93、ハーフプライス
岩肌に手をかけてはそれほどの抵抗もなくこじ開けることに成功する。
目の前に現れたのはこちらの想定とそうかけ離れていない通路だ。
壁に点々と位置する明かりからは道が奥へと続いていることが窺い知れると同時、何者かが近づいてきていることをもその揺らめく影によって曝け出してしまう。
こちらから仕掛けるのもやぶさかではないが、敵の懐に潜り込んだ今、何よりも欲しいのは内部の情報であり動向だ。
罠にせよ、相手の武器にせよ、こちらが侵入したことに気付いているのかも含めて聞きたいことは山ほどある。
そして何よりも知りたいのは馬車の荷であるその所在。
ついでに通路という限られた空間内での相手の練度や対応能力についても可能であれば拾っておきたい。
「何だって俺が……」
ブツブツと呟かれ通路へと反響する声に耳を傾ける。
並行して極力音を立てぬようにと距離を詰めては息を殺す。
まずは自身の射程へと収めることを第一に、余程ゆっくり歩いているのであろうか、未だに姿の見えてこない相手の位置を確定するべく壁に背中を預けては意識を集中させていく。
「たっく……」
一歩、二歩。
一人なのはこちらとしても好都合だ。
完全に捉えた相手の気配へと手を伸ばしては、曲がり角という人為的に作られた死角へと引きずり込む。
そのまま壁へと押し付け、赤く染まった頬を更に染め上げるが如く片手で気道を締め上げる。
「ぁ――」
僅かに力を緩めることで残った空気を絞り出すように胸を強打。
戦意を喪失させる意味でも今の男の顔には従順さ以外必要ない。
「戦利品は?」
短く聞いては一瞬だけ猶予を与えるように手を放す。
「――!」
ただし言葉を発せられるほどの余地はあくまでも残さない。
精々が肺に少しばかりの酸素を取り込み、正常な思考をあと数秒間は保てるというだけの先延ばしにも似た延命措置。
再び首元へと力を籠めては、それだけで折れてしまうのではないかと錯覚する一歩手前にまで追い込んでいく。
「――!?」
男の顔に浮かぶのは明らかな困惑の色。
しかし分からないというのであれば二度三度と繰り返すほかない。
「――」
男はガタガタと震える手先である一方向を指し示す。
最初、その出来損ないの動きからして助けを求めているのかとも思ったが、どうやらこちらの勘違いだったらしい。
そのまま意識を飛ばしては担ぎ上げ、時間が惜しいと音を気にせず全速力でもってその方向へと駆けていく。
内部の状況は大方見当が着いているが、それでも早いに越したことはない。
運悪く道すがら出くわした者たちに関しても意識を刈り取るだけにとどめては先を急ぐ。
そうして誰もいない扉を躊躇なく開け放しては、それ以上の進入を拒むように素早く閉じる。
「……」
どっちだろう。
その中心から偶然にも向けられた視線に意味は違えど一瞬だけそんな事を考えてしまう。
だがそんなことはどうでもいい。
押さえつけた上で衣服を剥ぎ取るのに夢中でこちらにも気付かないその間抜けな者たちには、ここまで担いできた男を投げ込むという勢いそのままの行為でもって床に転がってもらうこととする。
しかし、問題はここからだ。
盛大な音を立てて相手の注意を引き付けたまではいいものの、一体どれだけの時間をその男が稼いでくれるのか。
予想は出来ないが、是非ともその間に全員を無力化していまいたい、ところだが……。
「あぁ――!?」
残念なことに投げられた男ではなく、投げたこちら側へと目を向けた者たちがいたことによってその構想はただの想像のまま崩れ去って行くこととなる。
そして当然のように鳴り響く大音量に侵入者を告げる警報。
「参ったな……」
それは本音でそう思ったが故の嘘偽りない心境だ。
こうなってしまってはあの男との戦闘は避けられそうにない。
同時に四方へと逃げられてしまえば、またしても追うのはこちら側というおまけつき。
