メッセンジャー
「こんな出会い方もあるみたい」
2015年12月27日、ピクシブ公開。
「さあ、楽しい年始年末だ!」
お仕事が休みですよ。
「実家に帰るんでしょ?」
彼女が聞くと。
「帰らないよ」
と彼は答えた。
「えっ?」
「せっかく二人でいれるのに、なんで帰る?」
「まあ、確かにそれはうれしいけども」
彼女は困っていた。
「クリスマスはそんなに時間取れなかったわけだよ、だからこそ、今なんだよ!」
彼は力説する。
「後は帰ってくんなって言われた」
「なんでまた」
「父さんと母さんは今も非常に仲がよく、今年俺が独り暮らしを始めたために、イチャイチャしたいらしい」
「それもまた」
「負けない!」
「えっ?」
そこで彼女への距離を近づけたために驚いたのである。
「変なところで負けず嫌いなのね」
「ここはね、負けちゃいけないの、たぶん実家に帰ったら、一人でいるのが嫌になると思うの」
「そうなの?」
彼女の両親はそうではないので、よくわからない。
「目の前で、はい、あ~んとかするよ」
「それはまた…」
「そんなとき、はい、あ~んしたくなるし」
「したくなるんかい!」
「なるね、確実に、対抗しなければ、たぶん悔しいと思うんだ」
リア充め!ってやつね。
「俺をリア充にさせて!」
「相変わらず突拍子もない」
「突拍子なくもない」
「具体的には私は何をすればいいの?」
ここで彼は頬を染めて。
「いっぱいやることはある」
とだけいうのだ。
これは大変だなと彼女は思ったのだが。
「やっぱり膝枕はいいと思う」
彼はまずは膝枕を所望し、彼女の体温と柔らかさを感じながら、目を閉じたのである。
「大分疲れていたのね」
「うん、たっぷり、頑張った」
「えらい、えらい」
頭を撫でてやると。
「もっと誉めて!」
「えらい、えらい」
ご満悦の様子。
「叱られるよりは誉められる方がいいね」
「そりゃあそうよ、叱られると心が折れてくるわ、どうする?耳掃除でもする?」
「する!」
返事と共に太ももを撫でてきました。
「イタズラっ子は誰かしらね」
「ごめんなさい」
彼女の地雷を踏んでしまったが、それでも踏みにいってしまうのがサガというものではないだろうか。
「すいません、もうしません、だから許してください」
「そこまで謝ることはないわよ」
「でもさ、嫌だなって思うことをされたら、イヤでしょ」
「まあ、それはね、でも私はあなただったらいいと思うことも多いのよ」
「…本当?」
「じゃなければ耳かきなんて覚えないと思うわよ」
「ごめんね、覚えてもらって」
「いいわよ、耳かき好きなんでしょ」
「耳かきっていうか、一番最初は膝枕ね、してもらいたかったの」
「好きなの?」
「好きっていうか、憧れ、時代劇かな、着物を来た男の人が、縁側で女性の膝の上で、この間ああいうことがあったんだっていうシーンがあって、あれからかな、膝枕でさ、話を聞いてもらって、いいなって」
「ふうん、でも君は意外とモテるから、そういう人には困らないんじゃないの?」
「えっ、誰が?」
「モテないの?」
「悪いけども、モテないよ」
「前にバレンタインデーの話をしてて、チョコレートもらったっていう」
「子供の頃の話だよ」
「子供の頃はもてたんでしょ?」
「今も昔もそういう話はないよ、その話をしちゃうとさ、渡せなかったチョコレートの話したくなるけど?」
「そういうものよ、好きでも渡せないことはあるの!」
この二人は、彼女の失恋したことがきっかけで付き合うことになりました。
「好きだってことも言い出せないこともあるのよ」
「もしも、向こうも好きだっていってたら、どうなってたんだよ」
「わからないよ、でも時間は経過しすぎてたから、たぶん無理だったと思う」
彼女が好きな相手からのメッセンジャーが、彼でした。
メッセンジャーに選ばれた理由は、ただその時近くにいて、両者に面識もなく、意味もわからず伝言だけ預かったのでありました。
「…そう」
両者にだけわかる曖昧な関係が、終わりを向かえ、その時初めて、伝言の意味がわかったのです。
初めて会った彼女を傷つけてしまった罪悪感がそこには残り。
「ありがとう、ごめんなさいね、あなたを巻き込んでしまって」
そう謝る彼女。
その夜はなかなか寝付けませんでした。
それから挨拶程度はするようになるのですが、顔を合わせたその日は何故だかとてもいい気分になるのです。
(なんで彼女は失恋をしなければならなかったのだろうか、自分だったらあんなに思われていたらとても嬉しいし、絶対に泣かせたりはしないのにな)
あれ?
