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呻吟行き

 白黒灰大小さまざまな大きさの建物が複雑に立ち並び、中心には大きな黒く太い塔が聳える街、ハビサイド。

機械的で無機質な四角い箱ばかりだが、まるで無計画に建てられたようにごちゃついている。ただ看板や装飾の為の凹凸がないのも確かなので、大きくは雑多で、目を凝らすと味気ない。

 目立つ緑髪と学生蘭服、周囲の奇異の目を無視しながら、ある路地裏の前に立つ。

 隣には黒いスーツ、伐採技師の姿をした顔の見えない男がいた。

「この奥を右に曲がると目的地が見える。私が案内できるのはここまでだ」

「りょーかい」

 目線を合わせないまま流布は小さく呟き、案内人かつ内通者の彼に別れを告げ、足を踏み入れる。

 植物が育たぬよう、とにかく土や生ごみ、腐るものが排除されたその道は清掃が行き届いていた。人が二人通れるかどうかの道を十数メートル進み、三叉路に行きつくと右へ曲がる。

 そこには階段があった。舗装された綺麗な黒のアスファルトの道が断絶され、石屑が押し固められたような四角い段差がずっと地下へと伸びる。ひび割れたコンクリートの壁、黒い染みが目立つ天井には何年も前に切れた蛍光灯がぶら下がっていた。

錆びついた看板が地面に突き刺さる鉄パイプに括られている。


『この先、新銀駅』。


二十段ほどの幅の広い階段が続き、通路が見えた。横に薄く掘られた溝には街が躍起になって排除し続けた砂利や土が蔓延り、苔むしている。保存状態の悪い何か所にも付けられた案内らしい塗装はほとんど剥げ、代わりに誰かが書いた落書きや注意書きで埋め尽くされている。

 落書き横目に更に進むとまた階段が見え、奥へ潜ると――町が現れる。

ガラクタを寄せ集めた仕切りを建物に見立て、各々の陣地を主張する、貧相な街。旧世界の駅を利用した広大な地下世界は見た目の割に人々が行き交い、活気があった。

町を裂くような太い木の根が何本も見え、しぶとく育った広葉樹が青い葉を散らす。

ガラクタの前には提灯やカンテラが提げられ灯りを確保しているが、大部分の光源を担うのは天井の光る苔だった。強烈な、それこそ蛍光灯のような光を放つ植物は旧世界では考えられない進化を遂げていた。

赤錆と白い苔、たまに聞こえる喧嘩の声。この三つが新銀駅の名物である。

「ここ本当にスラム街か?えらい賑わいだなー」

『闇市みたいな感じかね、上とはかなり雰囲気が違う』

 メモ帳を開き、依頼内容の確認。この町に拠点を置くガーデンという組織が具体的に何をしているのか、どこに拠点を置いているのか、深入りは危険と判断したのか詳細な情報は何もない。

「まずは聞き込みかー……」

 煩わしい仕事が増えたと溜息をつき「おっすまんね」襤褸切れを身に纏う髭面の男とぶつかる。間髪入れず流布はコートのポケットに手を入れた。

「ふむ、財布がない」

『スられたねえ。相手に気付かれない見事な手つきだ』

「弱ったな、遠出だと思って大きい金額入れてきたのに」

『こんな街中で野宿かあ。嫌だねえ、目立つねえ』

 流布は振り返ると人混みの中、握り込んだ竹刀を襤褸切れの男めがけて、指先で柄を押し投げた。

「ガハァッ!」

 スコーン!と良い音がして男は前のめりに倒れる。周囲の人々は男から少し離れるが、特段気にした様子もなく普通に歩き始めた。

「安心しろ、なまくらにしたから」

 意識が朦朧としている男の服をまさぐって、自分の財布を取り返す。

「だ、誰だお前」

「俺は種田流布(たねだ るふ)。てめーに財布盗まれたから早速取り返した次第だ」

「……よそ者が。俺に手ぇ出したこと後悔するんだな」

「スリで稼ぐ小物に後悔する余地なんぞあるかよ」

 「何も知らないんだな」男はくつくつと不敵に笑い、後頭部を押さえながら、よろよろと立ち上がる。

「俺みたいな小物でも、この町は仲間だと認めてくださる。新銀駅は流れ者の町、人間側にも植物側にも付けなかった憐れな連中が集う場所だ」

 男は後ずさりしながら人混みに消えた。人混み、薄汚い格好をした住民の視線は誰もこちらへ向いていた。どこかでカチリと銃のハンマーが上がる音がした。続けて自動小銃のリロードの音、鞘から刀身を抜く音……武器を構え、臨戦態勢に入るための殺しの音が多々続けに聞こえる。

