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推し問答

 荒野での戦闘は終幕し、列車を囲う竹毬がランドマークのようにいくら離れても目立つ。

長い白髪の女の子、カグヤは少し幅の広い男性服を引きずらぬようつまみ持ち上げて走っていた。一歩一歩が広く力強い、まるで粘土を踏んでいるように足元には跡が残る。

「このくらい走れば見えないでしょ」

 立ち止まったカグヤは振り返り、大きな竹毬や周囲で脱線した列車、豆のように小さくなったそれらを眺める。

『そろそろ変わるか』

「おっ、気が利くねえ。私はもう走り疲れちゃったよ、やっぱり肉体労働は相棒に限る」

 右手と左手を合わせ、叩く。それはまるでハイタッチ、それかバトンタッチ。

 カグヤが後ろ髪をゴムで縛る。すると頭髪は緑に染まり、すっかり短くなった。

 柔らかかった表情は不機嫌に見え、目つきはずっと鋭く、オーバーサイズ気味だった服は適正に、萎んだ胸に触れ、前ボタンを締めた。

 身長を見栄で上げていた一節の竹から降り、流布は右肩を回す。

『これからどうする?向こうさんに私たちの存在は知られちゃったわけだけど』

「受けた依頼が依頼だからな。今からやめる選択はねーだろ」

『言うね』

「カグヤが島食いと戦うって言った時点で覚悟してたからな」

『うぐぐ、私の人類愛に免じてここは許してやって欲しい』

 「その愛に俺は入ってねーのか」呆れつつ、歩き始める。走ればあっという間に街に着けるだろうに、学生蘭服の胸元のポケットから一冊のメモ帳を開く。


 《遺体の奪還》

 ソウタ派剪定者の枝折衿(えだおり えり)が四月に落果地方にて殺害され、遺体は国家伐採技師に回収された。

ハビサイドへの輸送中、二度ゲリラ戦を試みるも奪還失敗。伐採技師の手に落ちたものと思われていたが、翌月内通者から保管されていた遺体を喪失したとの報告あり、調査の結果、反社会組織『ガーデン』が持ち去ったものと考えられる――


――同胞の亡骸が我々を刺す刃となるのは耐えがたく、此度は依頼を送らせていただいた。彼女の遺体を取り返して欲しい……植物の遺体ね。剪定者っつーことは相乗りか根無し、武器にすりゃさぞ強いだろーな」

『四肢と胴と頭、最低六分割で作られるよね。正規の手続き踏んで作ってる技師はともかく、反社ならそんな上等な素材とっくに武器にしてるんじゃない?』

「だから期限付きの依頼なんだろ。加工されてねーうちに奪還しろってこと」

 ノートの端、小さく書かれた日付を流布は指し、『あそっか』と呟く。期限は明日まで。

 人々は植物に対抗する手段をいくつも生み出した。草食動物や昆虫を改造し使役したり、強烈な除草剤を作り散布方法を開拓したり、植物を加工して相対する植物を刈る武器にしたり。

その一例が青薔薇の鎌、中臣の持つ武器である。植物を武器にする際、生存時の強さがそのまま武器の強さとなる。人工植物よりも島食いのような理性無き植物、相乗りはそれ以上に強いものになるのだ。

『にしても良くやるよねえ、このご時世に社会に仇成し、そして植物の味方でも無いとは。これから攻め入るのが勿体ないくらいの生きた化石だよ』

「人も植物も嫌いな奴だっているだろーよ。人好きな植物よか珍しくない」

『へへっよせやい』

「褒めてねえ」



 竹毬は頂点から自然と裂け、柑橘類の皮をむくように四方八方へ均一に地面に垂れ下がる。拘束が解け始めた瞬間、僅かに鎌を打ち付ける音がくぐもって聞こえ、止まった。

「舐めているのか」

 荒野に鎌を降ろし、額に浮き出る血管を鎮めるべく、煙草を咥えた。

 中臣とカグヤの実力差は明白だった。流布と確かに刃を交えたとも言えない、決着のつかないまま敗北を、それも殺されず捕縛するだけの結末。

 簡易なオイルライターを握力で凹ませそうになりながら、慎重に火をつける。

「そもそも傷付けるつもりがなかった?島食いはまだしも俺まで。これじゃまるで――」

 その続きの言葉は立場上胸にしまう。息を吐き、もくもくと口の中から紫煙が漏れる。指先に吸いかけの煙草を挟み、視線は巨大な竹毬へ自然と向かう。

 一度深呼吸。レザーの吸い殻入れに落とし、火を消すために軽く潰した。

「えー、そこの金髪の少女、怪我はないか?奴に何もされていないか」

 瓦礫に腰掛ける少女はきょろきょろと一度周囲を見回し『金髪の女の子』が他にいないことを確認し、表情を明るくした。

「ポレンです!ポレン・パレード、彼からは特に何も……あの伐採技師さんこそ、大丈夫ですか」

「俺?」中臣は少し驚いたような顔をして、首を振った。

「このくらいなんとも。それよりポレンさん、あの大きな球体がなにか分かるか」

「列車です」

 彼女は脱線した車両の三両目と四両目、やけに広く空いた空間を指差した。

「もう一両繋がっていたんですけど、島食いにあそこだけ千切られて、食べられそうになりました。それを彼が助けた、というかあの竹の中に閉じ込めて……」

 混乱しながら、言葉を選びながらポレンは話す。憧れた伐採技師だと思っていた人が植物だった、その行いこそ人寄りだが今までの偏見を捨てられず、つい行いの裏を探そうとしてしまう。

「あれは彼が乗っていた車両だから面倒だっただけかもしれません!けど、十何両あるうち、どうしてここだけ」

「島食いの習性のせいだ、あれは別の植物が好物だからな」

 中臣は小型の通信機器を取り出し、いくらか操作した後耳に当てる。繋がると現状報告を始める。被害の規模や伐採した島食いや逃した相乗りについて。

「あ。あと一日くらいで竹毬の拘束も解けるそうです」

 小声で通話中の彼にカグヤ聞いたことを素直に話す。横目でポレンの顔を見、軽く頷く。

会話の内容は被害者たちの救助から、竹毬をどうするのかにシフトした。

「はい。すみません、では頼みます。奢る……はい、また今度」

 二つ折りの通信機器を閉じて、視線をポレンへ向ける。

「ここは別の人が見てくれることになった。では我々は先に」

「え、いいんですか」

 周囲を見回す。列車が転がり、大きな切り株、隣には斬り落とされた幹がある。散々たる終幕の傷跡をこのままにすることへポレンは違和感を覚えた。けれど指摘する度胸はなく、信仰力が上回る。

「今日試験なのだろう?開始まで時間ないが、辿り着くあてはあるのか」

「ないです!お願いします!!」

 違和感は消え、憧れの伐採技師に送ってもらえることに感動する。目を輝かせ、頬には赤みが差した。今までの出来事をすべて忘れたように口をむにむにと動かし、大降りに頭を下げた。

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