魔女の処刑
この度、魔女が処刑される。
そのことに国民たちは声をあげて喜んでいた。
それもそのはずだ。この魔女は、国を守護していた守護竜を殺したとされている悪い魔女だった。
――夜を彩る黒。髪と目がその色を持ち合わせている不気味とされる魔女。
その魔女は、守護竜と共にこの国を守護していた魔女だった。遥か昔、この国が建国した時よりもずっとそうして生きていた魔女。
守護竜を殺すその日まで、国民達に慕われていた魔女だった。
守護竜と魔女。
その二つの守護があるからこそ、この国は大きくなっていった。
国の歴史をずっと見守ってきた二つの大いなる存在。
――だけど、魔女は狂い、守護竜を殺した。
それに加え、この国には神が遣わしたとされる聖女が現れた。
魔女が張っていった守護結界も、聖女がいれば問題がないのだという。
守護竜が死に、魔女は狂った。そんな国も、聖女がいれば問題がないのだというのだ。
魔女は、火あぶりにされることが決まってる。十字架に貼り付けられ、括り付けられているその魔女は表情一つ変えない。
魔女はただ静かに、自分に石を投げたりする民衆たちを見ている。その石を魔女はただ受け入れる。
魔女はただ、昔のことを思い起こしていた。
*
魔女は、当たり前だが昔は魔女とは呼ばれていなかった。
ただの小娘だった魔女は、幼いころから魔女の片鱗を持ち合わせており、普通ではなかった。
その魔女は、独りぼっちだった。
家族たちに忌避され、友達もおらず、ただ独りぼっちだった魔女。
その魔女は、ある時、美しい竜に出会った。
白い鱗に覆われた美しい竜。その竜もまだそのころは成体にはなっていなかった。
その美しい竜――後の守護竜は竜の中でも強い力を持っていた。だからその竜も周りから距離を置かれていた存在だった。
だからこそ、魔女と守護竜は共に時を歩むことになった。
魔女は人間として生まれたが、膨大な魔力から人間の寿命を超過しても生きられるような存在になっていた。
魔女と守護竜は、共に時を過ごした。
旅をして、色んな所にいって、色んなものを食べて、色んな景色を見た。
共に過ごした時を魔女はしっかり覚えている。すべてが魔女にとってとても大切な思い出だった。
長い長い時間を、彼らは共に旅をして過ごしていた。
魔女と守護竜はある時、一組の男女と出会った。
彼らが後に国を作る王と王妃になる存在だった。魔女と守護竜にとって彼らは友人となった。
「俺たちは国を作ろう」
「私たちは良い国を作るわ」
そう言って笑ってくれた。
そんな友人のことも魔女は幾ら時間がたった今も覚えている。
もういない友人。
その友人達が作った国だからこそ、魔女と守護竜はその土地に留まる事を決めたのだ。
友人達がいなくなった後も、彼らはその土地が好きになったから、その国に留まる事にした。
ずっと守ってきた国。
王族たちは、守護竜と魔女に敬意と感謝を示し、穏やかに時を過ごしていく。
ただ、時を重ねていくにつれ、王族と守護竜と魔女の距離は開いていった。
それも仕方がないものだった。
初代の王と王妃にとっては、守護竜と魔女は友人だった。
その後の何代かの王族にとっては、守護竜と魔女は近所のおじさんおばさんのようなそんな感覚だった。
だけど、徐々に、守護竜と魔女は恐れ多く近づきがたい存在のようになっていった。
「なんだか寂しいわね」
「仕方ないだろう」
寂しいと口にする魔女は、守護竜に寄りかかっていた。
守護竜はいつだって、魔女の傍にいて、魔女に優しい声をかけていた。
「ええ。まぁ、わかるわ。分かるけど、少しね……でも、貴方がいるから私は寂しくないわ」
魔女は嬉しそうにそう笑って、守護竜に抱き着いた。大きな体の守護竜は、魔女の抱き着きを受け入れる。
魔女は守護竜を大切に思い、守護竜も魔女を大切に思っていた。
それは確かな事実だった。
「この国はこれからどんな風になるのかしらね」
「楽しみだな」
「ええ。私と貴方でずっとずっと、この国の先を見に行くの」
魔女がそう言って微笑めば、守護竜も笑った。
魔女は守護竜の傍にいることを当たり前に思ってた。守護竜がいなくなることなど考えてもいなかった。守護竜とずっとこの先も共に居ると信じていた。
それから何百年も、守護竜と魔女は共に過ごした。
けど、終わりと言うのはいつか必ず来るものだ。
昔の魔女は想像さえもしなかったけれど、始まりがあれば終わりが来るのだ。
――終わりはくる。
それは守護竜から告げられる。
「俺はもう長くはない」
それは守護竜の申告だった。