「仲間がやられて、黙ってみてられる奴はここに一人もいやしねえ。ガーデンの恐ろしさ見せつけてやる」

 流布を取り囲む人々の輪は鼓舞するように大きく声を上げた。

 対照的に流布はポンと手を打つ。

「つまり、ガーデンの詳細な情報は初めから貰ってたわけだ。この町が反社で構成されたスラム街、案内役が入りたがらないのも頷ける」

 二度右手を握って二本の竹刀を、双剣のように両手に持ち、笑う。

襤褸切れの男の笑みとはまるで違う、覇気ある表情、妥協も余念もないこれからどう叩き潰すか思案する顔。ホームラン予告のように右手に持つ竹刀を見せつけた。

「剪定開始だ!遺体の所在、教えて貰うぞ!」



 倉庫のような埃の目立つだだっ広い空間。駅を利用したものではなく、この町に住む人々が建てた、もとい掘ったらしいそれは剥き出しの支柱と薄い板材で構成される。

 鉄骨の見える半円の天井に苔はなく、壁掛けのランタンが暖色の光を確保する。

 薄暗くも人影がいくつも見えた。そのうちの一つ、黒の光沢感ある背広を着た老人はしわがれた声でほくそ笑む。

「ではよろしく頼むよ。上物だからね、失敗されては困る」

「もちろんです、相乗りの素材なんて腕が鳴ります」

 汚い白衣を纏い、下手な笑いを浮かべる男がそれに答えた。

 そばには大きめのスーツケースが置かれ、老人は慎重に男へ転がし渡す。

 かつかつと。

 物がほとんどないせいで声が響く空間に足音が聞こえた。それはここに辿り着くための一本道から、彼らはお互いに話し始める。「誰もここへ来るなと言ったはず」足音は徐々に近づく。老人は部下に銃火器を構えるよう告げ、白衣の男は後ろに下がった。

「あー迷った迷った。もとの駅が複雑怪奇なのに、新しく部屋造るんじゃねーよ」

 不機嫌な目つき、乱暴に一つ結んだ緑髪、流布の唐突な登場に全員が呆気にとられた。

 彼は光っていた。比喩ではなく真っ白な淡い光、火を燃やすよりもずっと明度が高い。

 ぽかんとした顔を見せる彼らに流布は慌てて説明を始める。

「竹だから光るんだよ!?聞いたことねーかそういう御伽噺!!暗い場所は流石に見えねーから光るようににしてんだよ!!」

『初対面で納得できる説明じゃないよそれ』

 恥ずかしそうに肩を落とし、カグヤがケラケラと笑っている。「技師か!?」一人が声を上げ、瞬間ざわめきが伝播し、老人は額に汗を滲ませつつ流布を指差し叫んだ。

「撃て!!」

 彼の否定を訊くより先に彼らは手に持つ銃を光の方向へと撃ち始める。フルオートで動くそれは激しい音と火花を立て、コンクリートの床、流布の体へ激しく打ち付けた。薬莢と硝煙の香り、実に一分の射撃。ほとんどのマガジンが切れ、床に落とす重い音がいくつも鳴った。

 息は荒い。この程度で伐採技師が倒れるとも思えなかったから、警戒を続けていた。

 白い光は失われた。埃とコンクリートの破片が立ち上がり、薄暗く視認性の悪い中、穴だらけの人影が見えた。

 わっと歓声が立つ。

 死体と思しきそれの腕はゆっくりと動く。左手、つまむ動作。彼らはリビングデッドのように動く彼に不意に押し黙り、再び銃を構える。

「『こんな皮衣、燃やしてしまおう』」

 女の子の声だった。

 無数の穴が開いているはずの彼に一瞬怯むが、老人の怒声に驚くように発砲を再度――ぼごぼごと地面から音が聞こえた。刹那、コンクリートを突き破り、文字通り破竹の勢いで伸びる竹は彼らの持つ銃口に絡みつき、折る。

