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少年少女達の孤島殺人事件 リヴァイバル

作者: 風神

「少年少女達の孤島殺人事件」を大幅に加筆、修正した作品です。

 孤島の砂浜に死体が転がっている。血が辺りに飛び散り、無残という言葉しか頭に浮かばない。近くにはボートが止められている。凶器はどこにも見あたらない。

 そして、一番大切な物が無い。孤島から出る唯一の方法である、ボートのエンジンを動かす鍵が見あたらない。吐きそうになるのを堪えながら死体のポケットをまさぐっても、狂ったように砂浜を掘っても見つからない。ボートが動かせないのでは島から出られない。孤島から抜け出すことが出来ないというとてつもない絶望感で、脳みそと心臓が止まりそうだ。

 何故こうなったのか。それはそもそも、山村留学なんかに来たから悪いのだ。

 俺は中二の五月ごろから不登校になった。別に深い意味はない。ただ、自分に必要なく、また意味のない勉強をずっとやっているのが苦痛でしょうがなかったし、人間関係も面倒くさくなった。ていうか、意味がわからなくなった。あまりにも人付き合いが難しすぎて、人とわかり合うことが億劫に思えてしまい、もういっそ関わりなんか無くていいと思うようになったのだ。人は簡単に人を裏切るし、何より誤解を受けたり嫌われるのが辛い。

 しかし、別に人付き合いが嫌いなわけではない。冗談を言ったりして人を笑わせるのは得意だし、空気もそこそこに読めると思う。友達だってちゃんといる。多くはないけど。

 でも、友達や恋人なんてちょっとしたことで疎遠になったりするんだ。せっかく人付き合いは嫌いじゃないのに、好きだと思っていた友達に意味もわからないまま嫌われたり、何かのきっかけで調子こきだす奴も嫌だ。俺はただ、平和に友達と雑談する時間を過ごしたいだけなのに、学校という空間ではそうもいかない。それはそれで割り切ろうと思っている時期もあったが、将来に対する不安で日に日に心がどす黒くなっていき、ついには人生の全てがが嫌になった。何をする気も起きなくて、今では喋るのさえ面倒に感じる。そんな俺を見かねて、この夏に親は俺を山村留学に連れて行くことを提案した。俺は嫌がったが、無理やり行かされた。子供は親にも先生にも逆らえない。同じ人間なのに、なんでだろう?

 札幌から函館に行き、フェリーで奥尻島へ着いたのが昨日。自然豊かな綺麗な島である。そして里親である山岡さんと、他のメンバー四人と出会い、軽い自己紹介を行った。山岡さんは四十歳だが若々しく、優しそうな男の人だ。ここで山岡さんは翌日の土曜日に本格的な自然体験をするという話をして、その時俺は正直面倒だと思った。

 初日は夜に着いたので、飯を食って寝るだけ。おいしい野菜料理を食べ、そのうち山岡さんが風呂に入って、話すことも無くさて気まずくなったぞという時、四位愛奈という女が話しかけてきた。

 こいつの印象と言えば、やはり苗字の珍しさ。字だけ見れば“よんい”だが“しい”と読む。後はそうだな……。胸がでかい。

「ねぇねぇ、宮坂君はどこから来たの?」

「札幌」

 そう言うと、四位は大きな瞳を更に大きくしてはしゃいだ声を出して言った。

「うっそー! 都会人じゃん。私なんか日高だよ。馬しかいないのっ」

「札幌なんて、東京とか大阪と比べたら全然田舎だと思うけど」

「日高と比べたら、札幌は大都会だもん」

 ずっと住んでいる地元の札幌を褒められると、そりゃ少しは嬉しい。俺はそれだけで、気が安らかになった。

「じゃあ、就職するなら札幌が良いのか」

「いや、東京でしょ」

「俺のささやかな喜びの気持ちを返せ」

 四位の髪はサラサラで、背中まで届いて長い。顔は中二にしてはちょっと大人びてるかな? と思えるほどには子供から抜け出しつつあるが、まだまだ垢抜けていなくて、笑顔はどこからどう見ても子供。

 白い肌は綺麗で、とても健康そうである。

「まぁ、田舎は田舎でいいんじゃないか。東京みたいにせかせかしてるのもどうかと思うぜ」

「東京の人ってやっぱせかせかしてるの?」

「いや行ったことないからわからんけど、都会人はそうだろ、多分」」

「まぁ、田舎はあんま好きじゃない。私、中一の秋頃まで札幌に住んでたから、田舎は慣れない。しかも、引っ越した理由が親の離婚よ、離婚。せっかく中学校生活を楽しんでたのに、親の都合で友達全てを失ったのよ。そして田舎に連れて行かれてさ。そりゃどんな子供だってキレるでしょ。自分は何も悪くないのに、とても理不尽で嫌な思いをする。それで夜中よく遊ぶようになって、そしたら親が山村留学行って頭冷やせ-! っていうの。冷やすのはてめぇだろって」

 いきなり、怒りをぶつけられても困る。まぁ、親の仕事の都合ならしょうがないと思えるかも知れないけど、さすがに離婚だと許せないだろう。もしも親になんで引っ越さなきゃダメなんだ。そう質問して「大人の事情」とか言われた日には、ネバーランドにでも行きたくなるさ。

 勝手に生んで、勝手に離婚して人生を大きく狂わせる。でも、子供は文句を言うことしかできない。学校で教師に理不尽に怒られようが殴られようが、子供はやっぱり文句を言うことしか出来ない。大人の事情という言葉はただの言い訳だ。それとも、大人の事情は世間一般的な事情とでも言いたいのか。

「宮坂君は?」

「こっちは、四位みたいに大きな理由があった訳じゃない。ただ、俺が疲れちゃったんだ。人付き合いが嫌いじゃないからこそ、人間関係に疲れるんだ。いっそ人嫌いで、誰とも関わらない人生を送っていれば、嫌な思いをしたりしなかったのに。そして勉強する意味もわからないし、学校が凄い嘘くさくてくだらなく思えて、どうせ頑張って勉強しても、就職出来ない可能性大の世の中だろ。勉強頑張っても報われない。そして俺は特技なんて何も無い。そういう事を考えて鬱になって俺を見てるのが嫌だったんだろ」

 山村留学で自然に触れて、世の中全てが綺麗に見えるのなら、人生苦労しないし犯罪や自殺だって起きないさ。

 俺達が話していると、武藤憲次も話に乗って来た。なかなか明るい雰囲気の男である。目元が少しタレていて、場を和ませるような顔つきだ。

「お前、札幌から来たのか。俺は稚内。遠いだろ?」

「北海道の端じゃん。ここまで来るの疲れなかった?」

 と、妥当な反応をしておく。いやしかし、稚内は北海道の最北端。函館は最南端。そして更に奥尻は函館からフェリーで数時間かけて行く。考えただけでも疲れる。

「当然。もうくたくた。しかも明日は自然体験だろ? めんどくせぇよ。ま、自然は嫌いじゃないからいいけど」

 武藤は何故山村留学に来たのか質問しようとしたが、止めた。あまり聞くことじゃないし、どうせ全員同じようなものだ。俺も四位も、簡単に言ってしまえば今直面している人生がなんかうぜぇしやってらんなくて、憂鬱そうにしている自分の子供を案じた親がおせっかいをしただけなのだから。

 俺達三人はすぐに意気投合した。武藤は俺と四位と違い、今回の山村留学で気分転換が出来れば良いなとか、まぁこういう体験をしておくのは、面倒ではあるが人生においてマイナスになる事は無いと思っているらしい。いやはや、立派である。

 見習うべきだな。下ばかり見て、前を見るのに怯えている俺は、弱い。しかし、前を見るということは現実に素手で殴りこみをする事だ。この恐ろしくもあり辛くもあり、そして楽しくもある現実が怖い。楽しさを味わえば味わうほど、それが失われた時のダメージは大きいし、また楽ばかり出来る人生なんてありえない。

 よく、沢山苦労したり嫌な思いをしても、週末に友達と遊んだり、ビールを飲んだりするような、一時の幸せを感じたい~、人はどんな事でも頑張って生きるんだみたいな台詞を聞く。でも、俺は幸せな時間より辛い時間の方が多い人生を必死こいてまで生きようとは思わない。何もそこまで頑張って生きるほど、この世の中良いもんじゃないだろう。

 大人になり、色々なことを知っていくうち、どんどん嫌なことや汚いことを知ってしまうのだ。中学生で精一杯なのに、これ以上辛い毎日を送るなんて考えたくもない。

「なんかね、人生はきっかけとか、考えようによって変わると思うんだ」

 武藤がそう言うと、四位はもみあげをくりくりいじりながら言った。

「そんな単純なもん? きっかけとか偶然はまぁわかるけど、考えようによって色々変わる? それだったら誰も苦労しないわよ」

「変わるさ。その気になれば、なんでも出来る。例えば、生まれつきめちゃくちゃ野球の才能がある子供に生まれたとする。でも、俺はメジャーリーグに行くんだ! くらいの強い気持ちで毎日練習しないと上手くはなれないんじゃないか? せっかく才能があっても、どうせ俺なんか無理だろ。みたいな事を思いながら練習しててもあまり上達しないし、そもそもいつか練習しなくなり、野球を辞めるかも知れない」

 つい感心して大きく頷いた。確かにそうかもしれない。目的や向上心を高く持たないと上には行けないんじゃないか。人間、やろうと思えばなんでも出来る。それは分かる気がする。そう、色々と出来ちゃうのさ。

 俺達三人は、山岡さんに寝ろと言われるまで話し続けた。しかし、他の二人。吉岡由梨と池崎誠也は黙っている。四位と武藤が話しかけたら反応はするものの、かなりそっけない。上っ面で話す事すら面倒らしい。気持ちはわかる。ただ、最低限の団体行動はしてほしい。心でどんな事を思っていようと、それを表に出すのはダメだ。確かに、人生でもここに来た事にも、不本意で色々納得できない事はあるかもしれないけど、ちょっとは空気読め。

 いや、待て。俺は人付き合いに疲れてはいなかったか? 一日目にして山村留学の効果が出たのか? いや、それは違うな。どうせこいつらとは、夏が終われば離れ離れになる。だからこそ、気楽に話せるのだ。もともと、人と話すのは嫌じゃない。ただ、学校での生活には疲れちまった。


 次の日、というか今日。山岡さんはスケジュールを発表した。奥尻島から、ボートで三十分ほど行ったところにある無人島で一日サバイバルをすると言い出した。まさかの展開に俺は驚く。いや、確かにサバイバル体験と言うのは自然に触れたり、機械なしで生活するのには持ってこいだろうが、何も無人島にまで行かなくてもいいじゃないか。物事、限度があると思う。つーか、無人島に行く必要あるのか。奥尻島なんて自然の宝庫なんだから、そこらへんの海でも良いじゃないか。考えが極端というか、ただのバカなのか、それとも本格的サバイバルが趣味なのか。多分、全部だろう。

 山岡いわく、無人島になんと小屋を持っているらしく、そこで過去の山村留学の生徒と二日か三日ほど泊り込みでサバイバルをしたことがあるらしい。誇らしげにそう言っていたが、山村留学の域を超えてはいないか? PTAやモンスターペアレントが黙っていないだろうに。

 さすがに嫌だったが、俺達に拒否権はない。せかされるようにボートに乗せられ、無人島に着いた。と言っても、島自体はとても小さく、ただ呆れるほどに木があって山岡さんが建てた自作の小さい小屋があるだけ。そんなくだらない事に使う力を、もっと他の所に向ければいいのに。まぁ、本島からそこまで遠いわけじゃないし、ちょっと日帰りで自然体験をするくらいなら、無人島なら雰囲気も出るし許せるかな。そう自分に言い聞かせる。人生妥協をしていかないとやってられない。高望みなんか、しちゃいけないのだ。

 島は見渡す限りの海。そして、画用紙を青色の絵の具で塗りつぶしたような青空。髪をなびかせる気持ちの良い風。人はもちろん俺たち五人と山岡さんだけ。うざったらしい車なんて通らない。面倒くさい人間関係もない。あるのは少人数の、いつかは会わなくなる人たち。そして何もかも忘れさせてくれるような自然。

 あぁ。いいね、この開放感。なんだか、檻から脱出して自由の地に降り立った気分である。そう、ここでは何もかもが自由だ。ただ、自然の中でやりたいように過ごせるのだ。あ、でも山岡さんの指示のもとで動くから、そうもいかないか。

