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三月二十六日、土曜日。新たな年度を気持ち良く迎えるための、休日を利用した大掃除の最中だった。服の整理を最初に終わらせ、本棚の整理をしている。すると、昔好きだった小説の間から、懐かしい写真が出てきた。
写真に写る自分を見て、懐かしいやらおかしいやらで、少し笑いが零れた。それが少し乾きを含んでいたのは、僕にちゃんと心があるからなんだろう。
写真には、4年前の自分が写っていた。
被写体の名前は、喜納明日。読みは『キノウアシタ』と読む。彼は大分県出身福岡県在住の二十一歳。職業は大学生で、性別は男だ。ああ、写真の胸はパッドね。
この写真の撮影者は、喜納杏子。被写体の彼――つまり僕――には杏ねぇ、と呼ばれていた、2つ年上の姉である。 「懐かしいなぁ」思えば、これが俺の大学生活で一番大きなイベントだった。 『カシィ!』
突然の音に驚いて振り向くと、そこには愛用のコンデジを向けた、姉が立っていた。 『カシィ』振り向いた瞬間、またシャッターが切られていた。 「おったんや。杏ねぇ」
いないと思っていた姉の存在に音よりも驚いたが、ここは姉のアパートだ。別段、おかしいことではなかった。姉の部屋にはよく出入りしている僕がいることも、おかしいことではない。もっとも最近は避けていたから、久しぶりに来たのだけれど。
「……うん。撮っといてなんだけど、どうしたの?」
いつも勝気な姉が、珍しく戸惑っていた。
「んー。どう? 似てる?」
両手を広げて、杏ねぇによく見せてみた。
「これだけ近かったらわかるけど、遠目だとわからないんじゃない。いや、似てるけどさ」
まだ戸惑いながらも応える姉。まぁ、よく似ているとは言われるが、双子でもなし。駄目なミステリのような、入れ替わりが出来るほどではないようだ。そもそも僕の方が、少しは身長が高い。
「たまにはこういうのもいいかなって。女装美男子は好きでしょ?」
気にせず続ける僕。
「んー。いや、好きだけど。なんか今日のはわたしに近づけてるのが丸わかりで、ちょいきしょいって」
それにアシタが自分からそういう格好するなんて珍しいし、と加えた。
一応、いつものメイクも髪も、杏ねぇと似ないように気を使ってたからね。そう答えながら、姉へと歩みよる。
僕がすぐ近くまで来ると、彼女はまだ困惑していたが、体を固くしつつ一歩だけ歩みよった。
そして、二人はキスをした。浅いものから、徐々に深いものへ。