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能の物語

能 鵺(ぬえ)の物語

作者: 西村 圭

能の脚本にあたる謡曲を、一人称で短くまとめました。


旅人が、様々な土地で、その地にゆかりのある人に出会い、夢か幻のようなひとときを過ごします。

私は、旅をしながら、様々な土地に残された話を聞いて回っています。


熊野三山を参詣し、和泉の国の信太の森を過ぎ、松原の見える住吉という里を経て、さらに難波潟を通り、摂津の国の芦屋というところに着きました。


残念なことに泊まる宿がなく、川の近くの御堂で休むことにしました。

土地の方は、

「怖い目にあうかもしれない」

と教えてくれましたが、私は気にせず、体を横たえていたところ、人影が現れました。


舟にのって現れたその人は、

「この身は籠の鳥のように自由がない」

と嘆きます。

「浮いたり沈んだり、波に揺れ動く舟に乗せられた」

というのです。


声は聞こえても、姿がはっきりとは分かりません。

「あなたは誰ですか」

と問うと、

「この芦屋の地で塩を焼く海士だ」

と答えます。


もし海士なら、朝から忙しいので、遅い時間に出歩くのは不可解ではないでしょうか。

私が納得できずにいると、

『芦屋の灘の塩焼きは暇がないので、髪に挿す櫛もささずに来た』という古い歌を持ち出します。

「つらい気持ちのために、心休まる暇がない」

というのです。

そして、

「どうかこの哀れな者のことを思ってください」

と言うのです。


「あなたの名前を教えてください」

と、私は再び問いました。

舟人は、

「私は、近衛の帝の時代に、源頼政という武士によって倒された、鵺という者です」

と答えました。

本当でしょうか。私は驚きました。


「近衛の帝の時代、仁平の頃ですが、帝は毎晩体調を崩され、苦しまれました。僧侶らが祈祷をしても効き目がありません。


帝は、いつも深夜に苦しまれるのですが、ちょうどその時、東三条の森の方から一塊の黒い雲が湧き起こり、帝のお住まいの上を覆うので、帝は怯えていらっしゃいました。


貴族たちは、化け物の仕業だから、武士に警護させようと言いだし、源頼政が選ばれました。


頼政は、家来の猪の早太を連れてきて、弓矢を用意し、待ち構えていました。


やがて、いつものように黒い雲が現れると、雲の中に怪しい人影が見えました。


頼政が矢を放つと、化け物が落ちてきたので、猪の早太が刀で刺しました。


明るいところで見てみると、頭には猿の被り物、蛇のような尾をつけ、手足の爪は虎のように鋭い者が、まるで鵺のような声で唸っていました」


そう言うと、舟人は鵺のような声をあげながら、波に揺られ去っていきました。


あまりの恐ろしさに怯えているうちに、私は目を覚ましました。

今のはなんだったのでしょう。悪い夢でもみたのでしょうか。


先ほどの土地の方が、私を案じて様子を見に来てくれました。

私が夢で見たとおり、頼政により鵺が退治されたことがあったそうで、鵺は舟で流され、この地に流れ着いたのだとか。


土地の方と別れ、川の近くを少し歩いた私が座って休んでいると、再び鵺の声が聞こえてきました。


現れた鵺は、帝を苦しめたことを懺悔していました。

「驕り高ぶっていた、頼政に討たれたのは仕方がなかった」

というのです。 

「帝は頼政に獅子王という剣を与えるとおっしゃいました。


剣を預かった宇治の大臣といわれた藤原頼長が『ほととぎすが雲の上で鳴き声を上げるように、頼政も名をあげたな』と問いかけられると、頼政は『弓のような形の月を弓で射たおかげです』と答え、剣を受け取ったそうです。


頼政は名をあげた一方で、私は悪名を流し、淀川に流されました。


いつしか月日も分からなくなり、死後の世界へと旅立ってしまいました。


どうか、哀れだと思ってください」

と言うと、鵺の姿は消えてしまいました。


ふと気がつくと、私は一人で川の近くに座り込んでいました。


また夢を見たのでしょうか。


私の前には、月も沈み見えなくなった川があるばかりなのでした。

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