 それでも、やっぱり自由なんだと思う。学校に行かなくていい。見たいテレビに急かされることもない。音楽を聴こうと思ったらイヤホンぶっ壊れてイライラすることもない。人は便利なものを沢山作った。しかし便利な世の中になるということは、死者が増えると言うことだ。車を作って、これまでどれだけの人間が交通事故で死んだ? 飛行機が墜落して何人が死んだ。船が沈没して何人が死んだ。人一人死ねば、遺族や友人も悲しむ。最近はネットのトラブルが原因で自殺する若者もいる。所詮人間も動物。便利な物を作っても、世の人全てがきちんと使う訳がない。それを考えると、便利な物で溢れてる現代と、何も無かった縄文時代ではどちらの時代の人間が幸せだったのだろうか。俺は、縄文時代の人だと思う。あの頃の人間はきっと、生きる事に真剣だっただろう。

 便利なものが増えれば増えるほど、死ぬ確率が増えている。でも、この無人島では火事が起きようもないし、ネットのせいで人間関係が壊れることも無い。何も無いから、何も生まれない。ここでは楽しみも悲しみも便利も不便もない。ただ、ここにいる人間だけで世界が回っている。そう、ただ回ってるだけ。

 しかし、もはや俺たち人間は文明の力を使わないと生きていけない。携帯やパソコンやテレビや車無しでの生活が考えられるか? 無理だろう。ある日突然文明全てが消えたら、人は何も出来なくなるし、生きる希望を失うと思う。一度文明の力を持ったらもう抜け出せない。麻薬と同じだろう。もしも神様がいるのなら、もう俺たち人間のことなんか放っておくだろう。神の怒りに触れてしまったとしたら、もう後戻りは出来ない。進化の先にあるのは破滅だ。

 でも、ここは自由なんだ。何も考える必要がない。無は一番の幸せだ。そんなの人間らしくないと言われれば、ちょっと言葉が出てこないけど、人間らしくなくても良いじゃないか。

「みんな。酔ったりしてないか?」

 俺たちはこくんと頷く。三十分程度ボートにいただけだし、波もおとなしいので別に大丈夫だった。

「俺はね、普通の事が嫌いなんだ。普通なら、そうだな。ここで道具を使って米を炊くなり、釣りをしたりするんだろうけど。それじゃちょっとありきたりだろう?」

 普通の事が嫌い。わかる気もするが、山村留学であまり奇抜な事はしないでほしい。面倒だから。

「じゃあ、何するんですか」

 と、吉岡が聞いた。

「うん。魚を鷲づかみしようと思ってる」

 俺は芸人なら、ずっこけていただろう。さすがに、それはあんまりだ。

「待ってください。そんなの無理ですよ。釣り竿とかないと……」

「だからな、道具を使うのは面白くないだろ。ほら、そこの小屋に荷物置いてきなさい。そうだな、いきなりってのもアレだから、三十分くらい小屋で雑談でもして、交流深めてなさい。俺はその間に魚が沢山いる所を探しておく。時間になったら呼ぶよ」

 俺たちはうんざりしたが、従うしかない。この楽園では山岡さんが神様なのだ。でも、この神様の言うとおりに動かなくてはダメでも、それでもここが自由な楽園であることに変わりは無い。この島での生活は無だ。何もない。何も無いという事は、幸せと言えるんじゃないだろうか?

 山岡さんは砂浜を歩きながら、キラキラ輝く海をじっと見つめ出す。釣りをする訳じゃないんだから、ポイントも何もないだろう。でも、何を言っても無理そうなので、小屋に行くことにした。

 太陽が容赦なく照りつけてくるが、それも気持ちのいい暑さだ。あぁ、この開放感! 今頃札幌にいる知り合いたちは狭い街や建物の中で、ぎゅうぎゅうになりながら、色んなことで苦しみ、苛立っていることだろう。でも、ここにはなーんにもないぞ!

 小屋は海岸のすぐそこにある。意外に綺麗で、丸太小屋はなかなか味があって良い。中に入ると、まず小さな玄関。木で作った靴箱らしきものがある。玄関の正面から見て右側にドアが三つ。左側にも三つ。一番奥に一つ。そこが部屋だろう。廊下の真ん中には木のテーブルと椅子が置いてある。

 俺は左側の一番玄関に近い所を。隣に池崎。そして武藤。右側の俺の正面に四位。その奥に吉岡。とりあえず部屋に入ると、何もなかった。テーブルと椅子。そして仮眠用の寝袋。窓がなく窮屈な感じがするが、まぁ小屋だしいちいち贅沢も言ってられない。

 俺はポケットの中に入っている物全てを床にばら撒いた。ここじゃ邪魔なだけだ。まぁ持ち物と言っても、音楽プレイヤーと小腹を満たすためのクッキーと財布だけ。携帯は山岡の指示により、全員家に置いてきた。この楽園では一番いらないもの。音楽プレイヤーだって、バッテリーが無くなれば聞けなくなる。

 はるばる奥尻島に来て、すぐにこんな所に連れてこられて疲れていたので、俺は横になった。そして、つい眠ってしまった。


 俺を起こしたのは、山岡さんではなく悲鳴であった。突然の叫び声に、俺は心底驚いて文字通り跳ね起きた。凄まじい勢いでドアを開け、小屋の外に出た。すると、四人がボートの前に立っていた。皆の所に行くと、そこには死体が転がっていた。山岡さん。

 ……ということがあり、今に至る。

 目の前が真っ白になった。そして吐きそうになる。山岡さんの右肩と右のおなかの部分から血がどくどくと流れている。死んでいる。俺はとっさに後ろを向いた。振り向いた正面にあるのは、小屋だけ。当然だ。

「おい! どうなってんだよ!」

 池崎は叫んだ。そして、武藤と俺を睨んで言った。

「お前らか! お前らが殺したのかっ」

「ち、違う。俺じゃない」

 俺も大きく頷く。しかし池崎は豪快に唾を飛ばしながら、なおも食ってかかる。

「じゃあ誰だよ! 俺たち五人以外に犯人いるわけないだろう? 山岡を殺したのは、俺たち五人の誰かなんだぞ。……いや、俺以外のお前ら四人だ!」

 池崎の叫び声は、耳によく響いた。人間、こんなでかい声出るんだなとバカな事を思う。しかしちょっと待て。俺達五人と決まったわけじゃない。

「じ、自殺かもしれない。もしくは他に人がいたのかもしれないじゃないか。探すんだ!」

 しかし池崎は首を横に振る。

「バカかお前っ。島から早く逃げるんだよ」

 自分に呆れた。頭がおかしくなって、この島から出ることを考えていなかった。死体。血。海。空。草。木。目の前にはそれしかない。なんだよ。なんだってんだよ! ありえないだろ。無人島? なんだそれ。意味がわからない。帰してくれ。さっさと俺を札幌に帰してくれ。ただ全てが面倒で、ちょっと学校サボっただけだろ。なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。なんで死体転がってるんだよ。自殺? そんなの考えられない。いや、でも人生考えられない事だって起きる。でもわからない。自殺なんて考えられないし、かといってここにいる五人が殺したとも思えない。

 俺たち五人は、見つめ合った。四位は挙動不審。吉岡は口が震えている。池崎は怒りで顔がとても赤い。武藤は顔が青白い。

「と、とにかく島から出ようよ! は、早く警察に」

 吉岡はそう言った。しかし、ボートのエンジンに鍵はささっていない。鍵は、山岡さんのポケットにあるのだろう。皆もそう思ったのか、全員が黙った。しかし池崎が、耳をふさぎたくなるほどの大声で叫んだ。

「お、俺が取る!」

 池崎は山岡さんの死体へ走って行った。山岡さんは血だらけだ。ついさっきまで、普通に喋ってた人間もたった数十分の間にあぁなってしまうのか。池崎は山岡さんの死体の前で座り込むと、エサを貪り食うライオンのように、山岡さんの服のポケットなどをあさり始めた。手に血がドロドロとつくのも気にせず、とにかく探す。

 ズボンのポケットをしばらく探していたが、どうやら無いようだ。次に小さい鞄の中を全部出す。出てきたのは中に水が半分ほど入ったペットボトル。腕時計。それだけ。そして死体の近くの砂を掘りまくる。俺たちが呆然と見ている間、ひたすら砂を掘り続けた。しかし、いくらあさっても鍵は出てこない。池崎は青ざめたが、頭を大きく振るとボートへ走った。

 ボートにある魚を入れるためのケースを開ける。当然空っぽ。狭いボートを見渡すが鍵は落ちていない。池崎はボートの上でこちらを振り返ると、言った。

「無い。鍵が、どこにもない」

 すると、四位が呟いた。

「そんな……。じゃ、じゃあここから出られないんじゃ……」

「け、携帯!」

 吉岡はそう叫ぶとポケットに手を突っ込んだ。しかし、俺達は山岡さんに言われて携帯を家に置いてきている。ここは無人島だが、別に日本海のど真ん中にいる訳ではない。もしかしたら通じるかとも思ったが、携帯が無ければ話にならない。

 まだ実感が沸かなくて、焦りや恐怖は感じない。だが、一秒一秒と時が進むにつれ、どんどん負の感情は増してくる。無人島。脱出不可能。食料と水は、俺のクッキーと山岡さんのペットボトルの水だけ。もしも自殺じゃないとすれば、犯人は自動的に俺達五人。

 そして……。

「おい、凶器はどこだよ。鍵も、凶器すらも無いのかよ」

 俺がそう言うと、全員が死体を見た。死体近くにも、どこにも落ちていない。全員の顔が真っ白になった。まさに最悪。極限状態。この世に神が存在するのなら、その神とは死神だ。

 世界は回っている。一秒、一時間と時を刻んでいる。でもこの楽園では時は動かない。動いても、意味が無い。


 俺達は、血眼になって鍵を探した。凶器が無いのは不気味だが、そんなのどうでもいい。とにかくここから出られればいいのだから。死体の存在に吐きそうになりながら、とにかく探す。灼熱の太陽のせいで倒れそう。でも鍵を探さないと、俺達は太陽のエネルギーに殺されそうだ。いや、そうでなくともこの極限状態のままだと、俺達は死ぬ。もう何も考えられない。正常な思考回路じゃない。それでも、頭の底にはハッキリと死という文字が刻まれている。助けが来なければ、死を迎えるのみ。

 鍵を探せば探すほど、どこにも見当たらない凶器の存在に恐怖を感じる。世の中狂ってると思っていたが、それは間違いじゃなかった。鍵はどこにもない。砂浜を掘っても掘っても出てこない。

 殺される。ふいにそう思った。この中の誰かが、山岡さんを殺したんだ。この楽園の神様を殺したんだ。せっかくここで、縛りのない自由な生活を少しでも過ごせると思ったのに。楽園は楽園でも、天国のような絵に描いた楽園とは言いがたい。つーか、地獄だろこんなの。

「だ、誰よ!」

 急に吉岡が叫んだ。

「殺したの誰よっ。さっさと鍵、出しなさいよ!」

 みんなが吉岡を見る。

「これだけ探してもないんだもん。誰かが持ってるんでしょ。ねぇ、誰よ」

 そうだ。それはもちろん俺も、みんなが思ってた事だろう。もうこれ以上探してもムダだ。俺は額から出てくる汗を腕でふきながら言った。

「全員で検査だ。もしも嫌だと言うなら、そいつが犯人だ」

 池崎が、俺を真剣な目で見て、やはり大声で言う。

「そうだ。検査だ。そして鍵なりナイフなりを持ってる奴がいたら、そいつを殺して逃げればいい!」

 殺して逃げればいい。それを聞いても、誰も動じない。なにもわざわざ殺す必要も無かろうに。ふいに、全員犯人ではないんじゃないか、と思う。例えば、例えばである。俺が犯人だとする。そして鍵と凶器、おそらくナイフをどこかに隠しているとする。もしもそれが自分のポケットの中にあって、検査をすると言われたらどうする。そして犯人がわかったら、そいつを殺して逃げると言われたら……?

 俺なら、まず間違いなく動揺を顔に浮かべてしまうだろう。しかし、全員そんな様子は無い。むしろ、検査するのは当然だという表情をしている。では心の中はどうなるだろう。全員殺して自分だけ逃げる。この楽園で一生過ごせればいいなと思うが、そんなの無理な事くらいちゃんとわかってるさ。いやでも、殺してしまえば法の裁きを受ける。それは面倒だ。いやそもそも、何故山岡を殺さなきゃならないんだ?

