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胸騒ぎ。宵闇。どっかん夜のぶつかり稽古

 ゲッシュの件から一週間が過ぎた。


 私はロテオから受けた依頼を思い返しながら、月明かりが照らす森の開けた道を歩いていた。


「肉の山___ねぇ。」


 今回は調査依頼だ。なんでも夜な夜な現れる山のように大きな女が道を塞ぎ、通ろうとする人の邪魔をする上、時折人を殺してしまうのだそうだ。

 犠牲になったのはある街の行商の偉い人で、亡骸は球体になっていたという。まるで両手で握り固められたように圧縮され、カチカチに固まっていたという。


 以前にも噂として街に流れていた「肉の山」の噂と遺体が見つかった現場が合致しており、今回はそれを踏まえて本当に損座しているのかどうかを確認するための依頼だそうだ。


「おっ、ここらへんね。」


指定されたポイントに着くと私は空気を嗅いだ。なぜだかどうして私の特異的な嗅覚があり、魔女がいると匂いでわかってしまう。なんとなくではあるけど。


土と草と獣の香り。どうやら近くに魔女はいないようだ。


「まぁそういうこともあるか。とりあえずここらで擬装して隠れ___」


 突然獣の匂いが消えた。聞こえていた獣の声が止まり、肌を撫でる風は気持ちの悪い暖かさがある。それに反して全身を覆い尽くす寒気が特徴的だった。

 夜の静けさにより一層の深みが増して、心臓が跳ね上がって煩くなる。私が緊張しているだと?まさかまさかよ。

 


「アタシ____キレイデショ?」



 私の体が陰った。背後の月へと視線を流すと、そこには大きなシルエットが現れていた。まるで大きな山が、見えていた筈の夜空を隠し立っている。


(デカい。3メートルはある身長に横綱みたいな体型。これが肉の山か。てかこんな近くにいたなんて、なんで気づかなかったのよ。)


 背中から伸びる柄を掴もうと手を伸ばした。


「ネェ!!キイテルノ?!?!!」


 肉の山は大きな体から予想もつかない速さで突進をかけてきた。


「早ッ____」

「ウォアアアアア!!」


 距離も距離だ、近すぎて攻撃が間に合わない。だから斧を取ることを諦めて突進を受け止めることにした。我ながら愚策だ。

 程なくして全身に襲いかかるインパクトが肺の中の空気を押し出した。まるで車にでもぶつかったような衝撃は、地面から足を引き剥がして私を吹き飛ばす。


「ウグッ…!!」


 地面に何度も体を転がして、傷と打撲まみれになってからやっと止まった。


(あッ...肋が折れたッ!肩も外れたッ!でも立て!!早く立って飛び上がれ!!次が来るッ!!早くッ!!)


土煙に沈んだ身体を根性で動かして、骨が傷んで軋むまま飛び上がる。すると先程までいた場所に、大きい重機のような巨大な左手が降ってきた。地響きと風圧が煙をかき消す。


(フザケンナッ!あんな図体で早いとか意味わから____)


 今度は意識が途切れるような衝撃が右側から横薙ぎに襲ってきた。


「ミテヨォ!!」


左手が団扇のように、迫りくる厚い壁のようになって私を叩いたのだ。


「____加護が働いたッ!」


 クリーンヒットは防げた。咄嗟の機転が上手くハマったのだ。左手が斧を抜いて杖代わりに地面に刺し、右腕はガードが取れた。今回は来るとわかっていた事と加護が発動する隙があった事が功を奏し、なんとか耐え忍んだ。

 そう思っていたら、巨大な左手が力まかせに振り抜けた。私はなんの抵抗もできず野球ボールのように木々の間を飛び抜ける。


(バカ力ッ!!!防御しせ__無理だッ!肋が折れてるし、何より息ができないッ!!)



 背に当たる木が4本目になるとようやく止まった。何で痛いのかすら全くわからない程の激痛が思考を濁らせる。


「意味…わか_____オエッォゴッ八ッ!!」


 喉を駆け上がる熱い感覚がくると、抵抗虚しく吐瀉物と血が混じって吐き出された。これはかなりまずい状況だ。 

 身体を動かす事はできない。私が樹を貫通してきた為にできた道、暗くて見えないその先から足音が聞こえてくる。敵が迫っている。


 空を見上げれば月は沈みかけていて、夜の空は明るみを取り戻し始めていた。加護の期限が迫っている。


「夜明けまで時間がない。御託並べる前にやるしかないわね。」


 私は最後の力を振り絞って、石みたいに意固地な身体を動かし、ふらつきながらも地に足をつけて立ち上がる。それから斧を夜空に掲げ、言葉を並べていった。


「月光に捧ぐは私の大事な思い出。対価に寄越すは治癒、膂力。さぁ!!さっさと私に捧げ_____」




 その瞬間、フラッシュバックが起こる。


[______お母さん!!ここのアイス美味しいね!!]


 母親にアイスをせがんだ遠い昔の思い出だ。私の駄々に母親は笑顔で返して、アイスクリームを買ってくれた。どうでもいいようで、私を構成する大事な思い出だ。





「ッ____捧げろぉおお!!!!!」


 一瞬何かの記憶が現れたが、今の私にはなんの事なのか思い出せない。永遠に手放すことになった大事な記憶と引き換えに、私の体には浮遊感が襲ってきた。










 




 肉の山は先程までいたおもちゃを探し、森を彷徨っていた。のっそりのっそり歩く度に倒木する樹々をものともせず、地響きを立てながら。


「ネェ〜…ドコニイルノォオオ!!」


もう生前の声など欠片もない。無駄についた肉が喉を締め上げて、まともな声などではないし、呂律も回っていない。思考すらあるのか不明瞭だ。


「ドコナノヨォオォ!!」


 この肉の山はこういうふうにずっと彷徨っていたのだろう。いつからこうなったのか私には分からない。でも、私にできるのは終わらせてやることだけだ。


「ソッカ。シタニハイナイノネ」

(まずいッ!!)


