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 水滴が一粒、写真を濡らした。

 立ち尽くしたまま、泣いていたようだ。写真の水滴を指で拭った。後ろにある立鏡を振り返る。

 鏡には、写真と全く同じではないけれど、よく似た姿勢で振り返った、二十五歳の喜納明日がいた。今の彼の髪は黒く短く、眉も太い。女性もののアクセもつけていなければ、パッドも入れてはいなかった。共通点を挙げるとすれば、体の線が細いところぐらいだ。

 彼は端正な顔を歪めて、声も出さずに泣いていた。

 撮影日は、彼女が生きた最後の日だった。明日は日曜日だ。久しぶりに、彼女に会いに行こうと思った。


 杏ねぇの首を絞めて殺したのは杏ねぇの元カレ。

 杏ねぇの格好をして杏ねぇのバイクで山へ向かったのは僕。

 息の絶えた杏ねぇを連れてその山へ来たのは元カレ。杏ねぇの服を着替えさせたのは僕。

 杏ねぇを土に埋めたのは元カレ。

 その山で人殺しをしたのは僕。

 山で後日、首吊り死体として見つかったのが元カレ。

 ロープの吊るされた木の下、その土に埋まっていたのが、杏ねぇ 。


 喜納家の墓は、大分県別府市の霊園にあった。姉の遺骨は、今はここにある。

 日曜の朝、天気は快晴。霊園は手入れされた緑と陽光で、清らかさに満ちていた。墓場を歩いていても、これでは不気味さなど全く無く、あるのは不思議な爽やかさのみだった。


 突然、恋人から別れを告げられたのが元カレ。

 僕に惚れきっていたのが杏ねぇ。

 大学に入ってやっと自分と姉の関係の異常さに気づいたのが僕。

 僕が実家から離れ、僕との距離に耐えられなくなったのが杏ねぇ。

 僕に姉殺しを持ちかけたのが元カレ。

 離してくれない姉に、苛立ち続けて怒りにまでなっていた、僕。


 園には、家ごとに区切られて墓石が並ぶ。一つの墓石の前で、立ち止まった。

 親父かおふくろか、それとも霊園の管理者なのか、喜納家の墓は、きれいに掃除されていた。好きな花なんかを俺に話すほど、風流な姉ではなかった。ネットで調べて選んだ、花言葉で決めた花を供えた。買ってきた線香を、二つに折って火を点けた。

 墓の前で正座し、手を合わせる

 杏ねぇを、愛していました。

 失うまでわかりませんでした。失ってもわかりませんでした。

 わかったのは、半年が経った頃でした。

 いつも一緒にいてくれた。小学生の時、足を挫いた僕を背負って歩いてくれた。中学で、初めてのキス。高校に入ると、ウサギの様に以下自主規制。笑って一緒に下校もしたし、喧嘩もした。ひどい時には、家で髪を引っ張りあっての罵詈雑言。

 でも、どうしようもなく楽しくて、どうしようもなく好きだったんだ

 二十分ほど姉との思い出を振り返っただろうか。立ち上がって、煙草に火を点けた。元々長居をするつもりはなかったので、立ちあがるとさっさと線香や花を入れてきたビニール袋を手に取った。左手首の、普段は着けないピンクのアクセが目に入る。 「じゃあ。杏ねぇ、御先祖様。また来ますね」そう言い残し、朝の霊園を再び歩き出した。

 少し歩くと、親子だろう、母親とその手に引かれる、小学校低学年くらいの男の子に出会った。 「おはようございます」

 二人に向けて、笑顔で挨拶をする。

 母親はしとやかに、少年は元気に、おはようございますと返してくれた。俺は少年の方を見て微笑み、そのまま横を通りすぎた。

 少年の瞳には、細い眉で、頬には少し赤めのチーク、頭には大きなおだんごを乗せた、勝ち気そうな笑顔が写っていた。

「きれぇなおねぇちゃんだったねー」

 少年が、母親に話しかけるのが後ろから聴こえてきた。

 だってよ? 杏ねぇ。

 煙草の火を横の石垣で押し消し、吸殻を袋に落とした。一つ背伸びをして、また光りに包まれた世界を歩き出した。


                                    終わり

 何か大学時代や大学出た直後に書いた小説は、恋愛絡むと大体人が死にました。

 当時の私は、恋愛をしたら殺すほど愛するべきと思っていたのでしょうか?笑

 人を愛さずに関わることの多かったこの前までと、どっちがマシなのか悩むところです。殺したいほど惚れるってのも、憧れなくはないですが。

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