 意味がわからない。何もわからない。山岡が死んだ理由も、殺した奴の思惑も。

「し、四位さん。失礼するよ」

 吉岡はそう言うと、四位のスカートのポケットを漁りだした。何も出てこない。スカート以外にポケットはない。吉岡はしばらく四位の体をながめ、お腹や背中あたりを触ったが、もちろん無い。ポケットがスカートの所にしかないし、まず背中やお腹に入れてたらストンと落ちてあっという間にバレて、みんなにボコボコにされてる所だろう。そう思っていると、突然吉岡は四位のスカートを思い切りめくり上げた。

「キャっ! ちょ、ちょっと何すんのよ!」

「念のため」

 それはあんまりじゃないか、吉岡。ていうか、ミニスカートで太ももまで見えてるから、隠しようがないだろ。俺ら野郎共はちょいと興奮したが、今はそれどころじゃない。気を取り直して、次は四位が逆襲にかかる。

「吉岡さんはどうなのよ」

 四位はミニスカートに上がTシャツという、オシャレっ気も何もない格好。まぁ、こんな所でオシャレしてもしょうがないが。吉岡も同様スカートで、上はチューブトップ。四位はスカートのポケットをあさるが、出てこない。次におなか、背中と、吉岡と違い体を丹念に触って慎重に探す。当然何もない。

 つーか、もしも隠してたら解る。服の下にうまく隠せたとしても、今の四位のように、強く肌を触り、くまなく探せばいつか鍵に触れてしまう。それはみんな理解してるはずだ。これが今冬で厚着をしていればまだ話は別だけど。Tシャツやスカートの下にどうやって隠すんだ。

 俺達男も気色悪いがポケットなどを探しあうが、何一つ出てこなかった。男は全員上を脱いだが何もなし、そしてジーパンに隠している様子もなかった。ジーパンの中に鍵があれば、触った途端にわかる。全員靴と靴下を脱いだが、何も無かった。

 沈黙が流れる。鍵はどこに行った? 凶器だって無い訳ないんだ。凶器が無くて殺人はありえない。首を絞めたなら凶器はいらないかもしれないが、あの通り死体は血だらけなんだ。

 何も喋りたくない。どんどん押し寄せる恐怖に潰されて死にそうだ。疑心暗鬼。この中の誰か一人が演技をしている。誰かが黒。殺人者。残りの四人が白。黒はいらない。消さねばならない。大丈夫。数では勝ってる。犯人がわかった瞬間、その時は……。

「部屋。部屋はどうだ!」

 と、武藤が叫んだ。 

 急いで小屋に入り、それぞれの部屋を皆で見ることにした。まず、俺の部屋。先ほどばらまいたクッキーと音楽プレイヤー。それだけ。部屋は寝袋しかないから、他に何を探すということもない。

 次に池崎の部屋。持っていたのは財布と音楽プレイヤーに、文庫本一冊。武藤の部屋に至っては持ち物無し。そして女子の部屋。男は俺を含めて、皆ポケットに全て突っ込んできたようで、鞄などは持ってない。しかし女子二人は小さいポーチを持っていた。持ち物は多いはず。

 四位の部屋には、小さい黒色のポーチがちょこんと置いてあった。四位はポーチのチャックを開けて中をばらまく。財布、手鏡。口紅などの化粧道具が少し。他にバンソーコーとペンにメモ帳。

 女子らしく手鏡や口紅があったり、怪我をした時のためのバンそーコーや、ペンとメモ帳があるが、だから何だという話である。吉岡のポーチの中はリップクリームがあっただけである。

 沈黙が続く。全員見つめあう。その目はとても曇っていて、人間とは思えないほどに憎しみなどの負の感情がこもっているように見える。どういうことだよ。犯人の奴、何か言えよ。

 突然、池崎が武藤の顔面を右手で掴んだ。

「おい池崎!」

「結局誰だかわからねぇだろ。一人ずつボコっていけば犯人の奴は吐くだろ」

「アホな事言うな」

 俺は池崎の腕を思い切り掴んで引き離した。

「それにそういう事言うなら、まず言いだしっぺのお前を殴ってもいいんだな」

「ふざけんな! 俺はやってない!」

「この状況でそんな台詞通じると思ってるのか!」

「や、止めなよ二人とも」

 四位がそう叫んだ。

 ダメだ。狂って暴走寸前。一体何がどうなってるんだ。池崎か、武藤か? 四位なのか、吉岡なのか? 誰だよ。さっさと私が犯人ですと手をあげろ!池崎はまた吠える。誰だよ殺したの! とか言いながら、壁を殴りつける。

 そして壁を何度も殴ると、振り返って吉岡を睨む。すると、なんと池崎は吉岡に飛び掛った。馬乗りになり、腹を一発殴る。ヤバイ。完全にタカが外れた。四位は顔を覆って叫ぶ。吉岡は両手で武藤の頭を必死に殴りまくり、聞き苦しい叫び声を上げる。必死に俺と武藤が引き離すと、池崎は急におとなしくなって床に座り込んだ。

 ダメだ。ダメだ。この五人の中で狂ってるのは一人だけなんだ。全員が暴走したらもうお終いだ。ここは自分がなんとかしないと。俺は性格が悪い。冷血な人間なのだ。これまで沢山の嘘を言ってきたし、自分は心の無い人間だと思う時はいくつもあった。

 そんな俺だ。そう、俺はダメなやつだ。その分、心は無い。だからこんな時でも、冷静になれる。そう、俺は冷静になれるはず。

「落ち着け。この中の誰かが殺人者だけど、言い方を変えれば四人は正常なんだ。ここは一つ、しばらく頭を冷やしてから話し合おう。そうだ、考えるんだ。もう考えるしかないだろ。冷静にならなきゃ通常の思考回路で動けなくなる。考えて、そして……。そう、誰が犯人の可能性が高そうか話し合うんだ」


 俺達は、島に散り散りになった。みんなふらふらとどこかに消え、俺は死体の所にやってきた。当たり前だが、俺は探偵でもなんでもない。ただ、ミステリ系の小説や漫画が好きでよく読むだけ。普通の中学生。

 しかし、バカらしいけどこういう状況になってしまった以上、もう小説や漫画、テレビで知った知識だけで考えるしかない。冷静に、考える。せめて俺だけでも感情を殺して無になれば、なんとかなるかもしれない。俺は、人生というものを諦めている。だから、この何も無い島が気に入ったのだ。悲しみも何も無いからね。

 出来る。感情を無くせる。出来るはずだ。そして、考えろ。一人の狂った人間のせいで、まともな人間が迷惑する必要はないのだ。でも、世の中そういう理不尽なことはある。だから、面倒なんだよな。

 死体を見る。傷は体の右側に集中している。どこからどう見ても、右のお腹部分の傷が深い。血の量もハンパじゃない。他には右肩からも血が出ているが、少量だ。右腕からも血が出ている。

 ……右、だな。

 右側に傷が集中しているのは、何故か。考えてみる。まず俺は右利き。そして正面に山岡さんがいる。右手で刺したとすれば、真っ直ぐ刺せば体の左側に刺さるだろう。でも真ん中を刺す可能性だって当然ある。右側を刺しても、特に不自然ではない。

 思い切って死体の周りを歩く。肩をよーく見る。そして足で死体を蹴ると、右肩は右肩でも、背中側の方に血が沢山ついているように見えた。もう一度考える。正面に山岡さんがいる。右手を突き出す。どこの部分に手を出そうが、当然正面を刺すだろう。しかし、血は肩の後ろから出ているし、服も肩から背中にかけて破れてる。

 少し考えただけだが、右手で右肩の後ろ側を刺すって、さすがにやりにくくないか? なんにしても、正面から向かって行って後ろを刺すのはおかしい。お腹を刺した後に肩を刺したのか? それは無い。とどめは絶対に腹だ。心臓刺した後に肩刺してどうする。

 ふと思う。もしもほとんど密着している状態でやったらどうだろう。それだったら、もしも犯人が左利きなら一番刺しやすいのが、右肩であろう。そして、正面ではなく後面。イメージとしてはそうだな。山岡さんに抱きついたとする。そして左手に隠し持った小さいナイフでも忍ばせる。そうすると、一番刺しやすいのは体の右側じゃないか。密着していれば体の後ろ側。

 右利きの奴が密着したらどうだろう。イメージしてみる。わざわざ右肩に腕を伸ばして刺すなら、左肩あたりが一番刺しやすいかな?

 いや、それはかなり浅はかな考え方だ。刺された場所で犯人の利き腕を考えるなんて、くだらなすぎるぜ。しかし、俺にはそれが限界だ。俺はミステリ小説の主人公じゃなく、ただの中学生なんだ。創作物の登場人物のように、誰もが驚くような発想や推理が出てくるわけない。

 しばらく考えこんでいると、ふいに後ろから声をかけられた。

「宮坂君」

 後ろには四位がいた。

「こんな所にいたら、気が滅入るよ」

「もうこれ以上気が滅入りようもないさ」

 四位は何か思いついただろうか。

「なぁ、お前ミステリは好きか」

「は? 何よいきなり。まぁ、結構好きだけど」

「アガサと言えば?」

「阿笠博士でしょ?」

「アガサ・クリスティーだろうが」

「なんでいきなりそんな質問するのよ。死体見て頭おかしくなったの」

「そうかもしれない」

 ただ、四位が超ミステリオタクなら、何か良い発想でも出てくるんじゃないかと思ったのだが、その望みは絶たれてしまった。

「とりあえず、移動しましょ」

 四位に急かされて、小屋の中に入り、廊下に置いてある椅子に座った。

「ねぇ宮坂君。不思議だね。目の前で人が死んでて、犯人はこの中の誰かなのに、時間が経つと一応平静は保てるようになってきた」

「それは何よりだ」

「他にもっと、何か言わないの」

「何かってなんだ」

「女の子を気遣うような台詞」

「そんな事言われても」

 四位はわざとらしく溜息をつくと、目をじっと見つめながら言った。

「助け来るかな」

「どうだろうな。山岡さん独身だからなぁ。これで奥さんでもいりゃあ、すぐに気づいて助けに来てくれるんだろうけどな。結婚くらいしとけよって」

「そうよそうよ! ってそうじゃなくて、このまま助け来なかったらどうするのよ。私たち死んじゃうよ」

「突然ノリ突っ込みされても困るんだけどな。とにかく、まずは世間話でもして心を落ち着けるしかない。……そんな俺を汚物みたいな目で見るなよ。早く犯人は誰なのか考えたい気持ちはわかるけど、ぶっちゃけ平常心にならないと何も出来ないぞ。全員頭狂ったら助かるものも助からない」

 俺は唇を舐めた。こんな状況だから、雑談でもしていないと気が狂って暴れそうなのだ。感じたことのない恐怖が、心臓を大量の虫にじわじわと食べられてる感じ。壮絶な状況に陥り、自分の力ではどうしようもない事があまりにもハッキリとわかりすぎている。

「いいか? 犯人は誰なのか考えてもわかる訳ねぇだろ。だから、何故山岡は殺されたのか考えるんだ」

 しばらく黙って見つめ合っていると、部屋から武藤が出てきた。

「お前ら、さっきから何話してるんだ。助けを待つしかないんだぞ。無駄に喋ると喉が渇く」

 もっともだ。しかしな武藤。ここで助けが来るまで黙ってたら頭がおかしくなる。もういっそバカ話でもしていないと頭が爆発して、自分を見失いそうになる。自分だけは見失いたくないんだ。結局なんだかんだ言っても自分だけは可愛いし大事なんだ。

 我を忘れてしまうのが怖い。

「武藤、お前唇震えてる。そんな状況で助け来るまで待つのか。そんな状態で、また池崎にキレられたらどうするんだ。何するかわからないだろ」

「そりゃあ……。今は何かの拍子で暴れ出しそうな自分がいる。でも!」

 池崎は突然大声を上げた。

「無人島に来たら、いつの間にか死体が転がってたんだぞ! 尋常ないだろっ。ありえないだろっ。どうすればいいんだよそんなのわかるか? わかるわけねぇだろ。犯人は自分を覗いたら四人だと皆思ってる。いやもしかしたら自殺したかもしれない。それだったらまだ気が楽だよ。とんでもない自殺騒動に巻き込まれたな。早く助けが来ないかと待つだけだもんな。でも自殺と決めつけられる証拠があるか。無いだろ! それにあんな無残な死に方、素人から見ても殺されたとしか思えない。だったらやっぱりこの島に人殺しかいる。宮坂かもしれない。四位かもしれない。吉岡かもしれない。池崎なんて特に怪しい」

 ヤバイ。このままだと武藤は何をするかわからない。四位は怯えた表情で武藤を見ている。俺はとりあえず武藤を強引に椅子に座らせる。

「落ち着け。とにかくだ。誰が犯人だろうがなんだろうが、ここから出られりゃいいんだよ。逃げる事だけ考えるんだ。でも、今のお前にその方法が思いつくか。平常心になって、いかにこの状況から抜け出せるか考えるんだ。ほら平常心」

