暗い底で足掻く女
目を覚ますと、私は裸でいた。生まれたままの姿に晒された為に、肌を撫でる冷たい風が気気つけに効いたからだ。
土塊の壁にはロウソクが1本台に置かれているのみ。手足は枷をはめられて、それらは鎖で地面に繋がれている。
「洞窟に幽閉された。」
再生の魔女に続いてこれだ。どうも魔女というのは洞窟が好きらしい。
思い起こす斧の重み。肉の切れる手応え。断末魔。そして慢心だ。私の殺したという慢心のせいで、首を切ったからと再生の魔女を殺せたと慢心したせいで死んで行ったあの町の人達。
無意識に握り拳を作っていた。
「今度はちゃんと殺らないと...」
風の中に紛れた甘い香りが漂ってくる。目の前に開かれているはず暗闇から、黒色のローブを羽織り、胸元をやたらはだけさせた長い髪の女が現れた。
「あらあら。洞窟慣れ...というよりは幽閉なれしてるわね。普通なら狼狽する所よ。」
「場数が違うのよ。」
香しいとは言い難い匂いを漂わせるこの女から、嗅ぎなれた何かを感じる。ゲスの匂いだ。
「あんたが美の魔女ね。」
「ふぅーん...。ならあんたが噂の【魔女狩り】ね。ならその精強な体に納得がつく。」
腕組みをし、私を見下ろす美の魔女は私を嘲笑ってる。
「加護の媒体になってそうなものとか、武器とかそういうの私詳しくないから服は剥いちゃった。ごめんね?少し寒いかしら。」
「いいえ。お構いなく、ゲッシュにもおな___」
しまったと思ったがもう手遅れだった。
「やっぱり貴方が殺したのね?」
現場の状況から敵の戦法を測れる。加えて事前情報を持っているなら擦り合わせだってできてしまう。確定だ。私の情報が知られてしまった。
「しまった。なんて顔してるわね。いやぁー素裸にして大正解よ。多重加護受体の化け物。」
「怪物製造機に言われたくないわね。美の魔女なんてお冠は似合わないわよ」
「アッ____アハッハッ!!」
風船が弾けたみたいに醜く笑う美の魔女は、高笑いが収まる頃には目付きが変わっている。何が美なんだろうか。この笑いすぎて歪んだ目元に美しさの欠片もない。
「私の魔法の特性を教えてあげるわ。本質としては変性にある。身体の密接な接着と、その人の願いを聞き入れる必要があるの。何よりも強い願いよ。」
自分の得体に指を這わせながら、艶やかな吐息を交えて台詞を吐く。
「ただ1点、思い違いをしてるのは必ずしも思い通りにいかないこと。【願い】と【意志】が同一でないと魔法は歪んでしまうということ。でないと対象者の中で競合してあらぬ作用を引き起こす。」
美の魔女が使役していたのは使い魔などでは無い。願いを聞き入れてもらう為に人間達だ。
「美の魔女なんて私から言ったことはない。私は歪ませの魔女【メタモ】。師匠はそう名付けて下さったけど思い違いもいい所だわ。私からすれば世界が歪んでるんですもの。」
「傲慢なサディストね。そこから見える物は大層気持ちがいいでしょ。」
「ええもちろん。易々と願いが叶うと思った顔が絶望で歪むなんて大層愉快よ。今から貴方にも見せてもらうわ。」
メタモと名乗った女は手を掲げて、指を交差させる。
「私が指を入れ弾けさせれば、あなたは私の魔法で変性するわ。特にこれは皆にかけた【美しい歪みの魔法】ではない。単に産まれたての肉に戻す試験段階の魔法【時間歪曲魔法】よ。」
「時間系統の魔法____あなたには色々と聞きたい事があ____」
「はいアウトー。」
言葉を遮って指がなる。空間、と言うよりも自分以外が揺れ動くような感覚が襲ってきた。視界は安定しないが思慮はハッキリしている。
私の様子があまりに特異だったのか、何故かメタモは興奮している。
「え!?嘘!凄い!あなた全世界の魔法質量を裸で受けて形を保ってる!?」
「あんたこそゆだんしてんじゃないよ!」
悪条件の中で意識を尖らせる。針の穴に糸を通すように集中し、彼女の瞳を見る。
「この永らえ続ける魂に、後悔を覚えさせたまえ。終わりを迎える前の贖罪を。ペナントステア。」
予想されていた痛みに身構えていたが、拍子抜けする程なにも無い。
目が火で油れる痛みも、体から大量の生命力が抜けていく感覚もない。何よりも自分がしてきた後悔に苛まれる表情は見て取れない。性悪そうな笑顔が張り付いてる。
「贖罪の目が効かない?」
「それが朽ちる体でなお生き長らえるゲッシュの魔法解いたヤツね。凄い。それは魔法ではなさそうな代物ね...」
「そんな...ありえない、あなたに後悔はないの?」
「あるわ。この齢30年のあいだに後悔だらけよ。一番の後悔はマイロスと別れたことね。あの時は私も凄い辛かったんだけど___」
私は失念していた。魔女は基本的には3桁の年齢を超えてる者が多い。そして1つの魔法を研究する過程で、時を永らえる常軌を逸した方法を編出す。それらを支えるのは【後悔】から来る執念だ。
「あなた若いのね。」
「ぁあ、積み重ねの根幹にある後悔を利用してるのね。だから贖罪の目。あっはー無理よ。私快楽主義。身を焦がす後悔や執念なんてしたことがないわ。」
かなりマズイ状況だ。手数も取られた。
「まぁいいわ。この満月の夜は、魔女狩り最期の夜よ。」
いやまだある。今がその最高に活きる時だ。
「教えて上げるわメタモ。」
「へぇ...聞きましょう。」
メタモは勝ち誇っているのか腕組みし、肥え太った無駄贅肉乳袋を腕に乗せていた。嫉妬なんてしてないんだから。
「夜は私の味方なのよ。」
勢いよく手を空に掲げた。チャラチャラと鎖が間抜けに鳴って、残響は残さない。
「降参したいの?」
「いいえ。危ないから待ち構えてるだけ。」
言葉を終えた瞬間、天井が爆発した。何かがものすごいスピードで突き進み、土を破って現れたのだ。それは私を縛る鎖を切り裂いてから手に収まった。
メタモは何が起きた理解が追いついておらず、困惑している。今がチャンスだ。
「できるだけ痛くないようにしてあげる!!」
収まりのいい手斧を振りかぶって飛びつく。ヒットポイントは首、狙いを定めて振り下ろせばいいだけ。
「じゃあーね!」
スカした。当たらなかった。蛇足のままに床に落ちて転がる。
顔を上げるとメタモはそこにいなかった。
「あれ?______あれ?」
まるで元からいなかったみたいに消えた。私はどうしたらいいか分からず、一先ずは落ち着くことにした。立地がいいことにここは閉鎖的な洞窟だ。
「だ、大丈夫ですか?」
声のする方に顔を向ければ、今度はあの若い牧師が立っていた。
「大丈夫よ。ええ。大丈夫ですとも。泥んこ遊びしてただけよ。」
「そうなんですね。今しがた着いたばかりですので状況がイマイチ___」
「真に受けないで。それで要件はなに?」
「___街が襲撃にあっています。というより襲撃されていました。」




