血鏡~願うなら~第8話
二宮 修介。十五年前、私の家族を壊した人物。一生許すことが出来ない人。
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雪が降る2月、私は弟と映画を観に行く約束をしていた。
あの日は千里の誕生日の翌日だから、よく覚えてる。
誕生日の1週間前、プレゼントは何がいいかと聞くと「映画館に行ってみたい」と言うので、休日に連れていってあげると約束した。
「千里、支度は済んだ?お姉ちゃん、待ちくたびれてジュース3杯も飲んじゃったよ。出来るなら、そのモコモコは止めなさい」
「だって寒いんだよ、厚着しないと風邪ひいちゃいそうだよ」
「今はそうだね。でも今日は午後から暖かくなるらしいから、厚着はやめた方がいいよ。ほら、脱いだ脱いだ」
私は千里が着込んだ服を動きやすくなるように整え、プレゼントのマフラーを巻いてあげた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「どういたしまして」
千里は映画を楽しみにしていた。
「僕ね、映画に出てくる灰色の猫のストラップをゲーセンで絶対ゲットするんだ」
「灰色の猫?」
「とってもフワフワしてそうな毛並みをしてるんだ。CMで見て、触ってみたいなって。でも本物は買えないから、ストラップなら取れるかなって」
私達が向かう映画館は新しく出来た建物で、ゲームセンターや本屋と映画に関係する商品等がある。
映画を見たチケットで駐車場の割引、クレーンゲーム1回無料、関連本の百円引きと、いろんなことに使えることで話題になっている映画館。
もちろん私と千里は、ゲームに使用する。
「好きだね猫」
「うん、僕動物が大好き」
楽しそうに話す千里に私と母は笑った。だから、いつもと変わらない日常になると思っていた。
「千里~、門から出るときは右左を確認して渡るのよ」
「分かってるよ。僕8才だよ、心配性だなお母さんは」
千里はさっきとは逆に私を急かして外に出る、その姿が危なっかしかったので母は心配して声をかけて注意を促す、続いて私も外に出た。
家の前は見晴らしがいい、だから車にはすぐ気付く、千里は門の前にいて道路には出ていないので私も心配性だなと母に言った。
「そうかしら?」
「そうだよ。千里なら大丈夫、ちゃんと車が来ないのを確認してから道路を渡るよ」
笑い返していると左側の道路に、遠くから走ってくる車が見えた。その車は誰でも気付くほど、スピードを出して走っている。
「危ないな、あの車」
「千波、番号見える?通報しなきゃ」
「ちょっと待ってね」
「お姉ちゃん、早く行こうよ」
車のナンバーを確認しようとしていると弟の声が聞こえた。でも私は、返事をしなかった。もし返事をして戻るように言ってたら、こんなにも後悔する日は来なかったかもしれない。
私は近付いてくる車に驚く。
「ナンバーが…ない、何で?。千里、門の中に入って こっちに来て」
私は嫌な予感がした。だから私は、千里に家に戻るように叫んだ。
千里は不思議そうに首を傾げたので「早くしなさい」と叫ぶ。千里はビクッと驚き門のを開けた…。
私がもう少し早くに、戻るように言っていれば。
「いやあぁぁぁぁぁ!!」
頭が真っ白になったあと母が叫び声をあげ、遠退く意識が戻された。
母は震えながら前を見ている、現実に起きたことだと思いたくない、夢だと、私と母が見ている光景が嘘だと思いたい。
車は門に突っ込み、壁にぶつかって止まった。それでもエンジンは動いたまま前に進もうとしている。
車と壁の間には…挟まれて動かない千里。
「千里っ!」
駆け寄ろうと走ると、車はバックをして逃げていく。顔は見えなかったけど、帽子を被った男性が運転していた。
それよりも千里だ。抱き上げるとまだ息がある、救急車を呼べば助かるかもしれない。
「お母さん、救急車。お母さんってばっ!」
母は恐怖で放心状態、何を言っても聞こえていない。
だから私は鞄から携帯を出して救急車を呼ぼうとボタンを押す、押したいのに手が震えてうまくいかなくて焦ってしまう。
「お願い、千里を助けて。お願いだから指動いてよ」
病院に運ばれた千里は緊急手術室の中、待っている間は数分しか経っていないのに長く感じた。
早く元気な声の千里を見て安心したい、母に千里は大丈夫だと言いたい。そして、早く助けてあげられなかったことを謝りたい。退院したら映画館に行って、それから……。
しかし、千里が笑うことも泣くことも、声を出すことも無くなった。
千里は亡くなった。殺人という突然の別れが、私達家族から弟を奪った。
犯人は直ぐに捕まった。不審な車が商店街を暴走したあと逃走しようとしたところをパトカーが封鎖してぶつかって止まり、車は動かなくなったところを警官が取り押さえたらしい。
二宮は冬の殺人鬼として世間を騒がし、私達…ううん、二宮に殺された人の遺族たちは日常を壊されたのだ。
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母は千里の死を受け入れることが出来ずに、今もカウンセリングと入院を繰り返している。