「平常心……」

「そうだ武藤。無人島とか孤島と思うから怖くなるんだ。ぶっちゃけこの島、奥尻本当から三十分程度だぞ。山岡だって何も孤独な人間じゃない。知り合いが助けに来てくれる」

「そ、そうだよな。て、ていうかそもそも初対面のじいさん殺す理由なんて無いもんな。多分あいつは、自殺したんだ。そして最後に子供を怖がらせて死んだんだ。趣味の悪い奴なんだ」

「そうだ。だって山岡、無人島で子供に魚をわしづかみさせるような奴だ。相当おかしいぜ」

 と、武藤は次第に笑顔になりながら言う。

「い、言われてみればそうだよね。あいつおかしいんだよ。そ、そういえば昨日私と吉岡さんの太ももじっと見てたっ。ロリコンだロリコンっ」

 四位がそう言うと、武藤は手を叩いて笑った。その笑いは純粋な子供の笑いではなく、理性を失って人間らしさが見られない、とてもぎこちない笑い方だった。

 まぁ、とりあえず武藤から怒りの色が消えた。しかし、このままバカ話を無理矢理続けていたら、キレはしなくともそれこそ頭がおかしくなってしまいそうだと思った。

 微妙なバランス調整が難しい。考え込みすぎると、理性は失わないけど怖すぎて気がおかしくなり。かと言って、心を落ち着かせようと雑談しても、無理矢理平和な話をすると理性が吹っ飛びそうになる。

 しかし一番怖いのは、黙って無になることだ。黙って心の中で色々な事を考えて悶々としているのが、人間一番辛いと思う。昼学校に行っている間、友達と楽しい雑談をずっとしていたとしても、夜自分の部屋で一人になると、突然寂しく憂鬱になる時があるように。

 おかしい。無は一番楽なはずじゃないのか。でも、俺は必死に喋ろうとしている。なんとか池崎に平静を保ってもらおうとした。なんでだ? もしかして俺は、ただ人と会話しているというだけで、安心しているとでも言うのか?

 違う。俺は人と会話するだけで気持ちが落ち着くような神経は持ってない! 人は人を裏切る。すぐに友達を止める。この前まで仲良かった友達が、ある日突然自分の悪口を言うときがある。

 何もしていないのに、裏で勝手に誤解されて、あまり関わったことのない人間に避けられる事だってある。俺はそういう学校という世界が嫌になったはずだ。それでも尚、俺は人と話していて落ち着くって言うのかよ!

 もしかしたら四位か武藤が殺したのかも知れない。だとしたら、自分の身が危ないかも知れない。何をのんきに話しているんだ。

 だが、俺達三人は少なくとも、吉岡と池崎よりかは安全だと思っている。思っていなかったら、三人で椅子に座って話そうなんて考えない。俺も、四位と武藤とは会った時に気があったので、まだ心を許せる。だがそれは感情での話しだ。今、この状況で、そしてこの島では感情なんか必要ない。こいつとは話が合うから大丈夫そうだなんて思えない。

 でも、こいつは違うんじゃないか? という相手がいないと本当に恐怖と絶望に潰させて発狂しそうなのだ。笑いが出そうになる。一人が良いと思ってた。人間なんかと関わってもロクな事にならない。自分が悪かろうが悪くなかろうが、これまで何人の人を傷つけ、嫌われ、失ってきたのだろう。人生そういうものかもしれないが、人生そんなもんだと割り切ることが出来なかった。それに嫌気がさしていた。なのに、一緒にいて安心出来る人間を求めてる。

 しばらくすると、部屋から池崎が出てきた。無言で椅子に座る。そして吉岡も気配を察してか、池崎動揺無言で椅子に座る。俺達三人はつい池崎と吉岡を睨んでしまう。

 ここでふと思いつき、俺は言った。

「クッキー、食べるか? 腹減って動けなくなったらどうしようもないだろ」

 皆の反応を見ずに部屋に行き、クッキーを持って部屋に戻り、また椅子に座る。一人ずつ渡していく。もしも誰かが左手で受け取ったら、そいつを犯人第一候補にしよう。単純すぎる考えだが、それしか思いつかない。

 武藤と四位は右手で。吉岡も右手。そして池崎は……。

 左手で受け取った。俺はやはり、と思った。池崎が一番怪しいと思っていたが、やっぱり池崎なのか。しかし、そんな甘い考えでこの状況が解決されるはずはないんだと、すぐに思う。死体の刺された場所から犯人は左利きだと考え、その結果池崎を犯人だと思うなんてさすがに浅はかすぎる。人生、そんなチョコレートみたいに甘ければ苦労しない。確かに性格からして池崎が一番怪しいが、それでも他の三人に対する疑いが消えるわけがない。

 今はまだ、ただ池崎が第一候補にいるだけだ。


 クッキーを食べた後、俺たちは自室に戻った。床に寝転がり、考える。突然の山岡の死。大量の血。見つからない凶器とボートの鍵。俺たち五人……。いや、あいつら四人の誰かが犯人なのだ。今、この小さな建物に、人殺しがいる。

 ダメだ。体が震える。俺は起き上がった。人殺しのいる島なんかにいられるか。ここは完全に閉ざされている。電気も水もない。食べ物もない。

 ちきしょう。これで人殺しがいなければ、俺はここでつかの間の楽園を築けたのに。食料などは、たまに本島に戻って持ってくればいい。そして、俺は誰に何も言われずに生活したかった。ここでそういう生活が出来れば、若いうちに死んでも構わない。

 当然、そんな事出来るわけないと頭ではわかってる。幼稚な発想だと気づいてる。でも、もう現実は嫌なんだ。なんとかしてこの楽園を手に入れたかったのに。ずっとここで暮らすとは言わないけど、この楽園を手にしてみたかった。生きるのが辛い。この年で人生が苦しかったら、大人になったらどんだけ辛いんだよ。それを考えるとゾッとする。

 バスや電車に乗っていると、疲れ切ったりつまらなさそうな顔をしているサラリーマンが沢山いる。だらしなくスーツを着て、髪はボサボサか禿げている。そんな大人になるために、俺は学校に行き、近い将来努力して就職活動をするのか。そんなの嫌だ。そんな大人になるために生きるなら人生なんて捨ててしまいたい。じゃあ立派な大人になれば良いという話になるだろう。でも立派な大人になれる自信なんか無い。また、人生を思い切って捨てる勇気もない。生きるのも死ぬのも面倒だし嫌だ。

 何にしても、この場所は地獄だ。ここで死ぬのは嫌だ。人生はどうでもいいけど、最後くらいは人として綺麗に死にたい。それはわがままだろうか。幼稚すぎるだろうか。でもここが地獄なら、脱出しなければならない。楽園と現実なら当然楽園を選ぶが、地獄と現実なら現実を選ぶ。

 犯人は誰だ。冷静になれ。冷静に考えろ。たかが中学生だ。巧妙なトリックなんかあるはずない。推理小説のような、難解な推理なんか必要ないはずだ。しかし、答えまでたどり着くヒントが何もなければ、簡単なトリックでも難しい。数学の計算だって、簡単な計算式でもまずやり方を教えてもらわなければ何をどうするのかさっぱりだ。

 感情はいらない。こういう事で、あいつはやりそうにないとか、そんなの関係ない。でもそれは大丈夫。俺に感情なんてない。人付き合いに嫌気がさしてそういうのは捨てているはず。冷酷になれる。

 そうだ。皆の考えている事を聞いてみようじゃないか。どう思っているか。そして、四人の意見を聞いて、何か変な事を言ったり矛盾したことを言ってる奴を探すんだ。明らかにおかしな事を言っている奴がいたら、さすがにハッキリとおかしいと思えるだろう。

 俺はさっそく、部屋を出て一人一人の部屋をノックして、廊下のテーブルに集まった。

「どうしたんだよ。急に。俺たちはもう、助けを待つしかないだろ。誰かが人殺しなんだから」と、武藤は言いながら池崎をチラ見した。池崎が犯人だと睨んでるらしい。

「俺たち五人。自分の推理を言い合うんだ。そして、誰を犯人だと思ってるか言う。それでもし何か変な事を言う奴が居たら、そいつから更に話を聞く」

 四人とも黙り込んだ。しかし、池崎はニヤリと笑って言った。

「いいじゃん。じゃあ、まずお前から言え」

 俺は頷いた。言いだしっぺだからしょうがない。

「まず、無くなったナイフと鍵。これは置いておく。一番大事なのは、そもそも何故山岡が殺されたのかという事だ。そして、どうして凶器と鍵を隠したか。あるいは捨てたのか。この行動で起きるメリットはなんだ? 俺はそう考えたけど、何も思いつかない。でも、このまま何もなく終わる訳は無い。山岡を殺して、それで全て終わりか。そんなの絶対ありえない。そしてこのまま終わらないという事は、この中の誰かが、何かを狙っている。狙っているものはなんだ? 命だよ。人を殺してるんだから、それしか目的は考えられない。そして次に、殺しの理由考え無しに、物理的に考える。殺せたのは誰か。まず女じゃ難しいと思う。山岡は中年だけど、そこまで年はとってない。ふいをつかれたとしても、子供相手にそこまで遅れはとらないだろう。子供の女なら力も弱いし、なんとかなるだろう。でも争った痕跡はない。そう考えると、俺と武藤と池崎。でも、俺はやってない。だから、武藤か池崎。そう考えると……」

 俺は息を大きく吸った。心臓の鼓動が早くなる。

「池崎だ。お前は力が強い。それはさっき暴れた時によくわかった。お前なら、あっさりと刺し殺せても不思議じゃない」

 それっぽく言ったが、言い終えるとなんとも幼稚な言い分だ。最後は結局、力が強いから殺せそう。そんな理由。池崎は意外と黙っている。顔はかなり怒っているが。

「百パーセントそうだと思ってるのか?」

「いや、それは無い。この場にいる四人の誰かが犯人に決まってるんだから、どうしても疑わなければならない。その上で、一番可能性が高いと考えたのがお前だ。でも、今言った俺の説明は、幼稚で推理とはお世辞にも言えない。殺す動機とか分かればいいんだけど、俺たちは昨日会ったばかりだ。お互いのことを何にも知らない。そんな状態で推理もクソもあったもんじゃない。だから物理的に考えるしかないけど、あいにくお手上げ」

 俺がそういい終えると、四位が「えっと」と小さく呟いた。

「私は、動機とか誰が一番殺せる可能性が高かったのか……。とかは考えない。だって、宮坂君も言ったけど私達は会ったばかりなんだよ。動機とか、そういう感情的な事はわからない。ていうかなんで山村留学先の里親を殺さなきゃならないのよ。初対面の人を殺すなんて無差別殺人しかありえない。そして一番のポイントだけどね、そもそも山岡さんは、私達が小屋で休んでいる間に死んだんだよね。死体見つけた時の話をするけど、まず私と吉岡さんが同時くらいに部屋から出てきて、椅子に座って話してたの。そのうち私達の話し声につられたのか、武藤君と池崎君も出てきた。宮坂君が部屋から出てこないから不思議思って部屋覗いたら、熟睡してた。起こしちゃ悪いから放っておいたけど。で、山岡さんがなかなか戻ってこないから、外に出て死体を見つけ、やっと宮坂君が出てきた。つまり、その時点でどう考えても私達に殺せる暇なんて無かった。四人は小屋で話してて、一人は寝てた。そうなると、何が一番現実味のある話になる? それは自殺。それしか考えられない。山岡さんは自殺して、凶器と鍵を海に投げた。なんで自殺したあげく私達を閉じ込めたのかはわからないけど」

 四位は言い終えると、小さく溜息をついた。

 自殺か。やはりそれが一番現実的な考えだよな。でもあの刺され方はどうしても自殺には見えない。死のうとしている人間が、あんなに深い傷を何カ所も刺せるか? 何より、その後に凶器を隠すなり捨てる力が残っているとは思えない。凶器を捨てる意味も無い。でも、俺の言い分よりかはまだ現実的だ。

 次に武藤が口を開いた。

「まず俺は、池崎が怪しいと思ってる」

「俺、人気者だなぁ」と、池崎が腕を組んで武藤を睨みながら言う。

「ただ、それはただお前の性格を考えての意見だ。一番人殺しそうな凶暴な奴は、この五人の中だと絶対に池崎。でも、性格だけで考えるのは浅はかすぎる。あくまでも一番やりそうな奴は池崎だと思ってるだけで、実際に実行した人間は別だと考えてる。そこで考えたのは、複数での殺人だ。ここは島で視界も広い。小屋から出たのに気づかれなかったとしても、子供が大人をそうあっさり殺せるだろうか? 数箇所傷があるけど、叫び声が聞こえなかったから即死と言わないまでもすぐに殺せたんだろう。となると、複数と考えるのが現実的だ。この中に暗殺者がいる訳ないしな。で、こっからは完全に想像つーか妄想で、俺自身そんなはずないと思ってる。ただ、可能性として考えた場合、複数となると四位と吉岡だ」

