92、間隙
しばらくして。
まるでその場所を初めから知っていたかのようにこちらを先導していたジーナの足が目の前にてピタリと止められる。
何の事はない、選手交代の合図だ。
「――」
ジーナと視線を交わし、素早く前後を入れ替える。
そうして見えてくるのは一人の見張りと一つの扉。
すぐには飛び出さない。
周囲へと意識を向けつつ気配を探る。
――目立った反応はなし。
ジーナへと顔を向けては追随してもらうよりも自身が抱えたほうが危険が少ないと判断して引き寄せる。
不意に声を上げそうになるジーナを落ち着かせては、それにしてもと今更ながらにその技術と手腕には惚れ惚れするものがあったなと勝手に想像を巡らしていく。
正直どれだけ優れていようとも先導には危険が付きまとうため、気持ち的にはさせたくはなかったのだが、結果的にどうであったかなどと最早口にするものもおこがましいぐらいだ。
森に入る前は罠だ何だと考えていた自身も途中からはジーナの足跡だけを辿るだけで文字通り何もしていない。
それで目的地へと辿り着いてしまうのだからその凄さといい能力といい一体どれだけの時間と経験が――。
「……」
じー、と。
向けられた目線にようやく本来の目的を思い出す。
それでもジーナからのジトっとした目線はこちらの考えを見透かすように放してくれないが、その先はまたいつか本人の口から聞ける日がくるのかもしれない。
ジーナを腕へと乗せては移動を開始する。
木から木へ。
自然の遮蔽物を利用しつつも距離を詰める。
思ったよりも相手の抜刀が早い。
勘付かれたとなると最早姿を隠すという行為に意味はないため、その茂みを一直線でもって駆け抜ける。
「――」
すでに臨戦態勢の男。
ジーナを脇へと移動させる。
襲撃に対して個人としての応戦は受け入れるが、集団としての防御態勢までは取らせたくはない。
躊躇なく懐へと飛び込む。
上段からの振り下ろし――。
刃の形からして歪だが、それよりも警戒すべきはその上で光っているヌラリとした液体だ。
一見して毒、しかし特筆すべきはその量の多さ。
分かり易い形での脅しとも捉えられるが、こちらからしてみれば本物と仮定して行動せざるを得ない。
となると重要なのは触れてもいいのかという点だ。
考えている暇はない。
今は触れないでおくことにして、避けるということにのみ意識を集中させる。
だがその思考を読み取ったかのように連撃の様相を呈するその刃。
振り下ろされたと思った途端に飛沫を上げては、無情にもその角度を変えてこちらへと迫り来る。
横一線。
難しく考えた所で避けなければ胴体は真っ二つだろう。
仕方ない。
誘いに乗るようでいささか危険だが、後退して飛沫を浴びるよりも、前進してジーナを危険に晒すよりもそれはよっぽどいい。
「なっ――」
ただしそれは自身が思っていたよりも突飛な行動であったようで。
飛び上がり、声を漏らすその男の背後へと降り立っては隙だらけの頸椎を強打、意識を刈り取った上で喉と足も潰しておく。
「リンっ――」
ジーナがこちらの衣服を引っ張ってはもういいだろうと声を上げる。
同意するように片膝をついては優しく下ろすもどうやら受け取った意図からして違ったらしい。
そそくさと扉の前へと近づいては、先に進もうとするこちらをその手で制する事で建物を見定める。
「やっぱり、これ何か仕掛けられてるよ」
「迂回しよう」
「うん」
ジーナは頷く。
だが、言葉とは裏腹に森の中を先行するのはジーナだ。
そうして建物を中心にその外周をしばらく走り続ける。
足を止めたのはどこにでもあるような岩肌の前、ある一か所を指差してはジーナがこちらの目線を誘導する。
「あれかな。ううん、もうちょっと下、ひび割れの横」
「……ごめん、全く分からない」
凝視したところで岩肌以外に見えてくるものはない。
時間の浪費を避けるべく素直にその事実を言葉にする。
「ううん、でも、うーん……」
ジーナはこちらに大丈夫と笑顔を向けては分かりやすく腕を組み、その場所を見据えては一頻り唸る。
その間こちらに出来る事といえば、ジーナの邪魔にならないようただ黙して待つということだけだ。
「リンっ」
「ん?」
「あの辺に何かあるんだけど、多分それをどうにかしたら気付かれちゃうと思う」
「侵入さえ出来れば後は何とかするよ」
「大丈夫?」
「内情が分からないからね。そこばかりは運任せかな」
「……リン?」
「ん?」
「ぼくのこと信じてくれる?」
「いつも信じてる」
「二手に分かれるって言っても?」
「……」
ジーナはいつもと違う。
出来損ないの笑顔をこちらに向けては返事を待っている。
それに答えを返すのは簡単だが、内容も聞かずしてはいはいと賛同できるような話でもない。
自身の命であれば喜んで天秤にかけるが、ジーナの命は――いや、分かっている。
だからこそジーナは信じてくれるのかと聞いたのだ。
ジーナは待っている。
信じると返したこちらの言葉を――。
「分かった」
全てを飲み込み。
全てをかみ殺してはその言葉を声にする。
正直吐きそうで泣きそうだが、ジーナにいつまでもこのような顔をさせてはいられない。
極力こちらの思いが表に出ないよう配慮はしたつもりだが、きっとジーナには気付かれているんだろうなと思う。
もしそう見えないならジーナが気付かない振りをしてくれているだけだ。
「リン……」
「話の続きを」
「うん……ありがとう、リンっ」
ジーナの表情が満面とは違う。
穏やかな、初めて見る笑顔へと変わっていく。
それは、今まで見てこなかった。
見せる事の無かった。
見る事の無かったもので――。