自分はもう死ぬのだという悲しき申告。
「……寿命なの?」
長き時を生きた魔女はその言葉に悲しそうにうつむきながら答える。
それに泣きわめくほど、魔女はもう子供ではなかった。
「ああ。——ずっと一緒に居たお前だから、頼みがある」
「頼み?」
「竜は最期に暴れてしまう。——暴れて、この国を壊したくない」
守護竜は静かに言う。
次の言葉が想像出来て、魔女は――、悲しくなる。
長くずっとそばにいたからこそ、大切な竜の言うことが分かる。
「私に、殺してほしいのね」
「ああ。一思いに殺してくれ。そしたら俺はこの国を壊したりしなくて済む」
守護竜は言う。
魔女にとって酷な頼みをする。
この大切な国を、魔女と二人でずっと見守ってきた国を――壊さないために。
魔女は、涙を流した。
「……すまない。こんなことを頼むことになって。でもユーア。お前にしか頼めない」
「……ええ。分かっているわ。ドアンローザ」
互いの名を呼ぶ。
もう互いしか呼ばないその名を。
ユーア。
ドアンローザ。
魔女と守護竜の名を知っているものはそうはいない。互いだけが呼ぶ、大切な呼び名。
魔女は涙を流しながら、いつかの日と同じように守護竜に抱き着いている。守護竜はただそれを受け止めていた。
魔女は、守護竜がもうすぐ死ぬことを王族と国に伝えていた。
守護竜がもうすぐなくなるから、暴れないようにその留めを自分が刺すとそれも伝えていた。
もう動く事がままならない守護竜の代わりに魔女は、そのことを伝え、国のために頑張ろうと動いていた。
何故ならこの国は、魔女にとって大切な場所だから。いいや、守護竜と共に過ごした大切な土地だから。
その間に、聖女が現れたと言った話も聞いていたが、魔女にとってはもうすぐ命を失う守護竜の傍にいることが大事だった。
他のことにかまけてなんていられなかった。ただ、魔女は守護竜を大切に思ってた。
だから、悪かったのだろうか。
「――ごめん。ユーア。ありがとう」
その最期の言葉を聞いた。
魔女の魔法で守護竜の命の灯は消えようとしていた。その最期の言葉。
そんな最期の言葉で、守護竜が自分の名を呼んでくれたことが魔女は嬉しかった。
ああ、と魔女の心は叫んでる。
悲しいと、苦しいと。そしてその気持ちと同時に、守護竜に対する愛しさを覚えた。
そうかと魔女は納得する。
ずっとそばにいて、ずっと一緒に行動してきて、近すぎて気づく事もなかったけれど、魔女は守護竜を心の底から愛していたのだと。
その愛がどういうものであるかというのを表現する術を魔女は持たない。だけど、愛していた。その事実を実感した。
守護竜の亡骸の前で泣いた魔女は、守護竜の希望通りにその身を焼き尽くした。
――その場になぜか聖女と呼ばれる少女と王侯貴族といった服装の男達がいた。
「聖女の言った通りなのか!!」
「貴様、狂ったのだな。守護竜を燃やそうとするなんて!!」
魔女は彼らが何を言っているのか分からなかった。
すでに守護竜の命が短く、手を下すことは告げていた。
「私は説明したでしょう?」
だけど、何度口にしても彼らは話を聞かなかった。
なんでもその聖女という存在が、魔女の事を守護竜を殺した悪い魔女だと言ったのだという。
魔女は狂い、守護竜を縛り付け、虚偽の報告を国にしたのだと。そして守護竜の事を殺してしまうのだと。
――それを止めることが出来なかったと、なぜか嘆いている目の前の彼らを見て魔女は意味が分からなかった。
「どうして、私が守護竜を殺す必要があるの? 私にとって守護竜は何よりも大切な存在なのに」
「この国を守る特別な存在という立場を独り占めしたかったんだろう」
「どうして? 私はそんなことをしていないわ」
何故、そんなことを言うのか魔女には理解できなかった。
魔女にとって守護竜は誰よりも大切な存在だった。他の誰がいなくなったとしてもただ傍にいてほしいと望んでいた。そんな大切な竜だった。
昔からずっとそばにいてくれて、出来ることならこれからもずっと隣にいてほしかった愛しい竜だった。
だから、魔女が守護竜を殺すなんてありえない発想だ。
彼らはその言葉を聞かなかった。
聖女という存在の事を信じ切っているようだった。
埒があかないと魔女は王宮に向かった。彼らが勘違いしているだけで、王宮ではそんなバカげた話を信じているという事はないだろうと思ったのだ。
だけど、王宮にたどり着く前からおかしかった。
王都の人々が魔女を見て怯えていた。今までそんな視線で彼らが魔女を見た事はなかった。
騎士達が警戒したように魔女を見ていた。今までそんなことはなかった。
