車窓からの風景
二百年前、急速に成長、進化を遂げた植物たちによって、世界は崩壊を遂げた。
文明は食らい尽くされ、滅亡まで行きつく。
それでもしぶとく生き残った人類は植物を拒絶し、再び自身のテリトリーを生み出した。
国家伐採技師。
それは人間に敵対する悪木を滅却し、無能力ながら抗い続ける者たちの名である。
■■
「なんで俺たちがこんなとこに行かねーといけないんだよ」
『こんなとこだからだよ。宿敵の本拠地の依頼なんて私たち以外行けるわけないんだから』
走行中の列車の中、硬いクロスシートの上で足を組む少年は粗暴な物言いをする。
傷んだ白のロングコートを留めずに着て、その下には学生蘭服。植物のような緑髪は男性にしては長く、後ろで雑に一つ結びしてあった。
特徴の多い見た目は彼の口の悪さと相まって悪目立ちしており、ときおり周囲の乗客から冷たい視線がくべられる。片手に持つメモ帳から目を離した。
「んなこと分かってる。先生が俺たちを信頼してるのは重々承知だ。問題はそんな依頼をなんでこんな時期に受けたのかってことで、」
見られているせいかやりずらそうに少年は愚痴を吐き、聞き手の女の子は溜息をつく。
『もー君は文句ばかり、本当は自信が無いだけなんじゃないの?』
車内の通路を少女が横切る。
肩まで伸びた小麦色の髪にぱっちりした碧眼、下ろしたてらしい白いシャツに薄い胸をしゃんと張って前へ歩く。快活な印象を受けるその子に釘付けになって、ちらと少年の方を向いて目を合わせた。
一瞬、驚きの滲んだ瞳が揺れて、すぐに戻ってしまい、次の車両へと消えた。
「おい、あの子」
『つーん』
「なんだよ」
『つーんつーん』
「擬音を口で言うな。あー悪かったよ、無視して見とれて」
『気持ちがまるでこもってない。やり直しを要求する!』
ぎゃいぎゃい騒ぐ女の子を無視して窓枠に肘を置き、間近に迫る目的地を視界に収めた。
緑一つない岩肌続く平原の奥に白と灰色の塊が見える。周囲十キロメートルの焼却、過剰な水際対策の結果生まれた味気ない景色を列車が走っていた。
植物に支配された世界において、唯一植物の隔絶に成功した都市。伐採技師たちの本拠地ということも相まって、人々は「世界一安全な街」と呼ぶ。
少年は鼻で笑い、何が安全か、と思う。
「いまこーして脅威が迫ってるっていうのによ」
瞬間――車体がゴウンと揺れた!
まるで何かにぶつかるような強い衝撃。駅弁や飲み物、軽い荷物が宙を舞い、体にいびつな痛みが僅かに走る。車内はどよめき、焦りと不安が滲んだ。
台座に乗せていた紙コップの内容物を盛大にぶちまける。
少年はロングコートにできたコーヒー染みを見ながら苦笑した。
「あーくそ、これ落ちんのかあ?」
『そんなことどうでもいいでしょ!?見てよあれ!』
ぐいと顔の角度が操作され、少年は向かいの窓へと視界が移る。
目玉。
窓枠いっぱいに見える、ぎょろぎょろと動き瞬きをする一つ目があった。瞳孔が開ききり、琥珀色のそれは車内を値踏みするように機敏に動く。
瞳は巨木のうろに植え付けられ、こげ茶の所々破れた表皮が痛ましく、おぞましい。
床の角度が許容値を越えて傾き、安定しない浮遊感が辺りを包んだ。
立つのが精一杯。移動は厳しく、座っている分には問題ない角度。
この木が列車を持ち上げている。
どよめきは悲鳴と怒声に代わり、集団パニックに陥る。
窓から飛び降りようとする者、ここは安全じゃないのかと声を荒げる者、うずくまって己の行いをただ悔いる者。誰かが慌てて別車両に移ろうとして、足を止めた。連結部分は破壊され、断絶されている。前後共に同じだった。
この植物の化物はこの車両だけを狙って襲っている。
