96、風味
「……何よ」
宿屋の一室にて。
サラスは顎に手をつき、膝に肘を乗せては視線だけでこちらを捉える。
「いや……何だ。助かった」
「別に。聞きたくないし、話さなくていいわよ」
お互いに飛躍させた物言いでもって要点だけを押さえる。
「そうか」
「そうよ」
言えることはそれだけ。
交わすのもそれでお終い。
扉の外から慌ただしい足音が一つ二つと聞こえてくる。
「たっだいまーっ!」
声と共に勢いよく開け放したのはジーナ。
目の前にこれでもかと掲げて見せるのは、本日の成果。
いわゆる戦利品だ。
「ただいま戻りました」
少し遅れて落ち着いた顔をこちらへと見せるのはマリア。
その両手にもしっかりとジーナと同様にそれらが握られている。
「……」
さらに遅れて姿を見せたのは――。
「アイギス」
名前を呼びながら席を立ち、傍へと歩み寄ってはその体を支える。
「つかれた……」
目線をこちらに向けながらも休息を求めるその声に。
抗う術をこちらは持ち合わせておらず、預けるように投げ出された手足を抱え上げてはサラスの横へ。
ゆっくりと座らせては靴を脱がせる。
それから何も握られていない両手からは何も取りようが無いのでそのままに。
コップへと部屋に備え付けられた水を注いでは差し出す。
「あまいのがいい」
「すぐ用意するよ」
アイギスの要求に即答する。
すると――。
「甘やかしすぎよっ」
ゴスっ、と。
実際には音などしないもっと優しいものだったが、こちらと同時にアイギスの頭頂部にもサラスの手刀が落ちる。
「あらら……っ」
ジーナが歩み寄って来てはアイギスの頭をそれとなくさする。
「アンタがアイギスを特別扱いするのは勝手だけど、それよりも先に二人の労をねぎらったどうなのよ」
至極真っ当なことを言われては怒られる。
「返す言葉も無いとはこのことだな。済まない。遅れたけど、二人ともおかえり」
「うんっ、ただいまっ」
「はい。ただいま戻りました」
「それだけじゃないでしょ?」
サラスはまさかとこちらを薄く見据える。
「いや、あぁ。ご苦労さま。何か飲む?」
「それだったら――」
「それでしたら――」
二人で同時にいいかけては顔を見合わせる。
「もしかしてマリアもっ?」
「そのようですね」
二人して納得。
同時に袋から戦利品の一つを取り出しては机の上へ。
「アイギスが飲みたいって言ってたからっ、ついっ」
ジーナは照れるように笑ってはサラスから目を逸らす。
「それを言うなら私もです」
マリアもそれに同調する。
「アンタらそろいもそろって……」
サラスの既に細められた目が更にその細さを増していく。
「ごっ、ごめんってばっ。ほらっ、サラスもどうっ?」
ジーナは素早く栓を飛ばし、コップにその中身を注いではサラスの目の前へ。
「……まぁ、そうね。買っちゃったものは仕方ないものね」
「そっ、そうだよっ」
「コップが足りませんね」
「あっ、それならさっき可愛いのがあってっ――」
ジーナは言いながら可愛らしい装飾の施されたコップを取り出して見せる。
それからしまったという表情に。
「ありがとうございます」
コップを手にしたまま固まるジーナの手から、その先を予見したように素早く取り上げるのはマリア。
「ジーナー?」
サラスの手がジーナの腕を掴み上げる。
「え、えぇーっと、そのっ、そうっ! これはリンへのプレゼントなのっ」
「ではこれはリンさんに」
「ありがとう」
「へー、こんな可愛らしいのをねー?」
「リンさんが持つと絵になりますね」
「そう?」
「リンー」
「アイギスさんには既存のコップですが、どうぞ」
「ありがとうー」
「あーっ、ぼくもぼくもーっ」
「アンタたちね……」
「いえ、アイギスさんのいうところのあまいみず。果実水はそのほとんどをこの街で生産しているそうですが、本場となればやはり味も違ってくるものなのでしょうか」
「どうだろう、アイギス?」
「あまーい」
「あまいな」
「あまいですね」
「うんっ、あまいっ」
「……あーもうっ! あまあまよっ!」
サラスはコップを飲み干しては瓶を手に取り一気に呷る。
「あーっ! サラスーっ、おさけじゃないんだよーっ? もーっ」
「それはそれで突っ込みどころがありますが」
「リンー」
「ん? あー、うん」
アイギスはおかわりをご所望のようで。
残ったもう一本へと手を伸ばす。
「私はエルフだからいいのよっ」
サラスに一瞬早く先を越される。
「あ……」
「そもそもお金がないのは仕方が無いにしても節約しようって気はないわけっ?」
「リンさん、こちらに」
空を切った手をそのままに。
マリアが追加でもう一本を開栓する。
「ありがとう」
「いえ、礼には及びません」
「アイギス」
「マリアー」
「はい。どうぞ」
「ありがとうー」
新たに注がれたそれを前に、アイギスは何となく嬉しそうだ。
「いや……何本買ってきてるのよ……」
「二本です」
「正直に言われてもね……」
「ぼくでも遠慮して一本……マリアって結構やるときはやるんだね……っ」
「リンさんから遠慮することはないとお聞きしていますので」
「よくこの現状で鵜呑みに出来るわね……」
「一応言っておくけどっ、ぼくもリンの事は信じてるからねっ?」
「では尚更問題ないのでは?」
「問題無くてもお金はあるにこしたことはないでしょっ?」
「というよりもアンタがまた肩代わりするから――」
「サラスっ。それは皆で決めた事でしょっ?」
「……分かってるわよ」
「すみません。私にもっと知識と生かせるだけの経験があれば――」
「マリアっ。それももう言わない約束でしょっ?」
「約束した覚えはありませんが」
「じゃあ今約束っ」
「……リンさん」
マリアは困ったようにこちらへと目を向ける。
「話そうか」
それを良い機会だとして、もうすぐこの街に起こるであろうその現実を紡ぎ出すことにした。