 四位と吉岡は目を見開いた。まさか、という表情。

「いや、お前ら二人がやったとは思ってない。でも、こういう状況だから少しは疑ってる。でもそれは全員そうだろ?」と言いながら、俺をチラ見する。

「一番ありそうな話はなんだろうと思って、一つ考えた。それは昨日、山岡さんが昨日の夜、君達二人に何かいやらしい事をした。その復讐」

 四位と吉岡は、二人同時に手を叩いて甲高い声で笑い出した。

「それ、本気で言ってるの?」

 と、冷たい笑いを残した顔で吉岡が言う。

「そんなに笑うなよ……。こんな状況でごく普通の人間である俺が、カッコ良い推理を考えられる訳ないだろ。ほとんど冗談さ。でも、現実的に考えたら複数が一番ありそうじゃない? 中年のおっさんにイタズラされ、復讐がてら孤島で殺しちまう」

 それはねぇだろ。何か言おうと思ったが、武藤はほとんど冗談で言っているし、あまりにもアホくさい話なのでスルーする。そんな話にいちいち付き合っていられるか。

「ていうかあんなおっさん。お金もらってもやらないわよ」

 そう四位が言うと、吉岡が笑いながら言い返した。

「私なら、三万もらえば考える」

「考えるのかよ」

 俺がそう言い返すと、「べっつにー。どうなってもいいよ」と、吉岡はさらりと言った。四位は、自分の過去の恋愛話をぺらぺらと喋る男を見るかのような目つきで吉岡を睨んでいた。

 なんと屈折した女だろうか。しかし、自分の体がどうなってもいいと考えている女は、確かにいる。それが子供でもね。それが現実である。

「で、私だけど」と、吉岡が居住まいを正しながら言った。

「まず聞くけど、凶器は何だと思ってる?」

 全員が「ナイフ」と答えた。

「あっさり決め付けちゃダメだと思う。考えてみて。ナイフで刺すわよね。血がドバーって出るわよね。そしたら返り血を浴びるよね。その返り血はどうするのよ? こんな何もない所にいながら、短時間で血を綺麗に拭き取る事が出来る? それにナイフをどこに隠せるかしら。海に投げたら、投げた所が血で染まっちゃうかもしれないわ。小屋で休んでる時間に血を完全に拭き取ってナイフも絶対見つからない所に隠すなんて無理よ」」

「だから?」と、武藤が聞いた。

 急に吉岡は黙り込んだ。怪しい。こいつは確かに怯えているが、どうも他の人と比べると、ほんの少しだが余裕が見える。気のせいかもだけど。それに、今の話はなんだか生々しい。

 ただ、今の話で確かに凶器はナイフ以外もありえる事は頭に入った。死体を見て、ずっと凶器はナイフだろうと思っていたが、吉岡の言うとおりナイフ以外だってありえる。でもナイフだろうが出刃包丁だろうが、凶器は見つからないし、何かで山岡さんが殺されたことに変わりは無い。結構どうでもいい事だぞ、吉岡。

 黙りこくっている吉岡は、俺たちの顔を順に見た。

「あの……。ごめん。これ以上は特に考えてない」

「おい、なんだよそれ」と、池崎が突っかかった。

「なんだって何よっ」

「そのまんまだバカ野郎!」

「わからないものはわからないわよっ。わかりゃ苦労しないでしょうが!」

 まぁ、そりゃわからないさ。でも仮説くらいは立てろよ。今は皆の意見を少しでも聞きたい。そこからまた考え直したい。池崎は溜息をつくと、偉そうに言った。

「まぁいいや。まず、やっぱりこの何も無い孤島で、子供が大人をあっさりと殺せるとは考えにくい。俺だって、力の差くらいはわかる。ましてや短時間で殺し凶器と鍵を隠すなんて出来ない。だから俺も武藤と同じく複数犯だと思ってる。どうも、叫び声が聞こえなかったのが気に食わない。普通に考えておかしいだろ。刺された瞬間に黙ってる奴がいるかっての。でも声は聞こえなかった。でも二人なら強引に口を手で覆い、なおかつ二人分の力ですぐに殺せたかも知れない。凶器は何か知らんけど、血がドクドク出てるからやっぱりナイフだろ。もしくは難しそうだけどカッターかハサミ。で、犯人だけど。まず俺じゃない。そして俺含めて会った時から孤立していた吉岡も白。でも、宮坂と四位と武藤は結構仲良く話してた。でもだからと言って、会ったばかりの奴らが人殺しを企てるわけがない。それはあまりにもありえない話だ。でも今の状況じゃあ、お前ら三人のうち二人が山岡を殺す事を考え、実際に殺したと考えるのが可能性として一番高そうだぜ。……そんな目で見るなよ。これで精一杯さ」

 沈黙が流れる。こいつ、意外とバカではないな。口を閉じれば大声は出せない。その隙に殺す。となると複数だろう。そうなると、孤立していた池崎と吉岡が誰かと組むのは考えにくい。

 だが、俺たち五人の話はどれも現実離れしていて、妄想の域を出ない。矛盾してたり、おかしな事を言っている奴もいなかった。ここは現実であり、ミステリー映画の世界じゃない。誰も思いつきもしなかった推理をする探偵がいるアニメの世界じゃない。トリックを作る道具も無い。推理も何もあったもんじゃない。俺たちは普通の中学生だ。

 となると、もう本当に一人ずつボコって犯人を捜すしかないのだろうか?俺がそんな事を考えていると、武藤が言った。

「池崎の話が一番現実的だな。複数犯ってのは、ほぼ確信でいいかもしれない。そして凶器はやはりナイフ。自殺説はちょっと無いかな。自殺した後、凶器を隠すのは無理だろ。でも複数犯となると、更に動機が求められる」

 動機。これはハッキリ言ってどう考えても答えは出ないだろう。会ったばかりの人間。複雑な人間模様なんかあるわけない。男女のゴタゴタや、過去の因縁やら金の問題やら、そういう事が何も無い。

 あぁ、極限だ。最低最悪。楽園はどこだ。どこにある。俺は何もない無の世界を生きたい。なんで、人は人を殺すんだろう? 不思議でたまらない。でも、不思議に思うと言うことは、俺はそこまで人を殺したいと思うほどに、人を憎んだことが無いからなのかな。

 世の中には、俺以上に人を憎んだり、人間関係に絶望している人達が沢山いるんだ。

 

 俺達は黙りこくっている。この中に殺人鬼がいる。どうすれば一番楽にこの状況から脱出出来るのだろうか。いや、脱出出来なくてもいい。だって、人殺しさえここから消えれば、ここは楽園だ。いくらなんでも、無人島といえど海の向こうには奥尻本島が余裕で見える。誰か来てくれるだろう。ただ、ここには食料も水も無い。人間何日か食わず飲まずでも生きてはいけるだろうが、さすがにこんな真夏の日に無人島に取り残されたら、長く耐える事はかなわない。何もわからぬまま死んでいくか、助けが来るか。どっちが早いだろう。

 しかし助けが絶対に俺達が生きている間に来るとは限らない。だったら、自分たちの力でなんとかするしかないのだ。鍵は確かに見つからないが、犯人だってここで死んでしまおうと思っている訳じゃないと思う。だったらどこかに鍵は隠しているはず。助けを待つよりかは、なんとか犯人が誰なのか考えなければならない。

 でも現実には戻りたくない。生きるのは辛すぎる。それに世の中、金が全てを語るのだ。金が無い奴は病気になっても黙って指くわえているしかない。金が無いと食べれず苦しむ。そういう世のシステムもなんだか嫌気がさしてきた。面倒な人間付き合い。テストのためにする勉強。嫌なことをあげていけばキリがない。

 人生、良い事より悪い事の方が多いなら、俺は現実を生きたくない。別に生きたいと思うほど人生に興味は無いし、この先生きても良い事は無さそうだ。セレブな生活を送れたり、苦しみの無い人生を遅れる人間は一握り。

 ここから脱出しなければとひたすらに思うが、もうこのままここで死んでもいいかもしれないと思ってしまう。それは心の中で思っていることなのか、それとも気が狂っているのか。

 吉岡が、じっと俺を睨んでいる。

「なんだよ」

「あのさ。アンタ、なんでそんな冷静に考え込んでるの」

「性格が破綻してるからかもな」

「意味わかんない」

 吉岡は軽蔑する目で俺を見て、足を組替えた。

「そりゃ、あたふた慌てられてもうざいだけなんだけどさ。アンタ、学校でもそんな感じなの?」

「まぁな」

「友達いる?」

「少しは」

「ふぅん。……将来は何になりたいの?」

「なりたいと思う仕事とか、思いつかないなぁ」

「そんなもんよね。ていうか、今仕事選べる時代じゃないし」

「そりゃあな。就職先が見つかれば幸せっていう時代に、好きな仕事選んでいられるか。でも俺達まだ中学生だぜ。考えるにはまだ早い」

「早くはないよ。だって気がついたら高校生になって、あっという間に受験とか就職活動が始まるんだよ。高校生になってから考えていたら、時間が流れるままに手遅れになりそう」

 まぁそれはそうだが。進路の決定が手遅れになるより、このままじゃ俺達の命が手遅れになる。お腹がすいて倒れそう。朝は食べたが、それ以降クッキーだけじゃさすがに元気が出ない。

「ねぇ、鍵どこなんだろ」

「知るか」

「誰かが持ってると思うんだけどな。でも、四位さんは違うね。体の上から下までキッチリ確かめたけど、無かった」

「だったら俺も池崎も武藤も違うさ。上は脱いだし、靴の中にもズボンの中にも無かったぜ。あれば気づくに決まってる」

「じゃあどこよ!」

 突然キレられても困る。

「今は考えるしかないさ。全員ボコボコにして吐かせるのが楽だけど、それは人間らしくない。全員ボコるって事は、犯人じゃない奴を無意味に殴ってしまう事になる。それはダメだ」

「そんな事言ってられないでしょ!」

「じゃあお前は、俺達にタコ殴りにされてもいいのか。良いんだったらまずお前を遠慮なく殴るぞ」

「嫌よ!」

「じゃあ言うな!」

 話にならん。どうしていいかなんてわからないさ。だってどうしようもないんだから。殴り合いなんか誰もしたくないさ。池崎は簡単にやりそうだが、実際やろうとはしない。どんな状況に陥ろうが俺達は全員普通の子供。殴り合いなんてしたくないし、怖い。

 でも誰かが殺したのだ。殴り合いどころか、人を血だらけにして殺した奴がいる。疑心暗鬼。誰が犯人なのかは犯人しか知らない。しかしこのまま黙っていても事は進まない。このまま何事もなく終わるわけがない。理由なき殺人はありえない。山岡さんを殺して凶器と鍵を消した。考えなくとも、次にヤられるのは自分かもしれない。全員抹殺されてもおかしくはない。しかしそんなふざけた事ありえるか? 全員、普段は教室で学校生活を送っている子供だぜ。山村留学先で人を殺すなんて。それが一番わからない事なのだ。

 考えろ。考えるんだ。俺とて人間。さすがにそんな悔しい死に方はしないさ。俺は俺の意思で死ぬ。誰も俺を理解出来ないしされたくもない。だからこそ、何も知らぬまま人のせいで死ぬのは嫌だ。

 どうする。どうすればいい。でもこんな状況で推理を出来るのは漫画やドラマだけ。じゃあ、俺みたいな普通のガキに出来る事はなんだ。誰が図太いかと言うなら池崎だ。そして四位や吉岡はやはり人殺しなど出来なさそう。どうにかして、人を殺せそうな一面を暴けないか。もしくは、絶対に人殺しなど出来ない奴は誰だ。一人でもそういう安全な奴を見つけたい。かと言って死体に触らせて反応を見るというのは人としてアレである。山岡に失礼だ。

 考えても何もわかずイライラしていると、池崎が突然机を思い切り叩いた。

「考えても無駄だ。全員を疑うしかないけど、疑うだけ意味ねぇよ。もう犯人とかそんな事は考えず、とにかく逃げる事だけに集中して考えよう」」

 そう言うと、四位がため息をついた。

「だーかーら。無理でしょ。ボートの鍵ないもん」

「でもボートはある。もうあれだけで進むしかないだろ」

 バカか、お前は。

「漕ぐもんがないだろ。手でやるってか? 確かに本島はそんなに遠くないけど、五人も乗ってあの重いボートが進むかよ」

「木の枝とかあるだろ。それに、船が近くを通るかもしれない。だったら気づいてもらえるかも知れない。だから気づきやすいように、何か目印を作るんだよ。今出来る事は、ボートを漕いで脱出するか、目印を作るかだ」