少年はそれでも落ち着いていた。
「見たぞ、大変だなあ。これで無敵要塞は汚名を被るわけだ、結構結構」
『その犠牲者リストに君は名を連ねたいの!?』
うろ覚えの染み抜きを試す手を止めて、まさかという顔をする。
「落ち着け、ここは敵の本拠地だ。俺たちが出る幕じゃない、もう十分か二十分かすりゃ技師様が駆けつけてくれる。ここで騒ぎを起こすと後々面倒な事に、」
『うるさーい!手の届く範囲が私のテリトリー!この中で人が死ぬなんて嫌!!』
「うおっ!?」
少年は傾いた車体の窓枠に手をかけ――否、かけさせられて、身を乗り出す。
上げた窓を潰れるくらいの握力で掴み、勢いつけて逆上がりの要領で足を天に向け、スナップ利かせて天井に着地する。
列車の天井、植物の化物はかなりの高さ持ち上げているらしく俯瞰して周囲を見渡せた。
巨木に一つ目、樹冠には扇形の黄色い葉をいっぱいにつけて、まるで頭髪のよう。
化物の目より少し下に太い枝、左右対称に生えたそれは腕のような調子で車両を持ち上げる。太い枝は多く分岐し、末端は少年の小指より細く、断絶された列車の荒い切れ目に絡むことで役割を果たしていた。
緩慢な動きで少年の足場は傾き、化物の『口』に向かう。
一つ目の二三メートル下部からばっくりとジグザグに裂け、口らしきものが生まれた。
中を覗くと全くの暗闇、虚空が続くだけで生物らしさはない。
化物と少年の目が合う。けれど気にする様子もなく、食事を続行した。
『いいよ!流布にやる気がないんだったら私が戦うから!』
荒野では人々が逃げ惑い、次々と植物の根によって拘束されている。
列車を食べ終わったら次に食う魂胆なのだろう。視界の端、先に見た金髪の少女も縛られていた。このままだと彼女も食べられてしまう、少年――流布は数秒考え、頭を振った。
「気が変わった、俺が戦う。カグヤがやると話がややこしくなるだろーし」
白のロングコートをばさりと脱ぎ放って、右手をだらんと垂らしたままぐ―ぱーと動かす。
「フツノミタマ」
続いて握ったとき、彼の手には竹刀が構えられていた。
柄皮も先皮も弦すら張られていない、部活動で扱われるものとは全く違う、文字通り竹の刀である。細い竹の節のある持ち手に、持ち手から切れ目なく伸びる奇形した竹の鋭い刃。刃渡り一メートルほど、日本刀がまるまる竹に置き換わったようなそれを二三片手で振って、流布は勢いよく列車から飛び降りた!
化物側、列車の端ぎみに落ち、列車を持ち上げる枝の片方がすぐに目の前に現れる。
「っしょっと!」
竹刀を枝の上部にかけて、するりと引き抜く。抵抗なく落ちた刃、コンマ数秒後に化物は野太い悲鳴を上げた。枝が切れている。再生は追い付かず、許されず、機能しなくなった枝腕は列車より先に自由落下を始める。
同速で落ちる少年、「ふいっ!」竹刀をもう片方の枝へと投げた。
柄の末端に力を込めて投擲されたそれは狙いよく深々刺さる。
パチン。
右手で指を鳴らす。瞬間、竹刀を軸に無数の竹が丸太のような枝を貫いた。竹刀の刃の先端、刺さった向きに沿って、放射状に竹が飛び出し貫通している。
やかましい声を上げて、化物は列車から枝を離し、仰け反った。
機敏に動く目玉は流布を見つけると、きつく睨み敵視を表明する。
「よし成功!」
『なにが成功!?車両落っこちてるんだけど、これどうする気!』
自由落下しつつ見上げると金属の塊たる列車がやはり落ちている。
このまま荒野に激突すれば、乗客が全員ひとたまりもないだろう。
気まずそうに笑って、手を合わせ頼む。
「そこは一つカグヤが、」
『考えなしで動くの禁止!簡単に私を頼るなっ!』