No~耳かきとない人生なんてあり得ない~
2013年4月8日、ピクシブ公開。
「あ~疲れた」
と鳴緒がシャツのボタンに指をかけた時に、その場に巽がいたので。
キャ~
「酷いじゃありませんか」
着替え終わる。
「とうとう、大人の階段登る時が来たのかと思ったのに」
「勘違いさせて悪いが、それはない」
鳴緒は否定した。
「珍しいですね、疲れるだなんて」
「疲れないようにはしてるのよね」
体力がないので、自分のキャパ越えると、いきなり健康状態が悪くなる。
「まあ、イヤミを言われのが、仕事だと思ってるわ」
「うちに転職すればいいのに」
「社長様が、縁故関係で入社させると、会社潰すわよ」
「まあ、そうなんですけどね、それでもね、大変だなって思うと、考えちゃいますよね」
「私はまだ大丈夫だから、他の人なんとかしてあげなさいよ」
そういって笑う鳴緒の強さは、巽の心を癒してくれる。
まだ子供の頃、経済的な事情の悪さを経験した。
もちろん、子供には責任はない。
責任はないが、親は子供に「あんたがいなければ良かった」とか「心中するつもりだった」などと言う。
その事が心を苦しめぬはずがない。
あの時の大人の言葉が、大人になればわかるだろうかと、早く大人になってみたかった。
けど、大人になっても、その言葉の意味はわからないままだった。
だからまだ苦しんでいた。
「耳かきは人を癒すと思ったんですよ、これだなって思ったんです!」
「何よ、いきなり」
「いや、我が社の創立当時の気持ちを思い出したので」
「あっそ」
「癒やしが足りません!耳かきされる側もする側も!」
「何でそうなるのかしら」
「さぁ?」
巽は首を傾げた。
「いや、そこはわかっておこうよ」
「とりあえず、人生どうなるか、今はいいけど、未来はどうするんだろうと、見えなかった時期に、耳かきの小説を見たんですよ、そしたら癒えたんで、こっちが来るなと思いました」
そしたら当たりました。
「元々は片手間から始めたんで、自分が癒えたいからが最優先でした」
そんなファンを大事にしたからこそ、この会社は業界トップクラスになったらしい。
「ちょうど退職した耳かきを作っていた職人さんと出会いまして」
ちなみにその方は巽の会社で現在も働いており、後身育成のための指導しております。
「あれはラッキーでした」
その時、通販の発送は巽と鳴緒がやってました。
「いけると思ったんですがね、そんなの売れっこないと言われまくりました」
けども、耳かきは潜在的なファンも引きつけた様子です。
「耳かきが好きで良かったと思ったことはよくありますが、まさか自分の人生を変えるとまでは思いませんでした」
もちろん、巽が初めて耳かきをしたくなった相手は、鳴緒である。
「ちょっと、気分転換させてくれませんか?」
「えっ?」
あの時きっと疲れていたんだと思う。
だから許してくれたんだと思う。
「いいよ」
もう耳かきしたくて、したくて、しょうがなかった。
人の耳かきはしたことがないわけではなかったので、別にスクールに行ったわけではない。
耳鼻咽喉科の世話に子供の頃行った際に、とんでもなく混んでいた。風邪を引いたらこの医院に通っていたのだが、巽の父は病院に行くととても怒るタイプだった。
というか、怒っていた所しか見たことない。そして会社を始めた年にそのまま亡くなった。
「あの時この仕事が忙しくなかったら、私もどうなっていたかわからなかったでしょうね」
人生、振り返ると、やけに集中した一年というのがあるものだ。
「まあ、そんな時もあるよ」
「ええ、本当に、もう、あの時ぐらい素直に耳掃除させてくれたら、私としては文句はないんですがね」
まるで臨戦態勢のように、耳かきを構えていた。
「バカね…」
そんな巽を軽くあしらう。
「耳たぶを引っ張ると、奥まで光が届いて、耳の中の状態がよくわかる」
「?」
「あぁ、なんという豊作だろう」
エア耳かきを始めた。
「うわ~」
気持ち悪いという言葉が続きそうだ。
「その癖、直した方がいいよ…本当に」
「いや、やめませんよ」
そこは頑なにNOと言おう。