 それはもっともだが、そんな事言われなくても全員がずっと前から思ってるよ。でもな、エンジンで動く重いボートを漕いで進むと思うか。木の枝ごときで進めると思うか? ボートじゃなくカヌーだったら今頃手だろうが枝だろうが、船漕いで帰ってるさ。そして目印だが、この何もない島でどうしろと言うのだ。一応、さっき全員で木の枝を集めて砂浜にHELPの文字になるように並べたが、それ以上は何も出来ない。ただ、小屋のドアを開けっ放しにして、海の向こうをじっと見るしかない。外にいたら、暑さで消耗してしまう。先にこちらがくたばったら元も子もない。

 そう考えたとき、ふと思った。このままでは何も動かない。動かなければ、何も出来ない。だから、この際犯人が動いてくれた方が良くないか。大雑把な例を考える。このまま夜になる。犯人、俺達を殺そうとする。そこを捕まえる。そして鍵の隠し場所を吐かせ、脱出。

 なんとも幼稚な想像だが、そうならなくとも犯人に動いてもらわない限り、俺達には何も出来ない。そして犯人が動いた時、俺達は黙って殺されるのではなく、冷静に対処しなければならない。

 しかしそうなると、一人では無理だ。絶対に犯人じゃない人間と組まなければならない。人は一人じゃ何も出来ない。絶対に、このままじゃ終わらない。犯人は何かやる。その時、複数で組んでいれば冷静に行動出来る。

 さて。となると一番怪しい池崎はまず却下。吉岡はなんかいけすかない。心に闇を持ってそうだ。やはり四位と武藤か。この二人と手を組んで、犯人を池崎と吉岡のどちらかと決め付け、備えるか。

 しかしもしも犯人が四位か武藤だったらお終いだ。でも、これは賭けだ。残念だが、本当に自分は無力としか思えない。でもどうにかしなきゃいけない。そしたら妥協するしかないだろう。

 自分はどうなってもいい。だが、犯人以外の人間は普通なんだ。だから普通の奴らだけでも、ちゃんと家に帰ってほしい。生きたい奴には生きる価値がある。死んじゃいけない。

 よし。賭けだ。四位と武藤を信じる。信じて裏切られた時ほど悲しい事はないが、大丈夫。自分はそんな感情に溺れるような純粋な人間じゃない。俺は四位と武藤を五秒、じっと見つめて小さく頷いて言った。

「外、出てる。ここにいても気が滅入る」

「私も。息詰まる」

 俺と四位は立ち上がり、武藤も遅れて立ち、三人で小屋から出た。出る時後ろをチラ見すると、吉岡は俺たちを意味ありげに見つめ、池崎はため息をついて背もたれにうなだれた。


 暑い。とにかく暑い。扇風機は無い。都合の良い時だけ、技術に頼りたくなる。もう夕方になろうとして大分マシになったが、それでも風が無くじめじめしている。

「宮坂君。何かする気なの?」

「組むぞ」

「は?」

「よく聞け。ここは確かに現実世界だけど、常識なんか通じない。俺達は推理も出来ないどうしていいかわからない。だからもう、賭けでいくしかない。とにかく一人じゃ何も出来ない。だから、組むんだ」

「具体的に言えよ」

 と、武藤が言った。

「まず、このままぼーっとしててもしょうがない。でも犯人は、このままぼーっとはしていない。何か行動に移るはずだ。そこを叩く。犯人が行動に移せば、沈黙も当然破られる。そこを叩くしか、今の状況を変える術は無いぞ」

 俺が言い終えると、武藤が口を開いた。

「言いたいことはわかる。確かに犯人は何かするだろ。状況が変わるのはその時だ。そしてそのために、三人で組むのもわかる。でも、もしかしたら犯人はお前かもしれないし四位かもしれないし、俺かもしれない。よく組もうなんて思ったな」

「信じるしかないだろ。いや、信じてないかな。でも、こうするしかない。でもいいか? 絶対なんて考えるな。あくまでもこの状況での最善だ。一番人を殺しそうにない奴と組んで、怪しい池崎と吉岡を犯人と決め付け、備える。これ以上は思いつかない」

「いいよ、それで。もうこういう状況だもん。賭けてみるしかないもんね」

 四位はあっさりと承諾した。だが武藤はやはり冷静。考え込んでいる。

「お前ら二人は、そりゃ池崎よりかは信じてる。でも、悪気はないけどやっぱり百パーセント信じるのは無理な話だろう。すぐには乗れないな」

「三人で組んでおけば、何をされても大丈夫だ。それにもし俺達三人の中に犯人がいたとしても、その時は残りの二人と池崎と吉岡でなんとか出来る。一番怖いのが、全員が疑心暗鬼になって一人孤立する事だ。一人で全員を疑っていると、何かあった時皆バラバラになって何も出来ない。だから組むんだよ。ずっと固まっていれば、誰が犯人だろうがいざという時、全員バラバラでいるよりかはマシだ」」

「あんまり意味が無いような気もするけど、まぁ一人で孤立しているよりかは、組んでいた方が犯人出てきたとき、やりやすいかな……」

 と、自分に言い聞かせるように武藤は呟いた。まぁそういう事で、俺達三人は組むことになった。浅はかな考え。笑われてもしょうがないが、これでいくしかない。今一番危険のは一人で全員を睨むことだ。一番安全と思う奴と形だけでも団結すればいざという時、なんとかなりそうじゃないか。そう何度も何度も言い聞かせる。ただ、俺が一人になるのが怖くて怖くてしょうがなかっただけかもしれないが。

 しかし、助かるという事は、現実世界に帰るという事だ。俺は、あの嫌な事とか面倒な事とか辛い事で溢れてる現実世界に帰りたがっているのか? そりゃこの島は最悪だし逃げなきゃダメだけど、何も無理して生きる道を目指さなくてもいいのではないか。生きたいのかどこでもいいから死にたいのかわからない。おかしい。俺はここに来るまで、もう死んでしまっても良いと思ってた。無人島で死んでしまっても良かったんじゃないか? でも、いざこういう状況になると、生きようとしている。何度も何度も必死に脱出出来る方法を考えてる。冷静になろうとしてる。安心したいと思ってる。でもいざ無事に帰れた事を考えると憂鬱になる。

 結局どんなに駄々をこねても、俺は現実で生きるしかないのか。このご時世で、少ない金のためにえっさほいさと働き、興味の無い人生を歩まなければならない。苦しい事から逃げることも出来ず、逃げたとしてもその先にあるのは更なる苦しみと、他人からの軽蔑の目。

 それが嫌なら、楽になるように生きるしかないのか。でも楽の前に苦があるのも確か。それでもせっかく生まれてきたのだから、幸せを掴むために生きるべきだろうか。俺はどうしたいんだろう。

 幸せを掴み取る自信は無いし、必ずしも幸福を得る事が出来るとは限らない。でも、正常な三人だけは島に帰さないと。誰が犯人かはわからないけど、皆怯えてる。帰りたがってる。死を恐れている。そういう人間は、絶対生きなきゃダメだ。ここで躓いて良いわけがない。

「で、組むって言ったって、どうするんだ」

「多分、犯人が行動を起こすのは夜の可能性が高い。だから部屋に一人で篭らないで、ずっと一緒にいる。スキさえ作らなければ大丈夫だ。どうせ池崎と吉岡は一緒にいたがらないだろうし、池崎と吉岡は突然キレて、俺達の平常心を乱しかねない」

 とにかく一人でいない事。それが今出来る最大の防御だ。俺達は小屋に戻って三人で廊下にある椅子に座り、雑談をして時間を潰した。池崎と吉岡は、夜になっても夜が明けても部屋から出てこなかった。


 朝になった。この島に来て二日目。死ぬほど腹が減った。

 目の前で殺人が起きようとも、とにかく食べなければ。しかし海辺で魚を捕まえたとしても、生で食うわけにはいかない。焼く道具なんてない。どうしようか。喉も渇いた。

 俺は武藤と四位と一緒にボートに乗った。しかしもうあさりまくった。何も無いのはわかっているが、それでも探したくなるのが人間ってもんだ。

 四位は、山岡の鞄を手に取った。そして中から、水が半分入ったペットボトルを取り出す。

「これ、飲もう」

「そういえばあったな。完全に忘れてた」

 俺も忘れてた。

「回し飲みしよう」

 と、四位が呟く。まずは俺が飲み、武藤が飲む。最後に四位が一気に飲み干すと、ペットボトルを海に放り投げて言った。

「三人で組む事の一番の必要性が今わかったよ」

「なんだよ?」

 俺がそう聞くと、四位はニヤリと笑って言った。

「もしも五人全員で仲良く組んでいたら、一人が飲める水の量が少なくなっちゃう。私ら三人で組んでいたおかげで、今の分だけ水が飲めたんだよ」

 あふれ出る汗が、一瞬で冷えたような気がした。四位も、あまり信用に値しないかもしれない。でも、その意見に少しは同意してしまう。今この水を五人で飲んだら、一口くらいで終わっていたかも知れないし、池崎に一気飲みされた可能性もある。

 でもまずいな。二日目になって吉岡と池崎は何も飲んでいない。人間、この暑い中で何も飲まずにいて、何日くらい耐えられるのだろうか? 自分は水を飲んでおきながら吉岡と池崎が心配になってきた。

「小屋に入ろう。ずっと外にいると暑さで死にそうになる」

 二人とも頷き、小屋へと戻る。ドアを開けると中は蒸し暑く、ここにいた方が体力を消耗してしまうんじゃないかとさえ思う。だが、太陽の光を直接受けるよりかはマシだ。

 廊下に吉岡と池崎が、こちらに背中を向けて座り込んでいた。二人がこちらを振り向いた時、驚いた。

「お前ら、その水どうした」

 とっさに俺が聞くと池崎が言った。

「何もしてないとおかしくなりそうだが、小屋にまだ何かあるんじゃないかと思って探したんだ。で、靴箱をよーく見たらさ、中にこれがあった」

 驚いて靴箱を見る。ごく普通の木の棚で、一番下だけ横に五つ扉になっている。

「そこの扉開けたら、保存用の水が入ってた。まだ何本か入ってる」

 扉を開けてみると、確かに保存用の水が五本入っていた。これで今日中に飢え死にする可能性は薄れたかな。お腹が空くのはなんとか我慢出来ても、喉が渇くと脱水症状になる。実際、皆元気が無くぐったりしている。声には力が入らなくなっている。

「お前らも飲むか?」

 と、池崎がペットボトルを差し出してきた。凄まじい罪悪感で体が満たされる。なんで俺は三人で組んで、怪しそうな奴らを敬遠して自分たちだけで水を飲んでいるんだ。でもしょうがないじゃないか。全員で組むと言う事は、組んだことにならない。誰かを省いて団結するから組んだことになるんだ。しかし四位は人数が少ないからと喜び、俺もそれに心の中では同感だった。

 しかし池崎は、今飲んでいる水をあっさりと俺達に飲ませようとしてくれている。

「いや、俺達はさっき山岡の鞄にあった水を飲んだからいいよ。それに、まだ五本残ってる」

 ついとっさにそう言い返した。四位は俺を一瞬睨んだが、武藤は小さく頷いた。すると吉岡が池崎からペットボトルをぶんどり、残った水全てを一気飲みして言った。

 しかし、自分の頭が本島にヤバくなっているのを感じた。小屋の棚の扉を開けることを思いつかなかったのか? 信じられない。普通血眼になって小屋の中をあさりまくるだろう。

「誰よ、殺したの」

 それがわかれば苦労しないんだよ。

「こんな事して、何がしたいのよ」

 と、俺達に語りかけてくる。

「人殺しがここに一人いて、演技してる。普通じゃないよ。私はこんな狂った空間にいつまでいなきゃいけないの」

 いつまでもここにいる事はないだろう。考えてみろ。この島から奥尻島まではせいぜい三十分ちょっと。山岡が一人暮らしとはいえ、いつかは誰かが助けにくるのは言うまでも無い。その時に俺達が生きているかどうかはわからないけど。生きたままこの島でずっと過ごす事はない。どういう形であれ、いつか終わりは来る。

