不死性たるや
新銀駅の倉庫部屋に流布は再度訪れていた。全面液晶タイプの通信機器を耳に当て、ホワイトノイズが向こうから聞こえたとき彼の表情には安堵が見える。
「悪いなこんな時間に」
『我々に時間も何もないだろう、精々体がだるくなるだけで。一体何があった、依頼に問題が起こったのか』
「いや先生。依頼自体はそれこそ楽々と終わった。もうスーツケースは輸送手配したしな。問題は行き掛けに拾った同胞のことで――
コンクリート床に寝そべるポレンをちらと見て、先ほどの戦闘で何が起こったのか語る。
――有り得ない』
話し終えるまで黙っていた電話相手の第一声。
『だがあなたが嘘をついてるとも思えない』
ほっと安心で息を吐く音。電話口からはぷつぷつと考え込むような独り言が聞こえた。
『私と同じ小麦か……当人に意識がないなら恐らく相乗り……死んでも蘇るなんてあって良いのか……』
「先生はどう思う、正直俺じゃ判断つかねーんだよ」
『駄目だろう』
即答。
『今まで拒絶派が成り立っていたのは植物が倒せた存在だから。それが彼女は首を斬ったとて死なない、リキャストタイムはあるかもしれないがそれでも十分な脅威だ。常識が成り立たない存在、ゲームクラッシャー。今後ポレン少女を巡って戦争が起こるぞ……それは我々共存派としても看過できない』
流布は頭を搔いて、苦い顔をした。
相乗りや島食いは不老であるものの、殺されない訳ではない。現に流布の左手と腹部の傷はまだ癒えず、腐った果実のように皮膚が皺を寄せ、血が黒く固まるだけである。
しかし中臣に致命的な攻撃を受けたはずのポレンには傷跡すら無い。
ルールの埒外の少女。
たかだか一人の自称人間を巡って再び世界が滅んでもおかしくない。
流布が慕う先生の言う『看過できない』とは問題になる前に殺せ、という意味に他ならなかった。
『だが殺せない相手を排除せよというのも難しい、あなたの口ぶりだと助ける気満々らしいしな。ひとまず彼女を連れて本拠地まで戻りなさい、今のところ匿うのが最適解らしい』
「悪いな先生、迷惑かけて」
『なに私とあなたの仲だ。今更世界の危機の一つや二つ抱えるなんて、なんてことない』
再度礼を言って通話を切る。彼の声のトーンは明るくなって、不満げにカグヤは唸った。
『マリーになんでそんなデレデレするの?私という美少女がいるのに!!』
「植物に性別なんてないだろ」
『あー!一番言っちゃいけないこと言った!流布が地雷を踏み抜いた!!もーいいよ、君と二度と口聞かないから!!』
「わ、悪かったよ。不注意だった、気を付けるから機嫌直してくれ」
傍から見れば、誰もいないのに話し続ける奇妙な人間に映る。
「ひっ」と短い悲鳴が聞こえた。ポレンは上半身を起こし、かけられていた毛布を震える手で首元まで隠すように握る。じわり後ずさりをしながら、見たこともない暗い景色のせいか顔色が悪い。まるで『敵対種族に誘拐された民間人』のような振る舞い。
『後で説教するから』
「はい……」
空気を読んだ鋭い声、申し訳なさそうに流布は目を伏せた。
一歩近づく。その分声を押し殺しポレンは距離を取った。溜息をつく前に、しゃがんで目線を合わせてみる。彼女は動揺で大きく目を泳がせて、決して通じることはない。
「今日あったこと、覚えてるか」
「…………」
「お前はハビサイド行の列車に乗り、島食いに襲われ、俺を技師と見間違えた。本物の技師、中臣とか言ったか、そいつと俺たちの戦闘を見た。そして俺を嫌った」
「ここまでは合ってるな」彼にしては丸い言葉の調子、けれどポレンは無言のまま。
「ここからは推測だ。お前は列車が破壊されたにも関わらず試験に間に合った。だが結果は散々。あの程度の島食いも刈れないようじゃ箸にも棒にも掛からんだろ」
びくりとポレンの肩が震えた。呼吸はじわじわと荒くなる。
「試験が終わり、お前は中臣に刈られた。首を草刈り鎌でばっさり斬られて即死。違うか?」
肩の震え、手の震えは全身に行き渡り、吸う息はずっと浅い。
「俺はお前の味方だ」その言葉を聞くより先に、彼女の目に大きな涙が溜まった。
「わああああああああああああああああああ!!」
情けない声色で脇目も振らない叫びを上げ、立ち上がるや否や一つしかない出入口に向かって愚直に走り出した。流布は手を叩き、カグヤに、白髪に代わった。竹筒を生やす文言を唱えポレンの行く手を阻む。
竹筒の壁、衰弱した彼女は止まることすらできず激突し、「ぐっう……」と泣き声を漏らす。その場にへたり込み、顔を伏せる。
竹の下駄を鳴らしてカグヤはポレンに近づき、丁度彼女が足元に転がっているほど接近し、見下げた。
「私はここを開いてやってもいいと思ってる。マリーはこの世界を憂いて、損得勘定で君を助けようとしてるみたいだけどね。『親愛なる隣植物』を座右の銘として掲げてる私としては、君がしたいことをすればいいかなって」
