表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/55

軽くキス

男にとっては楽しい耳かきの時間、2012年11月 28日、ピクシブ公開。

 「じゃあ、耳かきしましょうね」

 眼鏡をかけた背の高い男が、にっこりと微笑んだ。

 「嫌だ」

 丸い目の彼女は目つきが悪くなった。

 「断る!」

 ガシ!

 逃げようとしても、もちろん捕まえる。

 「嫌だ」

 「観念してください」

 細い耳かきを右手に握りながら、ニコニコする。

 「なんで耳かきしたがるんだよ」

 「私がしないとダメでしょう?」

 「社長は社長の仕事をしなよ」

 「会社は私がいなくても、回るようになってますから」

 この男とは10年ぐらいの付き合いになる。

 「だから耳かきしましょ?」

 「いやいや、待ってよ、話が続かないよ」

 シャッキン!

 耳かきではないもの、金属製の物を左手に持つ。

 「なんだよ、それ」

 「あ・な・と・うです」

 穴刀は耳の中を綺麗にする、ヤスリです。

 「とても上手な理容師さんに、教えてもらいました」

 「何するんですか?」

 「あなたの耳の産毛を剃るんですよ」

 「またよけいな事を」

 「楽しみですね」

 「何で耳かきをする時にテンションが上がるんだよ」

 「何ででしょうね」

 多分普段は理性が働いているから。

 男の方が二才年上、普通なら兄のように接するのだが、そういうのがまるでなかった。

 「バカだな…お前は」

 彼女の家が経済的に大変になった時も、次々と離れていく人たちをよそに、彼は彼女を励まし、勉強を教え、食べ物を分けてくれた。

 それでも彼女は困窮の際に体を壊してしまい、それもあってか、人見知りするようになる。

 勉強は彼が教えてくれたおかげで、学力はなんとかなる。が、健康は一度壊すと元には戻らない。

 「今日は眠れてないみたいですね?」

 「うん、ちょっとね」

 男の膝は堅いからと、嫌がったので、フリースを二枚重ねて、頭を乗せる。男は女の細い髪に、指を絡ませた。少し茶色がかっているが、染めているわけではない。

 (昔は黒かったんですよね)

 おかっぱの黒髪の可愛い子、それが彼女の子供時代。栄養失調気味になってから、髪がスカスカになり、茶色になってしまった。

 耳かきの必需品、蒸しタオルを保管器は手が届く所に置いて、一枚タオルを出して、耳を温めるようにおく。

 彼女は身も心も任せたかはわからないが、一応は反抗せずにやらせてくれる。

 「緊張してます?」

 「まあね」

 「手とか、冷たいですもんね」

 彼女は自分の手を胸に置いている、その手を彼は握る。

 「何さ」

 「いや、手が冷たいんじゃないかなと思って」

 握ってみた。

 生き物じゃないように冷たい。

 一回り大きい男の手が、女の手を握るのだが、女は握り返してはくれない。

 だから男は女の手を握り、口元に持って行くと、手首に軽くキスをした。

 唇にあたる血管でさえも冷たい。

 「お前は変な男だな」

 「そうですか?」

 「そうだよ」

 「私は、したいことをしているだけですよ」

 「社長様は社長の仕事をすればいいじゃないですか?」

 「社長がいなくても、回る仕組みを作るのが、社長の仕事ですから」

 この話題になると、同じようなやりとりになってしまう。

 「モテるんだからさ、そっちと遊べばいいのに」

 「あんまりそういう人たちと話しても面白くないんですよね」

 「そうなの?」

 ここで耳の蒸しタオルをはずされる。

 「じゃあ、まずは産毛を剃ります」

 ざりざり

 男は毎朝ひげ剃りをするので、刃物の扱い方は慣れたもの。そこにわざわざその理容師にひげを剃ってもらいたいという、そんなレベルの理容師に技術を学んでいるのである。

 「産毛剃ったことありますか?」

 「子供の頃はね、でも耳の中はないよ」

 「これがあると、眉も出来るらしいですから」

 「ふうん」

 「眉もそのうち練習しましから」

 「いや、やんなくていいよ」

 「どうせ、私がしないとやらないでしょ?」

 「そうだけで、別にお前がやる必要はないよ」

 ギュッ

 その時穴刀が耳の中に入れられて、グリンと回された。今まで味わったことがない何かが走る。

 ビク!

 男の目が、女の腰が浮いたことを確認した。すると、思わず笑みが浮かぶのだ。

 「おや、どうしましたか?」

 「…なんでもない」

 「穴刀を使ったことないと、びっくりしますよね」

 ギュッ!

 そこで、また耳の中で穴刀が回った。

 声にはならないが、口がパクパクと動いて、腰が浮かぶ。さっきから腕は目を覆い、そのせいもあり、結構大きな胸や、柔らかそうな太ももまで目立ってしまう。

 「ごめんなさい」

 そう言われると、ぞくぞくし物が男の背を走るのだ。普段の口調が口調だけに、こういうときにそんなすがるような、懇願するような、彼女をとても愛らしく思うのだ。

 そんな彼女を見てると。

 「何を見てるのよ」

 いつもの調子に戻ってくる。

 「私はですね」

 「何よ」

 「あんまり男らしくはないといわれですがね」

 「何?」

 「たまに自分が男なんだなとわかるときがあります」

 「何の話なの?」

 プリプリに不機嫌な彼女は意味がわからない。

 「穴刀はおしまいですよ、この後綿棒で軽くしてから、掃除ですよ」

 だから耳かきはやめられない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