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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界転移の前の話


 田舎の庭付き一戸建てを親から譲られた。

 世界的に流行したウィルスのお陰で得られた在宅ワークという働き方を、家賃ゼロの田舎で過ごすことにした。



 半年も過ぎた頃。庭の自転車置き場でボロの服を着た子どもが蹲っているのを見つけた。


 最初は無視した。


 下手に通報して面倒事に巻き込まれるのが嫌だったのだ。

 だが、数日おきだったのが、いつの間にか連日いるようになり、近所の人からも「妙な子どもがお宅に入り込んでますよ?」と、ありがた迷惑な親切な忠告を受けるまでになって対応せざるを得なくなった。


 子どもに「ここに来ないでくれ。」「お家に帰りなさい。」と言ってみたが、言葉が通じていないみたいな反応を示された。

 いよいよ警察か?と面倒くささに頭をかく。


 ため息を付いて改めて子どもを観察すると、随分汚いないし、臭いし、裸足で爪の中は黒く、ボロの貫頭衣は今どきお目にかかれない麻袋のように荒い編み目だ。

 髪はボサボサで長いし、すす汚れていてもなお髪色はだいぶ明るい薄茶色だ。しゃがみ覗き込んだ瞳の色は日本人には見えない明るい茶色、いや、黄色に近いか?なんだかますます警察に通報しづらくなってきた。


 言葉もジェスチャーも通じない子どもに菓子パンのかけらを与えて、家の中へ誘導する。

 警戒心たっぷりながら興味津々であたりを見渡す子どもを風呂に入れる。お湯をかけてやると初めて言葉を発した。おそらく「熱いっ!」と言ったのだろう言葉は異国のものだった。湯の温度を下げながら警察に通報するのはやめることにした。


 子どもをたっぷりの洗剤で泡だらけにしながら思った。肌は病的に白いし、骨の節々が目立ち、アバラがくっきりと出るほどに痩せ細っているが、暴力を受けたような傷はない。・・・育児放棄だろうか。


 ご飯は三分粥と野菜ジュースを飲ませた。着替えがなかったので、大人の半そでシャツを着せて布団に寝かせると数秒で寝落ちした。


 寝ている間に子ども服を買いに行って、戻ってきたら子どもの姿は消えていた。



 3日後、子どもは再び自転車置き場に薄汚れた姿で現れた。洗って、飯を食わせて、寝かせて、仕事終わりに様子を見に行ったら消えていた。



 3回目は、眠った子どもの横で用事をしていたら、目の前で透明になって消えるのを見た。


 4回目は、飯を食べながら寝落ちしたので抱っこしてベッド運んでやった。そして、下ろしてすぐに消えてしまった。


 寝ると消える。体に触れている間は消えない。と、わかった以上、5回目は膝枕をしながら寝かせてやると消えずにすんだ。これでガリガリの体を戻してやれると安堵した。



 その後、何度かうっかり寝て消えてしまったりしたが、謎の子どもとの同居生活は半年ほど経った。


 相変わらず細すぎる体だが肌に潤いが戻り、顔色も良い。笑顔を見せながら庭で元気に遊ぶ、眠くなると俺にくっついて眠る。言葉はまだ通じていないが、絵やジェスチャーで生活に困らないくらいの意思疎通はできるようになった。


 近所の人には「ネグレクトされていた子どもだったが、親と話をつけて面倒を見てやっているのだ。」と言ってある。



 さらに一年、子どもと暮らし、体はだいぶ肉付きがよくなり、言葉も覚えて近所の公園で他所の子供と遊べるくらいになった頃、別の問題が発生した。


 子どもが小学生に見られる。


 十分な栄養を得た体はグッと大きく成長し、たどたどしかった言葉づかいが達者になってくると「来年は小学生ですか?」なんて言われたりして、返事に困る事になった。


 近所の小学校の予定を調べて家の中に隠すことは可能だが、それとは別に「初等教育をどうするか?」も大きな問題だ。

 読み書き計算くらいなら教えてやれるが、子どもの教育というものがそれだけではないのは想像がつく。とはいえ、寝ると消えてしまうこの子どもを、公的に認めさせるなど出来るのだろうか?