「ひっ」

 誰かが上げた悲鳴。めきめきと自動小銃から嫌な音がする、セーフティは外しているのにトリガーを引いても銃弾が飛び出すことはない。竹のせいだ。そう判断する頃には遅い。

 竹が開けた小さな穴、笹のように細い線が立て続けに伸び、ガーデンの連中の足をぐるぐると縛り、体勢を崩しほとんどが冷たいコンクリートに体を打つ。

「痛くないけどさ!結構怖いからやめてよね!!」

 生きているはずのない人影、彼に空いた大小さまざまな穴はゆっくりと、ほぐれた繊維が復元するように戻ってゆき、少年くらいの身長だった影は丁度十センチほど伸びる。

 足には一節の竹を履き、十二単のように上着を着こなす、長い白髪の女の子。

「く、国の犬が盾突きおって、ただで帰れるとはまさか思っていまい!」

 体勢を崩し地に伏せる老人は叫ぶ。

「格好つかないね」

「やかましいっ!貴様の目的はなんだ!」

「君たちの取引品だよ。回収するよう依頼を受けたんだ。それに私たちは国の犬とやらじゃない、どちらかといえば……それの仲間?」

 指さした先にはスーツケース。丁度ばらばらにした人間が一人入りそうなそれを指差し、白衣の男は顔を青くして震え出す。

「どう『ただでは帰れない』のか知りたいね。表の連中はもう頼れないよ」

 カグヤは下駄のような音を鳴らしながら、大型鞄へと近づく。

ことり。一本の足を縛る竹が斬れて、コンクリートに音を響かせた。視線で追うが既にそこに人影はない。また視線を向き直したとき、刃が落ちてきた。逆手で剣を握り、脳天を狙うような一撃。

カグヤは不意に頭を逸らし、一歩退く。人影は紙一重の距離で地面へ着地し、人らしくない不自然な体勢のまま、ぎょろりと目線をカグヤと合わせる。刹那、足を狙う横薙ぎの刀身。

「ぐっ!」

 さらにもう一歩、バックステップで逃れようとするが――遅い。剣は左足すねを抵抗なくすり抜け、右足くるぶしを斬る。

大きく重心逸れ、よろけた。両足がカグヤから離れ、腰をコンクリートに打つ。

一歩前にはかつての自分の足が二つ転がり、綺麗な切断面からはどくどくと鮮血が流れた。赤い水溜まり。間髪入れず男はブーツ裏を血塗らせて、飛び跳ね逆手のまま心臓を狙う――「『こんな枝返してしまおう』!」カグヤは焦りを見せ叫ぶ。