そういう自分がいることを発見したのです。
そうすると、ただの世間話でさえも、大事なものになっていくのでした。
「何美味しいそうなもの持ってるの?」
「さっきドーナツ買ってきたんだけど、食べるならあげるよ」
「食べる、食べる」
だんだんと彼女の笑顔を見る機会が増えました。
でもたまにあの時のことを思い出すのか、ちょっぴり悲しそうな顔をしたとき。
胸がズキンと傷むのです。
(もう忘れちゃえばいいのに)
そういえたらいいのですが、傷に塩を塗るかもしれない言葉だとわかってるので、言葉にできません。
そんな時、彼女の誕生日を知ります。
「お祝いしたいんだけど、どっか行かない?」
よく、その言葉が自分から出たなと思いました。
「お祝いしてくれるの?」
冗談半分に聞いているなという顔をしてました。
「ありがとう、気持ちだけはありがたく頂戴しておくわ」
(本気なんだけどもな…)
「あのさ…」
「ん?」
言葉が出てきません。
「まだあいつのこと好き?」
「ここで聞いてくるのか、好きと言えば好きなんじゃないのかな」
「…そう」
「なんでこんなこと聞くの?」
「気になった」
「まあ、巻き込んじゃったもんね、そりゃあ気になるよね」
「最近はちょっと違う理由になってきた」
「あっ、そうなんだ」
「こうやって話をしていると、楽しいし」
「私も楽しいわよ」
「本当?」
「えっ、だって楽しくない?私はあんまり話がはずむ方じゃないから、そうね、本当に」
トラウマをえぐったようです。
「美味しいものでも食べて、帰るわ、じゃあね」
「待ってよ」
「ん?」
「ご飯食べようよ」
「今はあんまり余裕ないわよ、楽しいご飯じゃないわよ」
「それでもいいよ」
「やめておきなさいよ、女の愚痴につきあっても、あんまり意味はないわよ、こういうときはふて寝に限るのよ」
どうもあの時の傷は癒えてないようです。
「本当に私ってダメね…」
「ダメじゃないよ」
「ああ、もう引きこもりたい」
元々外交的ではない人間が、失恋をきっかけに、トドメをさされてしまったようで。
でもそのわりには…
「ねえ」
「何よ」
「たこ焼きが食べたい!」
「中がとろっとしたのならば一緒に行く」
そんな感じで、一緒にでかけて、何気ないことを重ねていきました。
「そうやっていったら、わりと普通に手を握れてた」
「そういえばそうね、握られてもビックリはしなかったわね」
いることが当たり前になっていったという感じで。
「でも一緒にいてほしいというまで、俺の気持ちに気がつかなかったのはすごいと思う」
「絶対にからかってると思っていたのよ」
さすがにあの失恋の伝言がきいたようで、信じませんでした。
「悪いけども、あなたがいなかったら、未だに落ち込んでいたと思うわよ」
「だろうね、そういうのは考えたくはないけどさ」
「そうね、私も考えたくはないわね、けど誰かをまた好きになるとは思わなかったわ」
「それでいいんじゃない?」
「そういうものなのかしら」
「それでいいよ…、じゃなきゃ俺が困るし、俺のことを見ていてほしいし」
「見ててほしい?」
「もちろん、好きでいてほしい、んでもって俺の方も好き!」
「はいはい、じゃあ耳かきしてあげるから、ちょっと黙ってて」
「うん」
「耳の外側も大分汚れているわね」
彼女は綿棒ではなく、脱脂綿を濡らして、指に巻き付けて、拭き取るようにしている。
「汚い?」
「まあ、こういうものでしょ、そして耳のツボを押して」
窪みのツボをぎゅっと押される。
気持ちいいのか、彼の目尻が緩んできている。
「最近は本当に冬って感じの寒さにもなってしたしね」
耳をさすられてから、またツボをぎゅっと押してした。
「こんなに耳が冷えていると、歯も痛くなるわよ」
「それは嫌だ」
「定期的に歯医者さんにも行ってきなさいよ」
「歯石の掃除の話を聞くと、ちょっと痛そう」
「してくれるのが美人さんだったら、がんばれるんじゃないの?」
「君がしてくれるなら、怖くはないんだけど」
「さすがにそれはできないわね、諦めなさいよ、じゃあ、耳の中掃除するわよ」
合図の代わりに耳を引っ張り、耳かきを中に入れると。
ガサガサガサガサ
そういう音が静かな空間に響き渡るのである。
「やっぱりここはたまっているのね」
溜まってそうだなというポイントというのがある。
すぐにそれがわかる場合もあるが、それでも普通はこのような音はでない。
コリコリ
耳の中でかき出すために、耳かきが這うと。
「音がするだけあって、ずいぶんと大きいものがとれるのね」
さじからはみ出すように、耳垢が引っ掛かってた。
「こんな感じでとれるっていうことは、まだあるわね」
そうして再度耳の中にいれ、先程と同じポイントを狙うが、少しずつずらしていくと。
ごそ!
当たった。
「あらあら、こんなにも大きいのが溜まっていただなんて、もうダメでしょ」
「全部、とって~」
「ふっふっ、わかったわ、がんばって綺麗にしましょうね」
今回の年始年末は彼女とずっとこんな調子で過ごすつもりである。
とても楽しくなりそうで、今からワクワクしていた。




