97、watch out
「竜を止めようと思う」
真面目な顔で。
それが至極当たり前のように宣言する。
「へー」
「おーっ」
「分かりました」
こちらの予想に反して。
目の前の三者から帰って来たのはまったくといっていいほど起伏の無いもので。
「まっ、アンタなら出来るんじゃない?」
「無茶はダメだよっ?」
「話には聞いています」
こちらを置き去りに、自身抜きでそれは進んで行く。
「何となく分かってたけどね」
「ぼくはいつ話してくれるのかなーって」
「予想はしていました」
「それでもまーっ、本当に。アンタもよくやるわねぇ」
「リンは好き嫌いしないからねっ」
「食わず嫌いしないとも言えます」
「私としては勝手にすればって感じだけど」
「ぼくらは何をすることになるのかなっ?」
「私は実際に目にしたわけではありませんので。今回はあまり役に立てるかどうか……」
「あらっ?」
「マリアは後から来たんだっけっ」
「あの時はリンさんのことで頭がいっぱいでしたので……」
「まっ、刺すぐらいだから当然と言えば当然かもね」
「ぼくはそれよりも言い方が引っかかるよーっ?」
「訂正します。リンさんから目を逸らす事が出来ませんでした」
「悪化しちゃったっ!?」
「はいはい。って、そういえば。あの後アンタのところには仲間が迎えに来たらしいわね?」
「はい。丁重にお断りしましたが」
「あの時は大変だったんだよーっ」
「うん、まぁ、アンタから聞いたからね」
そこでサラスは一拍置くように、飲み物を口へと含んでは窓の外へと視線を送る。
「私のところには結局こなかったしね」
「えっ? サラスって結構寂しがり屋なのっ?」
「違うわよ。ただアンタは私達と違って仲間と上手くやってたのかなって」
「たちってっ、何気にぼくもふくまれちゃってる……」
「アンタも来てないんでしょ?」
「見かけはしたけどねっ」
「あらっ、私は結局街を出るまで一度も見なかったわよ?」
「それって、サラスが顔を覚えてないだけなんじゃないのーっ?」
「誘ったのはあっちなんだから。私が覚える必要もないでしょ?」
「否定はしないんだっ?」
「人間の顔なんてほとんど一緒でしょ?」
「わーっ、エルフって、わーっ」
「勘違いしてるみたいだから言うけど。私は標準じゃないからね?」
「自覚あったんだ……」
「リンさん」
ぼーっと、目の前の会話に耳を傾けながらちびちびと飲み物に口をつけていたところ。
マリアの一声でもって不意にこちらへと話題が飛んでくる。
「お願いがあります」
「いいよ」
「ありがとうございます」
それで終わり。
とはいかないようで。
「アンタ……話の内容ぐらい聞いてから返事しなさいよ」
サラスから横やりが入るのはいつものことと言える。
「マリアからのお願いを断る気はない」
「言い切るわねー」
「ありがとうございます」
「いやいや、そんな話せないような事でもないんでしょ?」
「ぼくも気になるなーっ」
「……リンさん?」
「どっちでも」
マリアからのこちらを窺う目線と言葉に対して返せる言葉と言えば、実際のところその程度しか持ち合わせておらず。
「お恥ずかしい話ですが……。稽古をつけては頂けないかと思いまして……」
「あぁ、うん。でもどうだろう? 手合わせぐらいしか出来ないけど大丈夫?」
「はい。理解しております」
「そっか。なら――」
「リンっ?」
「ん?」
「ぼくもいいっ?」
「うん」
「やったっ」
ジーナは胸元でぐっと握りこぶしを小さく作る。
目線の向かう先は何故かマリアだ。
「サラスは?」
この際だと一応声を掛けてみる。
「いやよ。面倒くさい」
返って来た答えは全くの予想通りと言ったところだ。
「えーっ、サラスも一緒にしよーよーっ」
「私はいいのよ。こいつが守るから」
「えーっ」
「そもそもが自分で戦わないといけない状況って、もう詰んでるでしょ」
「えーっ」
「というよりアンタは何でそこまで私を誘うわけ?」
「べっつにーっ? ただどうせなら一緒の方がいいかなーってっ」
「ならいいじゃない」
サラスの意思は堅そうだ。
しかし、こちらにはこちらの都合があるわけで。
ジーナから飛ばされる意味ありげな視線に対して間髪入れることなく口を開く。
「少し肉がついてきたんじゃないか?」
「……気のせいよ」
「ならいいんだがな」
「何よ、アンタも私にしたほうがいいって言いたいわけ?」
「いや、提案だ」
「なら却下」
「即答か」
「アンタがよくやることでしょ」
「確かに」
「……何?」
それはこちらの態度に対するものかと思ったが。
どうやら勘違いのようで。
窓が微かに揺れていることに気付いては窓際へと足を向ける。
「……来たか?」
心当たりとしては竜が一番に思い浮かんだのだが、何やら気色が違う。
気配は感じられないものの、何かがいる。
いや、何かが起こる、起こりそう、そういった予兆。
胸騒ぎがする。
だが何が原因でこうなっているのかが分からない。
気持ち悪い。
異変はしっかりと感じ取れるのにも関わらず、その姿形が全くつかめない。
片鱗すら見せず、一端すら感じ取れないそれ。
変化は訪れている。
確実に。
振り返ってはジーナたちと視線を交わす。
お互いに思っていることは同じかそれ以上。
机の上に置かれた瓶の中身が不自然にも揺れている。
波紋を作り、右へ左へと移動を繰り返す。
明らかにおかしい。
ならばどうするべきか。
決まっている。
「ジーナ、マリア、サラス、机の下へ」
「う、うんっ」
自身らを襲う何かに備えて対策と準備を整えて行くだけだ。
「サラス、アイギスを頼んだぞ」
「えっ、あ、ちょ――アンタはどうするのよっ!?」
「心配するな」
「リンさん」
「大丈夫」
「リンっ」
「大丈夫」
「ちょっ、わっ――」
布団を引き剥がしては周囲と頭上を覆うように隠し込む。
窓際に寝台を立ててかけてはガラスが飛び散らないように、唯一の出入口である扉は開け放しておく。
位置取りは机と窓の間。
揺れはすでに足元にまで及んでいる。
縦に横に、縦横無尽とはよく言ったものだ。
三半規管を必要以上に刺激しては地鳴りと共に建物が歪む。
いつ崩れてもおかしくない。
危険だが今からでも外に出るか?
そう思った時だった。
爆裂音が室外から室内へと劈き、遮った筈の窓から光が差しこんでくる。
だがしかし、同時に揺れは収まり、何もかもがいつも通りと何ら変わらない日常を取り戻していた。
時間にして数秒から数十秒の出来事。
後に残る酔ったような感覚も次第に収まる。
そう感じたのも束の間。
視界の全てが吹き飛んだ。