王宮では、「狂った魔女を王宮に入れるわけにはいかない」と追い返された。
魔女は話をしたかった。ただ誤解を解きたかっただけだった。
だけど王宮に入る事も出来ない。それどころか魔女は捕らえられそうになる。なんとか逃げたが、訳が分からなかった。
ついこの前まで魔女に敬意を払っていた人たちが、魔女を警戒していた。確かに魔女は守護竜の最期を見守るために、彼の傍にずっといた。王宮に少しだけ顔を出さなかった。
ただそれだけの時間で、評価が反転していた。
魔女は意味が分からなかった。情報を集めた所、あの聖女と呼ばれていた少女が語った魔女の事を彼らは信じてしまったようだ。
ずっとずっと国を守ってきた魔女ではなく、最近現れた聖女のことを彼らは信じてしまった。
――その事実に、魔女は心が折れてしまった。
ただでさえ、とても大切でいとおしい竜をこの手で葬った。頼まれたとはいえ、自分の手でその命を奪った。
その事実で魔女は悲しんでいた。守護竜がもうそばにいない事実に悲しみで心が満たされていた。
そんな状況でも、この国を守るつもりだった。
この国を守って、ただ魔女として生きていこうと思った。
守護竜と共に守り続けていたそんな場所をずっとずっと守ろうって。この命が尽きるまでずっとって。
それなのに、この現状が悲しかった。
魔女は、どうするべきか考えた。
魔女はやろうと思えば、この国を亡ぼすことだってできる。やろうと思えば、この国を窮地に陥らせることが出来る。
でも――魔女にとってやっぱりこの国は大切だった。
この国の民をてにかけたくなかった。
どうやら聖女がいれば、魔女の加護はいらないらしい。
魔女がいなくてもこの国は問題ないのだと、国は判断している。
気づいた時には、住んでいる住居を騎士たちが囲んでいた。
殺すことは簡単だった。でも殺したくなかった。
――だから魔女は、もういいかと思った。
この国——、私の大切な国が私を望まないなら、処刑されようと。
*
そして魔女は処刑の場に、抵抗する事なく、存在している。
これから処刑されるにも関わらず魔女の心が穏やかなのは、大切な竜の元へ行けるという事実があるからかもしれない。
昔から傍にいた守護竜。
この手で葬った守護竜。
その守護竜は命を散らして、もう天に昇っている。
その場所に魔女も向かう事が出来る。
こんなにはやく向かうつもりはなかったけれど、それでも守護竜の元に行けることが魔女は嬉しかった。
守護竜との記憶をずっとずっと、魔女は思い起こしていた。
魔女の目の前で聖女や王侯貴族たちが笑いあっていたりしているのも、魔女の目には映っていなかった。
ただ虚無だけを見つめている魔女は、守護竜のことしか考えていなかった。
ずっと守り続けたこの国に、結果的に殺されるなんて――そう思わなくもないわけでもない。
全て殺してしまえばいい――そんな気持ちがないわけでもない。
でもやっぱり、この国が大切なのだ。幾ら自分を処刑しようとしていても、守護竜と共に過ごしたこの国が大事なのだ。
「――聖女、これからこの国をよろしくね」
だから、魔女は魔女の代わりにこの国を守ると宣言している聖女に、笑いかけた。
その笑みに周りが息をのんだのが分かった。聖女は驚いたような顔をした。――だけど、魔女がそんな言葉を発しようとも、国は止まらない。
魔女は、火あぶりにされ、処刑された。
魔女は炎に包まれた中で、ずっと、ずっと、愛しい守護竜の事を思っていた。
見方によって出来事とか、人って色々評価が変わるよなと思って書きました。
あと竜も魔女も好きなので、この組み合わせになりました。
こういう雰囲気のファンタジー書くの好きです。楽しんでもらえたら嬉しいです。
魔女 ユーア
人間として生まれたが、魔力量から長命種。寧ろ寿命がないみたいな人。
守護竜の事を大切に思っていた。国も大切だった。
守護竜に頼まれ、手を下した。そんな中で悪とされ、もういいかと処刑を受け入れた人。
守護竜 ドアンローザ
長く生きていた真っ白な竜。長命種だったが、寿命には勝てない。
魔女のことは大切に思っていた。国も大切にしている。
魔女に頼んで、命を散らしてもらった。
聖女
魔女が守護竜の最期を見守るために動いている間に現れた。
どういう真意かは不明だが、魔女を悪とした。自分なら魔女の代わりにこの国を守れると思っている。
これで短編連作と連載化したのも含めて短編100作になりました。
それに伴い、短編100作品記念企画でもやろうと思っています。参加してもらえたら嬉しいです。