今回という前例を経た以上、その難易度は格段に上がるであろうことも考慮しなくてはならない。
その際に人質がいるようであればそれもまたこちらの足枷として機能する。
ジーナはどうしているだろうか。
マリアたちの方へと逃げていなければこちらとしてもやりようはある。
そんな思いを巡らせている間にも、手足を動かし続けることでどうにか室内だけは静寂を取り戻す。
「他に知り合いは?」
唯一の手掛かりを辿るように口元の自由を解放。
手早くこちらの上着を羽織らせては問いかける。
「ぁ、ぁ、あ、あああああ、ああああああああああああああ!」
「なるほど」
顎を揺らす。
意識を刈り取るまでには至らないが体の自由を奪うにはこれで十分。
問答無用で肩に担ぎ、部屋を後にしては人の流れと動きを追う。
「……」
どういうことであろうか。
こちらが侵入した通路側へと向かう者はおらず、その大多数の気配はジーナのいる正面へと向かい始めている。
脱出を急ぐべきだろう。
手遅れになる前に救援が間に合えばいいが……集団を追っていて自然と出くわしたわけではあるまい。
狭い通路の中でこちらの行く手を遮るように相対するのは、二度目の邂逅となる殺しを強要させた人物。
どうやらこちらはこちらでどうにかしなければならないようだ。
「ははっ、ハハハハハハハハッ! 面白い! 久しぶりにおもし――あ?」
会話などしている暇はない。
担いでいた荷を即座に捨て去り、お互いの間に空いたその距離を負傷覚悟で無理やり詰める。
「チッ――」
相手が抜き放つのは細身の長剣。
広さが限られている通路では振り回すにいささか窮屈。
高さも同様に十分であるとは言い難い。
となるとこの場に適した攻撃手段は一つだけ。
それだけ分かれば対策も立てようがある。
しかし、射程は相手が有利。
先手も譲ることになる。
まずは避けるか、受けるか。
そのどちらかを選ばなければならない。
「つまらんヤツめ――」
予想通りに片足を踏み出しては目の前へとその切っ先が置かれる。
身体強化――。
速さと寸分の狂いもない正確さから瞬間的に避けることは不可能だと判断。
身体強化――。
受ける。
身体強化――。
右目に触れる。
身体強化――。
そのまま体を捩じっては拳を振りかぶる。
身体強化――。
貫通、右耳から飛び出す。
身体強化――。
意識はある。
身体強化――。
問題ない。
身体強化――。
左手で突き出された腕を掴む。
身体強化――。
傷口を広げないよう刃を滑らせては距離を詰める。
身体強化――。
拳から手刀に。
身体強化――。
掴んだ腕へと振り下ろす。
「――ハァ!?」
一切の抵抗なく男の腕はその拠り所を無くす。
頭部からはみ出た刃は前後を摘まみ、へし折っては戦闘の続行に支障がない長さにまで調節する。
「冗談だろ――!?」
無くした腕の先を眺めるその男に容赦は必要ない。
失いつつある遠近感を補うように手を伸ばす。
「おいおいッ!?」
殴る。
「ぁ、ガァッ――」
殴る。
「ァッ――」
殴る。
「ッ――」
殴る。
「――」
殴る。
「――」
殴る。
計六発。
顎、側頭部、眉間、側頭部、側頭部、側頭部。
それでも油断はしない。
両腕、両足。
握力で以って砕く。
最早痛みで意識は戻らない。
首根っこに手を回しては引きずり、生まれたての小鹿のような動きでこちらから距離を取ろうとするその者に対しては、無理矢理脇へと抱え込むことで事態の収束を図る。
「はッ――はな、はなはな、はな、はな、はなはなああああああああああああああああああああああああ!」
このように叫ばれては自身の居場所を知らせているようなもの。
しかし、再び体の自由を奪うようなことはしない。
自身の視線が自然と向かう先からして最早その必要はないのだ。
悲鳴を片手に、今も尚積み上がっては消えていく気配の山へと足を伸ばす。
どうやらジーナに心配など不要だったようだ。




