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伐り採り線

 痛みにあえぎ、口を閉じられない島食い。

 青い一閃――化物の一つ目の瞳孔がきゅっと締まり、生気を失う。一筋の光は島食いの口の端から端まで、幹を真っ二つにして、切り株から上をずるりと地面に落とす。

 声も上げず島食いは絶命した。

 上部がゆっくりと荒野に転がり、突風に乗る土埃、たっぷりつけた黄色い扇葉を散らす。

 ポレンは最初流布の仕業だと思った。伐採技師にとって島食いの伐採は当たり前の仕事で、なんだったらこれまで生かしておいたことの方が不自然だったから。

 理解できない恐怖感を押し込めて、もはやただの木材となった島食いから目線を離し、流布を――「ひっ」悲鳴を小さく上げる。

 彼は怒っていた。

 吊り上がった目は平時から不機嫌のようだったが、今は明確な敵意と不快感を瞳に混ぜ、歯を剝き出しにしていた。

「島食いの通報があって来てみれば、思わぬ収穫だ。こうしてテロリストを未然に伐採できるのだから」

 土埃の中から、一つの影。男の声がした。

 空気は斬り払われて、彼を取り囲むモヤは霧散する。

 身長は百八十センチくらい、全身鍛え上げられた大男。短く刈り上げられた黒髪に、黒縁メガネをかけ、流布と同じくらい鋭い目つきをもつ。子供らしく見開かれた彼のものとは異なり、男は薄く開いている。眉間には皺が深く刻まれ、彼の苦労を映し出す。

 黒のスーツに深い青のネクタイ、高そうな革靴。

 皺一つなく着こなされたスーツはその肉体美のせいで盛り上がり、シルエットがそのまま筋肉を映し出す。

「ずいぶんとお早い到着じゃねーか、技師さんよ。てめーのお庭の管理くらいはきちっとやるってか?」

「今日は大切な試験日、面倒事を起こされると困るのだ。剪定者、貴様はここで刈られろ」

 「さすが技師様、話通じねー」皮肉気味に流布は睨み、右手から竹刀を生み出す。

 男と流布は睨み合い、先制攻撃の機会を窺い、もろい緊張が張り詰める。

「ち、ちょっと待ってください!!」

 その緊張は悲痛な叫び声で破られる。青ざめたポレンの言葉。

「テロリスト?……こ、この人は伐採技師じゃないんですか、じゃあ一体誰なんですか?」

 今にも泣きだすような声に流布は気まずそうに頭を掻くだけ、代わりに男が口を開いた。

「人類の敵、植物の奴隷、奴らに従属することで生き永らえた劣等民族。剪定者とは人類でありながら植物の味方をする連中のことだ」

「すげープロパガンダ。俺たちはてめえらと違って拒絶じゃなく、共存を選んだだけだ。騙されんなよポレン」

「……ばないで」

 ポレンは一歩退く。その足は震えていて、両腕の脇を閉じ、小さく胴の前に構える。

 それが何を意味しているのか理解し、流布の表情には失望が浮かぶ。

「わ、私の名前を呼ばないで……!嘘つきの剪定者なんて、嫌い」

 彼女の目にはたっぷりと涙が溢れ、声はひきつっている。最後の抵抗という風な態度に流布は深く溜息をつき、竹刀を握り直す。

 視線は男へ向き直し、ポレン――少女のことなんて心底どうでも良さそうに振舞う。

『良いんだね?本当のことを言わなくて』

「言ってどーする」

 男は切り株を蹴り潰すように踏み込み、流布に肉薄する。

中臣幹(なかとみ みき)、伐り採る……!」

■■

 二百年前、急速に成長、進化を遂げた植物たちによって、世界は崩壊を遂げた。

 文明は食らい尽くされ、滅亡まで行きつく。

 それでもしぶとく生き残った人類は植物と共存し、新たな生き方を見出した。

 剪定者(せんていしゃ)

 それは人間と友好的な善木を受容し、能力を用い新時代を生きる者達の名である。

102

 深く踏み込み、姿勢低く見上げ睨む。両手は武器の持ち手に添えられ、青い光は外周を描きつつ流布の首を狙っていた。

 それは大きな草刈り鎌。普通のサイズよりずっと大きく、原寸大を何倍にしたような規格だが、持ち手だけ細く長い。人工感の強いムラのある青色の刃、峰は分厚く、刃先は紙のように薄い。金属特有の光沢や臭いはなく、強いて言えば青臭い、植物の臭いがする。