 肉の山は顔を上げ、月を背に降下してくる私を見る。


「ミツケタァ」


 贅肉に沈んだ笑顔と、大木のような両手を上げる。まるで子供を抱き抱える母のようだ。


(空から奇襲すれば気づかれないと思ったのにッ!!けれど!!今更止められないッ!!)


 眼下で無様に口を開ける怪物。そんな肉が付きすぎた間抜け面に、空高くから降下する私は柄を強く握り込んだ。


「オイデェ!!」

「私が終わらせてやる!!ちょっとだけ我慢しなッ!!」


 インパクトが大事だ。降下のタイミングと振り抜く速さ、それから当たりどころ、そして自信。それら全てを網羅する私は完璧なフルスイングを決めた。


 ただ真っ直ぐ振り下ろした。着地のタイミングに合わせて、眉間から顎に至るまでの一直線を叩き割る。肉に沈み込み、やがては裂けて血を垂れ流す。骨を叩き割る手応えも申し分なし。


「アレェー?アレアレアァレェ???」


だが効かなかった。死ななかった。攻撃が浅かった訳でもない。単にこの肉の山への分析を見誤ったのだ。


「コレ、ナァニ?」

「通りで微かに魔女の匂いがすると思った。あんた、改造人間なのね。」


 魂を改造され、形を歪められ、願ってもない強靭な身体に作り変えられた人間。こんな所業は魔女以外有り得ない。


「なら仕方がないわ。」


 魂を変えられた人間に、物理的な干渉はあまり意味を成さない。魂という精神的なエンジンを止めない限り、魔女及びその隷下にある者に無意味。ささくれを無理矢理千切って血が出るようなもの。


 本当は使いたくないこの力。相手を無理矢理に贖罪させる力は、恐ろしいほどに強力で残忍だ。だが工程はどうあれ魂を救う手段なのは確かで。それ以外の方法はない。


 輝きを失った瞳を見つめて、いつものように呪文を唱える。


「この永らえ続ける魂に、後悔を覚えさせたまえ。」


眼球の奥底で熱くなってくる。止まらない。熱くなった何かはやがて眼球全域に広がってくる。


「終わりを迎える前の贖罪を。ペナントステア。」


その熱さは消えていった。


「ァア____ヤット_____オワレル」


 肉の山は切ない声音で呟いた。やめろ。私が辛いだろ。


















 ペナントステアが見せるのは肉の山が変貌を遂げる瞬間の出来事だ。

 洞窟の中、揺らぐ陽炎にローブを羽織った女がいる。表情はフードで隠れていてわからない。


「さぁ。あなたの願いが叶うわ。」

「ありがとございます。美の魔女様。」


 肉の山は魔女に握手を求めるが、魔女はそれを拒んだ。


「もう始まる。さぁ洞窟を出て新しい世界に、未来に顔を出して。」

「本当に何から何までありがとございました。この御恩はいつかお返しを____」


肉の山は踵を返し、スキップしながら洞窟を出た。




 月光が差し込む森に、駆け抜ける夜風は冷たくて気持ちがいい。清々しい木々の香りを嗅げば、何やらいつもより美味しそうに感じる。


「あぁ___これであの人を振り向かせることができる!!フフッ!お胸が大きい人が好きなんて、やっぱり男の子よね!」


 満足感の次には空腹感が現れた。長い時間洞窟にいたので、無理はないなと考えていると、目の前に子鹿が現れた。


「あら可愛らし____んん?」


 今先程まで目の前を通り過ぎようとしていた子鹿は、何故か足元で首を齧られたような傷を作り痙攣しながら倒れていた。急に場面が飛んで、肉の山は混乱する。


「え?どういうこと、何が起きてるの____ヒッ!!!!」


 不意に見た両手が真っ赤に濡れていた。それはどうあがいても自分が子鹿を殺したことを示している。

 手を服で拭って、恐る恐る口元に触れて見ると、また赤い色の液体が付着した。


「喰った___あたしが喰ったのね…」


 自覚した瞬間に湧き出てくるのは恐怖ではなかった。今まで味わった事がない飢餓感。狂いたくなるほどに、底知れぬほど腹が減った。そして欲望が肉の山の行動を乗っ取った。

 

 倒れている子鹿に迷いなく喰らいついた。噛むたびに溢れる血が更に食欲を湧きたて、興奮してくる。

 頬を擦る毛が邪魔だとか、獣臭いだとか、血の香りが吐き気を催すだとか、人間が生理的に反発する感情を押し退けるほどの飢餓感。それを埋めるように喉を通る生肉。終わらないサイクルに呑まれていることに気づきながら、止めることは到底できなかった。


「偉い子ね。すぐにお返しをくれた。あなたみたいな子は大好き。」


背後の声を聞きながら、反応することはしなかった。できなかったのだ。


「改造はうまく行ったようだけど、これだと内蔵が持たなさそうね。まぁ魔法で消化器系は強くなってるし、細胞の肥大化は促進してる。とりあえず経過観察ってことで。」


 埋まることない飢餓感はやがて肉の山の自我すら喰い尽くした。ここから彼女の記憶はない。



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