 悩みに悩んだが、消えてしまう現象を隠して日本国籍を得ることにした。

 警察に二年近く子どもを保護していたことを正直に話し、福祉施設に送られる子どもには、絶対に1人で寝ないように言い聞かせ、所定の手続きを通した後、施設から俺が引き取った。


 引き取った時、子どもは泣き縋りながら俺の名前を呼び、俺は腕にしっかり抱きとめた。

 指や腕には噛み跡の青あざがたくさんあって子どもの懸命な努力を伺い知れて、俺は一層強く抱きしめた。

 施設職員から見れば微笑ましい光景だろうが、俺たちの感動と安堵は計り知れない。



 俺と子どもは「仲良し親子」として近所で有名だ。いつでもどこでも手をつなぎ、時には腕を絡めて食料品の買い物をする姿はファザコンとからかわれてもむしろ喜ぶ。


 一度も消えることなく、子どもはあっという間に成長し、12歳になった。

 身長は170cmまであと僅かだし、髪色はキラキラのダークブロンド。顔立ちは明らかに日本人離れした超美形に成長した。



 姉夫婦の子どもたちと、二世帯住宅で暮らす両親たちの大所帯で新年を迎えるのも4回目のある夜。

 焼肉の食べ放題からの帰り道で、子どもが俺たち家族の目の前で突然消えた。


 状況を理解出来ずにポカンとする家族の前で俺は1人狼狽え、手を繋いでいなかったことを後悔し、一緒に歩いていた甥っ子たちに「何故手を繋いでいなかったのだ」と八つ当たりした。かと思えば「今すぐ家に帰らなければ」と喚いた。


 俺は姉夫婦と両親に問い詰められ、子どもの消える秘密を打ち明けた。



 信じられない。と言う両親と、では目の前で消えたことをどう説明するのか?と信じてくれる姉夫婦。

 姉の旦那さんは、車で高速道路を4時間かけて家に送ってくれた。




 その日の明け方、子どもは自転車庫に現れ帰ってきた。「良かった」と抱きしめる俺に子どもは言った。


「もうここには残れない。向こうに、帰らなければならなくなった。」

「向こうってどこだよ?そんな嘘だろ?」


 受け止められない俺に、子どもは更に畳み掛ける。


「一緒に向こうに来て欲しい。行ったら二度とここには帰ってこれない。30日後、もう一度だけ帰ってくるから、返事はその時に聞かせて欲しい。」


 子どもはそう言って、俺の腕の中から消えてしまった。




 俺は大いに悩んだ。


 そんな俺に、一緒に子どもの言葉を聞いていた姉の旦那が「こっちに残す心配事で、俺たちに代わりが出来ないことがあるのか?後始末くらいしてやるよ?」と言ってくれたことに後押しをもらい「子どもと一緒に、向こうとやらに行こう」と決心した。


 まずは仕事を辞め、ネット会員の類を退会して、銀行から金を引き出し、不用品を処分し、失踪するための準備を済ませた。



 予告された30日後、両親と姉夫婦も揃って子どもが現れるのを出迎えた。


 持っていけるか分からないが、一年分の服一式と便利グッズ系をでっかいカバンに詰めるだけ詰めた。

 カバンを2つ抱えた俺の姿をみて、子どもは顔をくしゃくしゃにして涙を堪えた。


 俺の両親たちにしきりに謝る子どもを見て、姉が「まるで嫁に出すみたいね」と言ったもんだから、子どもが「何があろうと守ります!必ず幸せにします!」と言って両親たちを泣き笑いさせた。



 別れの挨拶は済んだところで、俺は子どもとしっかりと手をつなぎ、この世界から一緒に消えた。









 ・・・end




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