで血に伏せていた。


「嘘だ、嘘つけ。射程1mなんて嘘じゃないか」


 どうして近づいていたとはいえ、50mもまだ距離のある私が麻痺しているの? 急に動かなくなった体は地面に衝突してボロボロ。ハイドも木から落ちて、首がおかしな方に曲がっていた。彼女は失念していた。射程1mは金属を持って近づいた時の無意識による能力行使であると。

 彼女は以前から街の大半の人々を麻痺させることが可能ということを忘れていた。射程が1mのはずがなかった。


◇ ◇ side:ソラ


 ヒーローにナリアのことを伝えた。でも、助けに来てくれる気配がない。もう僕は彼女の共犯者として定着しつつある。顔を隠さないと満足に買い物もできない。


「ナリア、帰ってきたよ」

「おかえり」


 もうこの関係にも慣れてきた。彼女の近くでは金属製品を使えないけど、それがどうしたという話である。帰ったら、最近新しく買ったペーパーナイフで料理を作ってやろう。そう思っていた僕らの間に無粋な闖入者が現れた。


「粘液弾!」


 黒い塊に包まれた人が同じく黒い何かに包まれた大男の後ろから何か丸いものを投げてきた。それを手で払ったナリアに液状の何かがかかる。そんな彼女へと大男が大きな黒い槌を振り下ろした。

 この状況は僕が望んだものであったはずだ。なのに、素直に喜べない。彼女はかかった液体がへばり付いて手を粘着弾を払った状態から動けずにいる。その顔には恐怖が浮かんでいた。


 恐怖した目が助けを求めるように僕を見る。その瞬間、彼女の瞳は悲しみ・憎悪。なんとも形容し難い感情が宿る。何か不味い気がする。


――バチッバチッ


「ギャーー!!」


 突如として降りかかる雷に打たれたかのような痛み。気絶したくてもどうしてか僕の体は意識を保ち続けた。ええ、どうして?


「ねえ、ソラ? 私のことを裏切っていないよね。勘違いだよね?」

「ハア、ハア」


 裏切り? どうして彼女がそう思った? 僕は確かにヒーローに密告はしたけど、ヒーローたちは動いてくれなかったはずなのに。まさか――


――ドサッ


 ああ、彼女は知っている。首がおかしい方向に向いているけど、諜報で有名なヒーローハイドさんだ。そうか。今更、来たのか。


「ぼ、僕が裏切るなんてできるはずがないでしょ? 僕はナリアの親友なんだよ?」


 過ごしているうちに僕は彼女が友を求めているのではと仮説を立てた。だから、聞いている曲も友達に関するものが多くて、彼女の寝室には人形が置かれているんだ。


「次、裏切ったら許さないよ」


――チクッ


 ゆっくり、ゆっくりと粘液から抜け出した彼女は僕の手にナイフを握らせてそう言った。ああ、僕にヒーローを殺させるつもりなんですね。彼女の指は巨漢の大男へと向けられていた。確かに彼だけが襲ってきた3人の中で生きている。


(ごめん)


 心の中で許されないと分かりつつも謝ってその胸へとナイフを突き立てた。抵抗するような反発からズプリとナイフが沈んでいく。


「僕がナリアを裏切ることはないよ」


 吐き気を抑えながら、頑張って彼女へと答えてみせた。僕のどこが広い心を持つヒーローなんだろう。ソラという名前が泣いている気がする。いや、ソラは空っぽって意味だったのかも。今の僕には悪である彼女が空っぽを埋めている。


 僕たちは気づけなかった。襲撃者は三人じゃなくて、四人であったと。クイックはソラとナリアが家に入ったのを見て、這うようにして麻痺が解けた後に街へと向かった。


「伝えないと。ソラは嘘をつきやがった。パラライズの射程は50m以上じゃないか」


 ヒーローたちは初めて怪我まみれになった彼女の報告を受けて、驚き恐怖することになる。超一流の逃げのヒーローが死にかけたと。そして彼らは知った。ナリアに能力を麻痺させる力はないこと。麻痺攻撃の有効範囲は想定以上に広いこと。そして、何より重要なのはソラがタングストを殺し、パラライズの共犯者であったという情報だった。


◇ ◇ side:ナリア


 少し気が動転しすぎたかもしれない。ソラの後ろから偽善者ヒーローが現れたからって裏切ったって早とちりしちゃった。嫌われていないかな? 大丈夫かな?


「ねえ、ソラ。ごめんね、言い過ぎた。ソラだって驚いていたのに」

「ナリアが僕が裏切っていないって分かってくれたなら、大丈夫だよ」


 うん、分かってる。ソラは裏切っていないもんね。黒いゴムの槌を振ってきた怖い人を倒してくれたもん。でもね。私、分からないの。どうしてソラは私が触れると堪えるような顔をするの?


