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5th.卒業




櫻貝をもらったあの日から年、受験を越え三ヶ月が過ぎた。




見慣れたブレザーの胸ポケットには赤い造花と“卒業おめでとう”の文字。




それぞれがそれぞれの想いを秘め、今日私達は卒業する。




入場する時に体育館の端を見ると吹奏楽部が演奏していた。




半年前まで一緒にいた後輩が自立して吹いているのを見ると駆け寄りたくなる。




吹けるようになったねって言いたくなる。




去るのは私なのに。




三年間一緒に過ごしてきた仲間が名前を呼ばれ“卒業”していく。




自分の番になり台に上がって先生から“卒業証書”を受け取る。




台から降りる寸前、自分を見つめる体育館にいる人を見渡した。




泣いてるコを見るともらい泣きしそうになる。




毎日顔を会わせてきた仲間と学校で会うことがもうないと思うと目頭が熱くなる。




ゆっくりと台から降りると全てを振りきるように凛として席についた。




…遠藤とも今日で最後なんだ。




台に上がっていく人を見ながら思った。




照明が消えたかと思うとスクリーンに映る“思い出”の字。




浮かんでくる一年生から三年生までの毎日。




その映像には私もいた。




大好きな彼の笑顔もあった。




幸せな日々の結晶。




胸の奥が熱くなって、




その映像が終わると泣いてない人はいないくらい皆号泣だった。




再び流れる吹奏楽の演奏に合わせて歩を進める。




ねぇ遠藤、




私達の未来は明るいかな?




教室に戻り最後のクラス撮影が行われる。




泣き腫らした目を和らげレンズに精一杯の笑顔を浮かべる。




撮影が終わり皆涙を流す中、




遠藤は教卓に立つと言った。




「今まで黙ってたけど、


俺明日からアメリカに行くんだ」




一瞬で静寂に包まれた教室に、彼の声で周囲はざわつき始める。




「ずっと前から決まってたんだ。


中学を卒業したらアメリカにいる親父んとこ行くって」




淋しげに言う彼に言葉をかけられる人は誰もいなかった、




私を含めて。




「二年後、また日本に戻ってくるからそれまで会えないけど…、


今までありがとう」







決意が込められた瞳を見て、皆は笑って接していたけど私にはそれができなかった。




一人一人に握手を求める彼。




とうとう私の番がきた。




差し出された手に初めて話した時の情景が浮かび上がる。




でもあの時と違って、握り返したらもう会えなくなる気がしてなかなか握ることができない。




黙ってうつ向く私に差し出されていた手はいつの間にか背中にあった。




初めて感じる彼の体温。




最後だから、抱き合っている私達に誰もなにも思わなかった。




“最後だから”。




この“最後”を私は感じることができない。




耳元で聴こえる君の音。




悲しげに刻む彼の鼓動に私は耳を澄ます。




悲しいのは私だけじゃない。







一番悲しくて泣きたいのは彼なんだ。




「松本」




愛しい愛しい私を呼ぶ君の声。




「もう一度出会うことができたら、伝えたいことがあるんだ」




優しい彼の響きが私に伝う。




「聞いてくれる?」




その彼の問いに小さく小さく頷いた。




「じゃあ…」




彼は体を離すと再び右手を差し出した。




それに応えるように震える手を堪えながら強く握り返す。




最後に見た彼の笑顔を、私は絶対に忘れないよ。




君が二年後伝えたいことがあるなら、




私もその時伝えることにするね。




───もう一度君とこの空の下で会えるように。





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