七曲目
「あのね、みさと。みさとは歌手になるって声楽科に通ってたの。でもまだ一年生だし、ステージに立ったことはないわ。それに、昨日はずっとお家にいたでしょう?」
あの後母と名乗る人から言われた言葉った。
「じゃあ何?この人は何者なの?私は一体何なの??もう...何もわからない!!思い出せない!!!!」
泣き疲れて眠ってしまったのか、起きたらもう朝で。
両親と思わしき2人も、コンサートの件については何も言わなかった。きっと私に気を使ったのだろう。
そんな葛藤の中届いた新しい手紙。
【来月のコンサートのチケット、とても良い席が当たりました。すごく嬉しかったので写真を同封します】
「スプリングコンサート、2025年4月28日.....え?」
今は2020年だ。このチケットの日付は5年後...
頭がぐしゃぐしゃになった私は駆け出していた。
落ち着きたくて、どうしようもなくて、駆け込んだのは大好きなあのお店だった。
何も考えず勢いよく扉を開ける。
「いらっしゃいませ。今日はそんな息を切らせてどうしたんですか?」
お店の商品を掃除している最中だったのだろうか。手にはガラスのグラスを持っていた。
「あ、あのっ、えと....」
「オルゴール、新作出てますよ」
挙動不審の私に怪訝な顔をせず、いつもの優しい笑みで対応してくれる。
やっぱり、ここに来るととてもほっとする。
「あ、ぜひ、聴きたいです」
「こちらです。どうぞ」
白い、手のひらサイズの木箱を手渡された。
一呼吸置いてからネジを回す。
「聴いたこと、ある...?かも?」
「エルガーの愛の挨拶という曲です。タイトルは知らなくても曲は有名ですからね。私がとても好きな曲なんです」
「きれい....」
「少しは落ち着かれましたか?」
「え?あ、はい」
「では、何があったか聞かせて頂けますか?」
こんなこと、他人に話していいのだろうか。
頭のおかしい子だと思われるんじゃないか。
そんな不安が顔に出たのだろう。
男性はにっこりと目を細めた。
(この人になら、相談できるかもしれない)
「......あの、これ」
「手紙...メッセージカードですね。それと写真ですか。2025年....未来からの手紙というわけですね」
「驚かないんですか...?」
「いや、驚いてますよ。ところで、貴女のお名前はみさとさんと言うんですね」
そういえばお互い名前を名乗っていないということに今頃気づいた。
「え?はい、そう、みたい、です」
「高校生ですよね?」
「そう、らしいです」
急に質問責めにあう。
どんな意図があってこんな会話をしているのか分からないまま、私という人物に対しての知識を話す。
「コンサートというのは?」
「私、声楽科に通ってたみたいなので、歌かと。でも!私には!歌っていた記憶もないんです!」
そう。
私は。
何も覚えていない。
「....みさとさん。不躾なことをお聞きしますが、本当は何も思い出せないのではなくて思い出したくないのではないですか?」
「えっ?」
この人は、一体何を言っているの....?
「辛いことに蓋をして全て忘れたフリをして、現実から逃げているのではないですか?」
「あの、なに、を....」
「貴女は思い出さなくてはいけません」
それは、強い、言葉だった。
「あ、あの!」
「本当の貴女を思い出してください」
とても強くて、でも、優しい言葉だった。
私の意識は、そこで途切れた。