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世界から消え去りたかった私と、翼を失った彼との二人旅。 〜辺境で薬屋を営みながら、二人で穏やかに暮らしたい〜

挿絵(By みてみん)

 



 ――――なんで、こんなことに?




 高校から帰っている途中だった。

 駅のホームで電車を待っていたとき、後ろからドンと押された。

 身体がくるりと回転して見えたのは、親友の顔。


愛衣(めい)――――」


 親友の名前を呼んで直ぐに意識が途切れた。

 



 ハッと意識が浮上し、辺りを見回すと、見たこともない草原にいた。

 何時間も放浪して、人のいる村を見つけて唖然。目の前に広がっていたのは長閑な古き良き西洋の世界。

 村の人と話して、ここが異世界だということを知った。


 ラッキーなことに、その村で保護してもらえた。

 言葉は違うのになぜか通じている。不思議でたまらないけれど、コミックとかアニメで見る異世界特典みたいなものだと思うことにした。

 元の世界に帰りたいと伝えると、一年間お金を貯めて王都を目指すことを勧められた。


 村長いわく、王都にはエルフや獣人など、様々な種族がたくさんいるらしい。

 王城には魔法に長けた人が沢山いる。相談すれば何かしら対応してくれるかもしれないと。

 ただ、対価は必ず必要だから、こんな田舎より王都でお金を稼ぎなさい、と。


 半年経った頃、私がこの世界に来たのと同じくらいに、聖女様が顕現されて、聖なる力で民を助けてくれているのだとか。

 だから、私も聖女様に相談してみるといいんじゃないかと村長さんに言われた。

 この村はかなり辺鄙なところにあるから、情報がほぼ来ないらしい。王都に行かなければ、詳しいことは何もわからないとのことだった。


 ――――このときの私は、ただただ元の世界に帰りたい一心だった。




 ◇◆◇◆◇




 乗合馬車を乗り継ぎ、船に乗り、念願の王都に到着。

 この世界に来て一年半が経っていた。

 

「聖女様が体調不良なのは、黒髪の女が聖女様に悪しき魔法を掛けたから、らしいぞ」


 王都に到着して直ぐに聞こえてきた噂。

 人々が私をジッと見ている。

 この世界で黒髪はほとんどいないらしい。

 ほとんど。ゼロじゃない。なのに――――。


「あの女を捕らえろ!」


 騎士のような格好をした人たちに後ろ手で縛られ、連れて行かれたのは王城にある『聖女の間』とかいう場所。

 膝裏を蹴られ無様に倒れ込むと、聞き覚えのあるような笑い声が響き渡った。


「やーっぱり、(さくら)も来てたのね」

「…………め、愛衣」


 聖女様の顕現したという時期と、王都内で耳にした噂。

 もしかしてと思っていた。


「聖女殿、差し出口をして申し訳ないのだが、私は彼女を王城内で見た覚えがない。本当に彼女が聖女殿に悪しき闇魔法を掛けたのですか?」


 純白の美しいドレスを着た愛衣と、貰い物の変色した服を何度も繕ったワンピースを着た私。

 その間に立ちはだかったのは、背中に二対と腰に一対の白銀の翼を持った、騎士様の格好をした天使のような男性だった。

 金色の長い髪があまりにも美しすぎて、一瞬だけ女性と勘違いをしてしまった。


「隊長、本当にいつもいつも差し出口ばかりよね」

「それは大変申し訳ございません。ですが、明らかな冤罪の場合、いくら貴女の要望でも私は断固として拒否いたします」

「っ――――! クビよ! この男をクビにして! 翼を全て切り落として地べたを這いずらせなさい!」


 何が起こっているのか全くわからない。

 なぜか私は天使みたいな騎士様に庇われていて、なぜか愛衣がキーキーと叫んでいる。


「聖女の命令よ! 私の心に負担がかかると、聖なる魔法が使えなくなるわよ!」

「しかし……隊長は………………」

「困るのは貴方達なのよ! さっさとしなさい!」


 天使のような騎士様が、はぁと溜め息を吐き、戸惑っている他の騎士さんに向かって頷いていた。


「構わない。やれ」

「っ…………隊長……すみませんっ!」


 部下っぽい騎士様が剣を大きく振りかぶった。

 愛衣は、それをニヤニヤと見ているだけだった。


「愛衣、愛衣! 何をやってるの!? ねぇ、愛衣! 止めて! 馬鹿なこと、止めて!」


 意味がわからない、でも止めないとと思って叫んだ。

 でも、私には何の力もなくて。


 バサリバサリと落ちる美しかった白い翼。

 ダラリダラリと流れ出ている真っ赤な血。


 私はそれを見ていることしか出来なかった。


「あーっははは! 天使族が地に落ちたわよ! 無様ね!」

「愛衣っ!」

「何よ? 煩いわね。あんたの噂、聞いてるわよ」


 ――――噂?


