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6th.さよなら




さよならをした卒業式の次の日、遠藤は飛行機に乗って旅立った。




嫌な、予感がする。




胸騒ぎが走る中私はテレビを付けた。




お願いだから何も起きてないでいて。




ちらつく画面の中の炎。




ブラウン管の中で流れるあり得ない報道。




“午前9時発のアメリカ行き日本便落下炎上事故”




“生還者ゼロ”と。



チャンネルを変えても、流れているのは飛行機事故を知らせるニュースだけだった。




あり得ない、あり得ない。




確かに午前9時発の便だったけどまさか彼が…そんなこと、あり得るはずがない。




彼と、約束したんだ。




二年後に会おうって。




なのに死んだなんて間違いだ。




彼の乗ってた飛行機じゃない。




遠藤、そうだよね?




その数日後、私は初めて彼の家に行くことになる。




“葬式”というカタチで。




初めて来た彼の家にはすでに私と同じ黒い服を着ている人が数人いた。




学校で数回顔を見たことある彼のお母さんは穏やかに見えたものの、目はついさっきまで泣いていたのか赤く腫れていた。




たくさんのお花の中、色褪せることのない大好きな笑顔が置かれていた。




大好きな大好きな、“彼”の笑顔。




別れを告げるかのように線香を立てる人を目で追う。




信じたくなかった。




見たくなかった。




彼がいない現実を




…受け止めたくなかった。




次々に人が通りすがる。




「次は湊の番だよ」




ついこないだまでクラスメートだった友達が私を施す。




言われるがままに線香の匂いがまとわりつく。




彼と私の、さよならの匂い。




写真の中の君は、決して崩れることのない笑顔を浮かべていて、その貼り付けられた笑顔から目を反らすことができない。




運ばれてきたのは白い大きな箱。




そこに眠るようにいる君。




飛行機事故のせいでほとんど包帯で巻かれているその姿は見る程に痛々しかった。




皆は名前の知らない葉っぱをその中に添えていく。




私はただその光景を眺めている。




何も考えることができない。




“彼”がいなくなる事実を認めることができない。







「死んだなんて嘘だよね」




彼の眠る箱に向かって呟く。




「皆私を騙してるだけだよね…?」




ピクリとも動かない冷たい身体。




「『嘘だ』って言ってよ!


『バカだなぁ』って頭を撫でてよ!


『松本』っていつもみたいに君の声で呼んでよ…


私だけに、笑ってよ…───」




叫ぶ私を誰かが支える。




「“伝えたいこと”があるんでしょ?


私もあるんだよ?


“約束”って言ったじゃん!」




その時初めて、声を出して泣いた。




『大丈夫?』




大丈夫じゃないよ。




また戻ってくるって言ったじゃない。




ここで“さよなら”なんて言わないで。




君がいない今、




こみ上げるこの想いを




誰に伝えればいいの───?




その日から、私はすること全てに意味を見出せなかった。




大切な人はもういない。




抱きしめてくれた人もこの手を握ってくれた人もいない。




全てがモノクロ。




呼吸をするのだって私には意味がない。




いっそのこと死んだ方がマシだ。




だって彼に会えるから。




あの日のように蒼い空。




真っ白な雲に背伸びしてつかもうとしても届かない。




どうしようもない切なさだけがこの胸を締めつける。




あの日撮った二人の笑顔と綺麗な海の写真と




彼の撮った空に飛んだ一匹の鷹。




君は、あの日の鷹のように空を飛んでいますか?




私はすごく君に会いたいです。




新しい制服に身を包んで新しい学校に馴染んでいく毎日。




そこに君が交じることはもうない。




「明日裏庭に植えてある桜を工事の都合上切り倒します」




朝のホームルームで担任が言った言葉などこの教室にいる人は誰も聞いていないのだろう。




せめて私は覚えておいてあげよう。




自分の意思とは関係無しに死んでしまうイノチを。




彼のように儚く散ってしまう桜を。




『櫻貝って言って綺麗だけど割れやすくて珍しいんだ』




そう言った彼の満足そうな笑顔を思い出す。




遠藤、ホントだね。




イノチも櫻貝みたいに綺麗だけど脆いね。




───すごく、儚いね。




目の前で桜が待っている。




裏庭には一人人がいた。




キャラメル色の髪を持った男の子。




その横顔は淋しげだった。




私のほかにもこの木を見にきた人がいたんだ。




明日いなくなってしまうこの木を。




「綺麗だね」




気づいたら私は口を開いていた。




男の子は私にびっくりしたのか私に視線を向けたまま黙っている。




「この木が明日なくなるなんて思えないな…」




風に舞う花びらを手に取る。




「人間と同じであっけなく終わるなんて…。


儚いね」




掴んだ花びらをもう一度宙に浮かべると花びらは風に吹かれて男の子の手に乗った。



「私、“サクラ”が好きになった」




儚いその姿が美しい。




小さく笑うと私カバンを持って帰った。




何故彼に言ったのかわからないけど、言いたくなったんだ。




私が桜を忘れないと誓ったことを誰かに覚えていて欲しくて。




春の風が吹き抜ける。




日差しを浴びてきらめいていた君の笑顔を焼き付けて。




私は今日を忘れない。




一つの季節が終わっても




その次の季節が終わっても




あの日二人で笑ったことを




抱きしめてくれた君の温もりも




私は絶対に忘れないよ。




いつかこの大空に




二人の軌跡が描かれるまで───。





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