 植物を刈る武器は植物で出来ていた。

 まるで死神の鎌――流布は右手に持つ竹刀を鎌に合わせ弾こうとした。

 ぎちぎちと、まるで金属の鍔迫り合いの音が立ち、力を加える両者の腕は太くなる。

 ピシリ。嫌な音がした、流布は竹刀を持ち上げるよう受け流し、青の鎌をはじく。中臣は手を離さない、はじかれた鎌を引き戻しつつ振り下ろす。刃先は流布の脳天へ。

「…………っ!!」

 竹刀を手放して、しゃがみ指を鳴らす。

 放射状に広がる無数の竹、上空で爆発したそれは上下円錐型に飛び出した。鎌は止まってしまう。流布の頭を砕くことなく、竹に絡まれ、数本を切り裂くだけで終わった。

「ふん!」

 再度中臣は鎌を押し込み、不意に出来た竹籠からもがき抜ける流布。

 起点たる竹刀が折られる、刹那、四つん這いで数メートルの距離を確保した。

「一応メインウエポンなんだがなー、そんな簡単に砕くかよ」

「青薔薇は全てを切り裂く。植物は支配してこそ輝くのだ」

「息苦しい考え方だなーおい、二百年前じゃ考えられねーぜ」

 余裕を見せる流布の右手は震えている。鎌という武器から連想できない力の押し付け方、斬撃よりも打撃の割合が強い戦い方のせいで鈍く響くダメージが右手に浸透していく。

 竹槍を製造し、穂を中臣へ向けようとして、やめる。

「こりゃ厳しいな……加減が利かなそうだ」

「一撃食らっただけでもう言い訳か」

「てめーに話してねーよ」

 身勝手な言葉に眉をひそめ、鎌を低く握る。体勢も、目線も低く、地面を蹴り接近する準備を整える。まるで武士の居合の構え、カウンターではなく白兵戦特化。

「あの世で悔いるがいい。植物なんぞに肩入れし生きてきたことを!」

 地面が割れる。荒野を踏み潰し、生みだしたエネルギーは全て前進に費やされる。面前の竹刀の檻を横薙ぎ、斬るより先に吹き飛ばす。場所ごとえぐり、ほんの数メートル先に立つ流布の首へ刃を沿える。先ほどと全く同じ攻撃。


「わりーな、頼むわカグヤ」


 竹槍は、手から零れ落ちる。


「良いよ、承った流布」


 確かな感触を得て、勝ち誇る中臣は鎌を肉塊となったはずの流布から抜こうとした。

 けれど、できなかった。頭と胴を切り離すはずの鎌は止まる――否、止めている。

 押し込み引き抜き鎌を動かすけれど、全く自由が利かない。焦りは動揺に変質し、動かない鎌と自分の手元を交互に見た。

 その奥にいるはずの流布を見て、彼の表情は困惑に染まる。

「さて君たち技師の大好きなお勉強の時間だ。こんな話を聞いたことはないかな」

 それは女の子の声。

「植物には瀕死の人間の体に巣食い、不足したパーツを自分の体で代替し、自らを代償にして救う友好種も存在する、と」

 地面についてもなお余る長い白髪、柔和で甘い表情と妖艶に歪む瞳。


なで肩で女性らしい体格、胸は見栄を張れる程度には膨らみ、学生蘭服はボタンを外して、どこかから飛んできた白いコートの二枚を十二単のように見立てる。

身長は流布と変わらないが、足に十センチの高さの竹を履き、かさ増ししていた。

女の子らしく爛漫だが、大人びた魅力も併せ持つ。


「その植物には人格があり、常に宿主と会話することができる、表に出ることもできるフレンドリーな乙女植物がいる、と」

 彼女の傍には捻じ曲がる竹に絡めとられた鎌の先端が置かれている。複雑に結ばれ、鋭く硬い鎌はぴくりともしない。流布の竹とは比べ物にならない精度と強度を誇る。

「貴様……相乗り(あいのり)かっ!!」

「ご名答、勉強熱心で嬉しいよ。ご存じの通り、二人で一つの剪定者、君たちが一括りに敵とした愛すべき隣植物だよ」

 敵意丸出しの叫びにカグヤは空の握る左手を開く。瞬間、鎌の拘束が解かれ、バックステップで距離を取る――再び左手が動く、今度はつまむ動作。

「『こんな皮衣、燃やしてしまおう』」

 中臣の真下、地面からぼごぼごと音が立つ。瞬き、たけのこの芽が二つ出て、竹に変わる。『鎌を封じた類の攻撃』そう判断を下し、鎌で地面をはじき、上空へ打ち上がる。

 彼がいた場所には竹がぐるぐると螺子巻き、足を止めるような、自然界ではありえない成長を遂げ、停止する。

 カグヤの視線は捻じれる竹ではなく宙へ避けた中臣。反射神経ではなく、視線を置きそこへ彼が飛び込んできただけ。彼は奥歯を噛んだ。

 気付くにはもう遅い。カグヤは左手を掬うように軽く持ち上げる。

「『こんな鉢、割ってしまおう』」

 ぼごぼご!彼を囲む四方の地面から竹が現れ、成長し、中臣の周囲をぐるぐると包装する。竹に刃は通らない。何度も打ち付けるがしなり、攻撃は与えた分跳ね返る。無残にも弾力で鎌が背後に持っていかれ、ついに男一人を閉じ込める竹毬が完成した。

 それを支える三本の支柱。竹毬は音すら通さない。

「これでよし。ねえそこの少女ちゃん!」

 やり切った様子で軽く伸びをした後、少し離れた瓦礫に身を隠す少女に声を掛ける。反応はない、ぴくりと肩を震わせはしたものの、無関係を貫きたいらしい態度に曖昧に笑う。

「十分もすれば拘束が解けるようにしたから。向こうのでかいのは一日ってところだね、早めに救助呼ばないと地面に落ちるから注意して。じゃ私はこれで、受験応援してるぜ」

 恐る恐る顔を上げ、荒れ地を見回す。そこには既に人影無く、戦闘の跡たる竹が十数本生えているだけだった。危機は去ったと、少女は安堵に肩を落とした。

「怖かった……」


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