 当然だが、なるべくこのまま餓死するのだけは避けたい。人殺しのせいで死ぬなんて悔しい。そんな腹の立つ死に方だけは絶対に避けたい。人の手で、自分の人生を変えられてたまるか。俺の人生は俺の物だ。他人に手を出されてたまるか。俺は人のせいで自分の道を変えられるのが一番嫌なのだ。俺達は海を見つめつづけ、小屋でぼーっとして過ごした。


 そして夜。風はおとなしく、どことなく不気味な夜。

 あまりにも暇で暇で、そして何かをやっていないと頭がおかしくなりそうなので、俺と武藤は砂で山を作っていた。何を言われても構わない。何かに集中してないと自分を失いそうだ。

 砂浜に座り込み、両手で砂を集めて山を築き上げる。

「てっぺんに白旗でも上げるか」

「白旗あげても、審判がいないと試合を止めてくれないさ」

「なぁ宮坂」

「なんだよ。後そんなしみじみした目で俺を見るな。気持ち悪い」

「なんで、よりによって会ったばかりの俺達が、こんな目に合ってるんだろうな。山村留学に来るまでは、住んでいる場所だって全然違ったのに」

「人生、そういうもんだ」

「そういうもん? 山村留学で会った中学生が、無人島でこんな事になるのが人生だ」

「いや、そういう意味で言ったんじゃない。人生、何が起きるかわからないって事を言いたかったんだ。いつも一緒にいる顔なじみの人間だけと接しながら人生が進む訳じゃない。ある日突然、初対面の人間と、仲の良い友達とやった事もないような何かをやる時だってあるだろう。そしてその初対面の人間と知り合いになるんだ」

 武藤は小さく溜息をついた。

「人生ってわかんねぇな」

「誰もわからんだろ」

 四位が海に石を投げ続けている。空は真っ暗。海は真っ黒。視界は当然悪い。風は静か。海の匂い。鳥が飛んでる。学校は無い。怒る人もいない。勉強や将来で悩む必要もない。人間関係で面倒くさがる必要もない。楽だ。なんて楽なんだ。ただ俺は砂の山を作るだけで良い。ゼロほど楽しいことはない。でも、すぐそこには死体が転がっている。

「お前、もしも俺が殺人鬼だったらどうする」

 と、武藤は俺の目を見ないで言った。

「お前だろうが誰だろうが、リンチでもして全て白状させるしかない。そして鍵の隠し場所教えてもらう。まぁ、鍵捨ててもう無いと言われれば、どうしようもないけど。少なくとも犯人は誰なのかと疑心暗鬼になる必要はなくなる」

 そうなんだよなぁ。犯人わかっても、鍵が無いと話にならない。別に犯人なんか誰でもいい。欲しいのは真実なんかじゃない。鍵だ。全くどこにあるのやら。お腹がすいて喉が渇いて、もう限界が近い。

 沈黙。砂の山、神様まで届くといいな。

「もう無理!」

 四位が突然、そう叫びだした。そして勢いをつけて、こちらに駆け寄って来た。俺と武藤は驚きのあまり声も出さずに四位を見るしかなかった。やがて目の前まで来ると、砂の山を蹴り飛ばした。それはもう、豪快に。

「おい。俺達の山になんて事するんだ」

 俺がそう言い返すと、四位は甲高い声で言った。

「シャンプー!」

「違う。これはマウンテンだ」

「なんで山なんか作ってるのよ体力の無駄じゃない」

「いやちょっと待て。今のシャンプーって台詞は何なんだ」

「髪、髪、髪! 汚いの。髪汚いの。脂ぎってるの。ギトギトなの。べたべたしてるの。もう嫌だ。無理」

 どうしようか。ついにまともそうな四位が暴れだした。暴れだしかと思うと、四位は突然おとなしくなり、ぺたんと崩れ落ちた。両手を膝の間につき、なにやらぶつぶつ呟いている。

 頭の中が飛んできたな。でも、悪いな四位。ここじゃ人間関係は成り立たない。優しさも、嫉妬も、裏切りも、全ての感情は無いんだ。甘えは許されない。そして四位はついに泣き出した。

 ……別に、目の前で泣かなくてもいいじゃないか。

「おい四位。大丈夫だって。ここは奥尻からそんなに離れてない。それだけでも楽観的に考えられるぞ。それにすぐに誰かが助けに来る」

「助けに来たとき餓死してたら意味ないじゃん」

 わかってる。でも、そんなに生きたければ砂でも食って生き延びろ。生の魚を食って生き延びろ。海水飲んで生き延びろ。

「もう嫌だぁ……」 

 四位がそう呟いた時、小屋から吉岡が出てきた。

 俺達の目の前に立つと、泣きつづける四位を冷酷な顔で見つめた。哀れむような目。しかし哀れみという感情は、自分がその対象より優位であり、見下しているから生まれる感情である。

「アンタら二人」

 俺と武藤を交互に見る。

「小屋に入ってて」

 と、吉岡は小さな声で言った。

「海水で体洗うから。見たら二つ目の死体にするからね」

 全裸で体を洗う姿を想像してしまう。吉岡はそれを悟ったのか、俺を風俗に入る瞬間の男を見るような目で見てきた。俺と武藤は、砂の山を蹴飛ばし蹴飛ばし、完全に潰してから小屋へ戻った。


 小屋に戻り、廊下の椅子に座る。

 すると、部屋から池崎が出てきた。一番疲れきった顔をしている。椅子に座ると、俺と武藤の目を見ないで言った。

「四位と吉岡は?」

「海水で体洗ってる。見たら殺すんだってよ」と、俺は答えた。

 池崎の目が、キラりと光った気がした。

「つまり、唯一の娯楽が目の前にあるわけだ」

「男の俺から見てもお前、色んな意味で最低だな」

 と、俺は正直な感想を述べると、武藤が言った。

「中二だぜ。たかが知れてる」

「いや、確かに中二だけど、あいつら二人はかなり胸でかかったぞ」

 今そんな話をするような状況か。いや、こんな状況だからこそ、普通にしていたいという気持ちもわかるが。暴れても暴れてもしょうがない。暴れるのは昨日既にやった。でも、なんとなくだが絶対に犯人は名乗り出ないと感じていた。人間、永遠に暴れ狂うという事は出来ないのだ。頭の狂いが頂点に達すると、ストップする。

 突然、池崎が机を蹴り飛ばした。

「つまらん。くだらない。やってられねぇんだ! お前らのどっちかじゃないのか。なぁ、違うのか」

 唐突にキレられても困るのだ。ていうかまだ暴れたりないか。呆れていると、急に静かになる。さっきの四位のように、情緒不安定のご様子だ。

「おい、ちょいと覗こうぜ」」

 どんな状況だろうと覗きはいけない。武藤が睨みながら言った。

「やっぱり、こんな状況でそういう発想をするお前が殺したんじゃないのか」

「なんだと!」

 と、池崎が立ち上がった所で、小屋のドアが開いた。吉岡だ。

「騒がしいわね」

 髪の毛が濡れている。よく海水で洗ったもんだ。

「四位は?」と、俺は聴いた。

「私は髪濡らして、体にささっと水浴びせただけ。でも、あの子はまだ洗うって」

「お前はちゃんと洗わなくていいのか」

「素っ裸なんて恥ずかしいよ」

 そうだろうな。吉岡は池崎を避けるようにして、部屋に戻った。

「退屈だ。何かしないと気がもっと狂う」

 そう言うと、池崎は小屋のドアを少し開けた。

「あれ?」

「どうした」

「四位の奴、いないぞ」

「そんなバカな」

 俺はドアから外を覗き見る。確かにいないが、ボートに服が置いてあるのを確認する。

「服はある。多分、ボートに隠れてるんだろ」

 俺がそう言うと、池崎はニヤリと笑って外に出た。

「どんな体してるか、教えてやるよ」

 ただ覗くだけだろうか。変なことしないだろうな。俺と武藤はドアを少し開けたまま座った。何かあったら助けに行く。いや池崎を殺しに行く。もしも変なことをしたら、もう池崎は殺さないにしても動けない状態にまでするつもりだ。もしもやれば、やはり池崎は犯人と決め付けるしかない。

 池崎はゆっくりとボートに近づいていく。そしてボートの正面に座り込むと、裏側にいるであろう四位を見つめだした。気持ち悪い男だ。しかし、すぐにボートの下に寝転がると、体を小さくしながらコソコソと戻ってきた。

「何やってんだ、お前」

「気配でバレそうになった。しかも見えなかった」

「当たり前だろ! ボートは百メートルあるわけじゃないんだぞ。すぐ後ろにいたら誰でも気づくわ!」

 俺と武藤は呆れて、また椅子に座った。池崎はぎこちない笑顔で部屋に戻った。やがて四位は戻ってきて、俺達は水を少し飲むと廊下に寝転がった。俺達は三人組んでいる。犯人の確率が更に高くなった池崎と、どこか怪しい吉岡に対抗するため。


 夜中。悲鳴で俺は飛び起きた。暗闇の中、声の方へと振り向くと、そこには血で赤くなったナイフを持った吉岡がいた。

「吉岡!」

 俺はとっさに逃げて、小屋の端っこにしりもちをついた。起きた武藤も吉岡を見て悲鳴をあげ、叫び声を上げながら俺の隣にくっつくようにして逃げてくる。そして、狭い廊下の真中には俺と同じくしりもちをついた四位がいる。俺を起こした悲鳴は、四位が出したものだった。

「四位! こっち来い!」

 俺がそう叫ぶと、四位は足をガクガクさせながら、文字通り這うようにこちらにやってきて、俺に抱きついた。恐怖。絶望。憎しみ。怒り。殺意。色々な感情がごちゃ混ぜに湧きあがってくる。どうしよう。どうすればいい。ナイフ。血。吉岡。血。誰の血だ。ここにいない奴の血。池崎だ。池崎がいない。あいつはどこにいった。

 山岡さんを殺して、次は池崎か。

「ち、違う。違う。私じゃない」

 吉岡はこちらに一歩近づいた。

「来るな!」

 武藤がそう叫んだ。吉岡の唇はぶるぶる震えている。手も、足も震えてる。人殺し。まだ中学二年。二人も殺した殺人鬼。血の匂い。夜。何も見えない。どうすれば。

 こいつを動けない状態にしなければ。そのために三人組んだんだ。やはり組んでいて正解だった。

「おい吉岡。ナイフを捨てろ!」

 俺がそう言うと、吉岡は素直にナイフを捨てた。両手はまだ震えている。暗闇でほとんど何も見えないけど、吉岡の顔は恐怖で支配されている。この暗闇で何があった。寝てる間に何があったんだ。

「違う。違う違う違う! へ、変な音がして、部屋出て。気づいたらナイフが、床に落ちてて」

「嘘つくな!」

 武藤はそう言うと、突然立ち上がって吉岡の顔面を拳で殴った。生々しい音と共に吉岡は吹っ飛び、床に倒れこんだ。四位が悲鳴をあげたが、気にしない。俺も吉岡に飛び掛り、馬乗りになってむなぐらを掴んだ。

「おい。池崎はどうした。なんであいつは部屋から出てこない」

「し、知らないよ」

「じゃあそのナイフはなんだ! どこかに隠してたんだろう」

「違うって言ってるでしょ!」

 俺は池崎の部屋を開けた。そこには、腹から血を流した池崎がいた。多分、死んでる。血の量がハンパじゃない。確かめようかと思ったが急に吐き気がした。俺は小屋から飛び出し、思い切り吐いた。狂ってる。全てが狂ってる。殺人鬼は吉岡。あいつが全ての始まりだったのか。しかし、俺の頭には一つ気になる事がある。それがどうも頭から離れない。

 でも、それ以上に池崎の死体が頭にくっきりとこびりついている。俺は小屋を振り返った。頭? 頭はもう完全にイカれて、麻痺してる。鍵。鍵はどこだ。俺は死なないぞ。お前なんかに、殺されてたまるか。

 俺は吐いた後、ふらふらしながら小屋に戻った。吉岡はナイフを捨てて、私じゃない私じゃないと叫んでいる。四位は脅えているし、武藤は目が血走っている。

 いやぁ。良い具合に狂ってるじゃないか。暗闇の中に死体が二つ。犯人候補は四人に減った。ここまで来たら、もうどうにでもなれだ。どうせ俺みたいな奴は、生きてても良い事なんかない。レール通りの人生が待ってるだけ。中学、高校を卒業したら就職して死ぬまで働く。そんなつまらん人生のために生きるなんて嫌だ。だったら俺は生きることを止める。人生に興味は無い。俺は夢を追ったままでいい。夢を追いきることが出来ないのはわかってる。やりたい事も出来ず、ただ嫌なことや面倒な事をひたすらやっていく人生なんて、たまったもんじゃねぇ!もう嫌だ。やってられない。なんでこんな思いをしてまで生きる事を考えなきゃいけない。アホらしい。