「ど田舎の村で、薬草を摘んでショボい傷薬を作ったり、男たちを手玉に取っていたらしいじゃない」

「え…………手玉? え、何の話?」

「あははは! そうやってとぼけて! あっちで私の好きな人を奪っておいて! 私の心が曇るのは、桜が、アンタがこの世に存在しているせいなのよ!」


 愛衣の好きな人って……誰?

 奪ったと言われても、私は誰とも付き合ったことがないし、告白をしてもされてもいない。


「このアバズレを殺しなさい!」


 愛衣がそう命令をした瞬間、私は絶望した。

 ここにいる意味は何なんだろう?

 私はなんで生きているんだろう?

 こんな世界、もう嫌だ。

 

 剣を構えた騎士様たちがじりじりと近付いて来たとき、目が潰れる程の光が辺りを包んだ。

 誰かにグイッと腕が掴まれて、「逃げるぞ」と耳元で囁かれた。

 そして、ふわりと内臓が浮き上がる感覚に襲われた。




 ドサリと落ちた。でも痛みは来ない。

 何か柔らかなものに座っている。

 眩しさが段々と落ち着いて、先ず見えたのは真っ青な顔で倒れている翼を切り落とされた騎士様。

 そして、そんな彼の上に私は座り込んでいた。

 慌てて地面に下り、声を掛ける。


「騎士様、騎士様……」


 いくら声を掛けても騎士様は起きなくて、背中からは大量の血が流れ続けていた。


「た、大変!」


 辺りを見回すけれど何もない草原。

 唯一少し離れたところにあった林に騎士様をなんとか運んだ。

 両手がプルプルと震える。

 火事場の馬鹿力って本当にあるんだとか余計な事を考えつつ、林の中を見渡した。

 私にできること、それは――――。


「傷薬!」


 村で教えてもらったのは、様々な薬草と傷薬の作り方。

 私が作るものは効きがいいから高値で売れるんだ、って村長さんが喜んでいたっけ。


 荷物は王都で捕まえられたときに全て没収されてる。

 薬を作る道具も。

 せめて濾過水(ろかすい)が欲しいけれど、近くに水場もなければ濾過する道具もない。


 道具がないときの対処法もきちんと教わっている。

 何種類かの薬草を口に含み、よく噛む。


「ウッ……」


 苦くてエグくて、酸っぱい。それでもしっかりと噛み続ける。

 口の中で繊維をしっかりと解し、ペーストに近いものにした。

 大きな葉っぱに簡易傷薬を吐き出し、俯せに寝かせていた騎士様の服を剥いだ。


「うわ…………」


 あまりにも痛々しい傷口に、涙が出そうになる。

 ぐっと堪えて、肩甲骨あたりに僅かに残っている翼の根元に傷薬を塗り付けた。

 次は、腰の部分。


「ぐあっ!」

「わっ! 起き上がらないで!」 


 傷薬を塗るために傷口に触ってしまい、その痛みで騎士様が目覚めてしまった。

 ごめんなさいと何度も何度も謝りながら薬を塗っていく。

 彼は時々唸るものの、グッと歯を噛み締めて耐えていた。


 薬を塗り終わったものの、斬り落とされた翼の付け根が剥き出しだった。

 騎士様の剣を借りてロングスカートの裾を膝下で切った。

 細く裂いて包帯のようなものを作り、翼の付け根にそっと巻いた。


「とりあえずの応急処置ですが」

「……ありがとう」

「「……」」


 何を話せばいいのか、何を聞けばいいのか、全く分からない。

 騎士様の目の色って赤いんだなぁとか、サラサラとした金髪がシルクみたいだとか余計な事ばかり考えていた。


「すまないが、ここがどこだかわかるか?」

「……いえ…………自生している草木からは、私が元々いた村とはそんなに違わない気がするくらいです」


 話の流れで辺鄙な村で保護してもらえたこと、愛衣と同じ世界から来たこと、元の世界で愛衣に押し出されて電車に跳ねられる瞬間だったこと、全てを話した。


