かぶりつきたい
「そんな首筋」
2014年6月9日ピクシブ公開。
「真未」
「何、お姉さま」
遠藤柚季と真未は少しテンポが違う姉妹である。
「常識というのが中性だとすると、私は酸性で真未がアルカリ性なのよ」
なので、姉妹同士は世の中よりもお互いに変わってるなと思ってるわけです。
「明日写真撮るんでしょう?」
「証明写真ね」
「じゃあ、お金あげるから髪とか眉とか整えてきなさい!」
「髪はともかく、眉は自分でやるよ」
「いいから、いいから、自分でやっていくうちにどんどん小さくなって麿になるのをお姉ちゃんは見たくないからね」
「わかったよ、でもどこにいけばいいのか、わからないよ」
「中学の時、クラス一緒だった山岡くんのお母さんの所はどうかしらね」
「どうして?」
「あのお母さんは面白いわよ、参観日に先生に向かって」
「というわけで、三者面談は以上になります、質問がなければこれで終わりますが?」
「先生」
「なんでしょう?」
「先生、その着こなしは私としてはどうかと思うのですが?」
「そう言われた先生、泣いてたわ…」
懐かしい思い出。
「結構、それは嫌かも」
その後、クラスの母親の間で、担任の私服やら生活の見直しがあったという。
「そのお陰で、嫁来たのよ!」
おめでとう先生。
「じゃあ、行ってくる」
「待ちなさい、学校のジャージのままで行くの?」
「ダメ?」
「ジャージはいいけど、中は着替えなさいね」
「なんで?」
「襟足とかも剃られるこら、シャツだとやりづらいわよ」
「どういうのを着ればいい?」
「私の着ていきなさいよ」
着替え後、教えてもらったお店に真未は行った。
「すいません、予約はしてないのですが?」
おどおどしながら、知らないお店の扉を開けた。ジャージでどこの学校の子かわかったので。
「いらっしゃいませ」
と中に迎え入れられた。
「今日はどんなご用かしら?」
山岡くんのお母さんと思われる女性に話しかけられた。
「明日、写真を撮るので、眉を整えてもらいたいのですが?」
「わかりました。ジャージの下って何着てる?」
「えっ、あっ、キャミソールを…」
「じゃあ、背中までやってあげるから」
とんでもないことになった。
やりやすいように、ジャージの下は姉からキャミソールを借りて着てるのだが、そのために襟足どころか、肩、背中もシェービングされるらしい。
『レディースシェービング3000円』
店の前にはそんな看板が掲げてあったが。
(3000円で足りるのかな)
帰りに買い物しようと、食費分の一万円は持っていたので、足りなければこれでとりあえず出して、姉に追加請求だなと思った。
仕切りの中でジャージを脱いで、キャミソールになる。
その姿で椅子に座った。
ウィーン
椅子が上がって倒されて、何かのスイッチが入る音がカチッとすると、顔に蒸気があたる。
特にやることもないので、真未は目をつぶった。
カチャカチャ
何かを混ぜる音がする。
モチャ
決め細やかで、もちっとした泡が額に乗る。
それをシェービングブラシが伸ばしていく。
剃刀が生え際にピタリとあてられ、それが当たり前のように肌を滑る。たった一回滑らせただけで、産毛が綺麗に刈り取られるのは、理容師の腕のよさと、真未のキメ細やかな肌であるからこそなのであろう。
「眉はどういうのがいいっあるかしら?」
「ないです(キッパリ)自分でどういうのがいいのかわからないんですよ」
「じゃあ、顔の形に合わせるわよ」
「お願いします」
ちゃんと腕を磨く理容師に出会えるのは幸せなことだ。
(素直な子ね)
理容師にとっても、あぁなりたい、こうなりたいというお客よりは、自分の顔の形にあった髪や眉を提案できる関係の方が良い関係を築けるものだ。
真未のアーモンドのような目を引き立てるような眉の形になっていった。
その後、頬や小鼻など、普段やりにくい場所の産毛を剃られていく。
クイ!
顔を左に向けられた。右耳が上に来る。
スッ!
