耳かき
彼女は耳かきが上手い。
出来ればしてもらいたいが、まだしてもらったことはない。
前に。
プシュ
耳かきに消毒スプレーを吹きかけて、それを猫の耳に入れて、一周かき混ぜただけで。
デロリ
耳かきに耳垢が絡みつくように、猫の耳から出てきた。
さじの部分には乗り切れず、耳かきの先端から、さじの首の部分まで絡みつく耳垢を見たのならば、不思議と興奮した。
猫の耳というのが、そういうものだと思ったんだが。
「もう、耳かきしなきゃいけないんだけど、私がやるの怖いのよ」
小学校に入学前のちびっこのお母さんが、そんな風に漏らしていたので。
「は~い、捕まえた」
「捕まっちゃった」
彼女がその子と遊びながら、仲良くなっていき。
「今なら耳かき出来ると思いますが、やりますか?」
と聞いたら、母親の了承が得られたので。
疲れて、眠くなっているときに、耳かきに、消毒スプレーを吹き付けて、耳の中へと入れていき、一周させたら。
「入っていたわね」
お母さんがまずびっくりしていた。
蔦植物のように、耳垢が連なり、耳かきに巻きついているんだから。
「後は綿棒とかで綺麗にすればいいと思いますよ」
「ありがとう」
気になったので。
「何でそんなに取れるの?」
聞いてみた。
「消毒スプレーが完全に乾いていないから、耳かきがちょっと濡れていると、乾いた耳垢が水分含んで、根こそぎ取れるのよ」
根こそぎ…という言葉に、キュンときた。
「あのさ、やってほしいんたけど」
「自分でやった方がいいよ、やり方教えたから」
拒絶されたので。
「そんなの初めてだから、出来ないもん」
彼女は、彼のこういう所があまり好きじゃない。
彼は普段はこういう人ではないのだが、何故か彼女の前では駄々をこねるのだ。
(子供じゃあるまいし)
恐ろしく冷たい目で、こちらを見ているが。
「あ…耳が痒くて、死んでしまう!」
どんどん大げさになる。
ここで耳かきをしたりすると、つけあがるので、絶対に応じない。
(男の人って、もっと落ち着きがあると想ったのに)
彼女にとって、彼は手のかかる子供のようだが、彼にとって彼女はどうしようもない自分も抱きしめてくれる存在だった。
耳かきしてあげたいが、つけあがることも考えて、彼女は彼の目の前で、猫の耳垢をデロリと出すと、彼は泣きながらその場から走り出し、夕飯前には彼女の好きな大学いもを買って帰ってきた。