「……あの女は、聖女ではない気がしていた」


 愛衣は、異世界召喚で王城に転移させられたらしい。

 異世界人はほぼ何かしらの能力を持っていて、奇跡のようなことを起こせるのだとか。

 それは人それぞれで、魔法や剣術体術、統治能力など様々らしい。

 中でも貴重なのが聖魔法の癒やしの力。

 それを使える者は聖女として崇められる存在になるのだとか。


「白魔法にも癒やしの力はあるが、効果が天と地ほどある。そして使用制限も」


 愛衣は、たぶん白魔法使いなのだろうという。

 聖魔法は心が曇ると魔法が使えなくなる。

 それは、白魔法使いが魔力を使い果たした時と似ているのだとか。

 愛衣はそれを誰かから聞いたのだろう、自分が魔法をあまり使えないのは心に負担がかかっているせいだと言い出した。


「毎日のように宝石を買い漁り、食事を大量に作らせて好きなものだけを食べ、残りは捨てる。見目のいい騎士を側に侍らせる……」


 そうして、いつからかどこからか、私の噂を聞きつけたらしい。辺境にいる黒髪の少女がよく効く傷薬を作ると。

 半年前から、黒髪の少女を追いかけ始めたそう。


「いつもは目の前に連れて行くと、興味なさそうに『処分して』というので、手厚く保護していたのだが」

「今回は様子が違った?」

「あぁ」


 騎士様がコクリと頷くと、金色の髪の毛が一房だけサラリと手前に滑り落ちた。

 髪の毛にベッタリと血が付いているし、背中はもちろん血だらけだ。

 

「あの、私……とりあえず、水場を探してきます!」

「待て」

「大丈夫です! 逃げませんから!」


 あの状況から助けてもらったんだもの。

 私と愛衣のせいで翼を失ったんだもの。

 絶対に、逃げない。

 私に何が出来るかわからないけれど、傷の手当が出来る事だけは確か。


「いや、そうじゃない。野生動物や魔獣が襲ってくるかもしれない。私も行く」

「大丈夫、ですか?」


 酷い怪我と貧血なのに歩き回っても大丈夫なのかな。

 しかも、王城から転移魔法での逃亡の際に魔力欠乏にも陥っているらしかった。

 魔力欠乏がなにかよくわからないし、魔獣もよくわからないけれど、とにかく頭が重いとの事だった。


 大丈夫だと言い張る騎士様とゆっくりと林の中を歩いた。




 ◇◆◇◆◇




 あの逃亡劇から三ヶ月。

 私と騎士様は隣の国に移動し各地を転々と旅して歩いていた。

 理由は未だに愛衣が私を殺すことを諦めていないこと、騎士様の翼を治せる魔術師を探すこと。


「グレン、そろそろ薬草が無くなりそうだわ」

「では明日は採取日にしよう、サクラ」


 最近は名前で呼び合うようにしている。

 私たちは各地で傷薬を売り歩いている夫婦という設定。だから、宿屋の部屋も一緒。流石にベッドは、別々だけど。

 初めは眠れなかったけれど、最近は気にせずぐっすりだ。

 

 薬草採取のメインは私だけど、グレンは採取と魔獣――闇魔法に堕ちた野生動物――が襲ってきた時の討伐もしてくれる。

 魔獣の毛皮や爪や牙はお金になる。

 あの辺鄙な村で魔獣は見なかったのだけれど、グレンはたまたまだろうと言う。


「サクラが作る傷薬は本当によく効く…………」


 最近、グレンがジッと見つめて来ることが増えた。

 

「…………私は魔法は使えないわ」

「わかっている」


 あまりにも効果が違いすぎるので、漏れ出た魔力を無意識に混ぜ込んでいるのでは、と聞かれた。

 どんな魔力があるかを調べる道具は、安価でどこにでも売っている。なので買って試したら、魔力がゼロだということがわかった。

 