いきなり耳かきが耳の中に入ってこられた。
ガサガサ
自分でするのや姉にされるのとはワケが違う、プロの耳かきである。
円をかく動きで、外耳をなぞっていく。
(耳かきもされるなら、耳掃除してくればよかったな)
この頃耳かきをしてないから、いっぱい溜まってるに違いない右耳は掃除されていく。
自分の耳の中は、この状態では見ることは出来ないので、ここからは理容師目線でお送りします。
数年前無くなった耳かき職人の復刻版の耳かきを、うちの店では使ってる。
耳かきというのは、使ってくると匙の丸みが消えてくるものなので、復刻版とは言え、販売されてくれてとてもうれしい。
何でもその職人が残した耳かきを研究して、復元出来ないかと再現できる所を探したらしい。
今私が耳かきをしているお客さんは、うちのお店には珍しく女の子なので、できれば次も来てほしいなと思う。
しかし、この子、この年にしては生活感があるのはなぜだろう。
正解です、小学校の時から台所に立ち、食事の一手を仕切ってます。
この子にはもっと女子力つけてもらわないと。
カリカリ
この耳は定期的に耳掃除がされている耳である。
しかし。
コリ!
そんな音がして、真未は体がピクリと動いた。
「ごめんなさいね、くすぐったかったかな?」
「あっ、いえ」
ある程度奥を掃除するのはとても難しい。しかし、そこはプロの技である。
ゴソゴソ
手付かずと言える奥は、些細なことで痛みになる。
耳かきをする前に、鼓膜が見えるか、耳を引っ張られてる。どうやって耳かきするのか、頭の中でシュミレーションしてから。
カリ!
躊躇わずに狙う。
それが大物を奥から引き出すコツであるが、熟練者だからこそできる技なのである。
(うちの息子の耳に比べたら、もうどんな耳も簡単よ)
その昔、一歳だったころ、耳かきしようにも、耳の穴が小さすぎて自分でやるのはとても怖くて、先輩にやってもらいました。
しかし、その後もよく動くバカ息子は耳かきするのが大変でした。
(ちっとも止まらないのよね)
耳かきする時、何故か歌い出して、鼓膜が傷ついて耳鼻科に行くなど、逸話は事欠かない。
(あれに比べたら、じっとしてくれるだけでいい、こんなに素直ならもっといい!)
山岡母に気に入られたようです。
右耳の掃除が終わり、濡れた綿棒で耳のなかを拭いていく。綿棒の水分は水ではなく、ローションなのでスッキリするのだ。
次は左耳。
右耳よりかきやすい耳であった。まっすぐではないが、急に細くはならないので、耳かきが入りやすい。
(うちの息子は細いのよ、曲がってるから鼓膜見えないし)
ピッ!
そんな時に大きい欠片を発見、耳垢をとられると、真未は体をびくっとする。
耳かきが終わると、椅子の背もたれがたてられて。
「ジャージ抜いでくれる?」
「はい」
スルリとジャージを脱ぐと、髪を束ねられた。産毛というのは髪の色と同じである、そのために細くても産毛というのは目立つのである。場所が場所のために、刺激が少ないもっちりとした泡を丁寧に伸ばして、それを剃刀がすくうかのように剃りあげていく。
それは肩から背中にも続く、キャミソールを身に付けたとして、それが美しく見えるように。
剃刀が終わると、剃刀負けが起きないようにと、椅子を倒して、毛穴を引き締めるために、冷たいタオルを巻かれるのである。
恐ろしいことに、これで3000円でした。
いいのかなと思いつつ、お金払う。
「定期的に来てね」
毎月は無理かもしれないけども、食費を節約してまた来たいなと思った。
「おい!」
帰り際、聞き覚えがある声が真未を呼び止めた。
「あれ、達哉、どうしたの?」
真未とはちょっと微妙な感じの同級生今井達哉である。
「部活終わったからさ、なんだよ、買い物?」
「今、眉整えてきたんだけどね」
ジっ…
真未は話をしてるが、達哉の視線は真未の襟足に釘付けになっていた。
「ねぇ、聞いてるの?」
なんか反応がおかしいから聞き返しと。
「明日さ、神社でお祭りあるんだけどよ、行かないか?」
「えっ?あ…、あ、いいけど」
不意討ちには不意討ちを、しかし、達哉は後から考えると、なんでこの時祭りに誘ったのか、その勇気がどこから出たのか、まるでわからないが、ただあの首筋を見たとき、今すぐにかぶりつきたくなるほど、理性というものが吹っ飛びそうだった。