『おいカグヤなにを言って!』白髪の姫は相棒の言葉を無視する。
「単刀直入に言うね。君は相乗りだ、私たちと同じ植物を宿す故人。覚えはないかな?なくてもいいよ。ただの相乗りならここまで引き留めないんだけど君は特別なんだ。ポレンちゃん、君は死ぬことができない。植物は不老だけど、殺すことはできる。けど困ったことに君は殺すことすらできない。それが何を意味するか分かる?摂理の崩壊、簡単に言うとゲームバランスの崩壊だね」
何気ない雑談のように、朗々と語る。
「君は最強の兵器であり、最強の戦士だ。人の手に渡れば六分割どころじゃない分け方をされて、兵器が量産される。植物の枝に渡れば戦う意思のない君は誰かに食われ、不老不死の戦士を生み出すことになるだろう。どちらにせよ君は死ぬ。このままハビサイドに集結した英雄的技師たちに頼ってもいいよ、すぐ今晩のように殺されるだろうけど」
左手の人差し指中指を下げる。壁となり行く手を阻んだ複数の竹筒を戻し、割れたコンクリート床のまま通路を開いた。
「選択は二つに一つ。私の手を取るか、このまま逃げ出すか。私たちについてくるなら身の安全くらいは保障するよ」
ポレンはゆっくりと立ち上がり、じっと目の前の暗い通路を見つめた。
数秒。踵を返し、彼女はカグヤと目を合わせる。目と鼻の先にポレンの泣き顔があった。
青く海のように揺れる瞳は真っ直ぐに、薄い胸を張りしゃんとしていた。
額には竹筒にぶつけて赤く傷が入っていた。泣き腫らした目元も赤く、まだたまにヒグと嗚咽を漏らす。
「おお、強い強い。さすが私たちの同胞だ。歓迎するよ」
ぶっきらぼうに差し出した右手を笑って深く握った。
「私はまだあなたたちのことが嫌いです、大嫌いです。植物なんて無くなってほしいと思っています。でも死ぬのは嫌だ、夢を叶えられず、朽ち果てるのだけは考えられない。だからあなたたちを利用します、今はそれ以外の選択肢しかないだけでいつか敵対します。これは宣戦布告です、それでもいいなら助けてください」
カグヤは興味深いと口角を上げて拍手する。
「強気だな。やっぱここで殺した方がいいんじゃねーの?」
「ひっ」
『こら!せっかく成立した交渉をパーにする気!?』
手を叩いたせいで流布が表に現れ、ポレンは右手を引っ込め、目には涙を浮かべた。
「そ、それ気持ち悪いからどうにからならないんですか」
「てめーもその気持ち悪い相乗りなんだがな……仕方ねー分かれるか」
一度カグヤに戻ってから「『こんな貝、落ちてしまおう』」と告げ、二人はカグヤと流布の作り出した体に人格を分ける。
白コートを脱いだ流布と、それを受け取り着るカグヤ。互いの左右の袖口には細い竹の管が見え、繋がっていることを意味していた。
「三人で二人しか連絡が取れねーってのも不便だしな。こいつを送るまではこれで行くか」
「長時間この状態になることなんて今まであったっけ?死なないといいけど」
「縁起でもねーこと言うな」
鋭い目で睨む流布と楽観し肩を竦めるカグヤ、一人が二人に増えた姿を見てポレンは若干血の気を引かせる。気味悪そうに口をへの字に曲げていた。
ダンダンダン!
長く暗い通路から一つの足音がこちらに向かっている。ポレンはへっぴり腰で視線をすぐに向け、二人は呑気にまだ話している。荒い息遣い、薄暗い中光る一つの暖色はまるで化物の目のようで、いらぬ連想ゲームが止められず彼女は足を竦ませた。
「旦那ァ!大変です!もう入口に犬共が!!」
激しく揺れるカンテラ、暗闇にいたのは化物などではなくスーツ姿の老人だった。新銀駅を取り仕切る彼は膝に手をつき咳き込んだ。
カグヤは心配そうに背中をさすり、恐縮だと老人はその手を止めさせる。
「他の若い衆に任せたいいものを、なんでてめーがやるかね」
「儂は少しでも旦那たちの役に立ちたいんでさあ。第一若いもんはみなさんに面子潰されたって馬鹿な勘違いしてる奴も多くてですね、」
「理由は分かった。これ以上この町の人たちに迷惑かけるわけにはいかないし、そろそろ出てくよ。裏口の一つくらいあるでしょ?」
「もう手配してます、さあこちらへ!」
足を大きく振り上げ、奇妙だが若々しい足取りでまた薄暗い通路へ消えてゆく。
「どこ経由して拠点に戻る?」
「『瓶詰の王冠』だな、そろそろこっちに近づく時期だろ」
「りょーかい!」
すぐに追いかけるカグヤ。続いて自分の歩幅で着いて行く流布と――
「ぼさっとしてんな、行くぞ」
「い、いまちょうど行こうとしてたんです!」
むすっとしたポレンは流布の伸ばした手を無視して通り過ぎる。
伸ばした手はそのまま自分の頭に置いて、苛立ちを隠した。
「こんな調子で上手く行くんかねえ」