琥珀色~たぶん今日の気持ちも~
「たぶん今日の気持ちも、過去の事になっちゃうんだろうな」
2015年3月5日 ピクシブ公開。
「失礼いたします」
一言断りをいれて、社宅として使っている上司の部屋に入ると。
「んっ」
着替えもしないで、そのまま寝転がっている男がいたので。
さぁ、大変。
「いい加減にしてくださいよ」
鬱憤がそこで噴出した。
「ちゃんと着替えて寝てください」
彼女はこんなことが起きるたびに、こんなはずではなかったのになと思うさのだった。
仕事のフォローをするために、言い渡されたその日から準備をしてしたのだが。
(なんで生活まで見ているのか)
そしてその愚痴をこぼしたところ、既婚の同性職員から。
「そのまま面倒見てやれば」
などと言われた。
「起きてください」
このトーンは凄く怒っているということがわかったので、飛び起きた。
「シャツが皺になるのに、なんでそのまま寝るんですか」
「すいません」
「ノーアイロンのシャツにしてるのに、皺を増やすおつもりですか」
「すいません」
そのままお説教が続くかと思われたが。
ガチャ
クローゼットをあけると、予備の着替えが入ってなかったので。
「少々お待ちください」
この間買ったばかりのパジャマを出してくる。
「これにお着替えください、その間にベットメイキングしてきます。着替えたものはこのバックに、洗濯して参ります」
「ごめんね~」
「謝るまえに寝てください」
シーツを新しいのにかえ、皺がないようにピンと挟んだ。
着替えが終わった上司はあくびをしている。
「すいません、失礼いたします」
短い髪をさわりと、細い指がなでて、耳を掴む。
「耳かきしますか…いつからしてないので?」
「いつからだったかな」
「身なりはしっかりと整えてくださいといったではありませんか」
「ごめんなさい」
謝ってばかりである。
「髭は起きた後でいいですが、耳はいまやりましょう、すいませんが膝に頭をのせてもらいます」
「膝枕で耳かきってドキドキするね」
「のんきなことを言わないでくださいよ」
パチ
いつも持ち歩いてあるライトがある。小さいのに、かなり強い光を放つ。
これを使って耳の中を覗くと。
「汚い、汚い」
「そんなに?」
「そんなにですよ」
耳の入り口である、産毛が生えるあたりをウェットテッシュで軽く拭いてあげると、その汚さがわかる。
「うわ…」
「えっ、何、想像以上?」
「…とりあえず綺麗にしましょうか」
「お願いします」
仕事に熱心な人間が、耳かきを選ぶことに妥協するはずがない。
固い竹材を加工して作られた、小回りの利く耳かきをスッと耳の穴にいれる。
ショリショリ
産毛が生えている箇所を掃除しているらしい。
掃除されている方からすると、少しくすぐったいが、我慢できない方ではない。
耳に生えている毛に、垢は絡まり、それをほどいているのである。
ほどかれた垢は耳かきの上に乗り、そのまま外に出さると、白いティッシュの上で、とんとんと落とされた。
コロリ
耳かきから転がってきた耳垢は、艶のある琥珀色をしている。
このようなものがたくさん耳の中にあるのならば、できるだけ綺麗にしてやらなければならない。
「あのさ」
「なんですか?」
「こんなときいうのはなんだけどさ、いつも感謝してるんだよね」
「そうですか」
「情けなくてごめんね」
「初めは誰でも情けないモノではありませんか?」
「そうかな」
「そうですよ、そこから勉強をして、一人前になるんですよ」
会話の次の言葉を考えていると、耳かきの続きが始まってしまった。
この後、何て言えばいいんだろうか。
できればこのまま話を続けたい。
続けたいのだけども…
この次の休みの日にでもお願いしよう。
次の日、辞令が下った。
「ずいぶん、遠くに移動にはなるが、君なら大丈夫だろう」
そう激励はされたが。
俺がまず始めに思ったのは、もうあの話の続きをすることは、たぶんきっとないということだった。




