95、ジャングルはいつも
「遅いっ!」
それは帰還して早々こちらへと投げかけられた第一声。
発したのは馬車に足をかけては今正に飛び降りんとするサラスその人だ。
「リンさん、お怪我をされています」
マリアがこちらを窺いつつも手出しして良いものなのかを問うてくる。
「大丈夫、それよりも――」
「遅いって言ったのが聞こえないの!?」
サラスが何をそんなに怒っているのか。
こちらへとその距離を詰めて来ては真っすぐに捉えて放そうとしない。
「どうした」
「襲撃がありました」
その答えは横のマリアからのものだ。
「済まない」
「べつにっ! ただ今度からは絶対別れないからね!?」
「あ、あぁ」
サラスのその勢いに押され、こちらはただただ頷くことしか出来ない。
しかし、辺りを見回せど、その痕跡の一端すら残されていない訳で――。
「……すみません」
「ん?」
「サラスさんにもです」
「ちょっとっ、そういう手筈でしょっ?」
「リンっ。茶番っ」
焦るサラスに申し訳なさそうなマリア。
こちらに顔を向けては笑う、最初からすべてを察していたであろうジーナ。
「……不安にさせたか」
「そ、そうよっ! もっと私達を大事にしなさいっ!?」
「分かった」
「すみません……」
「マリア、いいんだ。配慮が足りなかったのは自分だ」
「それでも……嘘を……」
「喚起だと思えばいい。気付かせてくれてありがとう」
「それは……その……何か、罰を」
「マリアにはお願いしたい子がいるんだ。頼めるかな」
「はい。私でお役に立てるようでしたら」
「はいはいっ。マリアっ、この子だよっ」
「これは……」
「そういうことだ」
「ッ……胸糞悪いわね」
サラスは眠る少女を前に不快感をまるで隠そうともしない。
「間に合ったんでしょうね?」
「リンが何とかねっ」
「ふんっ、でも一発殴らせなさい?」
「それは良いが……」
「な、なんでそうなるのっ」
「間に合ってないからじゃない」
「えぇっ?」
「この子はきっと心に深い傷を負ったわ」
「それでも生きてます」
「生きていればいいってものでもないでしょ?」
「そっ、それは、でも――」
「良い。殴ってくれ」
「だっ、だめだよっ。今リンの目には剣が刺さってるんだよっ?」
「え――?」
「リンさん、すぐ処置を」
「貫通してるから問題ない」
「アイギスさんを起こします」
「待つよ」
「い、いやいや。アンタ、え? 冗談でしょ?」
「それよりもさっさと積み込んでここを離れた方が良い」
「分かりました」
「そうだねっ」
そうして立ち尽くすサラスを残しては、マリアとジーナ。
二人の協力のもと、元は荷車だった板切れから馬車へと乗せ換えていく。
「……喉を潰されていますね」
「あぁ、それで声が」
「脱水も見られます」
「水はサラスがいれば何とかなる」
「腱はどうなのかなっ?」
「……傷から見て既に癒着しているものかと」
「それはそうなんだけどさっ」
「故意に傷つけて治癒を施すことに関しては余り期待は出来ないかと」
「中治癒ならどうかなっ?」
「リンさん、いえ、アイギスさん次第としか言えませんね」
「そっかーっ」
話す二人を見ていれば、以前のようなぎこちなさと言うものがなくなっているように思える。
少しの間とは言え、共に過ごしてお互いに理解を深めたということなのだろうか。
事実はどうであれ、自身からしてみれば純粋に嬉しくも喜ばしいことに変わりはない。
「リンっ? 何かあったのっ?」
「いやっ。仲いいなと思って」
「リンの前だからだよ?」
「リンさんの前だからでしょう」
それは奇しくも同時に返って来た。
「ははっ」
「むーっ、何でそこで笑うかなーっ」
「お互いに理解はしている、と言ったところでしょうか」
「ぼくはマリアよりリンにもっと理解して欲しいかなっ」