 俺はナイフを拾った。

「み、宮坂君……?」

 吉岡が唇をガタガタと震わせながら言った。俺はなんだか楽しくなってきた。もう神経が正常じゃない。まぁ、池崎が死んだおかげで犯人候補が一人減ったし、あとは吉岡を吐かせるだけだ。ただ、四位も武藤も怪しいことは怪しい。

 四位みたいなあたりさわりのないような奴は、やはりなんとなく怪しいもんだ。武藤だって、キレたら何するかわからない所はあると思うし。

「おい。お前が殺したんだろう。そうなんだろ」

「ち、違うって! なんで信じないのよ」

「信じてもらえると思ってるのか」

「違うって言ってるじゃない!」

 逆上した吉岡は、俺の顔面を思い切りビンタした。顔が熱くなる。鼻がツンとする。悪いが俺はもう頭が普通じゃない。ナイフで壁を突き刺す。吉岡の顔スレスレをナイフが通る。

 悲鳴をあげる吉岡。なにやらさけぶ四位。もう頭をぐったり下げている武藤。誰だ。演技をしてるのは誰だ。俺の演技につられる奴は誰だ。

「ち、違うよ。違うんだって!」

 四位は本当に恐そうにしているな。武藤も本当に脅えている。吉岡は必死で否定している。ただ、この吉岡の否定の仕方は、演技じゃないような気がする。俺はだんだんと冷静になってきた。違うのか? こいつじゃないのか。

 なんだかよくわからない。俺は何をしたいんだろう。ここで死んでいきたいのか、それとも現実世界へ帰りたいのか。どっちがいいんだろう。気づいたら演技をして犯人を捜そうとしている。でも心の中で死んでしまいたいと思ってる。

 死にたいけど死ぬのは怖い? いや違う。生きたいのに、希望が持てないからしょうがなく死を考えてしまっているんじゃないのか。ふと、四位がよろよろと立ち上がった。そして左手でナイフをつかむと、吉岡の顔面にナイフを近づける。刺すのか?

「ねぇ吉岡さん。恐い?」

「え……?」

 四位はニヤニヤ笑い出した。神経が完全に切れてしまってる。突然狂いだした四位。もしかして、こいつ……。

 そもそも、そのナイフはどこから出てきた。俺達は砂浜を死に物狂いで探したぞ。なのにどこにあったんだ。みんなの持ち物もちゃんと検査した。そう思った瞬間、何かにひっかかった。財布、化粧道具。なんか違和感。何かひとつ、違うものが無かったか。思い出せ。財布、音楽プレイヤー。本。バンソーコー。そうだ、バンソーコーだ。でもそれがどうした。いや、これがどうしても気になる。待てよ、本当にちゃんと検査したか。検査をくまなく……。

 俺は気づくと、四位に飛び掛っていた。

「キャっ。ちょっと何よ!」

 俺は四位の顔面を思い切り殴った。吉岡が悲鳴をあげ、武藤が驚いた顔で俺を見る。

「お、おい。宮坂」

 俺は四位を押し倒し、強引にTシャツをめくった。

「止めてよ!」

 絶叫する四位の顔面をもう一発殴り、黙らせる。

「おい宮坂! 何してんだよ!」

 俺はガタガタと震える四位の首をしめて、更に黙らせる。もう世界は狂ってるんだから、何してもいいじゃないか。俺達は世界以上に狂ってるんだ。ここには狂気しかないのさ。負の感情しかない。

 もうどうなってもいい。ここにはマイナスしかない。生きる事がプラスで、死がゼロ。そしてこの島はマイナス。プラスとマイナスならプラスを選ぶが、ゼロとマイナスなら俺はゼロを選ぶ。ここで死んでもいい。でも、その前にやる事があるんだ。

 ブラをひきはがすと、俺はもう笑いたくなった。

「お前、胸にあるこの跡はなんだよ」

「え……」

「なんでお前の胸に、テープの跡があるんだ。赤くなってる。お前、胸にサバイバルナイフ挟んで、バンソーコーでガッチリ固定してたんじゃないか」

 四位の表情が強張った。このクソ女。

「おい宮坂。そんなバカバカしい事……」

「は? お前何言ってんだ。バカバカしいのが世の中じゃないか。なんでもかんでも真実なんかな、死ぬほどくだらない事ばかりなんだよ。でも、俺達はそういうバカバカしい事に振り回される。何か衝撃的なトリックとか思いもしなかった謎が隠れているとでも思ったのか? ふざけんな!」

 四位の大きな胸の谷間は真っ赤であると同時に、テープの跡がくっきりついている。そしてこの島にあるテープと言えばバンソーコーくらいだ。何枚もベタベタと貼りまくれば、小型ナイフくらいなら肌に貼り付けて固定出来るだろう。

「くそっ。最初から裸にしてでも全身チェックしとけばよかった。さすがに、こんなくだらない事してるなんか思わなかった。おい、お前が二人とも殺したんだろう。山岡はわかんないけど、池崎を殺した理由はなんとなくわかる。池崎は四位に見られなかったと思ってたけど、お前は気づいたんだろう。そして胸を見られていたらマズイと思ったんじゃないか。そんな笑っちゃうくらいにバカげた事で殺したんだろう」

 四位は何も言わない。そのかわり、突然甲高い声で笑い出した。

「おい、なんで山岡を殺したんだよ」

 四位は笑うのを止めると、Tシャツを元に戻して、涙を拭いた。

「いいじゃん。どうせあの人は一人なんだし」

「それが答えになると思ってるのか」

「私は死にたかったのよ」

「じゃあ一人で死ねよ。何してもお前の勝手だけどな。他人に迷惑かけるな」

「だって怖いじゃん。死ぬのはさ。でも、ここに来る途中で思った。この島で餓死してしまえばいいんじゃないか。それなら、トラックに轢かれたりビルの屋上から降りるよりかは怖くない。でも一人で死ぬのは寂しくない? 赤信号も死ぬのも、皆でなら怖くないよ」

 武藤が四位のむなぐらをつかんだ。四位の首はガクンと傾き、目は天井を見つめている。死んだ目だ。手も足もだらんとさせてまるで人形みたい。人間より人形の方が、人を殺さないし自然も破壊しないし、利口だ。人間は、四位みたいに狂ってしまう可能性のある生き物なんだ。

「ふざけんな! そんなイカれた理由で殺したのか」

「世の中つまんない。くだらない。私、生きる事に興味無いもん。人間関係も、学校も、未来も、今この時も全てが嫌! 何も楽しくないし人生くだらないとしか思えない。退屈。やってらんないのよ。世の中マイナスよ、マイナス。でも死はどうよ。ゼロじゃない? マイナスとゼロどっちかを選ぶとしたら、当然ゼロでしょ」

「そんな屈折した気持ち悪い事言ってんな。お前、まだ中学生だろ。世の中全て知ってますってか? ただ屁理屈で弱くて情けないだけだろ!」

「だから何よ。そういう人間なんだから、どうしようもないよ。私は頭悪いし運動神経悪いし不器用だし要領悪いし運悪いし。人より全て劣ってる。友達はいるけどね、なんか友達との付き合いも疲れちゃった。生きたくないよ。やりたくない事とか、辛い事とかやってまで生きる価値あるの? 人生ってさ」

 武藤は黙った。ゆっくりと手を離す。四位は操り人形のようにドサッと床に倒れる。無表情で俺をじっと見つめてくる。その目は完全に死んでいて、生きる事への執念なんて感じられない。

 でもな四位。ここに、お前と同じ事を考えている人間がいるぞ。この孤島に同じ思考回路の人間が二人いるんだ。それなら、世界中にはいったいどれだけの人数、同じような事を考えている人間がいるんだろうか。

 ゼロとマイナス、他の人たちならどちらを選ぶんだろう。数字で言えばゼロだが、人生は数字じゃないんだ。人は感情を持ってるから、そんな簡単にはいかない。

 なんのために生きてるんだろう。何かになるために生きてる? なりたいものなんかない。好きな人といるため? 好きな人なんかいない。目標は? そんなものは無い。

 じゃあ、人は何故生きてる? 一瞬の幸せのために生きてるってか? 人生は楽しい事より嫌な事の方が多い。全体的に見るとマイナスが多い。それでも、一時の幸せを感じたいから生きる。ささやかな幸せのために、とてつもない苦労をするほどに人生には価値があるのか? そうなのかもしれない。

 いつか出会えるかもしれない好きな人との時間。趣味に没頭する時間。友達と雑談する時間。少しの間の幸せが欲しくて、そしてその楽しい時間のためなら、どんなマイナスでも乗り越えてやろうと思うのが人間なのかもしれない。それを考えると、人間って強いかもしれない。

 でも、そんなの綺麗事だろう。大昔の人間ならまた違うかも知れないけど、俺は強い人間じゃないし、今の世の中強い人間なんて少ないだろうに。皆、何かに潰されそうになって苦しんでる。

「山岡さん、丁度良いナイフ持ってたなぁ。へへ」

 四位は純粋な笑顔を浮かべながらそう呟いた。お前も、ここで孤独にゼロを得ようとしたのか。確かにそれは楽だよな。俺もそう思う。楽しみも悲しみも無い。ただ消えていくだけ。どんなに楽か。

 でも、四位を見て思った。それって、つまんなくない? それでいいのか? と、自分と四位に問う。いや、それでいいのかと自問している時点で良くないんだろうな。俺は生きていたいのかな。生きたいと思うのに、人生が辛すぎて生きる気にならない。でも生きたいから死にたくない。その狭間で苦しみ、やがて現実から逃げたくなる。現実逃避をしても生きている事に変わりはない。理想の中で人生を過ごせたらどんなに幸せだろうか。

 四位はスカートのポケットから鍵を取り出した。

「アンタ達もバカだよね。鍵はずっとブラに入れてたんだよ」

「……もしもあの時、服を全部脱いで検査する事になったら、どうする気だったんだ」

「うーん。まぁ当然脱ぐわけだから、男同士女同士になるよね。で、吉岡さんと二人きりになった時、鍵とナイフを吉岡さんに渡して大声で叫ぶの。吉岡さんが犯人だーっ! って」

「……」

「帰れば? 私はここで死ぬから」

 四位は力なくそう言った。すると、武藤が四位の顔をビンタした。

「ふざけんな。お前、人を殺したんだぞ。このまま楽に死なせてやるかよ。お前はこれから、辛い現実に帰って、辛い目に合いながら生きてくんだ。見す見す死なせてやるかよ。絶対死なせない。このまま終わりになんかしてやらないからな」

 俺も同感だ。でも……。

「死ぬ以上の苦しみを味わった後、もしかしたら楽しい事があるかもな」

「ある訳ないじゃん! 二人も殺したんだから、良い人生あるわけないでしょ」

「あぁそうだな。ハッキリ言ってまともな人生なんか待ってねぇよ。楽しい事も人より全然味わえなくなる。人を殺してまっとうな生活が出来ると思うな。でもな、それはお前が悪いんだ。諦めないで、頑張って生きてれば、苦しんだ後に楽しい事が待ってたかもしれないのに。でも、待ってないかもしれない。それでもな、お前は楽しい事が待ってるかもしれない自分自身の可能性を、自分で切ったんだよ。生きててもいいかもしれないと思える時が来たかもしれないのに、お前は諦めたんだ。全部台無しにしたんだ。そして俺達はお前を許さない。連れ帰って、警察にぶち込む。後は知らん。せいぜい苦しめ。でも、それでも一回くらいは、何かあるかもしれないじゃないか」

「ないよ。何もないよ」

「なぁ、俺達まで中学生だぞ。まだ何も始まってないんだぜ。何かをやったか。やってないだろう。それなのに、こんな事しなくても……」

 俺がそう言うと、四位は泣き出した。涙は止まらない。

「武藤」

「あぁ」

「帰るぞ。俺だって人生に興味なんてない。死んでもいいと思ってる。でもな、こいつを警察に放り込まないと気がすまない。しかもこんな目にあったんだ。何か楽しい事やってはっちゃけないと死ぬに死ねない」

「……その楽しい事は、いつ始まっていつ終わる?」

 泣き崩れる四位。放心状態の吉岡。今にも倒れそうな武藤。頭がぐちゃぐちゃの俺。でも、確かに時間は進んでいる。

「そんなの、わかんねぇよ。だから生きるんだよ」

 俺は鍵を手にとり、四位と吉岡をひきずって、ボートを目指した。ゼロよりマイナスを選ぶなんて、笑っちゃうよ。


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