 グレンは私が聖女ではないかと思っていたらしい。

 もし聖女だったのなら、私を王城に届けるのかと聞いた。彼は何も言わず頭をふるふると横に振るだけだった。




 薬草採取をした夜、部屋で傷薬作りをしていると、いつの間にかグレンが真後ろに立っていた。

 ビクリとして振り向くと、彼の顔はどこか寂しそうだった。


「どうしたの?」

「私は、君を連れ回していて良いのだろうか」

「え……」


 何を言い出すのかとハラハラした。


「君をこの国の王室に保護してもら――――」

「嫌です!」

「だが……」

「私は、意味がわからないまま愛衣に殺されかけて絶望してた。でも、グレンがいてくれたから、まだ生きてく希望はあるんだなって。知らない世界だけど、心ある人がいて、みんなちゃんと生きてるから、私も生きないとって……」


 親友に命を狙われていることが辛すぎた。

 この世界に来た理由も。

 きっと、たまたま愛衣を召喚する為の魔法に巻き込まれただけ。

 本当はあのとき――――。


「サクラ……すまない!」


 グレンから柔らかく抱きしめられた。


「っ、私は……普通に暮らしたいです」

「ん。設定は旅する夫婦でもいいのか?」

「はい。でも、いつか、どこか遠くに定住して薬屋さんを開くのもいいかなって」 

「そうだな。それも楽しそうだ。ならば私は、周辺で魔獣討伐でもして、君と共に生きよう」

「っ――――!」


 グレンから紡がれた言葉は、私の弱っていた心を優しく包み込んでくれた。




「おはよう」

「おはようございます」


 二人で生きてくと決めて、半年。

 逃げる旅から、終の棲家を探す旅に変更した私達は、更に隣の国に足を伸ばしていた。

 数週間、各地を巡りながら薬を売り歩いていると、私を保護してくれた村と似ている農村があった。

 そこは若者が都会へと旅立ち、老齢の夫婦が数多く住んでおり、若者は多少いるものの、力仕事が出来る年齢でもなかった。

 

 空き家も多くあり、村長さんのすすめもあって、店舗と自宅が併設されているような家を長期で借りてみることになった。

 二ヶ月住んでみて、私達はここを終の棲家に決めた。


「服を脱いで」

「ん」


 グレンの背中に薄っすらと生えてきている翼に栄養剤入りの傷薬を塗る。

 傷薬を塗っているうちに、ふと翼が少し大きく、というか長くなった気がした。

 そして、それは気の所為ではなかった。


「やっぱり栄養剤入りにしたほうが大きくなってる」

「ん、魔力も徐々に増えてきているよ」


 翼を失って、グレンの魔力はずっと枯渇状態にあった。

 本人は知っていたらしい。天使族が翼を失うと魔法が使えなくなることを。

 それを知ったとき、なのになぜ私を庇ったんだとケンカになった。

 グレンは「君の泣きそうな顔を見て、守らなければならないと思ったんだ」と言うけど、納得できなかった。


「話の流れで二人が知り合いだと気付いた。そして、君の目に……諦めを見てしまった」

「……うん」


 私は、愛衣が命令したあの瞬間に、この世界から消え去りたいと思っていた。


「諦めないで欲しかった。あの女に止めろと面と向かって叫ぶ君の強さが美しかった。あの瞬間、私は救われた。あの瞬間、私は君に恋した」

「え……」

「サクラ、私は君と本当の夫婦になりたい」

「っ――――!」


 顔が、熱い。


「その顔は、イエス?」

「……………………はい」


 恥ずかしすぎてグレンを見れない。

 俯いて返事をしたら、グレンがギュッと力強く抱きしめてくれた。


「愛している」

「私もです」


 この瞬間、世界から消え去りたかった私と、翼を失った彼との二人旅は完全なる終わりを迎えた。

 

 ――――心から愛する人と、ここで生きよう。




 ―― fin ――




読んでいただき、誠にありがとうございます!


ブクマや評価などしていただけますと、笛路が小躍りして喜びますヽ(=´▽`=)ノ♪


トップのめちゃくちゃ素敵な絵ですが……なんと!不遇のビーストテイマーに引き続き、夜行性さんが描いてくださいました!

あー、やばい、悶えるヽ(=´▽`=)ノ

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― 新着の感想 ―
[一言] このまま穏やかに暮らしてほしい二人ですね。でも、続きが読んでみたい……
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