太い竹の束、直径一メートルはある数十本の竹が縛られるでもなく収束した青い筒が二本、倒れるカグヤの双方から突出した。それは直線に男の方向へ。

空中、完全な攻撃態勢。無防備な男が剣で防ぐより先に当たった。

ゴン!と人体が潰されるような鈍い音。二本の竹筒は交差し、倉庫内の両端へと突き刺さった。土埃を上げ、ぶつかった壁は剥げる。

竹筒の交差点、男は剣を挟み立っている。

本来男の頭と胴を揺らすはずだった竹筒は軌道を逸らされてしまった。

右腕が青く腫れ、血を流している。腰を落とし、床には靴が焼けた跡。剣に傷はなく、深々と二束の竹筒に切れ込みを入れている。

男は順手で剣を持ち、引く。重なった二本の竹筒は斬り落とされて、埃が舞った。

未だ解けない緊張を無遠慮に破ったのは老人の勝利を確信した高笑いだった。

「どうただでは帰れないのか知りたい、と言ったか。ならば教えよう、ガーデン屈指の剣士!そしてガーデン屈指の鍛冶師の業物を!」

 カグヤは邪魔されたと眉をひそめる。

 紫煙のような灰色の刀身を持つ剣、両刃のそれは暖色の光を浴びてぬらぬらと赤い血を落とした。

「お前は相乗りだろう。植物の力を用いて植物を刈る、当然の基本原則だ。銃器ではダメージすら与えられないが、植物の剣なら回復も遅い」

 カグヤの切り裂かれた両足。弾にいくら貫かれようと血一滴流さなかった肉体は、血溜まりを生むだけのダメージが与えられていた。

 彼女は尻もちをついたまま立とうとしない。

「弱ったな。白兵戦は私下手なんだよね、けど足がないままマスターに返すのも忍びない」

「化物め、よく両足が斬られて平静を保てるな」

「いや痛いよ?こればかりは年の功だ。君も年を取れば我慢できるようになるだろう、長生きしなさいね」

 老人は禿頭に血管を浮かせ、「早く殺せ!」と剣士に八つ当たりした。

 怪我をした右腕をだらんと垂らしたまま左手で逆さに握る。剣士の目は据わっている。一言を離さず、呼吸の音すら残さず――肉薄。

剣は再び心臓を狙い、貫かんとする。カグヤは竹毬を呼び出す文言を唱え、目の鼻の先にいる剣士を竹毬で捕えようと。

「……!」

体を折り曲げ、翻す。まるで人の動きではない、背骨と腰回りの可動域以上の動きを見せ、食らうように合わせ包んだ竹毬の前に立つ。

ぎっちり合わさった球体を一閃縦に打ち払い、中臣に斬れなかったそれは鮮やかな切り口で割れてしまう。竹毬が薄く開き、剣士は中身を見ずに前へ進もうとした。

彼の進む脚は止まる。半端に開いた竹毬、薄い暗がりに踏み込んだ足は全く動かない。まるで誰かに握られているような。

「『こんな貝、落ちてしまおう』」

 咄嗟に剣を竹毬の中に突く、より先にぬらと人の腕が飛び出して手首を握った。強い力で逃れることは能わず、自由になった足を動かす思考は消えてしまっている。

 表情のない剣士がぶるりと震えた。彼の手首を持ち上げた腕はそのまま竹毬から全ての姿を現し、剣士の身体を壁へ投げた。

 高速。

 気付けば壁面のガレキをこぼし、磔刑の如く押し付け埋もれていた。剣士が肩を壁から抜こうとして、瞬間竹で全身を縛られる。最期まで握っていた灰色の剣はとうとう手から零れた。

「ふ、ふざけるな!そんなのアリか!!」

 老人は年甲斐もなく叫ぶ。視線は竹毬から出てきた人物へ。

「相乗りは一つの体に二つの心、その絶対法則が変わることなんて有り得るはずが!」

「有り得なくはねーよ、現に出来てるわけだし。生物は日々進化する。日進月歩を馬鹿みてーな時間続けたら分裂の一つくらい習得するぜ」

 学生蘭服を着る緑髪で目つきの悪い少年は老人の言葉をたわごとと笑い飛ばした。彼の少し奥にはやはり脚を斬られたカグヤが座っており、宿主たる流布は前線職らしく胸を張る。どうみても二人、この場には同一人物が存在した。

 理解できないと眉間に皺を寄せる老人にカグヤは補足する。

「私たちはまるきり分かれたわけじゃないよ、ほら」

 彼女は斬れたはずの左足を見せた。すねの中腹から切断されたそれは確かに再生はしてない、けれど代わりに肌ではない青い竹、茎のようなものが伸びている。

 無言で流布も左足を上げると同様にすねから下が茎になって、後ろへ伸びカグヤの足と繋がっていた。

「地下茎みたいなもんだね。相乗りの行動可能ラインのギリギリを攻めた能力だから二人共力は半減するし、この茎が千切れると死にかけるけど!」

 明るくけらけら笑いながら彼女は能力の正体を明かし、老人の表情は険しく、情けないものになる。

 全滅の惨劇、頼りにしていた剣士は行動不能になり、頼れるものはなにもない。

 ようやく理解した。自分が対峙していた化物の底の知れなさ、恐ろしさを。

 初めて老人は悲鳴を上げた。長ったらしい命乞いの果て、顔の穴という穴から水分を放出した。

「そ、そうだ!金ならある!儂の全財産をくれてやるからどうか命だけは!」

 流布は不機嫌に頭を掻き、歩き始める。向かう先は老人――の隣にあるスーツケース。

 野太い絶叫を上げ、彼が通り過ぎ手に取ったものを見て素っ頓狂な声を上げた。

「へ」

「俺たちの目的はこれだって最初から言ってたろ。第一、上の奴らもここにいる連中も一人として殺してねーよ」

 「命がどーとか軽々しく言うなよ」ぶつぶつ文句を言いながら、流布はスーツケースの鍵を流れ作業で破壊し開く。


 そこには瞼を閉じる生首があった。

茶色のショート、まつ毛が長く顔の青い少女。首はほっそりとしており当然生気なく、唇も青い。右手、右足、左手、左足、そして胴。緩衝材に白詰草が使われ、白い花の中枝折は死んでいる。それはまるで簡易な棺桶だった。美形な枝折衿の分割死体、無惨とは言い難いそれに息を呑み、「綺麗だ」と口をつく前に流布はチャックを締める。


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