「私のこと嫌い?」

「嫌うはずがないでしょ」


 分からない。分からないけど。


「言えるようになったら、教えてね」


 ソラは曖昧に頷いてトイレへと向かった。この日から、ソラが私に優しくなった。そんな気がする。


◇ ◇ side:ソラ


 あれから5年の月日が経った。ナリアと会った当時、15歳だった僕は20歳にナリアは23歳になった。人を殺して後戻りできない。そう覚悟を決めたつもりでも僕は何度も隠れて吐いたし、何度も夜中に目が覚めた。

 ナリアに嫌われないように尽くし続けた。嫌われたら、最後僕はきっと彼女に殺されてしまうから。なんで生きたいのかは聞かないで欲しい。それは僕でも分からない。


 ああ、一ついい事があった。彼女に触られてもチクッてくることがなくなったんだ。その後に彼女が急に体調を崩したから大変だったけど。治癒のヒーロー、ケアの万能薬を盗んで飲ましてあげた。これが僕の意思で行った初めての犯罪かな。どうしてあんなことをしてしまったのか僕にも分からない。

 ナリアは意外と病弱だったのかもしれない。毎年二回は病気にかかるか食あたりを起こす。僕は一度もならないのに。


「なあ、どうして人を麻痺させていたんだ?」

「私は麻痺させていない。力が勝手に近くの人を麻痺させるの。だから、私は殺していないよ」


 誰もナリアが殺したなんて言っていないのに。


「ああ、自分の意思で殺していないよな。勝手に死んでしまったんだもんな」


 僕は彼女の態度を見て自分が助かるために自分の意思で殺してしまったけど。頷く彼女は死んだ人の命の重みに耐えられなかったんだと思う。最近は僕は彼女と寝るようになった。抱き枕のように扱われる日々。年頃の男女なのに甘さがない。


「たまに、飛び起きているよね」


 だそうだ。守ってくれるんだと。


 住む場所は相変わらず、転々としている。まさか僕のせいで定住できないとは驚いた。四年もすると買い出しに出る度にヒーローから襲われる僕よりも四年間、買い出しを任せて世間から消えた彼女の方がヒーローに気づかれないらしい。

 僕がヒーローに追われて帰るのが遅くなった時、彼女が迎えにきたことでその事が判明した。彼女は街で比較的自由に買い物に行けるようになった。


 そして、僕は今、ナリアのために五周年記念のプレゼントを選びにきている。顔を見せることのできない不審者は裏で買い物をするしかない。


「ちょっと、そこの君。顔を見せてくれないか?」

「クソッ」


 その日は、運悪くパトロール中のヒーローに見つかった。


◇ ◇ side:ナリア


 ソラは今日、私との出会いが五周年になっていることに気づいているのかな? 街で人気のケーキ屋さんに『友情五周年』と書かれたプレートの乗ったケーキを作ってもらった。

 誰も私に近づいても一年くらい前から倒れることが無くなった。気持ちが落ち着いているからかな? 私の力は心が痛むと心の叫びのように強くなっていた。このまま、力がなくなればいいのに。


 アパートでソラの帰りを待つ。いつ帰るのかな? そう考えるだけで私はとっても幸せ。五年前につけた発信器も外してあげてもいいかもしれない。でも今は少しだけ……どこにいるの?

 白い点が右へ左へと動き回っている。大変、ソラが襲われちゃっている。早く行かないと私が救うの。


 多くの人が行き交う繁華街、そこでソラの反応が止まっている。そこにいたのはボコボコに殴られて痛々しい彼の姿と顔を擦りむいた跡のある女性ヒーロー、他にも武器を持った複数人のヒーローが私のソラを取り囲んでいる。


「ソラに何をしているの!」

「お前、こいつの関係者か?」

「そうよ。彼は私の親友よ」


 野次馬を抑えていた一人のヒーローに親友だから離してくれと伝える。だというのに、あろうことか私の言葉を聞いてソラを囲んでいた一人ヒーローが私を取り押さえてきた。


「ふざけないでよ! 親友に会いにきたのに、どうしてなのよ」


 ヒーローたちの間に動揺が走る。こいつはソラが悪人だということを本当に知らないのではないか? そう感じて、手を緩めようとした時、一部始終を腕を組んで見守っていた女性が大声をあげた。


「お前! 思い出したぞ! 雰囲気は変わっているが、お前は私の顔を傷つけてくれたパラライズだな」

「知らない。誰よ。私はパラライズなんかじゃない。ナリアよ」

「いや、誤魔化されないよ。私はあの日、お前に殺されかけたクイック。覚えているでしょ」


 急いで臨戦体制を整えるヒーロー陣。ただ、彼女らが思うような力はナリアには残されていなかった。ナリアは力を振るおうとする。しかし、発動しない。静電気を発生させようとしても無駄だった。


「ねえ、どうしてなの? ソラを助けないといけないのよ。力を貸しなさいよ。ねえ、どうして必要な時には貸さないのに私から日常を奪うのよ」


 もはや、誰に言っているのかユリアの言葉はめちゃくちゃであった。その様子を見て、ソラは薄く笑った。自分はない力に怯えていたのかと。

 パラライズとソラ。凶悪とされた二人は呆気なくヒーローへと捕まった。牢に入れられる前に調べる能力検査では、ソラの力は状態異常無効。パラライズは静電気に麻痺の性質を纏わせるものであった。そして、彼女の力はアロー・ボーの封印の力によってしっかりと封印されていた。


 ソラのナリアへの献身が彼女の精神の摩耗から回復させ、それに比例するように彼女の力は落ちていった。麻痺していたアロー・ボーの封印する力が再び力を取り戻すほどに。

 彼女は力を手にした時に願った”普通の人間”へと戻ることができた。ただ、彼女は満足できない。ソラと自分は死刑を宣告されたから。


「ソラとナリアは死刑とする」

「ねえ、ソラを私は脅していたの。たくさん人を殺した事実で脅したの。だから、だからソラは悪くないから。私だけが悪いから……ソラを殺さないで」end.


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