ジーナは抱き着いてくる。
「お子様ですね」
チラリと目線を向けるジーナに一言。
マリアからは受け流すだけの余裕が感じられる。
「ふふーっ」
「リンさん、作業を進めましょう」
「ん、うん。ジーナ」
それとなく離れるよう促すも、ジーナはこちらの腕を取ったまま。
マリアに悪戯な視線を向けては口を開く。
「リンは片目でやりづらいでしょっ? だからぼくが手伝ってあげるのっ」
「いや――」
「リンさん」
「ん?」
「この印を」
「ん……?」
ある男の腕に刻まれたその何とも言えない奇妙な印。
首を捻っては様々な角度で見てみるも、その印にはまるで見覚えというものが無い。
「あの指揮官の腕にもこれと同じものが」
初めからそこを着地点としていたのか。
マリアはある程度の間をとった後、見計らったようにその答えを告げる。
「なるほど」
「……え、うん、それで?」
「それだけです」
「うーん……騎士団、か……」
「リンは騎士団に関わりたがらないよねっ?」
「面倒ごとに巻き込まれるのは分かり切っています」
「むーっ」
「多分護衛だろうね」
「意識が無い以上本人から確認はとれませんが、疲弊具合から見て間違いないかと」
「まぁ、素性がどうあれ今は――っと」
馬車の上へと乗せていたそれが。
その時が来たことを布越しでも分かる程度に光り輝いては知らせてくれる。
「連絡ですか」
「またあの人ーっ?」
二人の言葉を背に、袋へと手を伸ばしては水晶玉を取り出す。
「えーっと……どうしたらいいんだろ」
「呼びかけてみてはどうでしょうか」
「あぁ、そうだね。レーシアさん」
その名を軽く呼んでみる。
「――あ、はいっ、繋がりましたねっ。良かったぁー」
安心するような声を漏らすのは他でも無いレーシア。
目の前の玉から聞こえてくるというのは中々に不思議な感覚だが、別段違和感と言うほどの違和感は感じないもので。
「どうかしましたか?」
「え、えっと、そのっ、竜の目撃情報がですね……」
「はい」
「お怪我をされています……」
「……?」
「リンさんのことですね」
「あぁ、大丈夫、問題ありません」
「……本当ですか?」
「はい。それよりも話の続きを――と、そういえば、野盗に攫われていた方々と今一緒にいまして」
「人をお送りしますか?」
「それもそうなんですが、実は野盗の皆さんをそのままにしていまして」
「依頼、でしょうか?」
「そう……なりますかね。制圧はしているので、今はどうか分かりませんが組合の方で引き取ってもらえないかと思いまして」
「なるほど、でしたらすぐにでも派遣しますね」
「お願いします」
「場所は……」
「ええっと、街からどのくらいだろう」
「あ、分かりますから大丈夫ですよ」
「ふぇっ? リンっ、そんなの持ってたらダメだよっ」
「リンさん、こればかりは私も同感です」
「ふふっ、聞こえてますよ? 冒険者の皆さんの現在位置を予測するのは私の数少ない特技の一つなんですっ」
「予測で確実な位置が掴めるのですか?」
横から疑念を払拭するように問いかけたのはマリア。
「予測はあくまで予測です。そこから正確な位置を割り出すのは現地に行かれた冒険者の皆さんのお仕事ですね」
「では出来るだけの詳細を」
「うん、それと、レーシアさん」
「はい?」
「騎士団と思わしき護衛の方が捕まっていました。くれぐれも用心を」
「……それって、その……リンさん?」
「はい」
「護衛対象の方はご無事ですか?」
「確定は出来ませんが、そう思われる少女も一緒です」
「……街へ戻る事は可能ですか?」
「それは……」
「リンっ」
「リンさん」
黙るこちらに二人がどうしたことかと声を投げかける。
そこに――。
「いいわけないでしょ」
言いにくそうにしているこちらに変わって答えを出したのは他でも無い。
サラスだった。




